<第二章:レムリアの後継> 【06】


【06】


「アリアンヌ! 場所を開けてくれ!」

「ふぁッ?! 何ですの、いきなり」

「雪風! こういう場合何が必要だって?!」

「えーと、確かお湯とお湯!」

「メルム、お湯とお湯をお湯だ!」

「貴様ら、落ち着け」

 急ぎダンジョンから帰還して、俺と雪風は混乱していた。連れ帰った妊婦が途中で産気づいたからだ。

 とりあえず、テュテュの店の地下に移動してアリアンヌに場所を開けてもらう。

「って、アリー何て恰好なの!」

「あらリーダー。私、寝るときは裸と決めていますのよ」

「じゃあ何! こいつに裸見せた事あるの?!」

「当たり前ですわ。男と女を何だと思っているの?」

「なはっ?!」

「あの………………立て込んでいる所を申し訳ありませんが」

 メルムに抱えられたランシール姫が、真っ青かつ冷や汗を浮かべて笑う。

「実はもう、少し出ていて」

「雪風! お前出産経験は?!」

「あるわけないでしょ! あんた馬鹿じゃない!」

「ああもう、騒がしいですわね」

「アリー、あんた子供は?」

「リーダー、流石に笑えない冗談ですわ」

「だから落ち着けと、一人いるだろうが」

『あ』

 メルムの指摘に、俺と雪風は同時に動く。

 時刻は深夜、寝静まった店で迷惑極まりない事を承知しつつ店主を呼ぶ。

「テュテュ!」

「テュテュさん!」

「何だよ、うるさいなぁ」

 キッチンには時雨がいた。カンテラの明かり一つで、勉強しているようだ。感心な事だが今はそれより、

「出産経験者が必要なんだ!」

「あんた落ち着け。かーちゃんの寝室は地下だぞ」

「盲点」

 小さい店だからそうだよな。

 バタバタと雪風と地下に戻ると、

「メルム様はお湯と清潔なタオルの用意を。時雨に言えば用意してくれるニャ。アリアンヌさんは、ニャーの部屋に行って楽な着替えを取ってきて欲しいニャ。ランシールさん、腰痛くないニャ? もう少し背中に枕敷くニャ?」

 既にテュテュが仕切っていた。

「テュテュさん、あたしは何を?」

「雪風さんは、手を握って励ますニャ」

「合点!」

「テュテュ、俺は?」

「男は今すぐ出て行くニャ」

 俺は締め出された。

 あわあわ待機していると、お湯の入ったタライを持ち肩にタオルをかけたメルムがやって来る。俺を見て大人の余裕を見せ部屋に入り、即叩き出された。

「女の仕事だ。男に出番はない」

 出歯亀キャンセル。キメ顔ではあるが、決まっていない。

 メルムは上に行く。女性陣の動向が気になるが、やる事がないので俺も続く。

 下の騒ぎなど気にせず時雨は勉強中であった。少しノートの覗いてみると、掛け算の勉強中。あれ? と違和感が一つ。こちらの世界でそういう数字の勉強は一般的なのか? いや、最近の子供の勉強方法は知らないのだが。

「外のねーちゃんはいいのかよ?」

「外? ああアレか」

 メイスを持った角付きの少女だ。例の組合長とやらが死んで正気に戻ったらしい。ここまで付いて来たのだが『申し訳ない』とかで雪が降る中、外で待機中である。

「エヴェッタ、良いから入れ。そこでは店の者が迷惑している」

 メルムが言うと、のそりと動いて店に入って来た。

 銀髪に雪が積もっている。時雨がノートを見たままタオルを差し出した。

「あの、もしかしてシグレですか?」

 髪を拭く少女は時雨を凝視している。

 この少女、髪といい綺麗な顔立ちといい。下の妊婦と似ているな。まさかレムリアの血縁者か?

