<第二章:レムリアの後継> 【03】


【03】


 と言ったものの、俺はそもそも冒険者でも何でもない。二人を見送れる所まで見送って、手を振って待機である。

「雪風、冒険の日取りはどうする?」

「今からよ」

 メルムの問いかけに雪風はさも当然に答えた。

 ダンジョンって、そんな気軽に行ける物なのか?

「私にも準備があるのだが」

「じゃ急いで。四十階層は偵察する予定だったから丁度良いわ。二日分の水と食料だけ持って、最低でも明日の夕方には帰還しましょう」

 突貫だな。

「何よ不満?」

「いや」

 俺の顔に出ていたようだ。

「冒険は速度よ。早く行けば早く帰れるし、次の冒険の準備も出来る」

「急いで転んだら、どうするつもりだ?」

 転ぶと言っても言葉通りではない。死を意味する失敗の事だ。慎重に行って損などないはずなのだが、何を急ぐのやら。

「立ち上がればいいだけ。そのくらいの積み立てはある。その日暮らしの冒険者と違って、あたしは十年先の事まで計画して冒険しているの。舐めないでよね」

「………………了解だ」

 プロにそこまで言われたら俺は黙るしかない。

 所詮は、噂で聞いた程度の冒険知識しかないネズミだ、俺は。実際に体を動かして命を張っている人間の言葉には敵わない。

「私は急ぎ森に戻って準備をしてくる」

「夜にこの店に集合。遅いなら置いてくから」

「女を待たせた事はないぞ、私は」

 風のようにメルムは姿を消した。

 雪風は裏口の戸を開くと、

「時雨ー! 冒険用のお弁当用意してー! 二日分を三人前ねー!」

 大声でキッチンにいる時雨に注文。

 はーい、と返事。

「あたしも一旦拠点に帰るわ。あんた、ここにいるつもり?」

「つもりだ」

「準備できたら戻ってくるけど。あの親子に迷惑かけたら八つ裂きにするからね。後、アリーにも。依頼は受けたけど信用はしていないんだから、調子に乗らないでね」

「へぇへぇ」

 妙に邪険にされている。何だかなぁ、となる気分。

 雪風は店を出て行き、重大な事に気付いて即戻って来た。

「危ない。あたしとした事が、報酬の話がまだだった」

「………………」

 チッ、メルムのおかげでうやむやに出来ると思ったのに。

「さっきのお金は前金として受け取ってあげる。成功報酬は金貨80枚。ピタ一文もまけない。用意できないのなら、体で払ってもらうからね」

 雪風は去って行った。

 おい、大金をふっかけられたぞ。金貨80枚とか何をどうすれば稼げるのやら。何だろうな、このドミノ倒しの負債は。お次は何だよ。

 憂鬱な気分でキッチンに戻る。

「どうでしたかニャ?」

「ああ、助かった。相談して良かったよ」

「それは良かったですニャ」

 テュテュには笑顔でごまかした。

 少し冷めて気分も最悪だが、トマトパスタは美味かった。




 洗い物を手伝い。雪かきをして。ぐったりしているアリアンヌと取り留めのない話をしていると、夜が来た。

 テュテュは簡単な下ごしらえを手伝うと、顔色を悪くして店の奥に引っ込んだ。後は時雨が一人で全部仕切り出す。

 俺が言う事ではないし、心配する事でもないのだが、子供一人で問題ないのだろうか? 朝も早いし、きちんと睡眠は取れているのだろうか。

 いやまあ、本当に俺がどうこう言うこっちゃない。その日暮らしのネズミが、日々をしっかり生きている猫に何を言うのやら。

「何か手伝うか?」

「いらない邪魔」

 ほら見ろと、お節介を出したら突っぱねられた。

 複雑。

 この気分は、自分よりまともに生きている子供への嫉妬なのか。別の名言できない言葉なのか。何だかなぁ、と言う気分だ。ホント、何だかなぁ。

「アッシュ、弁当三人前二日分だ。ユキカゼさんに渡してくれ。ボクはこれから団体のお客さんを相手するから」

 時雨は、夜の飯支度をしながら弁当まで作っていた。

 できる働き者である。

