<第三章:そして集まるケダモノ共よ> 【05】


【05】


「貴様に依頼がある」

「断る」

 組合長の申し出を一蹴する。

 所変わって、人気のない路地裏である。こんな奴を家に上げるほど俺は馬鹿じゃない。

「ならば―――――」

「おい、一つだけ警告するぞ」

 権力を持った奴は、相手が従わなかったら必ずやる事がある。

「脅すなら全てを賭けろ。心臓抉られた程度では、死なない事は分かった。だが、所詮は死なない程度だ。手足を千切った後、鉄箱に詰めてダンジョンの奥底に放り捨てればいい」

「急くな。私は争いに来たのではない。依頼を持って来たのだ」

 こいつの物言いは少しだけメルムに似ている。

 実に、不愉快だ。

「それを俺が受けなくてはいけない理由は?」

「金では不満か?」

「不満だ」

 こいつからは貰いたくない。金に良し悪しがあるとは言わないが、そう割り切っていても、こいつからは貰いたくない。

 俺個人の感情の問題だ。

「なら、これではどうだ?」

 組合長は玉子を取り出す。高価な宝石の散りばめられた卵。インペリアル・イースターエッグである。

「高そうだな。俺には不要な物だ」

 本当に高価でも俺には捌くルートがない。興味なし。

「外見に大した価値はない。真価は中身だ」

「中身?」

 組合長が卵を振ると、小さな音がした。

「この中には、私を殺せる術が書かれている。これを貴様に渡す。信用の証としてだ」

「そんな言葉で信用しろと?」

 取りあえず卵は受け取る。いやこれ、外見も高いと思うぞ。

「嘘ではない。貴様は冒険者組合長の命を預かっているのだ」

「それが既に―――――」

 胡散臭いのだが、水をかけあっても話は進まないか。

「聞くだけだ」

「恩に着る」

 組合長が話をする前に、俺は周囲の気配を探る。通りで警戒している雪風が一人。他には何も無い、と思う。

「エリュシオン第五法王・放浪王ケルステインを暗殺して欲しい」

「断る」

 おいおい、いきなり事だぞ。

 冒険者組合長がエリュシオンの王を暗殺とか。

「何故だ? 貴様が遠征騎士に入り込んだのは、内側から食い破る為だろう?」

「それは誰に聞いた?」

 組合長は雪風を指差した。

「あいつの思い違いだ」

 否定はする。

 例え正解でも否定する。

「では何故騎士になった?」

「お前には関係ない」

「貴様なら、奴を殺せるやもしれん」

「買い被りだ。自分でやれ馬鹿野郎」

「できるなら殺っている。できぬから恥に耐え、貴様のような人間に頼んでいるのだ。あの力、獣と同じホーンズを一声で無力化させた力。まるで、本当の英雄の力だ」

 黙れ。

 俺を英雄と呼ぶな。

「今聞いたことは忘れてやる、帰れ」

「そうか………では本題に入ろう」

「は?」

 暗殺が本題じゃないのかよ。

「レムリア城の地下監獄に囚われているエルフを救出してもらいたい。名は、ラウアリュナ・ラウア・ヒューレス」

 聞いた名前だ。確か、ランシール姫と交換する予定だったとか。

「俺に姫様を取られたから、別の姫様を取って来いと?」

 てか、最初に無茶苦茶を言って次に現実的な案を出すとか、交渉慣れしているな。

「そうなるな。どの道、破談する可能性が高かった話だ、忘れて欲しい。地下監獄には、何人もの密偵を送り込んだ。誰一人として戻って来た者はいない。旧辺境伯の時代からあそこは魔境なのだ」

「尚更――――――」

 引き受ける理由はない。ないはずだが、言葉に詰まる。

 打算と言葉にできない感情が半々。

 ラウアリュナ、メルムに縁を切られたエルフの姫君。胸騒ぎがするな。

「地下には他に、誰が囚われている?」

 誤魔化しついでの質問。

「レムリア王の関係者と親族。付き合いの深かった商会関係者。それと、勇者フレイ・ディス・ギャストルフォ」

「勇者?」

 何だそりゃ。

「ラウアリュナ様の学友だった方だ。彼女を救おうと監獄に乗り込み、ケルステインに敗北した」

「勇者ねぇ」

 俺には関係ないな。

「勇者の救出についても依頼はある。勇者の親族やパーティから莫大な報酬金が出る」

「おい、俺はやるとは言っていない」

 話を進めるな。

「すまない。だが、悪い依頼ではないはずだ」

「悪くないってお前」

「エリュシオンの百人長クラスになれば、犯罪者の尋問として監獄に入る事が出来る。私と冒険者組合の力で、貴様を短い期間で百人長にしてやろう」

 渡りに船と言いたいが、この船は転覆する可能性が高い。しかも相当危険な海域に突っ込むことになる。

 確かに俺は騎士団を内側から食い殺すつもりだ。正しそれは、別に騎士団だけという話ではない。対象は、レムリアにある邪魔なもの全てだ。

「お前、目抜き通りの商会にツテはあるのか?」

「ある。冒険者組合は全ての商会と繋がりがある」

「俺はそこの商会達を“まとめろ”と言われている。何も騎士団の傘下に入れとは言わない。それ相応の見せかけを頼みたい。出来るな?」

「無論」

「お前の手並みを見せてもらおう。その結果次第では………………依頼を受けてやる」

「了解した」

 組合長の薄い笑み。こいつは、散々人を食ったケダモノの顔だ。

「では明日」

 組合長は去り、入れ替わりで雪風が来る。

「良かったね。これ出世できるじゃない」

「あのなぁ」

 裏切り前提の出世とか笑えない。

「でも、悪い事ばっかりじゃないでしょ? 騎士団を潰すっていうあんたの目標と、囚われた人間を解放する事はウィンウィンなはずよ」

「解放するのはエルフ一人だろ」

「ついでにドーンと脱獄させちゃえば? 恩をきせる相手は多い方が良いってば」

 雪風の悪そうな顔は、組合長と比べたら可愛いものだ。

「そう簡単に行けばいいが」

 他人の思惑が入って来るのは面白くない。下手をすれば濁流に飲まれて流される。

 乗ったのは泥船か、それとも――――――

「六文銭を用意しておくかな」

「三途の川の渡し賃?」

「ん? そうだけど」

 何か思い付いた言葉を口にしてしまった。

「あんた、日本人よね?」

「日本人?」

「あたしと同郷って事。異邦人って言った方がいいか」

「異邦人か」

 言われてみれば、時々浮かんでくる記憶や習慣はこの世界に当てはまらない事が多い。

「記憶のない異邦人ね。ふーん。これも調べておくわ。無料でいいわよ、あたし個人の興味だから」

「勝手にしろ」

 一笑して雪風も去って行った。

「はぁ」

 面倒くせぇ。

 俺は一人でやるのが好きなんだが、どーしてこうも人が絡むのか。

「あ」

 卵、返し忘れた。

 こんなもん貰っても使い道がない。しかし、捨てようにも大事そうな物だった。

「死なない奴を殺せる方法ねぇ」

 気にならないと言えば嘘になる。が、あんな奴の秘密など知りたくもない。

 どうしたものかと弄んでいるうちに、パカリと卵が開いてしまった。

 ひらりと落ちるメモが一枚。

 拾い上げるとそこには、


『そんな事、自分で見つけろ。バーカ』


 と書かれていた。

「………………ッッ」

 俺は紙をクシャクシャにして捨てた。ここ最近で一番腹が立ったかもしれない。

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