<第二章:レムリアの後継> 【05】


【05】


 巨大な鉄塊が迫る。狭い通路では逃げ場もない。

 前衛のメルムから殺気が溢れた。自然体から放たれる斬撃は、一撃で首を刈る類の攻撃だろう。

 これは駄目だ。

 本能的に駄目だと判断した。 

 俺は、メルムの腰に蹴りを入れる。

「なっ?!」

 完全に不意を突かれて、メルムは前のめりにバランスを崩す。その隙に前に出た。

 ままよと鉄塊を剣で受け止める。

 飛び散る火花と背骨が折れそうな衝撃。受け止める事はできた。この質量差で折れず曲がらずとは、この剣まさしく真の名剣と言える。

 問題は、

「ぐっ」

 単純な力の差。鉄塊に押し退けられ壁に叩き付けられた。息が詰まり視界が明滅する。片手で一瞬拮抗できたのは奇跡か。両手が揃っていても勝てる相手ではない。

 勘で剣を振る。

 弾かれたボルトが遠くに落ちた。クロスボウを構えた雪風が非難の声を上げる。

「あんた、やっぱりこいつらの仲間?!」

「いいから俺に任せろ!」

 よく分からないが、こいつらが争うのだけは駄目だ。死んでも見たくない。

 とは言え、どう止めたら良いものか。

 少女がメイスを掲げた。次は更に力のこもった一撃が来る。逃げ場のない状況で、これはマズい。

 すると、

 少女に角付きの集団がまとわりつく。大通りからも別の集団が迫る。

 後方の敵はメルムが斬り倒し、少女は素手とメイスで角付きを吹っ飛ばす。

 あっという間に乱戦だ。

「逃げるわよ! 目を閉じて!」

 カツンと床に転がるスタングレネード。

 再びの閃光と音。

 二回目はしっかり対応できた。腕を除けると、がむしゃらにメイスを振り回す少女の姿。身悶える角付き達は、巻き込まれて空を飛ぶ。

 死を伴う強風が鼻先を掠めた。

「動くぞ」

 メルムは剣で道を開き、大通りに出る。

 雪風も、俺も後に続く。

「嘘でしょ」

 雪風がげっそりした顔を見せた。大通りの向こうから敵の集団。人型のモンスターが津波のように押し寄せて来る。

「こっちだ」

 反対側の路地裏にメルムが走った。後を続く俺は、一瞬だけ少女の姿を見た。角付き達に殺到される姿を。

 焦燥と既視感。

 何だこれは、何だこの感情は。

「遅い!」

 メルムの声で止まりそうになった足を動かす。

 細い路地裏を駆ける。

 この階層はおかしい。

 いや、ダンジョンその物がおかしいのか。

 何故に俺は、ここをこんなにも懐かしいと思えるのだ? 俺は本当に人間か? こいつら角付き達の仲間ではないのか?

