<第三章:そして集まるケダモノ共よ> 【01】


【01】


 窮鼠猫を噛む、と言う言葉があるがネズミでも気合を入れれば熊を噛み殺す事はでき………………るのだろうか?

 現状が面倒なのは確か、日々酒場で安酒を飲んでいた時が懐かしい。

 別に慣れ親しんだわけではないが店に帰ると、

「ボクに言う事があるんじゃないのか?」

 野菜を切っている時雨に凄まれた。

「分かってるさ。後、一日だけ時間をくれ。そうしたらランシール姫も俺達も、綺麗さっぱりいなくなる。お前ら親子は元の生活に元通りだ」

「違う!」

 ドコンと包丁がまな板に突き刺さった。

「オロックを呼んだのはボクだぞ! 文句の一つでもあるだろ!」

「ああ、なるほど」

 何となく、そうではないかと思っていた。

「いや、お前は正しいぞ。自分の店を守る為に邪魔な者を排除するのは正義だ」

「そんな事?!」

 子供だな。

 子供だから仕方ないのだろうが、変な罪悪感を持っている。

「正しい行いでも後味が悪いモノもある。これを覚えて、俺達の事は忘れろ」

「でも!」

「“でも”はなしだ。行動し終わった後の後悔は次に活かすしかない。この問答は無駄だ」

「………そうかよ。そうだと思うけど………………待てよ」

「ん?」

 俺の言葉に納得したようだが、時雨は別の思惑を浮かべた様子。

「店を守る為に邪魔を排除するのが正義なら、ボクがオロックや獣人同盟を排除するのも正義だよな?」

「そうなるな」

 できるなら、であるが。

「なるほどですね。そういう事なら私が」

 エヴェッタさんが立ち上がる。

 皮むきしていた生の芋をシャクリと食べて言った。

「あの獣人をぶっ飛ばして来ます」

「バフ」

 犬も揃って吠える。

「問題外だ」

「えー」

「バフ!」

 俺はキッパリと否定した。噛み付いて来る鬱陶しい犬を足で遠ざける。

「何でもかんでも暴力では解決しない。特にここは飯屋だ。荒事で飯食ってるわけじゃない。飼い犬が、人食い犬なんて噂が流れたら事だ。エヴェッタさんにしてもそうだ。確かにオロック一匹を倒す事はできるかもしれない。それで、倒した後どうなる? 獣人同盟はオロック一匹じゃない。必ず報復が待っている。やって、やり返して、根負けするのはどっちだ? 相手は店に直接手が出せないと知ったなら、客を狙うぞ。飯出す相手がいなくなれば負けるのはこっちだ」

