<第三章:そして集まるケダモノ共よ> 【03】


【03】


「過去の事は一切喋らん。顔付きを見て決めてくれ」

 ただ今、騎士団の駐屯所で面接中。俺の開口一番の台詞はこれである。

「顔付きって、お前」

 エリュシオン遠征騎士団百人長は、俺を見るなり苦笑いを浮かべる。それもそうか。俺は兜を付けていた。

 バイザーを上げて顔を出す。

「………………」

 百人長の顔が歪む。

「その金の瞳と、白い髪は何だ?」

「さあな」

「いや、待て。その鎧はどこで拾った?」

「さあな」

 メルムの拾って来たこの鎧は、エリュシオン系統のよくある鎧だ。くすんだ白いフルプレート。少し違うのは左半身を覆う肩マントと獣の顔が彫られたマント留め。それに兜が特徴的で、故の分からない獣がデザインされている。

 エリュシオンの騎士は、何故か慣習的に兜を付けない。珍しいのは兜のデザインと言うより、兜を付けている事自体だ。

「一つ、聞いてもよろ………しいでしょうか?」

「?」

 過去の事は一切喋らないと言ったのに。

 と言うか、何故か百人長は俺に敬語になっている。

「あなたは、ディルバードと言う名前ではありませんか?」

「俺はアッシュだ」

 誰だディルバードって? ムカつく名前だな。

「他に生き残りはいないのですか?」

「は?」

 百人長は更におかしな事を言う。

 生き残りとはどういう事だ?

「まさか本人が、いやそうでなくてもお付きの騎士であるなら」

 ブツブツと百人長は自分に語りかける。

 金さえ払えばゴロツキでも騎士になれると聞いていたのに、変な流れである。

 まさか俺、落ちるのか?

 家を出る時に時雨に『マジメに働けよ!』と言われたのだが、面接で落とされるのか。

「あ、アッシュさん。ここには一体何を?」

「入団の希望だ。官位を買う為の金も用意した」

 雪風に借りた金を百人長のテーブルに置く。百人長の顔は更に苦いモノになった。

「お戯れを」

 金は押し返された。バイザーを降ろして、俺は見えないように顔を歪める。

「入団は断ると?」

「そういうわけでは、ただ参りましたな」

 百人長は、額に皺を寄せて考え込む。まだ若そうに見えるが髪は薄く、頬は痩せこけ苦労人の人相である。

「どうでしょう。不服かと思いますが、十人長の地位からで」

「いや、平で良い。何を勘違いしているのか知らないが、俺はそこらに転がっているゴロツキだぞ。だから騎士になりたい。そうなる事を望んでいる。その金でな」

「う、むぅー」

 心底悩んでいる。

 こいつ、俺をディル何とかと本気で勘違いしているのか? 何者なんだ? そういえば、メルムも誰かと勘違いして俺に斬りかかって来たような。

 関係、あるのだろうな。

「正門近くの商業地区、エリュシオンに対し敵愾心の強い商会が集まっている場所です。騎士団が幅を利かそうにも、連中は冒険者を雇って騎士団を追い払っています。そこらの“成りたての騎士”では相手にならないもので。是非とも中央商会を入れ込みたい場所なのですが、妨害は陰湿かつ苛烈なもので」

「なら単純な事だろ」

 更に上の力で潰せばいい。

 ゴロツキでかさ増ししているとはいえ、遠征騎士団は軍だ。雇われ冒険者くらい簡単に潰せる戦力はある。

「何分、人手不足でして。獣人同盟も首領を捕らえたとはいえ本体は掴めていません。諸王の生き残りも各地で騒ぎを起こしています」

 半分嘘で、半分本当だな。

「どうでしょう。アッシュさんのお手前で、まとめて貰えませんかね? その功績があれば百人長、いや遠征騎士団の幹部まで一気に入り込めるはずです」

 急に話が飛んだな。

 この男、俺を誰かと勘違いしつつもどこかで信じていない。試している。

 騎士団の内側に入り込むのが目的だったが、こいつは渡りに船なのか? それとも獣が大口を開けているのか?