「雪風、その道具は何個ある?」

「残り六個!」

「私に貸せ、敵を惹き付ける」

 何度も角を曲がり、時には建物を通り抜け、角付き達を引き離そうとする。しかし、敵の追跡を振り切れていない。数は増えるばかり。

「ちょっとメルム!」

「私達は最初から囲まれていた。数もそうだが、展開速度が異常だ。何かしらの策に嵌められたのかもな。幸か不幸か、誘導できる道具はある。任せろ」

 雪風の迷いは一瞬、メルムにスタングレネードの残りを渡す。

「ランシールは、おそらくは城の地下に囚われている。そこで落ち合おう」

 視線の先、流れる景色の合間にレムリアと同じ城が見える。

「分かったわ。必ず来てよ」

「信用しろ」

 メルムが立ち止まり、すれ違う。

「敵を見極めろ。違えれば、私が貴様を殺すぞ」

「………………」

 静かにブチキレていた。

 雪風が角を曲がる。俺も続き、物陰に隠れて息を潜めた。

 敵集団が通り過ぎて音と光が漏れる。しばらく戦闘の音が響き、やがて遠ざかる。

 沈黙の中、神経を尖らせて気配を探った。

 周囲の安全を確信したのは、俺も雪風も同じタイミング。

 安心したのも束の間、拳が飛んでくる。

 カカトはくらったので拳は受け止めた。

「言いたい事は分かる」

「あんたが連中の仲間じゃない理由は?」

 女らしからぬドスの利いた声だ。

「俺にも分からん。そもそも人間とモンスターの違いって何だ?」

「そんなものないわ。敵なら倒す、それだけよ」

「じゃあ安心してくれ。俺はあんたの敵じゃない」

「それを証明しろっての」

「今襲っていない。それじゃ不満か?」

「不満よ」

 参ったな。

 自分が分からん人間にはこれ以上の証明はない。

「ほら行くわよ。ランシールさんを助けるのでしょ」

「は?」

 雪風は走り出そうとしていた。

「は? じゃないわよ。あんなやる気出したメルム何て、初めて見たわよ。あたしらもやる事やらないと後で何を言われるやら」

「それはそうだが、信用してないのでは?」

「してないわ。だからあんたもそのつもりで」

「そういう事か」

 裏切られるつもりでやれ、とな。

 元の原因は俺にある。後は、雪風のプロ意識に任せるしかない。

 静かに素早く、移動再開。

 先頭は雪風。続くのは俺。信用しないと明言した相手に背を任せるとは、根性の据わった女だ。どんな修羅場を潜ればこうなるのやら。

「一つだけいいか?」

 城に近づく中、雪風に伝えておきたい事がある。

「あのデカいメイスを持った銀髪の角付き、俺に任せてくれ」

「知り合いなの?」

「分からん」

「はあ?」

 遠くで音が聞こえた。メルムが敵を集めている音だ。

「分からんが、そうしなきゃいけないと思う」

「………助けないわよ」

「それは十全だ」

 最悪、俺が殺されても後悔はない。彼女が殺したり、殺されたりするよりかは遥かにマシだ。

 静かに、と雪風のハンドサイン。

 少人数の敵集団が移動していた。通り過ぎた後、雪風は口を開く。

「気付いた?」

「何をだ?」

「今の連中、音の方向に直進していない。挟撃しようと回り込むつもり」

「ホーンズは元々そういう習性が?」

「ないわ」

 きっぱりと断言する。

「あいつらは理性の無い獣よ。人間の姿は擬態に過ぎない」

「誰かが操っていると」

「可能性は高いわ。たぶんそいつは、今から行く所にいる」

 確かに。

 城に近づくに連れ、通り過ぎる敵の数が増している。メルムの囮がなかったら侵入できる隙間もなかっただろう。

「でも、おかしいわね。多少知恵はある見たいだけど、動きが素人臭い」

 そこも同感。見えた城から、また敵集団が出て来る。50近いかなりの数。

 囮一人に釣られ過ぎだ。

 まるでムキになった子供のようである。 

「これなら逆にメルムは安全よ。あいつ人をおちょくるのは得意だし」

「そうか」

 とは言ったものの、真っ正面からぶつかれば戦力差は明白。念入りに警戒して進む。

 しかし、城への侵入は拍子抜けするほど簡単にいった。

 もぬけの殻である。

 ガランとした通路を進み、地下への道を探す。どこも似たような構造で迷いやすい。雪風は時折、壁や床を調べている。

