<第三章:そして集まるケダモノ共よ> 【04】


【04】


 本日の仕事は、職場の掃除をして終了。

 百人長への報告は、後日まとめてすれば良いだろう。

 家に帰れたのは昼飯時を少し過ぎた辺り。そういえば腹が減った。買い食いも考えたが、借金生活なので節約せねば。

「あ、おかえり」

「おかえりなさいニャ」

「おかえりなさいです」

「ただ今」

 時雨、テュテュ、エヴェッタさんが迎えてくれる。まだ仕事だと思っていたのに。

「早いな。何かあったのか?」

 まさか初日から襲撃されたか?

「別に普通に繁盛した」

「そうか」

 今日はホットドッグを販売したそうな。下ごしらえは俺も手伝った。全部で300個近く用意したはずだが、それが全部売れたのか?

 テュテュが自慢気に言う。

「今日のホットドッグは、炎教の炊き出しのメニューだったニャ。司祭様がいない今、この街ではニャーしか作れないニャ。お店で出そうとも考えたけど、こういう料理は手早くお手軽がモットーですニャ。じっくり座って食べるならもっと凝ったもの出したいニャ」

「不覚でした」

 エヴェッタさんは何故か悲痛な顔でうなだれる。

「余り物は全て食べるつもりでしたが、まさか一つも残らないとはッ!」

 本気で悔しそうだ。

「次こそは!」

「エヴェッタさん、つまみ食いはダメだよ」

「駄目ニャ」

「………………」

 テュテュと時雨に言われ、エヴェッタさんは泣きそうな顔になった。

「一つくらい?」

「そう言って、味見の時は偉い事になっただろ」

 止めるのに俺も手伝った。

「テュテュさん!」

「もうすこ~しの辛抱ニャ。久々で珍しいから売り切れただけニャ。そのうち残るニャー」

「その時は是非! 是非!」

「その時は頼むニャー」

 こくこく頷くエヴェッタさんだが、テュテュは余らせる顔ではない。しばらくの間、ホットドッグはお預けだろう。

 ぐきゅーとエヴェッタさんの腹の音。

「所でお昼はまだですか?」

 一応彼女は居候である。

「忙しくてお昼まだだったな。ボクなんか作るよ」

「手伝うニャー」

「いいからいいから、かーちゃんも休んでろって」

 俺は居間のテーブルに着く。エヴェッタさんとテュテュが隣の席に。

「ん」

 何だろう。この違和感は。

 時雨は手を洗うと、キッチンで包丁を持った。リズミカルな音が奏でられる。

「シグレ、今日のお昼は何でしょうか?!」

「できてのお楽しみー」

「んもう!」

 エヴェッタさんは子供っぽく椅子を鳴らす。いや、よく見なくても年端もいかない少女なのだが、どうしてそう見えたのか。相変わらず俺の記憶や感性がよく分からない。

 階段を降りて来る音がした。

 ランシール姫だ。

 今日も大事そうに、黒髪の赤子を抱えている。銀髪の方は寝ているのだろうか?