 キッチンの作業台に置かれたのは、四段重ねの円柱状の弁当箱。

 上の段から下に行くに連れ小さくなって行くデザインで、食べたら下に重ねて収納するのだろう。個別に吊り下げ袋に入れて、時雨は片手を出す。

「金貨6枚」

 高い。

 今の俺の全財産は、銅貨二枚である。

「ツケで頼む」

「仕方ねぇなぁ。トマトパスタの件があるから少しだけ待ってやる」

 あの味噌入れたトマトパスタ。時雨の反応は今一だったが、表情に出していなかっただけか。

「てかさ、あんた冒険者なのか?」

「俺が? まさか。雪風に仕事の依頼をしただけさ」

 あ、俺の分の弁当いらないじゃないか。まけて―――――いやいいか、もったいない。

「チッ、まだ貴様だけか」

 メルムがやって来た。相変わらず気配が読めない奴だ。

 生意気に冒険支度である。

 古臭い革製の鎧。腰には使い込まれたカンテラと、ベルトに通した小物入れ。白革のマントに腰には前にも見た装飾品のような剣。

「三人分て、メルム様も行くのか?」

「ああ久々にな」

 店の方で女の声がした。時雨の耳が動く。

「ボクは仕事があるから、他に必要な物があるなら食糧庫から勝手に持っていって。後で請求するけどね」

「そうか、では早速」

 メルムは食糧庫に向かった。もしかして、これも俺が払うのか? 払うのだろうな。借金追加である。

「おい、犬」

 キッチンの隅には例の犬。ガリガリと骨をかじっている。

「時雨をしっかりと見ていろよ」

「バフ」

 生返事をして骨かじりを再開。せめて俺よりは働けよ、番犬。

 客席の方で賑やかな声。今夜も繁盛しているようで何より。

 裏口が開く音。

「行くわよ。準備いい?」

 雪風が現れる。

 髪を後ろに括っていた。肌に貼り付いたインナーに革製のレギンス。上は、再生点の容器や数々の装備が入ったベスト。腰のベルトには、カンテラと折り畳んだ武器らしき物。

 もっと出る所が出ていれば眼福になるのだが、これじゃ線の細い少年と変わりない。

「何よ?」

「別に」

 読まれる前に無我となった。

「来たか。行くぞ」

 メルムが戻って来た。パンパンに膨らんだズタ袋を担いでいる。

 少しは遠慮しろよ。

「え、行くって冒険者組合じゃないの?」

 メルムは店の地下に行こうとした。

「私の冒険者の資格はとうの昔に失効している。正規ルートではダンジョンには行けない」

「へぇ~やっぱりあるんだ裏道」

 悪そうな雪風の顔。

 メルムも悪い顔で返した。

 続く前に、俺は忘れず三人分の弁当を担ぐ。俺の荷物はこれと剣が一本だけ。他には何もない、何が必要なのかも分からない。

 地下に降りると二人はカンテラを点灯させた。

 アリアンヌの寝ている部屋を横切り、狭く湿った通路を進む。

 明かりが眩しく感じた。不思議と夜目は利く。

「メルム、あんたって何階層まで降りたの?」

 雪風の疑問はごもっとも。降りた階層は冒険者のステータスである。

「パーティでは二十階層だな」

 何だ割と大した事な――――――

「個人では八十階層だ」

『は?』

 と、俺と雪風の声が重なる。

 八十階層って、上級冒険者じゃないか。

「待って、レムリア王って確か」

「あいつは七十六階層だな」

「嘘でしょ。メルムって、冒険者の王よりダンジョンを深く潜った事に」

 これが本当なら、今生きている冒険者ではこいつが最高の冒険者になる。

「あくまでも非公式だ。公言できないような真似も沢山した。全てを明らかにしたら、誰も私を認めまい」

「でも八十階層って凄いよね。しかも昔って、組合のサポートが今よりも悪かったから」

「低層ではな。それ以降はむしろ、組合はダンジョン攻略の邪魔だ。あの手この手で冒険の利益を搾り取ろうとしている。情報の秘匿や、人種ごとの差別、特定のパーティへの裏工作。四十五階層の鍵など良い例だ。何が『冒険者は自由』だ。戯言甚だしい」