 どちらにせよ、迷う理由はないな。

「分かった。俺の手前でまとめてやる」

「英雄のお手前、勉強させてもらいます」

 英雄ねぇ。

 ろくでもない勘違いだ。



 レムリア商業地区の目抜き通り。

 寒さと雪にも負けず、本日も活気に溢れている。苛酷な環境も人の熱には負けるようだ。

 この地区の騎士団の駐屯所は、かつて国営酒場だった。

 経営者がレムリア王の親族であり、レムリア王の凶行の賠償としてエリュシオンの遠征騎士団が奪い取った。

 しかしまあ、荒れている。

 窓は半分以上割れているし、壁も所々穴が開いている。雪かきをサボったのか、屋根の角が陥没していた。周囲にはゴミと積もった雪が溜まっている。

 この荒れようを放置しているとは、この駐屯所の扱いは理解できた。

 後は中身だが、それはどうでも良い。

 正面の入口を蹴り開けて突入。

 中は酒場らしく広く。酒場の客のように、酒と賭け事に夢中な騎士の姿が見られた。

「な、誰だ?!」

 椅子から転げ落ちた男が叫ぶ。視界には九人の騎士もどき。

「責任者は誰だ? 十人長がいるはずだ」

「ああん? 十人長様は外出中だよ。外で女でも買ってんじゃねぇの。てか、てめぇは何だよ」

「今日から、この駐屯所に勤める事になった」

「んだよ。新人かよ。それじゃてめぇ、おれらに酒でも買って――――――」

 やかましいな。

「お前らの“束ね”は、今日から俺がやる」

「は?」

 酒臭い息でチンピラが凄む。笑いを堪えるのが大変だった。

「っんで、新人が仕切ろうとしてんだよ。てめぇ偉いのかよ。騎士様だぞ、おれらは」

 騎士の何が偉いのかねぇ。

「それになぁ、おいらは騎士になる前、名の売れた罪人だったんだぞ。殺しに盗みと、何でもござれだ。てめぇ見たいに立派な鎧を着たお坊ちゃんに………………は?」

 俺は剣を鞘にしまう。

 放り上がった物を掴み、男に返した。

「治療術師に持って行け、しっかり止血して早く到着できれば繋がるかもな」

 男は、まだ頭で理解できていない様子。

 切断された腕と切断面を交互に眺め、一拍置いて噴き出た血に悲鳴を上げる。

「ひ、ひぃぃ」

 そして、転がりながら駐屯所から出て行った。

「お、おお~」

 何故か拍手が起きた。

「いやぁ、見事な剣技だ。あいつは口だけの奴でしてね。ここにいる全員から煙たがられた野郎で、いやぁ~スカッとした」

 次の男はゴマをすりながら寄って来る。

「ええーと、騎士様のお名前は?」

「アッシュだ」

「えーアッシュさんは、新しい十人長で?」

「違う。お前らと同じ平の騎士だ」

「………ええーと、それはつまり、どういう事でしょうか?」

 この男は特別理解が遅い。

 後ろの連中はもう剣を抜いているというのに。

「お前らの束ねは俺がやると言っただろ? 先ずはそうだな。全員、鎧と武器と【位】を捨てて、身と命だけを持って外に出て行け」

「へ、へぇーそれに従わなかったら?」

 馬鹿な男でもようやく理解できた様子。

「殺すぞ」



「うむ」

 鎧一式が9、ロングソードが29と盾が35、槍が50本近く。ざっと見、売れそうなのはこの辺りだ。

 やたら多い椅子やテーブル、転がった食器なんかは酒場の名残りだろう。こういう物は揃えると高いが、売ると安い。何かの役に立つかもしれないし放置。

 後、適当に駐屯所内を漁り、二階にある十人長の個室や、騎士団員の個室をひっくり返す。

 ゴロツキの騎士共に貯えなどなく。十人長様ですら大して持っていない。いや、持ってなさすぎる。察しが付いた辺りで、

「な、何だこれは!?」

 下で大声が響いた。どうやら十人長様が帰宅したようだ。

「ああ、どうも」

 降りて挨拶をすると、

「何者だ?!」

 激昂して剣を抜いた。まあ、そこら中で流血の跡があれば警戒もするか。

「今日からここに勤めるアッシュだ。よろしく頼む」

「なっ、ほ、他の騎士団員はどこに行った?!」

「あいつらなら、鎧と【位】を置いて出て行ったよ。二度と戻って来ない」

 全員、半殺し程度に痛めつけて外に捨てた。

 やり返してくるような肝っ玉があるなら、こんな所で腐ってはいない。それに全員、中央商会から金を借りている身だ。どういう取り立てがあるのか知らないが、恐らくはもう街から逃げ出している頃だろう。

 何もない人間が何もなく生きられるほど、今のレムリアは甘くない。

「二度とだと?! 一体どんな理由があって」

「使えないから斬り捨てた」

「なっ、そんな馬鹿な事があるか! 今すぐ報告をッ」

「あんたの部屋から証文を見つけた」

 バラッと床に書類をばら撒く。中央商会からの借金の証だ。

「この駐屯所、規模や人材に対しては妙に装備は充実しているな」

「当たり前だ。ここは前線基地として物資の保管も兼ねているッ!」

 それを、あんな連中が守っているとはお笑いである。人手不足の話、本当かもな。

 とまれ。

「足りないよなぁ。上に申請した武器の数と、保管されている武器の数が」

「………………」

 十人長様の顔が固まる。剣を持つ手も固まる。

「横流しして借金の充てか」

「待て、こんな事誰でもしている事だ。それに持ちかけて来たのは中央商会だ!」

「そうか。なら仕方ない」

「は?」

 あっさり引き下がった俺に、十人長様はポカンとした顔を浮かべる。

「俺はあんたの不正を暴きに来たのではない」

「では、何だ?」

「やるならもっと上手くやれって事だ。チマチマとやらないで、一気に稼いで夜逃げでも良い。丁度、団員が九人も消えたのだ。あんたが消えてもおかしくはない」

「つまり?」

 駐屯所の外を指差す。

「売れそうな物を馬車に入れてまとめた。ヒイキの商会に持って行け」

「なっ、いいのか?」

「いいぞ。でも二度とレムリアには近づくな」

「………………いやぁ良かった。正直、諸王や獣人の相手なんぞ安い賃金ではやっていられなかった。なってはみたものの騎士なんぞ性に合わない。家族もいない身だし、群島辺りで畑でも耕して生きるよ。ハッハッハッ」

 十人長様は笑いながら出て行った。

 外の馬車が動いて去って行く音。耳を澄ますが、他に何も聞こえない。

 転がった椅子を拾って座る。

 俺以外、誰もいなくなった駐屯所を眺めて感想を一つ。

「良し。ここは、まとまったな」

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