<第三章:そして集まるケダモノ共よ> 【08】


【08】


「なあ、ローンウェル。妖精って奴を見かけた事あるか?」

「妖精ですか………冒険者と取引をすると世も珍しい物を無数に見ますが、生きた妖精は見た事はないですね」

 今日は少し立て込んだ。

 開店して間もなく酒場に騎士が現れたからだ。と言っても、レムリアで今一番多い類の騎士。権力を着ただけのチンピラ。しかも、百人長のお達しを全く聞かない系の人間だ。

 そいつらの身ぐるみを剥いで通りに吊るし、遅れて普段の相談事を片付けていると昼飯時を過ぎてしまった。

「“生きた”って事は死体か何かはあるのか?」

「ありますねぇ、妖精の剥製を金貨30枚で買った事があります。ま、あれはモンスターの死体を縫い合わせた物だと後から気付きましたが」

 似たような話を、どこかで聞いた事がある。

「で、それは幾らで売ったんだ?」

「人の悪い質問だ。………こちらも商売ですから、【珍しいモンスターの死体】として金貨50枚で販売しました」

 縫い合わせた死骸が珍しいと言えば珍しいか。

「そういうもんだな」

「そういうものです」

 あこぎな商売ではあるが。

「所で、あれは良かったので?」

「ああ、問題ない」

 “あれ”とは寒空の下で吊るされたチンピラ共だ。

「エリュシオンにも面子がある。真っ裸で恥をさらした雑魚を、騎士とは呼ばないさ」

 呼ばせないように裏工作済みだ。

 騎士団の上は頭数を増やしたいのだろうが、中間管理職からしたら腐敗した人材なんぞマイナスでしかない。どんな分野も、腐ったモノは切除するに限る。

「さようで。アッシュさんがそう言うのなら大丈夫なのでしょう」

「さあな? もしかして今日にでも、俺の企みに気付いてケルステインとやらが襲撃して来るかも」

「ご冗談を」

「無い話ではないと思うが、なんせ」

 執務室の椅子に体重を預ける。普段よりリラックスした体勢になり、机に立て掛けた剣を手に取った。

「獣人同盟と繋がりのある商会長様が、俺の目の前にいるのだから」

 ローンウェルは表情を動かさない。

「話を戻すが、俺は妖精とやらに出会った。世間一般のイメージとはかけ離れた者だったが、そいつが言うには、獣人同盟とザヴァ商会は繋がっているとか。それこそ実に密な関係だそうな」

 まだ表情は動かない。

 これは、妖精の方の雪風が正解のようだ。

「まいりましたね。実に、参りました。どちらが転んでも良いようにと進めて来たのですが、まさか転ぶのが自分とは」

「お前向いてないぞ。矢面に立つにしてもひ弱すぎる。特に今のレムリアじゃ致命的だ」

 いや、妖精の助言がなかったら、ザヴァ商会と獣人同盟の関連に気付くのには今しばらく時間がかかった。実際はよくやっている方だろう。

 俺を打開できれば、だろうが。

「向いていないのは自分でも分かっていたのですが、他にやりたがる人間がいなかったので」

「貧乏くじ引いたな」

 優秀な奴ほど損をするとは、皮肉なものだ。

「生き残る為には仕方ない事です。実際、今日までは延命できた。明日からは、アッシュさん次第ですがねぇ」

「そりゃ責任重大だ」

 ローンウェルはカラッとした表情を見せる。これは重荷を降ろした人間の顔だ。

「獣人同盟をどうするつもりで?」

「潰すのが一番良い」

「売り払って、出世の肥やしにすると?」

「そうだ………と言いたい所だが、連中の出方次第だな」

「ふむ、参考までにお聞かせください」

 ローンウェルの神妙な顔付き。

 こいつ獣人同盟の連中に情が移っているな。

「一言でいえば服従だ」

「それは駄目ですね。その服従から脱却する意思を元に、彼らは集っています。組むのなら五分と五分の付き合いで――――――」

「絶対に駄目だ。五分の付き合いはありえない」

「何故ですか? 協力を得られれば戦力も整う。遠征騎士団を倒すにはどうしても頭数が必要になるはずだ」

 実に商人の考えだな。

「人の感情は数字ではないからだ。絶対に半々に分かてない。そこに平等なんて安っぽい言葉は存在しない。だからこそ、上下をしっかり決め良し悪しを決定しなければならない。踏み付けてもな」

 服を着て、権威を着て、偉ぶった理屈を頭に入れても、それでも尚ヒトはケダモノだ。

 繋ぐ鎖が必要なのさ。

「正論のように聞こえますが、エリュシオンの支配と何が違うので?」

「違わないさ。同じだ。違うのは上から下に益が行くか行かないか。俺は、報酬をちょろまかして懐に入れたりはしない。働く人間にはしっかりと対価を払う」

 ここで働くようになってからは、金の問題は事細かくしっかりと管理してきた。商会からの賄賂は全部酒場に還元して、懐に入れたのは僅かな報酬だけ。

 良く働く者にはボーナスを上げた。年齢経験、立場を問わずに“平等”に“不平等”な仕事の価値だけで報酬を上乗せして。

「確かにあなたはそういう人間ですが、連中が」

「信用するかしないかは、あいつら次第だ。ローンウェル、俺もまたどっちに何が転んでも良いと思っている。実際に問題ない。こればっかりは組織ではなく、個人の強みだがな」

 俺はまだ何も背負っていない。

 家にいる連中など、所詮は見せかけの付き合いだ。最悪の場合、俺はアリアンヌだけ抱えて逃げればいい。

「一つ、個人的な質問を。あなたはレムリアの王になるつもりですか?」

「………………冗談言うな」

 唐突な質問に答えるのが遅れた。

 ローンウェルは続けて質問してくる。

「仮に、全てが上手くいったとして。その後あなたは、絶大な権力を得るかもしれない。それを捨てるというのですか?」

「功を遂げ、身退くは天の道だ」

 思い浮かんだ言葉を口にする。

「え? すみません。よく分かりませんが」

「俺は身の退き方は知っている人間だ。無報酬は嫌だが、身に余るものはいらん」

「なるほど。分かったような気はします」

 ビジネスパートナーに理解してもらえたのなら、幸いだ。

「じゃ、ローンウェル。後は分かるな」

「ええ、もちろん」

 思ったよりも、早くチャンスは訪れた。


「ケダモノ共を集めろ」

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