<第三章:そして集まるケダモノ共よ>
<第三章:そして集まるケダモノ共よ>
「うわぁぁ、無限にプニプニできるぅぅぅ」
雪風が銀髪の赤子の頬を突っつき悶絶する。
ランシール姫が赤子を産んで二日が過ぎていた。産まれた双子は健康そのもの。姫の体調も、疲労はあるものの良好と言える。
「やっぱりおかしいニャ」
テュテュは、自分が抱いている黒髪の赤子を見て首を傾げた。
「この子、一日たっても耳も尻尾も生えないニャ。流石にこれは遅すぎるニャ」
獣人というのは、産まれた瞬間はヒームと大差ないらしい。その後、遅くても半日で獣人としての特徴が現れる。丸一日経過しても変化がないのは、異常だそうな。
「ごくまれに獣人の特性が全く出ない子が産まれるそうですが、まさかこの子がそうとは」
ランシール姫が抱いている銀髪の赤子には、小さいが彼女と同じ獣耳があった。
「どっちも可愛いぃぃぃ」
雪風は、昨日からずっとこんな感じである。
「さてランシール姫。産後間もない所すまないが、本題に入りたい」
コロッと態度は変わり、雪風は俺を睨む。こいつはさておきだ。
「ワタシは姫ではありません。獣人を姫と呼ぶなど――――――」
「獣人同盟はそうは思っていない。あんたを【レムリアの後継】と考えている。俺の仕事は、連中にあんたを引き渡す事だ」
「ちょっとアッシュ?!」
怒りだす雪風をランシール姫がなだめる。
「よいのです。妾腹の子とは言え、王の血を引く者として覚悟はあります。ですが、この子達は」
それが問題だ。
俺はランシール姫を持って来いとは言われたが、子供までは聞いていない。
「子供に付いては………あんたはどうしたい?」
「どう、とは?」
「母親として、子の将来には希望があるだろう」
「できるなら、ワタシのような生き方はして欲しくないですね。何も背負わず自由な生を歩んでほしい」
「すまん。もっと具体的に頼む」
王族の関係者であるなら、子供を引き取って育ててくれる人物の一人や二人知っているはずだ。
「申し訳ありませんが、あなたは誰なのですか?」
「あ」
ごたごたしていて、完全に名乗るのを忘れていた。
「俺はアッシュ。只の情報屋だ」
「只の情報屋がソルシアを倒し、あの階層からワタシを解放したのですか?」
「運が良かった。俺の運じゃない。あんたのな」
自分の右腕を見る。元の人間の爪に戻っている。
あの力はよくない。よくないモノだ。二度と使うまい。
「ワタシは幸運に見放された女ですよ。子供達は………………」
言葉に詰まる。
悩んでいる様子。
「ニャーが引き取ろうかニャ?」
「待てテュテュ」
俺が言う事ではないが、口を出してしまう。
「時雨から聞いているぞ。お前体調が良くないらしいな。店だって時雨一人では負担になる。そこに子供の世話まで追加されたら」
「それは、ええと」
困った顔でテュテュは笑う。善意とは言え、自分の子供に負担を強いるのは腹が立つ行為だ。
「あ、あたしが」
「問題外だ」
雪風の戯言はきっぱりと切る。
「一人、父の盟友であるメディム様なら頼れるかもしれません」
「メディム」
冒険者の父か。それはややこしいな。その情婦である女将の命令で、俺は獣人同盟との繋ぎをやっている。
子供まであの女の手に委ねて問題ないのか?
