<第二章:レムリアの後継> 【01】


【01】


 途方に暮れている。

 獣人同盟との約束を果たすには、ダンジョンに潜らなくてはならない。アリアンヌは巻き込めないので別の冒険者となるが、俺にそんな交友はなかった。事が事だけに依頼は出せないし、そもそも金がない。

 何の正解もでないまま、寒い雪の街をさまよい。

 なんやかんやで、昼には帰れた。

 店の前には結構な行列。

 時雨と知らない売り子の二人が客を相手していた。

「今日のお昼パンは、冬霧草のマヨネーズサラダと魚フライの総菜パンです! ただ今、作りたて! 限定100個販売です! お早めにー! お一つ銅貨二枚でーす!」

 別人のような時雨の営業スマイル&営業ボイス。

 って、安いぞ。魚料理なんだからもっと金とっても良いはずなのに、採算とれるのか?

 ………余計なお世話か。

 二人は何の問題もなく客をさばき、俺はそれを尻目に裏口に回る。

 裏口からよそよそしく店に入り、キッチンでテュテュと遭遇した。

「アッシュさん、お帰りなさいニャ」

「どうも」

「お昼すぐですニャ。まかないで申し訳ないニャ」

「問題ない」

 温かい食い物なら何でも。豆以外なら尚良い。洗い場で片手を洗い。服で拭こうとしたらテュテュがタオルで拭いてくれた。

「助かりましたニャ。お礼遅れてすみませんニャー」

「いや、俺役に立ってないだろ? 暴漢倒したの犬ッコロだし」

 その犬ッコロは、キッチンの隅で美味そうな肉を齧っている。

 俺の食費何日分だ。

「助けようとしてくれた事が、嬉しいですニャ」

「そういうもんか」

「そういうものですニャ」

 感謝してもらうのは嬉しいけどな。

 と言うか、テュテュが俺の手を離さない。ちょっと微妙な雰囲気だ。子持ちの女に欲情するほど飢えてないけど、どうしたものか。

 別にアリアンヌとは男女関係ではないし、向こうは言葉通りなら俺を愛玩動物くらいにしか思っていない。遠慮や気負いがあるわけでも――――――

「あ」

 鍋の吹きこぼれる音でテュテュは俺の手を離した。

 助かったような、もったいないような気分。

「昼飯はどういう物で?」

 話題をそっち持って行く。

「今日はトマトパスタですニャ」

 テュテュはトングで鍋からパスタを掴む。熟練を思わせる手付きで、隣のフライパンにあるソースと絡め味見して、

「んー、やっぱり駄目ニャ」

 首を傾げた。

「美味そうに見えるけど」

「ちょっと食べて欲しいニャ」

 小皿に置かれたパスタを、素手で掴んで味見。

 パスタは少し固め。ソースはトマトとニンニクとバジル。トマトの酸味は飛んでマイルドな味わい。ニンニクの風味もバジルのアクセントも塩加減も百点。

「美味い」

 シンプルながらも絶妙に美味い。

 こういう料理こそ難しいと聞く。何が今一なのだろうか? というか、俺は何を語っているのやら。酒場の煮豆が主食なくせに。

「後一つニャ。後一つ何かが足りないニャ」

「チーズとか入れては?」

「それはシグレが好きなやつニャ。でもチーズじゃないニャ。この料理、お店が出来たばかりの時、まかないで作ってもらったやつニャ。その時の味に近づけようと研究してるニャけど。難しいニャー」

 いや、俺にそんな事いわれてもな。俺に料理など………………料理など?

「………………?」

 俺も首を傾げた。

 キッチンに並ぶ調味料の数々、その中に妙に気になる物が一つ。

 恐らく普段は火元に置いていない物。別の料理に使用して片付け忘れたとか。そんな所だと思う。彼女の手並みで、こんな管理ミスはしないはず。

「それ使ったらどうだ?」

「え、これはトマトには合わないと思うニャ」

「ダメ元で少しだけ。隠し味程度に」

「そこまで言うなら試して見るニャ」

 テュテュは、その調味料を小さじ一杯分すくってフライパンにパスタのゆで汁と共に入れた。かき混ぜ合わせて、味見。

「………………」

 固まった。

「ダメか」

 やっぱ素人の思い付きだな。出しゃばりは止めておこう。

「あんたコックやっていたニャ?」

「まさか」

 コックが路地裏でボロボロになって死ぬかね。

「この味」

「不味かったのか」

 どれ俺も味見を、トマトの旨味と合わさって悪くはないと思うけど。所詮は素人の馬鹿舌か。

「この味ニャ! あんた天才ニャ?!」

「んな馬鹿な」

「トマトとミソが合うとは、盲点だったニャー」

「盲点なのか」

 釈然としないが正解だった様子。

「お礼! お礼させてほしいニャ!」

「大袈裟な」

「そんな事ないニャ! ずっとシグレに食べさせたいと思っていた味ニャ! これホントに大切な事ニャ!」

「そ、そうか」

 えらい剣幕である。

 トマトと味噌を合わせただけなのに。

「でもお礼と言われてもな。もうアリアンヌが世話になっているし飯も………」

 あ、飯。

 ここの客層は確か。

「すまん、冒険者を紹介してくれないか? 口固くて信用できる相手を」

「そんな事なら任せてほしいニャ!」

 渡りに船。

「今、シグレのお手伝いしてもらっているニャ。もうすぐ中級冒険者になる凄腕の女性冒険者で、パーティのリーダーやってる人ニャ。異邦人の変わり者ニャけど、信用できる人ニャ」

「へー異邦人ね」

 そんな冒険者がパンの売り子とは、ホント変わり者っぽいな。

 テュテュの獣耳がピクピクと動く。

「丁度、お昼のパン販売が終わったみたいニャ。即紹介するニャ」

 すみませーん、本日の販売はこれまででーす! と時雨の声。外から歓声に似たブーイングが響く。テュテュはキッチンから出て、一人の女性を連れて来た。

 艶めいた長い黒髪の小柄な女。

 意思が強く勝気な瞳をしている。テュテュ達とお揃いの給仕服を身に付けているが、よく見ると佇まいが違う。

 鍛えられているし、隙がない。その日暮らしのチンピラやゴロツキとは違う、冒険者らしい次の目的を持った【しっかりした人間】の佇まい。

 それと、

 それと何だろうな? 妙な違和感を覚えた。

「え、テュテュさんこの人誰?」

「ユキカゼさん、こちらアッシュさんニャ。アッシュさん、こちらが冒険者のユキカゼさんニャ」

「アッシュ?」

 雪風は首を傾げ、

「ゆき、かぜ?」

 俺も首を傾げた。

 既視感だ。大昔、どこかで会ったようなそうでもないような。俺が浮ついた男なら『運命の出会い』とでも口にしていただろう。

 変な事に、向こうも俺を見て何か思う所があるようで、

「アッシュって、あんた――――――」

 ニコッと笑って、雪風は片足を振り上げた。

「は?」

 翻るスカートの中、パンツが見えた。

 黒だ。中々ミニサイズ。

 しまった。気を取られて、落ちて来るカカトを完全に避け損じた。

 ズドン、という衝撃と共に爆発音が脳天に響く。

 数瞬意識の空白があり、キッチンの床に顔面をぶつけて目覚めた。立ち上がろうにも、ダメージのせいで体が全く動かない。

「うちのパーティメンバーにたかってるクソ男はお前の事かッッ!」

「………………」

 誤解である。

 全部が全部否定できないが、弁明する前に俺は意識を失った。

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