「早かったのですね。お店は大丈夫でしたか?」

「姫様、すぐ食事にしますから席についてて」

「何かお手伝いを」

「いいからいいから」

 ランシール姫も時雨に言われ席に着く。俺の正面だ。少し、しっくりした。

「アッシュ………さん。でしたね。どうですか、仕事の方は?」

「え」

 そんな事を姫様に聞かれるとは思っていなかった。

「す、すみません変な事を。騎士の出で立ちが気になったもので」

「いや、これは―――――」

 見せかけだ、と言いかけて止める。テュテュや、エヴェッタさんは、気付いているだろうが、時雨は気付いていない。俺にも見栄はある。

「大した仕事はしていない。雑用ばかりだ」

「なーんだ。立派なのは格好だけかよ」

 時雨の言葉は痛い。

「いいえ、見習いの騎士は雑用が主です」

 意外にも姫様に庇われる。

「そうやって人の立ち振る舞いを覚えるのです。ワタシも経験があります。非公式ですが、正式な騎士と同じ訓練は受けましたから」

 このお姫様、腕は立つのか。ただの良い女ではないようだ。

「姫様、それじゃこいつは見所ありますか?」

 時雨の質問に、ランシール姫は固まった。

「え、その、ワタシが言うのもおかしいとは思いますが。その、あまり騎士と言う形にはまらないお人に見えます。いえ、ワタシ個人の狭い了見での話で決して――――――」

 ランシール姫の、柔らかくしようとする努力は伝わった。

 クスクスと時雨が笑いを堪えている。

「ほらな、アッシュ。向いてないってさ。騎士なんか辞めろよ。ボクが雇ってやるから屋台一緒に出よう?」

「駄目だ」

 もう賽は投げた。回っている途中で止める事はできない。もし止めたのなら、ろくでもない事になるだろうな。

「向いてないと思うけどなぁ~」

 そういう時雨に、テュテュが何とも言えない顔を浮かべていた。姫様もそんな顔。一番、何とも言えないのは俺だがな。

 着心地が悪くなったので兜を外して、居間の隅に投げる。

 姫様に苦笑された。こういう所が騎士に向いていないのだろうな。

 エヴェッタさんは、飯はまだかとソワソワしていた。足元では犬も飯を待っていた。

 雪風とアリアンヌは冒険者の仕事でいない。

 雪風には、娼館で起こった事を話してある。リーダーとして思う所があったのか、しばらくは冒険者の仕事を詰めて、アリアンヌを娼館に近付けさせない計画だ。

「できたぞー」

 少しぼんやりとした沈黙が続き、時雨が遅い昼飯を持って来る。

「トマト味噌鍋だ。家の地下農園の野菜をふんだんに使ったぞ。バーフル様は、いつもの用意するからな」

 大きな土鍋には、赤く染まった具材がみっちりと詰まっていた。

 落ち着く味噌の匂い。ぐつぐつと煮える肉と野菜に、猛烈な空腹を覚えた。

 取り皿を並べて各自好きなように、鍋をすくい食べて行く。

「んー!」

 がっつくエヴェッタさんは幸せそうである。

「あ、あつっ」

 テュテュは猫舌のようだ。時雨もフーフーと息を吹きかけて食べている。

 犬は今日も高そうな肉をかじっていた。

 ほぎゃぁ、と赤子が急に泣き出した。

「あっ、ごめんなさい。気にせず食べてくださいね」

 姫様は席を立って居間の隅に移動する。ドレスの肩をはだけさせて、赤子に飯を上げていた。

「イヤラシイ」

「なっ」

 時雨につつかれる。

「シグレも欲しいニャ? それならニャーが」

「なっ、かーちゃん! ボクはそんな子供じゃ!」

「というか、出るのか?」

 俺の至って真面目な質問である。

「不思議ニャ、昨日赤ちゃんの面倒を見ていたら出たニャ」

「おおう」

 マーベラス。

「おいコラ、アッシュ。飯抜くぞ」

 黙る。

 黙ってトマト味噌鍋をいただく。

 取り皿によそって、まずスープから味見。煮詰めてマイルドになったトマトの酸味と味噌や具材の旨味が合わさっている。良き塩梅。大変美味。

 次は贅沢に入った豚バラをいただいた。柔らかくジューシーで、無限に食べられる気がする。出汁を吸ったキャベツがホロホロで美味い。豆や人参、芋なんかも小粒に美味しい。

 この親子と関わってから、俺の食事は前と段違いだ。

 時雨は、姫様用の取り皿に鍋を移していた。気の利く子供である。将来良い………嫁なのか婿なのか、いまだに分からん。

「はふ、はふ、はふ」

 エヴェッタさんは相変わらずよく食べる。鍋の量もそれ用に調整しているようだけど。

「ごめんなさい。いただきます」

 姫様が戻って来た。

 食事を終えたテュテュが赤子を預かる。食の細さが少し気になった。

 姫様は上品に食事を開始。

「まあ、美味しい。どこか懐かしい味が」

 気に入ったようで何より。

「ん、良かった。王族の口に合わないかと思った」

「王も民も美味しい物の前では平等ですよ」

「にひひ」

 時雨は屈託なく笑う。俺以外の前だと、年相応にこんな感じなのは何故だ?

「しめはどうする? うどんか、パスタか、ご飯だけど」

「うどんで!」

 エヴェッタさんは即答である。

「かーちゃんは?」

「ニャーは大丈夫ニャ」

「姫様は?」

「ワタシもうどんで良いです」

「バフ」

「バーフル様もうどんな」

 犬も食うのか?

「じゃ、うどんでしめるな。卵と焦がしチーズを入れよっ」

 俺を無視して時雨は鍋を持って行く。

 すると、ノックの音が響いた。

 犬と、エヴェッタさんがピクリと動く。家の出入りは地下から行っている。雪風もアリアンヌも戻って来るなら地下からだ。

 つまりは―――――――

「俺が出る」

 姫様とテュテュが心配そうである。時雨は気にせず料理していた。

 エヴェッタさんにアイコンタクトを送り、万が一の時は即地下に移動するよう合図を送る。

 剣を片手に鉄扉の前に。

 少し開けると雪風がいた。

「た、ただ今~」

「おう、お帰り」

「ちょーっとね。あんたに話がある人がいて、連れてきちゃった」

 てへっと笑う雪風。額には冷や汗が浮かんでいた。

 彼女が退いて現れたのは、

「先は世話になったな」

 髑髏の杖を持った少年。先に俺が心臓を貫いたはずの冒険者組合長だった。

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