<第四章:炎の子>


<第四章:炎の子>


 時刻は深夜。

 霧の立ち込めるレムリアの夜は、命を奪う極寒である。白い闇に潜むのは、厳しい寒さだけではない。何よりも冷たい人間のおぞましさが隠れている。

 姿の見えない夜盗の噂。

 一晩で建物ごと消えた商会の噂。

 雪のような肌の化け物の噂。

 どこからか響く獣の声。

 地下から響く女の声。

 日々流れる噂は数知れず、真実に近づいた者は決まって朝冷たくなって発見される。どれもが怪しい危険を孕んでいるのだ。触れるべからず、忘れるべからず。

 そんな夜の中、俺は人を待っていた。

 

 場所は街の東門。少し前に封鎖された場所である。

 原因は二つ、歴史と立地だ。

 ここは、この土地の街が最初に出来た場所である。時と共に北、南、西と地区が増設され今のレムリアに近い形になる。そして、獣人同盟の本拠地である獣人の森が近い。そのせいもあってか、獣人が多く住む地域であった。

 騎士団が何度か襲撃して、住民を殺害、もしくは拉致するも、急な積雪により老朽化した建物の倒壊が相次ぎ、管理ができぬまま放置された。

 残ったのは、雪に埋もれた廃墟と隠れ住む世捨て人達。

 道中、危険な視線を感じたが、適当に威圧すると蜘蛛の子散らすように気配は消えた。

 良くも悪くも、そういう人間達が多いのだろう。


「一人か?」

「一人だ」


 闇夜からの声にそう答える。

「共を連れようものなら、叩き斬ってやろうと思ったが。自信か、確信か、それなりに腕はあるようだな」

 現れたのは、金髪を短く刈った男。堂々とした体格で左目の下に刃物傷がある。

 年齢は三十代半ば、しかし歴戦を思わせる気配を持っていた。

「ほう」

 意外な遭遇に俺は声を上げた。

 男は毛皮のマントを羽織っていた。それに黒革の鎧。腰には、レムリアに普及しているロングソードと違う幅広で肉厚の剣。

 紛れもなく諸王の系統だ。しかもこいつ、酒場でネズミを含め騎士を斬り殺した野郎だ。

「獣人同盟との会合のはずだが」

 男はどう見てもヒームである。耳や尻尾は見当たらない。

「そうだ。オレはただの付き添いである」

 挟み込むように俺の背後に気配。

 次に現れたのは、小柄な犬系の獣人。 

 手には細身の槍を一つ。そこらの町人のような服装に黒いマントを羽織っている。

 至って普通に見える男。

 こいつは、戦ったらやりにくい相手だな。

 覇気を上手く隠している。実力が見えない。弱そうに見せて、一息で心臓を貫いてくるタイプだ。

「私が、新しい獣人同盟の頭目だ」

「名を名乗れ」

「デブラだ」

 ん? どこかで聞いた事がある名前だな。

「この男は、レムリア王の衛兵長をやっていた。こう見えても一角の戦士だぞ」

 ご丁寧に諸王風の男が解説してくれる。

「で、あんたは?」

「この方は………よろしいですか?」

 デブラが何かを言おうとして、わざわざ男の許可を求める。

「構わん。いや、自ら名乗ろうか。我が名はベルハルト・オル・レムリア」

「何?」

 こいつ今、レムリアと言ったのか?