 冒険者組合は真っ黒なのか。

 悪評など聞いた事がないので意外である。

「そう? そこまで酷いと思った事はないけど。最初のサポートもしっかりしていたし」

「痩せた獲物からは甘い汁は吸えまい」

「ふーん」

 少し興味の失せた雪風。

 メルムの言葉は、話半分で飲み込んだようだ。メルムは現職の冒険者ではない。外からでは分からない事は多いのだ。勘違いしやすい事も。

「それにな雪風、降りた階層だけが冒険者の全てではない。私が最たる例だ。ただ階層を降りて逃げ帰る事など、簡単な事なのだ。形ある財と栄光たる逸話を作り、尚且つ仲間と生きて帰ってこそ、真の冒険者と呼べる」

「確かにそうね」

 偉そうなメルムが謙遜している。珍し気持ち悪い。

「その点では、レムリアは【冒険者の王】と呼ぶに相応しい。“たった三人の犠牲で”数十倍の人間を栄光に導いたのだ。王の所業と褒めたたえるべきである」

 犠牲と言う響きに棘があった。

「珍しいわね。あんたが人を褒めるなんて」

 雪風も驚いている。

「一人な」

 メルムの話は続く。

 角を何度か曲がり、広い通路に出た。下る感覚。そこは緩やかな坂になっている。進むに連れ闇が深くなった。

「一人、私を超える剣技と、レムリアを超える才覚を持った男がいた。所がそいつは大馬鹿だった。死んだ女との約束を女が死んだ後も守り………いいや、探し続けた。何十年とヒームの短い人生を浪費しながら。実に愚かと、私は嘲笑っていたさ」

 誰の事だ?

「だから私は進んだ。立ち止まらず、誰の手も借りず、誰にも認められずとも、先に何か答えがあるものと思い」

「で、あったのか?」

 俺は問う。誰でもない男だから問う。

「何も無い」

 メルムは笑うが、俺は笑えない。

「それ所か、その男は見つけ出したのだ。私が過ぎ去った階層で延々と探し続け、遂には見つけ出したのだ。先に進んだ私が、妄執と狂気に負けるとはこんな皮肉があるか」

「その男の名前は?」

 雪風の疑問に、メルムは不機嫌そうに答える。

「メディム。御大層に【冒険者の父】と呼ばれている奴だ」

 拍子抜けした。

 元々凄い冒険者じゃないか。

「でもメディムさんって、今はもう上級冒険者でしょ?」

「質の悪い上級冒険者だ。くだらん問題でパーティを散り散りにして。私の娘を預けてやったというのに、やはり大馬鹿だ」

 結局、私怨じゃねぇか。

 何かもう色々と言葉が耳から抜けていった。

「ここだ」

 所で、丁度到着。

 メルムは壁の穴に手をつこっみ、中から鎖を引っ張り出す。

 ガコン、と重低音が響き。変哲の無い床がズレた。

 立ち眩むほどの赤い光が満ちる。そこには変色のポータルがあった。

「このポータルは四十階層に直接繋がっている」

「………安全なの? 色が少しおかしいけど」

「三十階層まで到達しているのなら問題ない。何度もエリュシオンの英雄見習いを高額で通してやった」

「それ以下なら?」

「前に子豚で試した。骨まで焼け焦げて、食えたもんじゃなかったな」

「じゃ弁当」

 俺は二人に弁当を渡して軽く敬礼をした。

 チャーシューになるつもりはない。

「健闘を祈る」

「何を言う馬鹿者。貴様も来い」

「死ぬぞ馬鹿野郎が」

 ふざけるな。

 まだ死ねるか。

「流石の私もいきなり放り込みはしない。貴様、記憶がないそうだな。この街にいたのなら冒険者かもしれん。手をかざして見ろ。到達した階層が表示されるはずだ」

「そのくらいなら」

 屈んでポータルに手を伸ばした。

「ちょっと待ってくれ」

 念の為に背後を確認。例の殺人犬がいないか二回確認した。

 安全を確認し終えたら、

「嘘でしょ」 

 息がかかる距離で雪風が驚いている。視線はポータルに。

「は?」

 俺も自分事ながら驚く。

 ポータルには、四十五階層と表示されていた。

 四十五階層。

 そこまで到達した冒険者は極少数でいわゆる、

「嘘、あんた上級冒険者?」

「そんな馬鹿な」

 そう上級冒険者と呼ばれる。

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