<第二章:レムリアの後継> 【02】


【02】


「これ」

 俺は懐から予備の財布を取り出す。

「あ゛?」

 ぶちキレている雪風は更に怒りを増した。

 所を変えて、店の裏口。

 こいつと交渉しようにも、店に居たのではアリアンヌに見つかる可能性があった。依頼内容もテュテュや時雨に聞こえては困る。

 頭は痛いが、死ぬほどではないので無視する。

「勘違いするな。この金は俺がアリアンヌに貰った金だ」

 全部ではないが、生活費や飲み代を節約して取っておいた。賭けで倍に、何て邪まな考えも浮かんだが俺の運のなさは折り紙付きだ。

 ちなみに、ネズミの真似事をしてもスズメの涙にもならない儲けであった。

「金貨30枚、少ない。もっと貰っているでしょ?」

 しっかり勘定する雪風。

 余計なお世話である。確かに治療費を含めたらもっと貰っているが、それはその内、何かチャンスがあれば支払う。支払いたい気持ちはある。

「で、この金であたしを買収しようっての?」

「時が来たらアリアンヌに渡してくれ。俺からじゃ絶対に受け取らない」

「そうね、彼女そういう人間だけど。“時”って何よ?」

「まあ、俺がいなくなった時にでも」

「あんたどっか行くの?」

「そのうち遠くにな。お前の仲間には迷惑はかけないさ」

 事の次第によっては、明日にでも。

「………………ふーん」

 疑惑の目である。

 それでも金は受け取ってくれた。

「依頼って何?」

 お、割とすんなり話が通った。

「調子に乗らないでよね。あんたは信用してない。テュテュさんの頼みだから、聞くだけは聞いてあげるだけ。そこの所、間違えないように」

「へぇへぇ」

 可愛くない女だ。愛想の欠片もない。

 はずなのに、妙に憎めない。俺ってこういう女がタイプなのか? そんな馬鹿な。

「お前、口は固いよな」

「当たり前でしょ商売の基本よ」

 左様で。

「ダンジョンに囚われているお姫様を助けたい」

 アリアンヌの面倒は話せない。【獣人同盟】との交渉もそうだ。だから単刀直入に話す。

「は?」

「ランシールと言うレムリアの後継者だそうな」

「いや、知っている人だけど」

「知り合いか」

 助かるな。

 俺は、顔も姿も全く分からないのだから。

「助けてどうするのよ?」

「ある勢力が保護する。これ以上は話せない」

「………………」

 雪風は、俺を真っ直ぐ見つめて来た。

 反応から内面を読もうとしている。

 こりゃ相当交渉慣れしているな。伊達でパーティのリーダーはしていない。と言っても、俺の内心は読めないはずだ。読まれるような中身がないからな。

「あんた何も考えてないでしょ?」

 図星。

「場当たり的なその場しのぎの人間。アリーも男を見る目ないわね」

 ぐぅの音もでない。

「断るって言いたいけど、この話が別の所に行って下手が起こると厄介だし。いいわ。受けてあげる」

「素晴らしいな」

「あ?」

「いやつい」

 言葉に出してしまった。

 賢くて物分かりが良いとは、感心だ感心。冒険者らしい良い女だ。

「面白い話をしているな」

 と、

 いきなり声と共に上から人が降りて来た。

『は?』

 俺と雪風の声がハモる。

 ゆったりした服装の帯剣したエルフだ。先日俺に斬りかかって来た頭のおかしいエルフ。

「痴情のもつれかと盗み聞きしていれば、旧友の娘をさらう相談とは。私も混ぜろ」

「ちょっとメルム。あんたホント趣味悪いわね」

「顔は良いがな」

 ニヤっとした人を食ったスマイルを雪風に向けた。

「あーいいからいいから、あたしダンディさの欠片もないオッサンとか論外なんで」

 雪風の趣味ではない様子。

 とても安心した。何故、安心したのかは知らんが、とても安心した。

「私を最初嫌う女は、軽薄だの大人気ないだの信用できないだの似たような事を言うが、直にそれも魅力に変わるものだ」

「その時機っていつよ? あんたと遭遇して季節変わってるんだけど」

「なら明日にでも、いや今日にでも良い宿をとって――――――」

 俺はむんずとエルフの顔面を掴んだ。

「何だ貴様」

「腹が立つから、せめて顔を見ないようにしている」

「汚い手を離せ」

「とっとと要点を話せ」

 これ以上こいつの顔を見て話を聞いていたら、俺が斬りかかりそうだ。

「ふん」

 乱暴に俺の手は払われた。

「ランシールは冒険者組合が“保護”している。ダンジョン内で秘密裏にな」

「何それ、知らないけど」

「後ろめたい理由があるから秘密にしているのか、本人が秘密にして欲しいから希望通りにしているのか、私にも分からん。機会が合えば問いただそうと思っていたのだ。雪風が行くのなら、私も同行しよう」

「俺一人だと行かないつもりか?」

「行くわけないだろうが、馬鹿者め。何が悲しくて野郎とダンジョンなんぞに潜らねばならないのだ」

「全く俺も同じ気持ちだ」

「そうか、気色悪いな」

 無理だ。こいつ無理。遺伝子が拒否している。

 飽きれ顔の雪風が、クソエルフに視線を向けて口を開く。

「メルム、あんたに聞きたいのだけど」

「何でも答えよう。正し対価は貰うがな」

 そのムカつく笑顔を止めろ。

「問いただした後は?」

「冒険者組合がランシールの意思を無視して軟禁しているのなら、邪魔する者を全て斬り払ってやる。ランシールが自分の意思でそこにいるのなら、私はそこの男の邪魔をしてやる。ちなみに雪風は、この馬鹿男の被害者に仕立て上げるので安心しろ」

「てかさ、あたしは雇われる身だし決定権はないけど?」

 雪風は横目で俺を見る。

 どうしたものか、このエルフ役に立つのか? いざとなった時に気兼ねなく裏切られるという意味では便利な存在ではあるが。

「ふん、気にするな」

 超傲慢な態度で続けるエルフ。

「優秀な冒険者であり、ヒューレスの森の王である私が協力してやるというのだ。如何に雑魚中の雑魚とはいえ恐縮するだろう。野郎相手に気遣いなど、全くもって無意味な行為であるが、“利害の一致”の言葉で全て片付けろ。私は、貴様の事など利用する事すら考えていない」

 すげぇ断りたい。

「雪風」

「何よ、馴れ馴れしいわね」

 名前呼んだだけで、こいつもこいつの態度である。

「このエルフと付き合い長いのだろ? 使えるのか?」

「腕は確かよ。腕だけは」

「顔は―――――」

「依頼中の判断決定は雪風が決める、この条件を守るのなら雇ってやる」

 顔自慢はキャンセル。

 このエルフ、俺の言う事など絶対に従わないだろう。女の前でええかっこしいなら、雪風に従うやもしれん。彼女のリーダーとしてのお手並み次第ではあるが。

「………いいだろう。良い男というのは、女の意見を尊重するものだ」

 言葉とは裏腹に、渋々な了承態度である。

「雪風も構わないな?」

「メルムが従わなかったら、あたしの裁量で放り捨てるけど」

「それなら俺も協力する」

「良し決まったな」

 と、ドヤ顔のメルムは、

「ランシールは四十階層にいる。その階層の名は、亡霊都市ウロヴァルス。ヒヨッコ共、古強者の冒険者の腕。しかと見せてやるぞ」

 早速仕切り出した。

 ………………不安。

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