「そだけど?」

「………大きくなりましたね。覚えてないでしょうが、あなたが産まれて間もない頃、テュテュに抱かせてもらいました。パンよりも小さかったのを覚えています」

 どういう比較だ。

「あ………………何となく分かる。ねーちゃん、店で一番良く食べるお客さんじゃ? 何となくだけどラーメンおかわりしてる姿が記憶に」

「間違いないかと」

「お店も様変わりしたようですが、もうラーメンは作らないのですか?」

「かーちゃんの体が良くなったら作る予定」

「シグレは、そのラーメンは作らないので?」

「ボクが作ってもお店の味にならないから作らない。そういうのは大事だ」

 この二人知り合いか。

 それに、エヴェッタとやらは常連だった様子。

「あのラーメンは私も食べたいが、比較されてやりにくいシグレの気持ちも分かる。今の料理で十分客は潤っているのだ。誰も文句はあるまい」

 珍しく良い事を言うメルム。

 女の前だから、ええかっこしいなだけだろう。

「それよりも、エヴェッタ聞きたい事がある。ソルシアの奴はダンジョンで何をしていた? 何故にランシール姫を?」

 急なメルムの質問。

 俺も気にならなくはないが、これ以上何かに巻き込まれるのはご免である。

 エヴェッタは、俺と時雨を交互に見る。

「ボクは勉強に忙しいから何も聞かない」

「俺は関係のない事はすぐ忘れる」

 なら良しと、エヴェッタは口を開く。

「組合長は、ホーンズを指令する術を手に入れました。それを使いランシール様を捕らえ、エリュシオンとの捕虜交換に利用する計画でした。ですが身重だった故に子供が産まれるまで待っていたようです」

「抱き合わせるより、子供単品の方が交渉材料になるとな」

 メルムの指摘は正解だろう。

 だが一つ新たな疑問が生まれる。

「待て、エヴェッタ。捕虜の交換だと? そいつは誰だ?」

「メルム様、あなたも良く知っている方です。エリュシオンに囚われているのは、ヒューレスの森の姫、ラウアリュナ様です」

「愚かな。私は言ったはずだ。何度もな! とうの昔に縁を切ったとな! そこらに転がっている只のエルフ程度と、レムリアの後継を交換するつもりだったのかッ! あの馬鹿は!」