「ッ」

 また頭痛だ。

 角がうずく。目の奥が痛む。

 シンプルな調度品と埃っぽいカーテン。それ以外、他に何もないはずの通路に角付き達の死体が浮かぶ。

 殺戮したであろう人影は、あの少女と同じメイスを持っていた。

 幻視なのは理解している。

「お前は誰だ?」

「え、何?」

 幻は消えた。体格から成人した男なのは分かった。だが顔が無かった。無貌の男だった。

「雪風、次の角を右だ」

 名もなき記憶が一つ頭に浮かぶ。

「鏡がある。その右二つ分の調度品の下に地下牢の入り口がある」

「急に何?」

「気にするな」

 角を曲がる。

 鏡があった。

 右の調度品、二つ目の下を探ると鎖付きの取っ手を見つける。

 引くと背後の空間が開いた。

「あんた、何を隠しているの」

 雪風に呆れられた。

「俺も知りたい。この先にそれが………」

 ある事を願うのか、無い事を願うのか。

 足音がした。

 闇の抱いた空間から、

「貴様達が侵入者か。この牢の事は誰に聞いた?」

 青白い羽を生やした少年が出て来た。骸骨をあしらった杖を手にした魔法使い。

「え、組合長?」

「異邦人か。組合員も連れず何故この階層に? いや待て、その男は誰だ?」

 油断ならない。

 自然と剣を抜き放っていた。

「どこの手の者だ? 答えろ」

「俺は俺の手の者だ」

「戯言を」

 少年が杖を構え、俺も動こうと。

「ストップ」

 クロスボウで撃たれた。弾かれた剣が床に転がる。

「雪風、どういう事だ?」

「相手は冒険者組合長よ。で、あたしはそこに登録した冒険者。こうなったのなら、こうなるわよね?」

「そいつは結構」

 トップに顔バレしたのでは、言い訳しようがないか。俗物と責める事は出来ない。急ごしらえの計画は色々と無理があったな。

 所詮はこんなものか。

「外で騒ぎを起こしているのは誰だ? 異邦人」

「知らないわ。顔も見ていない」

「………そういう事にしてやろう」

「そりゃどうも」

 肩をすくめた雪風は、背後から押し倒された。潜んでいた角付きだ。

「痛っ」

 力任せに床に押し付けられ、雪風の頬に血が滲む。

「女には体で聞くのが一番だ。だが今は、お前だな」

 俺の背後にも角付き。

 とても遅く、気配もバレバレで、雪風を見たまま、後ろ手を伸ばして角付きの顔を掴み壁に叩き付けた。

 熟した果実より簡単に頭が潰れる。

 何だろうな。

 どうしてだろうな。

 今一番と殺気立っている。

「拘束しろ。いや、殺しても構わん」

 少年の一言で、至る所から角付きが現れた。なるほど、大量の兵をメルムに当てたのは、単純にまだまだ余裕があっただけか。

 物量差は一目瞭然。俺に手はない。手はないから叫んだ。

 おぞましい鳴き声が、自分の喉から発せられる。

 地の底から響く獣の声。

 バタバタと倒れる角付き。

 顔を歪ませた少年の心臓目掛け、歪んだ爪の生えた右手を突き刺す。薄い胸板を貫いて腕は肘まで胸にめり込む。掴んだ心臓は、まだ脈打っていた。

「お前は何も見なかった。ここにはいなかった。これでいいな? 」

 雪風はクロスボウを俺に向けている。

 震える銃口で急所を狙えるものなのか。

「約束して! これが終わったらアリーの前から消えるって!」

「しよう」

 ただし、アリアンヌの意思を聞いてからだ。

 腕を引き抜いて、心臓と体をゴミのように捨てる。猛烈な吐き気とわずかな違和感。素手で人を殺したという異常な行為に、まるで実感がない。他人事のようだ。

「………………まだいるな。誰だ?」

 鋭敏になった神経が気配を三つ見つけた。

 地下から上がって来たのは、銀髪で狐耳の獣人。少し古びたドレス姿である。美人だ。それに顔付きに気品がある。

「ランシールさん!」

「ユキカゼ、何故ここに?」

 件のランシール姫のようだ。それは良い。良いのだが、

「こいつは、聞いてないぞ」

 獣人の腹は大きかった。

 妊婦だ。

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