いや、
俺は何を心配しているのか? それで問題ないだろう。
レムリアの後継など、俺には縁のない存在だ。謀が好きな連中に材料を全部くれてやって後は知らぬ存ぜぬ。後味の悪さも翌日には忘れる。
後は、元の生活に戻って終わり。
せいぜい俺の心配は借金くらいか。それはそれ、なるようになれだ。
「分かった。話は通しておく」
「助かります。何から何まで、どうお礼をしては良いのか」
「気にするな。仕事だ」
哀れな姫様だな。何も知らずに。
いいや、メルムの言う王族の女の覚悟とやらか。俺には何もかも分からない事だ。
「では後は―――――」
「ちょーっと良いかしら?」
部屋の隅には、目を細くして笑みを浮かべるアリアンヌの姿が。
「色々と聞きたい事がありますのよ。一番は、まずア~~~~ッシュ。何であなたが仕切っていますの? 何か面倒事かしら?」
「いやアリー。面倒事はもう終わった。姫様を届けてそれで――――――」
乱暴なノックの音で、また俺の台詞は中断。
誰だ? と無遠慮に扉が開かれる。
「ほうほう、これは僥倖。本当にランシールではないか」
大柄な熊の獣人が入って来た。
「オロック、何の用だ?」
俺は睨みを利かす。
「アッシュ、良い仕事をしたな。貴様の提案、一考してやろう」
「出て行け」
「言葉ではないか。我が花嫁となる女の為に、こう出向いたのだぞ?」
「お前の依頼は、お前の前にこの女を連れて行く事だ。お前が出向く事は許していない」
「ほう、言うな。使い走り風情が」
「女の前で恥をかきたいのか?」
ここで斧を振るうのか。
やるのは勝手だが、俺は許さないぞ。
「………………待てアッシュ。何だその子供は?」
「お前には関係のない事だ」
オロックの目線を、俺は手で遮る。
「オロック様ッ!」
意外にも、テュテュが俺とオロックの間に立つ。赤子は雪風が預かっていた。
「ランシール様は、まだ体調が優れませんニャ。で、できれば日を、日をあらためて、ヒッ」
知り合いのようだが、テュテュがガクガクに震えている時点でロクな知り合いではない。
「ほう、言うではないかテュテュよ。この店を守ってやっているのは我らなのだぞ。それに逆らうとは」
「獣人の森、北の氏族ダスガァルの子。オロック様ですね」
凛とランシール姫が言う。
「ワタシも女です。夫となる者の前に行くのなら、色直しをさせていただきたい。どうか、日を改めてもらえませんか?」
強い女だな。覚悟の度合いが違う。
「………良いだろう。妻となる女の頼みだ。しかし、そうは待てぬぞ。そなたの姿を見た昂りは、簡単には治まらぬからな」
足音を鳴らしオロックは出て行く。
俺は見送りがてら後を追う。引き返されても困るからだ。
それは杞憂で終わり、オロックは店の外に出て行った。途中、犬とエヴェッタさんが威嚇していた。
少し進み、店から離れてオロックは振り返る。周囲の路地には人影はない。
「アッシュ、あの子供はランシール姫の子であるな」
「そうだ」
こればっかりは誤魔化しようがない。
「良いだろう。銀髪の狐は幸運の証である。我が氏族の繁栄に、優れた胎は幾つあっても困る事はない。母子共に引き取ってやろう」
「………………」
山ほど言いたい事はあるが、今は黙る。
「だが、あの黒髪の赤子は駄目だ。あれは呪いの子」
「何?」
「神から洗礼を受けられなかった呪われた子だ。あれは、栄えある獣人ではなく下賤なヒームとしての生を歩むだろう。ああいった者は、一族の凶事となる。貴様の依頼、最後にもう一つ付けたそう。あの赤子を殺せ、貴様がしっかりとな」
「………………」
「どうした? 見た目こそヒームであるが獣人の子であるぞ。貴様らヒームが一体何をためらうというのだ」
「断ると言ったら?」
「冒険者の何某との同盟は無しだ。しかし、ランシールは頂く。我の手の届く場所にアレはあるのだ。今からでも構わぬぞ」
「そうか………………」
ケダモノめ。
「少し待ってくれ。ランシール姫の目を盗み赤子を奪わなければならない」
こういう時は少しでも時間を稼ぐに限る。
「待ってやろう。今夜だ。今夜ランシールを迎えに行く。それまでに全て片付けておけ」
たったそれだけかよ。
「念を押して言うが、くだらぬ考えは止めろ。貴様がどんな優れた剣士であれ、片腕では何も守れまい。聞いたぞ、テュテュの世話になっているそうだな。世俗に染まった女であるが、あれはあれで良い女だ。あのヒームの女どもも、我らの戦士の“下げ渡し”程度にはなるだろう」
ケダモノが舌なめずりをする。脅しではない。こいつは己の感情が赴くままに真実を話しているだけだ。
単純であるが故に始末に負えない。
「夜だな。分かった」
「夜だ。もう一度足を運んでやる」
言うだけ言うとオロックは去った。
完全に消え去るのを見届けてから、顔を歪めて息を吐いた。
「お前も覚悟はしておけよ」
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