「つまりは、レムリア王の第一子。第一王子となるな」

「おい、冗談は止めろ」

 本当なら本物のレムリアの後継だ。正し、レムリアの第一王子は既に亡くなっている。騙りにしては冗談が過ぎる。

「残念ながら冗談ではない。これを見よ」

 ベルハルトは腰の剣を抜き、柄に巻いた革を取り払う。

 そこには、目を見張る青い宝石が埋め込まれていた。

「これぞ、レムリア王が最後の冒険で手に入れた財宝。秘石アークである」

 その石について聞いた事はない。レムリア王の最後の冒険とやらも知らぬ。けれども、この石の中に何かしら得体の知れない輝きを感じた。

 これを信じるべきか否か。

「………分かった。一応、レムリアの第一王子として受け止めよう」

 今は予感に従う。

 どうせ家に帰ればランシールがいるのだ。確かめたら一発で分かる。

「だが、オレの事は気にするな。王位に興味はない。血も位も全て捨てた身だ」

「は?」

 それこそ冗談が過ぎる。

「この方については一旦忘れてください。私の身の証の為に、同行してくれたのです」

「忘れろって、お前」

 デブラはそう言うが、こっちの方が重要な人物に思えて仕方ない。

「忘れろ。オレは旧友の為に一働きしただけだ」

 蒸し返すと話が進まないか。

 いきなり気を散らしてくれる。

「分かった。獣人同盟の頭目、デブラ。単刀直入に言う。俺の下に付け」

「私達に服従しろと?」

「服従ではない。俺の命令に従ってもらうだけだ」

「何が違うというのでしょうか?」

 デブラは不快感を顔に出した。虐げられて来た獣人らしい感情だが、そんなモノで打開できるならとっくに世は獣人のものだ。

「デブラ、この男は“裏切るな”とは言っていないぞ。つまり――――――」

「おい、あんた」

 口を挟んできた王子様にガンを付ける。

「付き添いなら、これ以上口を開くな。出しゃばるならエリュシオンに売り渡すぞ」

「一理あるな」

 肩をすくめて王子は下がる。妙な気品と余裕を感じた。

 どうせこいつは、デブラの参謀だ。後であれこれと口を出すだろうが、今はサシで言質を取りたい。ま、無意味なこだわりである。

「俺はエリュシオンを潰したい。お前らは俺を利用したい。だから俺も、お前らを利用する。しかしお前らは、こう何というか………………アホだ。次にオロックのようなボケ茄子が頭目になったら、お前らは簡単に滅びる。いや、俺が滅ぼす。俺一人で滅ぼせる。そういうわけで俺に従え。上手い事やってやる。損はさせない。

 死ぬほど大変だろう。

 てか、死ぬ。でも、無駄死にはさせん。

 お前らは戦士なんだろ? 惨めに生きるより、華々しく死にたいだろ? 好機だと思うぞ。これを逃したら、な~にも変わらない。ヒームに血と種族を削られて行くだけの生活が続く」

「私達を甘く見ない事だ」

 デブラの声音が低くなる。

 耐えてはいるが、怒り心頭のようだ。

「貴様抜きでも騎士団を潰す程度――――――」

「やれて物取り程度だな。獣人同盟はまとまらない。お前らは個々が強すぎる故に、力だけの大馬鹿者を頭目に置いてしまう。オロックが良い例だ」

「オロックが愚かだったのは認めよう。だからこそ私が」

 オロックもデブラも、違いがあるようには思えない。

「何か計画はあるのか? これから先、十年、二十年と先を見通して戦う計画はあるのか? 末端のチンピラを殺しても幾らでも補充されるぞ。今のままでは何も変わらない」

 正論を並べる。

 俺が嫌いな類の正論だ。

「まず、レムリアの血縁を解放する。レムリア王の従兄であるラスタ・オル・ラズヴァ様だ。彼の力添えの元――――――」

「デブラ」

 見かねた王子が口挟む。しかしもう遅い。

「頭目が簡単に計画を漏らす。俺がエリュシオンを裏切っていなかったら、お前らはお終いだ」

 デブラ、この男は戦士としては優秀なのだろう。残念ながら、それと人の上に立つ才能は全く別のもの。

「ッ」

 デブラが槍を構え、ベルハルトが剣を抜く。

 半ばから断ち切られた槍の柄が夜空に飛んだ。鉄ごしらえの柄を容易く。前に酒場でも見たが、ベルハルトの剣の腕は達人の域だ。

 右腕一つの俺に、勝てるのか?

「ベルハルト様ッ、何を?!」

「急くな、デブラ。アッシュとやら、すまないがオレの質問に答えてくれ。返答次第では、即獣人同盟が力を貸そう。オレがまとめてやる」

 そいつは話が早い。位を捨てたと言ったが、レムリアの血族なら過去の盟約が生きている。獣人同盟をまとめる事も楽だろう。

 てか、最初からお前がやれよ。

「言え、答えてやる」

「何故、エリュシオンに仇なす? 貴様からは打算を感じるが狂気は感じない。宿主を殺そうとする虫は、総じて気狂いのはずだ。何がしたい? 何を成したい?」

 こいつらの中では俺は騎士になっているのか。都合の良い勘違いだ。それを抜きにしても、極シンプルでくだらない理由である。

 それを信じるか否か。

 ん、俺の考える事ではないか。

「気に食わないからだ」

「………………ん?」

「それだけだ」

「………………」

 ベルハルトは無言になった。

 ちとシンプルに言い過ぎた。言葉は時に飾り気が必要な時がある。

「気に食わないから、レムリアから騎士を消しエリュシオンの勢力を一掃する」

「援軍が来るぞ」

「来るかもな。それならそれも潰すだけだ」

「貴様、レムリアの王になるつもりか?」

「無いな。それだけは無い。俺は支配に興味がない」

 俺のような奴が王になれば、広がるのは瓦礫だ。

 今、目の前にある景色のような、人のいない白い滅び。塵の国だな。

「おかしな男だ。王性は持つが、野望は持たず。支配に興味はないが、服従を迫る。矛盾しているようでいて理が通っている。遠征騎士団を潰すという一点に置いてはな」

「そいつはどうも」

 何か腹の立つ人物評だな。

「デブラ、オレは一つ賭けてみるぞ」

「良いのですか?」

「構わん。いざとなれば身を賭してこいつを消す」

「豪気な脅しだな、王子様」

「オレを王と呼ぶな」

 本物の殺気が飛ぶ。レムリアの王の子息の癖に、王と呼ばれる事を嫌うとは。こいつも相当な人間だと思うが。

「じゃあ、ベルハルト。獣人同盟をまとめて来い。あまり待てないぞ」

「安心しろ。オレはせっかちでな。夜明け前にはまとめてやる」

 そいつは話が早くていい。

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