<第四章:炎の子> 【01】


【01】


「大方、お前の言う通りになったぞ」

『そうでありますか』

 机の上のカンテラに話しかけると、カンテラはそう返事をした。

 俺の頭がおかしくなったのではない。

 こいつは、“雪風”と言うカンテラに住む妖精だそうな。あの生意気な女と同じ名前とは、変な偶然の一致だ。

『大方と言う事は、差異があるのですな?』

「ありますな。レムリア王の死んだはずの王子が出て来た」

『ベルハルト王子でありますか? 彼の死は偽装であります』

「あ、偽装だと?」

 こいつ、そんな事も知っているのか。

『王子の暗殺を企んだエリュシオンの騎士を、王子が返り討ちにした為、ヒューレスの森とレムリアのいざこざに仕立て上げ、王子の死を偽装しました』

「また面倒な」

 事を知ってしまった。

 当然、あのメルムも一枚噛んでいるのだろう。これ以上、変な事に巻き込まれないように祈るばかりだ。

『王子の登場が差異でありますか?』

「いいや、その王子の手腕が問題だ」

 テーブルに一枚の羊皮紙を置く。

 円状に記号が並び、記号の上には血で押された指紋。獣人の森の氏族による血判状である。

「獣人同盟改め、【獣人連盟】だとよ。あの野郎これを一晩で持って来た」

 ベルハルトは、言葉通りに一晩で獣人氏族をまとめた。

 俺の要求に応える連中も集められた。順調すぎるほど順調である。

『あなたの計画に支障はないはずですが?』

「大いにある。やろうと思えば、ベルハルトの奴は一晩でレムリアの勢力図を書き換えられる。そんな野郎が、やる気があるのか無いのかよく分からない状態で街にいるとか、キャンプファイヤーの近くに爆弾があるようなもんだ」

『なるほどなーアッシュさんの思考には、常に疑心があるのですね』

「当たり前だろ。何を言っているんだ?」

 裏切りの可能性を含めず、どんな取引ができるというのだ?