 正論攻撃で、一人と一匹を黙らせた。

「だからさ」

 時雨は冷静なまま腰の財布を俺に差し出した。

「それを含めて全部、あんたが何とかしろ」

「………はぁ?」

 冗談にしては笑い所がない。

「何で俺が」

「金、欲しいだろ?」

「いらん」

 欲しくても子供から貰えるか。それに、俺は俺の都合だけでやる。他人の、しかも子供の都合で動いてたまるか。

「ユキカゼさんに払う依頼料持ってないだろ?」

「ある」

 いや無いが。

「昨日、ボクがあんたの服を洗濯した。ズボンにスカスカの財布も一緒に入っていたぞ。後で文句言われても困るから中身を確認したけど」

 しまった。大して中身が入っていないから管理が甘々になっていた。

「まさか踏み倒すつもりじゃないだろうな?」

「払うさ」

「どうやってだよ? アリアンヌさんに聞いたけど、あんた普段は酒場に入り浸っているだけだろ。金貨80枚なんて大金、どうやって返すつもりだ?」

 知らない間に俺の外堀が埋められている。

「そこは、こう上手い儲け話でもな」

「そんなもんはない! みんな地道にコツコツ働いてお金を貯めるんだ! 大金を簡単に手に入れる方法があるなら盗みか、たかりだ! オロックや騎士団の奴らみたいに!」

 ああやっぱり、みかじめ料か。

 儲かっている店だ。両方に目を付けられてもおかしくはない。

 考えてみれば、そんな状況でテュテュが騎士団の連中に拉致されたのは、どっちかが値を吊り上げる為に仕掛けたのか。それとも。

「ん!」

 財布を握った手で腹を殴られた。あんまり痛くないが重い。

「ん! ん!」

「分かった! 分かった! そう何度も叩くな!」

 色々根負けだ。

 時雨から財布を奪い。中身を確認する。

 金貨が100近くある。

「これだけ貰う。で、ほら」

 財布を返し、抜き取った6枚の金貨も渡す。

「弁当代だ」

「はあ? 少ないだろうが!」

「多い。子供には金貨6枚でも大金だ。大金だから、それで十分だ」

「何だよ、それ」

「何だろうな、これ」

 弁当代を渡して、俺は屈んだ。時雨と目線を合わせる。

「やる前に、一つお前に聞きたい事がある。お前が本当に大事なのは―――――――」




「女将はいるか?」

 俺が娼館に行くと、その場の人間全員に嫌な視線を送られる。

 一人くらい客と勘違いしても良いだろうに。

「奥だ。行け」

 用心棒らしき獣人に首で指図された。従って前に通された部屋に行く。

「どうも」

「あんたかい」

 不愉快そうな顔である。嫌われたものだ。

 まあ仕方ないか。俺は、この娼館の関係者二人に迷惑をかけている。女将も俺に仕事を振った事を後悔しているだろう。しかしそれは、女将の責任だ。俺が気に病む所ではない。

「獣人同盟と話は通した。今夜、テュテュの店で顔合わせだ」

「そうかい」

「浮かない顔だな。これであんたらの身は安泰だろ?」

「そうさね」

 吐き捨てるような言葉である。こうも露骨だと笑えてしまう。

「で、アリアンヌの件はこれでチャラだな?」

「………そうさ」

 言質は取った。

 クソの役にも立たない言葉だが、役に立たないなりも役に立つ。

「我ながら良い仕事はしたと思うが、支払いに色を付けても罰は当たらないと思うぞ」

「チッ」

 女将は心底面倒そうに床に金貨をバラ撒いた。

「あんた、自分がした事が理解できてないのかい?」

「俺は、お前らの無茶な依頼を果たした。それだけだ」

「レムリアの後継を、獣人同盟にくれてやる事がかい?!」

「知った事か」

 元々がアリアンヌの失敗でも、その失敗を今回の騒動に発展させたのはこいつだ。

「あんたは、睨み合っていたケダモノ共の前に馳走を置いたのよ! それで何が起こると思っているんだい!」

 呆れて口が開く。

「もう一度言うぞ。知った事か。お前の戯れで、俺に無茶な依頼を振った結果だろうが。飲んだくれのチンピラ風情は、何もできないと高をくくってな。俺が失敗した後、アリアンヌに何をやらせるつもりだった? 言ってみろ。ここで、俺に、言ってみろッ!」

「女将」

 用心棒が部屋に乱入して来た。

 剣の鞘に手を置き、いつでも抜ける状態だ。

「どうしますか?」

「止めな………………そうさね。確かにあんたの言う事も一理ある。依頼したのはこっちで、あんたは受けただけだ。今夜、テュテュの店だね。人を寄こすよ。これで、あんたとこの店はもう無関係だ。出て行きな、二度とこの店に来るんじゃないよ」

「おい、お前」

 俺は用心棒の目を見ず命令する。

「拾え。俺の金だ」

 絨毯に落ちた金貨を指差した。

「貴様ッ! ふざけているのか!」

 用心棒は予想通りに断る。

 それはそうだ。舐められたら終わりの仕事である。目も合わせられないようなチンピラの言う事など聞くまい。

「渡すつもりはないのだな。じゃ仕方ない。これは“お前らに預けて置く”忘れるなよ。必ず俺は取りに来る。その時は、まあその時だな」

 俺は笑って娼館を後にした。

 これで、後にはもう引けない。




 店に戻ると、驚くほど準備は進んでいた。

 エヴェッタさんや、雪風のお陰らしい。それにしても準備が良すぎるが、もしかして前から用意がしてあったのか?

 さておき、夜までは店は通常営業。

 何でか俺も雪風に言われて手伝う羽目に。借金がある以上、こいつには強く出られない。

 金貨80枚、どうしたらよいものか。

 今日も店は繁盛していたが、夜は貸し切りの為、一時閉店。

 俺は店の客席で客を待つ。

 少しだけ時間に余裕が出来たので、茶目っ気を出していらん用意をした。それが終わると丁度、オロックがやって来る。

 一人ではない。

 前に見たネズミの獣人と、手練れに見える護衛を三人連れていた。

 こいつまさか、犬ッコロとエヴェッタさんを見て準備しに戻ったのか? それはそれで笑えるケダモノだ。見方を改めないとな。

「貴様、それは何の恰好だ?」

「あん? 正装だよ」

 俺の恰好は、くすんだ白い鎧に左肩を覆うマント。右腕だけガントレットをはめている。角を隠す為に兜を付けているが、今はバイザーを上げて顔を出していた。

 エリュシオンの騎士鎧。

 それっぽく見える物で良かったのだが、メルムが本物を用意してくれた。獣がデザインされた奇妙な兜付きだが、正式な物らしい。

「ハッ、貴様も【位】を買ったのか。ほとほとヒームは偽りの身分が好きと見える」

「それはお前も同じだ」

 勘付いたオロックが、僅かに眉をひそめる。

「いや、そんな事はどうでもいいさ」

 位など、俺にとってはどうでもいい。大事なのはこれからだ。

「花嫁を用意した。見てくれ」

 客席のシーツを剥ぎ取る。そこには、ガラクタで作った人形がドレスを着て座っていた。大事なポイントは、頭部が豚の頭である事だ。たまたまダンジョン豚の子豚の頭部があったので、贅沢に使用してみた。

