<第二章:レムリアの後継> 【04】


【04】


 赤い光に飛び込み、降り立った場所は街の大通りだった。

 四十階層。

 とてもダンジョンとは思えない広大の空間、そこには都市が丸々収まっていた。

 雪化粧はないがレムリアと似ている。いや、レムリアより遥かに快適な温度だ。偽物であろう天井の明かりも心地よく。頬を撫でる風は春の息吹。霧もなく見通しは良い。

 人々の活気が幻聴のように聞こえた。

 まるで亡霊――――――

「い゛」

 急に頭が痛む。

 頭部の神経をヤスリで削られるような痛み。特に左目の奥と、左のこめかみが引きつる。

 角がうずいているのか? 今まで肩の結晶ばかり気にしていたが、この角だって十分異常だ。しかしこんな時に何故に。

「ちょ、ちょ! どいてぇぇぇぇ!」

 上から声。

 頭上4メートル先に落下して来る雪風。動こうにも接触はすぐ。

 右手を伸ばして受け止める形をとったのだが、

「ぐぇあ」

 雪風は、俺の肩に腹を強打して潰れたカエルのような声をあげた。ぐてん、となる体をそのまま担いで周囲を警戒。

 メルムの姿がない。

 先にポータルに飛び込んだはずなのに影も形もない。

「………………」

 雑多な気配と囁き声がする。

 ここはダンジョンだ。

 出会うモノは全て敵と思え。とは言ったものの、雪風を抱えては戦えない。元より俺は戦えないがな。

「おい、こっちだ」

 路地裏に手招きするメルムがいた。さざ波に似た気配の動き。身を潜めると、街の住人達が団体で通り過ぎる。

 何だ、これは。

「なるべく奴らには見つかるな。姿こそ人間だが立派なモンスターだ」

 街によくいる冒険者の姿。

 一つだけ違うのは、全員の頭部に角があった。俺と同じ白い角が。

「あいつらは何だ?」

「ホーンズだ。ダンジョンで死にきれなかった冒険者の成れの果てだな」

「成れの果て」

 それじゃ俺も。

「貴様は違う」

 メルムの声音が優しくて気持ち悪い。

「奴らは狂暴で理性のない生き物だ。人間を見れば残忍に殺しにかかる。その前に相手が女ならイチモツを取り出すか」

 まるで獣だ。

「連中を見て何か思う所はないのか?」

「別に」

 頭痛は一瞬だけのものだった。今は晴れやかな気分である。

 むしろ、普段より調子が良い。

「一人、貴様と似た奴を知っている」

「どんなやつだ?」

 実は噂で少し聞いた事がある。

 ただし獣人にも角があるものは多い。混同されて所在が分からなくなった噂だ。

「旧友の娘だ。ホーンズを孕ませて作った子供でな。一つの特性を除き、普通の人間と変わりない。母親似で中々の美人だ。体の発育に問題なければ私も――――――」

 路地裏の奥に人影。

 不自然な笑顔を浮かべる女の冒険者。小さい獣耳の獣人で、やはり角が生えている。

「動かないで」

 担いだ雪風の声と風切り音。

 細く黒い線が走り、女冒険者の額に鉄の角が生える。女は体勢を崩すが踏み止まり杖を構え、もう一矢額に受けて絶命した。

「降ろしてよ」

 言われるまま雪風を降ろす。

 彼女は変わった武器を構えていた。展開した細長い筒状の武器。トリガーの付いた黒いライフルに見えるが、弾はどう見ても鉄の矢である。

「異邦の武器とやらか」

 メルムが無遠慮に雪風の武器を触る。

「違うわよ。こっちの素材で作り上げた強化クロスボウ」

「弦はどこだ?」

「内蔵しているわ。加工したダンジョン豚の腸をゴム代わりにして発射に利用している。ゴムの巻き戻しは電気装置で行って、まあまあの発射速度ね。便宜的にクロスボウって言っているけど、構造的にはスピアガンに近いのかな」