『疑いとは人の一部分でしかありません。名誉や善行、情と言ったモノが人間にはあります』

「榛名と国後を、ベルハルトに見せて脅せって言うのか?」

 それも考えたが、ベルハルトは脅しの聞くタマじゃない。

『全然違うであります。二人の存在を明かし、協力を求め――――――』

「ない」

『まだ話は途中であります』

「終わりだ。ないと言ったらない」

 俺はあいつらを信用しない。それだけでこの話は終わりだ。これ以上やかましいなら、カンテラに布でも巻いて黙らせようか。

「ぱぱー!」

 と、やかましい奴が吼える。

 走って来る。突撃してくる。頭突きしてくる。

「ぱーぱー!」

 影が呼んだのか榛名だった。

「これなにー?」

 黙り込んだカンテラを覗き込む。雪風は時雨と俺の前でしか喋らない。

「口うるさい妖精の詰まったカンテラだ」

「おにゃーちゃん、おなかへった」

 一瞬で榛名の興味は他所に移った。

「今作ってるから、包丁握ってる時に近づくな!」

 朝飯の準備中である時雨は、榛名を追い払う。榛名は気にしていないが、時雨は妙に榛名を邪険に扱っていた。

「ぱぱー」

「はいはい」

「うきゃきゃ」

 膝の上に乗って来たので、短くなった髪を撫でてやった。

 ランシールとテュテュ二人がかりで毛を短く刈って、今はゆるフワヘアーのショートボブである。強い癖っ毛の為、所々髪がカールしていた。

 母親は綺麗なストレートなのに誰に似たのやら。

「………………」

「どした?」

 時雨がガン見している。

「別に」

 不機嫌そうに包丁で野菜を叩く。普段と違って音が荒い。

「あきたー」

「へぇへぇ」

 俺に飽きた榛名は部屋を見回す。犬に近寄りそうになったので止めた。

「あの犬は駄目だぞ」

「なんでー?」

「噛むからだ」

「かまれるとどうなるのー?」

「死ぬ」

「ちかよらない」

「バフ!」

 おい、と噛み殺し犬が抗議するが無視。

 すると、テュテュが階段から降りて来た。

「まにゃー、だっこー」

 早速、テュテュに駆け寄る榛名。

「ハルナは甘えん坊さんニャー」

「きゃきゃ」

 テュテュは榛名を抱き上げると頬擦りした。嬉しそうに榛名は声を上げる。こいつは、実の母親よりテュテュに甘えている気がする。

 仕方ないか。ランシールは国後にかかりきりなのだ。

 あっちの赤ん坊は、普通のヒームのようにゆったりと成長している。榛名のように急にデカくなる兆候はない。成長するには長い年月が必要と言うのに、

「テュテュ、ランシールの様子は?」

「良くないニャ。今日一日エヴェッタさんに診てもらって。駄目なら、治療術師さんを呼ぶニャ」

 ここ最近、ランシールの体調は優れない。産後の環境の変化に、慣れない子育て、手助けがあるとはいえ、これで体調を崩さない方がおかしいか。

「国後だが、雪風に任せて問題ないのか?」

 黒髪の赤子は、人間の方の雪風が預かって、今はあいつの拠点にいる。家に置いておくと、ランシールが体を引きずってでも面倒を見てしまうからだ。

「ユキカゼさんはともかく、アリアンヌさんがいるから大丈夫ニャ」

「そうなのか」

 テュテュのアリアンヌへの信頼は何なのだろう。

 あいつマジで経産婦の可能性が。

「シグレ、手伝うニャ?」

「大丈夫だよ」

 時雨は母親にも素っ気なく返す。今日は、いつもより愛想がない。

「そういえば、二人共仕事は?」

 時雨もテュテュも、今日は朝からのんびりとしていた。普段は忙しい時間のはずだ。

「食品の仕入れで、今日からしばらく休み」

「あ、そうなのか」

 時雨が、まな板を叩きながら答える。休みは良いと思う。この親子は働き過ぎるくらい働いているのだ。

「まにゃー、遊んで遊んで」

「んーそうニャー」

 榛名が尻尾をブンブン回してテュテュにせがむ。ちなみに、榛名は時雨が昔着ていた給仕服を着ていた。こう見るとテュテュとは実の親子のようにも見えた。

「それじゃニャ、手を洗う遊びをしようニャー」

「はーい」

 テュテュは榛名を台所に連れて行き手を洗わせる。

「肘までしっかり洗うニャ。綺麗に洗えたら後でご褒美あげるニャ」

「ごほうびヤター」

 嬉しそうに榛名は手を洗う。

「次は野菜を切る遊びをするニャ」

「キルー」

 遊びというか家事だよな。

 と言うか乗せ方が上手いな。

「シグレ、練習に使う木製の包丁どこニャ?」

「………………」

 時雨は無視して野菜を切る。

 もの凄いスピードでキャベツを切って、あっという間に全部切り終えてしまった。

「えーと、それじゃニャ。美味しいスープの作り方を」

「おー」

 気を取り直して次には、

「うるさい!」

 行かなかった。時雨が激怒したからだ。

「食事作りは遊びじゃない! 大変な仕事なんだ!」

「でもシグレも、こうやって覚えたニャ。最初は何でも楽しい事から入らないと」

「ブーブー」

 時雨の剣幕が怖かったのか、榛名はテュテュにしがみついて声を上げる。

 それが、更に駄目だったようだ。

「何だよお前! 離れろよ! ボクのかーちゃんだぞ!」

「おっと」

 スタンバっておいて良かった。

 時雨に突き飛ばされた榛名を、転ぶ前にキャッチできた。

「シグレ! 暴力は駄目ニャ!」

「ぐっ、かーちゃんまでそいつの味方するのか!」

 時雨の目からボロボロと大粒の涙が流れる。

 榛名は状況が理解出来ておらず、ポカンとしていた。

「そんな事ないニャ。シグレが一番大事ニャ」

「そいつばっかりズルいぞ! ボクの方が頑張ってるんだ! それなのに何だよもう!」

「そうニャその通りニャ。よしよし」

 テュテュは時雨を抱き上げた。時雨は声を押し殺して泣き声を上げる。

 何だかんだで、こいつも子供だな。色々溜め込んでいたのだろう。

「アッシュさん、ニャーはシグレに付いているからハルナはお願いしますニャ」

「へ?」

 テュテュは時雨と二階に行った。俺と榛名は一階に残される。

『………………』

 変な沈黙が流れた。

「おい、犬」

 チャチャっと爪の音がして犬は地下に逃げた。

「てめぇ」

「ぱぱー、おなかー遊んでー」

「ええと」

 今日、外せない用事があるのだが、この幼児を連れて行けと?

「おい雪風」

『………………』

 妖精は何も言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る