「………………」

 ビキッとオロックのこめかみに血管が浮かぶ。

 俺は人を食ったように意識して笑い、兜のバイザーを降ろした。

「豚の花嫁だ。獣人の妻には相応しいだろう」

 問答無用。

 オロックは店の天井を割り、斧を振り下ろす。今度はしっかりと殺意がこもっていた。

 早く重く当たれば即死するだろう。

 しかし見え見えだ。見えているモノを避けるのは容易い。剣を当てるのは更に容易い。

 白刃が閃く。

 鮮血が舞う。

 抜刀から最小の動作で斧と胸板を断ち切った。切断された金属が店の壁を突き破り、外に飛び出た。次に動いたのはネズミ。同じく早いだけで分かりやすい動き。みぞおちに蹴りを入れて床に転がす。

「ぬうううッ」

 殺すつもりで斬ったが、オロックはピンピンしている。愚かにも素手で殴りかかって来る。

 俺は乗って、剣を収める。

 オロックの拳を受け止めた。片手で、微動だにせず。

「ば、馬鹿な」

 巨大な拳だ。強い力だ。しかし、こいつは知るまい。強い力であるからこそ、呼応して強くなる呪いがある事を。

「ぬるいな獣人」

 片手でオロックの拳を潰す。枝が爆ぜるような骨の音。

 手を離すとオロックは震え竦む。

「貴様まさか、エリュシオンの代行英雄か?!」

「さあな、もしかしてそうなのかもな」

 獣人が、いいや、浅はかなお前が憎くて仕方ない。

 が、

 俺のやる事はここまで。

 オロックとネズミは俺に夢中で気付いていないようだが、護衛の三人は気付いている。

 深呼吸をして俺は叫んだ。

「獣人同盟の首領! 騎士殺しのオロックはここにいるぞ! 首を取り、名を上げる者はいないのか!」

 おおっ、と声。

 一番に乗り込んできた騎士は、護衛の一人に斬り殺される。

 エリュシオンの騎士。【位】を買ったチンピラの騎士だ。

 集団の気配が膨らむ。店は完全に囲まれていた。

 予想通り、娼館の女将はエリュシオンと繋がりがあった。恐らくは諸王とも、いいや全勢力と繋がりを持っているだろう。

 賢い生き方だ。

 賢い故に、実に読みやすい。損得勘定と打算。人間を使った足し算、引き算。信念のない生き物は必ず保身に逃げる。身内や元身内でも知った事じゃない。

 裏口からも騎士共が現れ、即乱戦となった。俺はするりと横を通り抜け、地下に行く。扉を閉め、仕掛けを使って店の天井を崩す。

 上ではチンピラとケダモノの叫び声が大きく響いていた。

 実に愉快。

 階段を降り、進みながら仕掛けを起動させ壁や天井を崩した。瓦礫に埋もれて店の地下は完全に埋まる。撤去するには多くの人手が必要になるだろう。

「どうだった?」

 皆の先頭には時雨がいる。

「問題ない。連中はてんてこ舞いだ」

「やた」

 笑うと年相応の子供である。


『お前が本当に大事なのは、店か? 母親か?』


 俺の質問に時雨は迷わず『母親』と答えた。テュテュにも同じ質問をした。即答で『時雨』と答えた。

 そして、店を犠牲にオロックをはめた。

 店がなければ獣人同盟につきまとわれる事も、騎士団連中に金を払う事もない。万々歳、とは行かないが、時雨の希望を通した最善の策だと思う。

 これから大変なのは、この親子だろうけど。

「アーッシュ」

 アリアンヌの笑顔が怖い。説明しろオーラが凄い。

「後で。頼む後で落ち着いたら全て話すから」

「本当ですの? まーた勝手にどこかに行ったりしそうですわ」

「そんな事はない。当面はどこかに腰を落ち着けて―――――」

 そりゃ赤子が二人いる状態だ。落ち着かないと、

「………………それで、これからどこに行く?」

 一応、店から持ち出せる物は持ち出した。エヴェッタさんが引く荷台には調理器具や、食料がわんさか積まれている。

「はあ? あんた考えがあって店潰したんじゃないの?!」

 雪風に怒られた。至極当然の怒りである。

 余裕がなくて俺もそこまでは考えが至らなかった。

「ええと、どうするか」

「あの、良いですか?」

 赤子を抱えたランシール姫が一言。

「良い隠れ家があります」

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