 感情的な反応だ。

 そういえば最初斬りかかって来た時もこんな感じだったな。

「一つ、あんたらに忘れないで欲しい事がある」

 俺は釘を刺す。

 これを違えられると本末転倒になる。

「俺は、とある勢力にランシール姫を受け渡す予定で彼女を保護した。これは絶対だ。あんたらも了承してくれるよな?」

「その勢力の名は?」

 答えるのに一瞬迷う。一瞬だけ迷った。

「獣人同盟だ」

 意外にも時雨が反応を見せた。メルムの反応は予想通り。

「正気か? 貴様」

「正気だろうが狂気だろうが、そういう約束で俺はあんたらを雇った」

「私は、お前に雇われた覚えはない」

「そりゃ良かった。報酬の駄賃をせがまれるとばかり思っていた」

「貴様の安銭などいらん」

 メルムは了承と言う事で進める。進んでもらう。

 邪魔するなら、その時はその時だ。

「エヴェッタ………さん。あんたもそれで良いな?」

 呼び捨てが妙に気持ち悪いので“さん”付けしてしまう。年下の女子に何で俺は遠慮しているのだろうか。

「ランシール様は何と?」

「知らん。俺には関係ない事だ」

 納得行かない顔。

 すると意外、メルムが間に入って来る。

「エヴェッタ、悲しいが王族の姫はそういう“物”だ。あれはあれで腹は括っているだろう」

 メルムが敵なのか味方なのかよく分からない。信用できないのは確かだが。

「ランシール様がそう望むのなら………………そう従うまでです」

 エヴェッタも黙り了承したようだ。

 後で問題にならなければ良いが、そう祈るしかない。

「所でさ、アッシュ。弁当は? 思ったよりも早く帰って来たけど」

「あ」

 時雨に言われて思い出す。あの高い弁当、完全に食い忘れていた。高いのだから食わねば。

 思い出したように腹が減り出す。ぐきゅ~~と凄い腹の虫が鳴く。

「………………」

 エヴェッタさんの腹からだった。

「やるよ」

「私のはやらんぞ」

 僕が腰に下げた弁当を差し出すと、冷たい感じの顔がぱぁーっと明るくなる。大人気ないメルムは知らん。というか実は、

「それは雪風の分だ。気にするな」

「では遠慮なくいただきます!」

 エヴェッタさんは一段目の弁当を開ける。

「これは、カレーチャーハンとチキンの甘辛煮、それにポテトサラダですね。ラーメン屋の時のサイドメニューではないですか。とても安心しました」

 エヴェッタさんは、弁当箱に付いていたスプーンでガツガツとチャーハンをかっ喰らい出す。

「味は、むぐ、前よりも、むぐぐ、塩気が、もぐ、でも美味さは、ももぐ」

「お茶入れるから、ゆっくり食べなよ」

 落ち着かなくなった時雨が席を立つ。携帯用の小さいコンロに火を灯して、お茶の準備をした。俺も自分の弁当を広げてカレーチャーハンを頂く。

 冷めているが、ピリ辛なカレー味は食欲が沸き立つ。甘辛いチキンは、ほろほろに煮てあった。ポテトサラダがまた良い。シンプルだけど、シンプルが故に洗練された美味さ。

 下で女性陣が大変だというのに、上で男は飯とか呑気である。いやエヴェッタさんは女子だがな。時雨も………………ん? アレそういえばどっちだ?

「そだ。アッシュ、弁当代金貨3枚な」

「あれ? 6枚だろ」

 時雨が弁当代を割引してくれた。しかも半額である。

「弁当箱込みの値段だよ。返してくれるなら金も返す。美味かったのなら、また買えよ」

「なるほど」

 商売が上手い。ダンジョンから帰って来られる冒険者なら良いリピーターになるだろう。

 と、エヴェッタさんはもう二段目を食べていた。これ一段で十分一食というか、特盛サイズなのだが。

 二段目は、プレーンピザみたいなものが詰まっていた。

「丸い薄焼きのパンですね。間に挟まっているのはチーズとハムと、このマヨネーズは?」

「ピクルスとマスタードを混ぜたマヨネーズ。実は四枚全部違う味だ」

 エヴェッタさんは調べる前にガツガツと食べ出す。

「なるほろ、ケチャップとマヨネーズ味に、甘辛な味わいも。あら、このトマトソースちょっと変わった味わいが」

「それは――――――」

 時雨は俺をチラチラ見た。

「味噌を少し混ぜてある」

 そういう事か。そんな遠慮するような事ではないだろうに。

「ちなみにこの薄焼きパンの名は、エルフパンと言う。私が瑠津子にアイディアを出して作らせて物だ。私が」

 メルム、少し黙っていろ。

「では次は~♪」

 エヴェッタさんは三段目に。

 大食いな冒険者の食事をこの短時間で丸一日分食うつもりらしい。

「ねーちゃん良く食うな」

「食べます。食べるのは得意であり天職であり宿命です」

「それじゃ試食手伝ってもらおうかな」

「何でも食べますよ!」

 ガシッ、と時雨とエヴェッタさんが握手を交わす。

 微笑ましい光景? なのだろうか。

 結局、エヴェッタさん弁当を一人で綺麗に食べ尽くした。この店の食い物が全て食われないか不安である。

 さておき、

 夜は更けに更け、空に薄い明かりが射す頃。

 時雨は、エヴェッタさんの膝の上で猫のように丸くなって寝ていた。エヴェッタさんも時雨を枕に眠っている。メルムは、壁に背を預けて寝ているように見えた。

 俺は、

 俺は、全く眠れないでいる。

 恐ろしいほど眼が冴えに冴えて、待ちに待ち、そんな時間が途方もなく長く感じる中、ようやく産声を聞いた。

 よく分からない疲労感で肩の荷が下りる。

「ふう」

 深いため息を吐いた。

 気を抜いて安心した瞬間、もう一つ別の産声を聞いた。

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