「銃という事か」

「銃とクロスボウの中間かもね」

 エルフのくせに興味津々である。

 意外だ。エルフと言えば、伝統やら古い物に固執しているイメージがあるのに。

 それよりも気になったのは、

「雪風お前、平気で撃つのだな」

「は?」

 俺の疑問に、雪風は『馬鹿じゃないの?』と言う反応をした。

「モンスターだが、ほら人間の形だろ」

「メルム、こいつが上級冒険者ってアレ。きっとバグか何かよ」

「虫とは何の事だ?」

「ポータルの認証装置の故障って事。こんな甘っちょろい事言う奴が、ここまでの階層を踏破できるわけがない」

「俺が甘いとか辛いとかそういう問題ではない」

「じゃ、変なイチャモン止めて」

「そうだな。すまん」

「変なの」

 雪風は、クロスボウにボルトを給弾する。

 俺の心境は複雑だ。

 言葉に出来ない感情である。

 こいつは、こういう事をする人間ではないような。そういう事を見せられた事が不愉快というか。昨日今日会った奴相手に何を思うのか。

 何だこれ。

「ふむ、見つかったぞ」

 路地裏からワラワラと角の付いた冒険者。数は道一杯に12人ほど。

 理由は不明だが、全員がにこやかな笑顔で手を振っている。

「あれは敵なのか?」

 俺の疑問は二人に無視された。

「雪風、前に私に使った目くらましあるか?」

「あるわ。あんたと一緒にいる時は必ず持ち歩いている」

「一つこいつに預けて進ませろ」

「ナイスアイディア」

 何の事だ。

「はい、女の敵」

 酷い呼ばれ方をして、筒を一つ渡された。

「何だ?」

「あいつらの前に行ってから、そこのピンを引き抜いて。大丈夫、安全だから」

「? まあ良いが」

 信用して筒を受け取り進む。

 角付きの冒険者達は笑顔のまま、俺が近付くと手を振るのを止め後ろに回す。どんな間抜けでも分かる金属音。

 俺はピンを抜いた。

「あ、これ」

 もしかして、スタングレネードじゃないか。

 放り投げて片手で目と右耳を守る。

 閃光と轟音。

 庇えなかった左耳に音の暴力が襲いかかる。痛みと耳鳴りで体が引きつった。

「つっうう」

 酷い女だ。こんな物を持たせて敵の前に―――――敵ッ。

 何とか剣を構えると、

「は?」

 全部終わっていた。

 メルムが剣の血を払う。足元には原型を留めない肉のブロック。返り血の一滴もなく、何気ない日常の一コマのような顔付き。

「貴様について一つ分かったぞ」

「何よ?」

 メルムの言葉には、俺より先に雪風がたずねる。

「こいつは異邦の道具に反応を見せた。こちらの住人では分からない物だ。記憶がないと言うのは怪しいな」

「やっぱりアリーを騙して」

「おい、俺は本当に分からないぞ」

 メルムも的外れな推理に腹が立つ。

「早とちりするな。貴様が女を騙してどうこうするような男なら、私はもう寝首を掻いている。私は街の噂については耳ざとい。白髪と金の目。それに角」

 メルムは、剣の鞘で俺の帽子を飛ばした。

 帽子は石畳に落ちる前に拾いあげて、元の位置に戻す。

「嘘ッ」

 雪風にクロスボウを向けられた。

 俺もメルムも、今はさて置く。

「だとすれば、貴様のその“何も思い出せない”と言う症状は、貴様が原因ではなく外部が原因だ。肩のそれも、角も、全く無関係とは言えまい」

「メルム、一つ聞いて良い?」

「何だ雪風」

「こいつはモンスターなの? 人間なの?」

 中々堪える二択である。

「自分で考えろ。私を超える冒険者を目指すのなら尚の事な」

「………分かったわ」

 雪風はクロスボウを下げた。

 内心ホッとしたのも束の間、胸倉を掴まれる。

「アッシュ。この依頼が終わって落ち着いたら、アリーの前から消えて。あたしのパーティメンバーに、あんた見たいな面倒な男は不要よ」

「断ると言ったら?」

 絶対にもめる。

 こいつは、アリアンヌの性格を熟知してないのか? 自分から俺を捨てるのはあるだろうが、人からやれと言われたらテコでも断ると思うぞ。そういう意固地な人間なのだ。

「殺すとは言わないわ。同じ人間みたいだしね。その時になって、死ぬほど後悔する目に合わせてあげる。覚悟しておく事ね」

「そうか」

 可愛らしい脅しだ。

 喧嘩は中断。

 足音がした。一つや二つではない。

「メルム、何人?」

「何人だと思う?」

「面倒臭い。20くらい?」

「おしいな。24だ」

 いや、25だと思う。

 路地裏の奥から別の集団、大通りからも、そして上からも。

 囲まれているぞ。

「てか、さっきのフラッシュグレネードが敵を呼んだんじゃねぇの?」

 あんな大きな音と光を出せば敵も集まるだろ。

「………メルム、使えって言ったのあんたよ」

「こうも敵の動きが活発とは、これは他に冒険者がいるな」

 完璧にメルムの判断ミスだ。

 こいつ本当に凄い冒険者か? 数で圧し潰されるとか下の下だぞ。

「どうする? 雪風がリーダーだろ」

 俺の質問に、雪風は険悪な視線で返事する。何か嫌われた。地味にショックである。

「メルムが前衛、あたしが援護、あんたはしんがり。路地裏に逃げ込んで敵を撒くわ」

 妥当な判断だ。

「移動するわ」

「待て」

 雪風を止める。

 俺らの頭上を影が通り過ぎた。そいつは着地と同時に、前の敵集団を叩き潰し、床や壁に磨り潰す。

 巨大なメイスを手にした少女だ。

 奇抜な恰好で、黒いビキニアーマーとマント姿。エルフ並みの美形で、美しい銀髪のセミロング。そしてこいつも、角が生えていた。

 これは手練れだ。

「メルム、敵か?」

 モンスターの同士討ちなどあるのか。

「不味いな。敵よりも厄介だ」

「冗談」

 メイスを振り上げ、少女が襲いかかって来る。

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