<第一章:ノーバディ> 【02】
【02】
「何だよお客さん。かあちゃんの恩人かよ」
「そうなるな」
子供にする話じゃないが、話さない事には始まらないのでマイルドに掻い摘んで説明した。
「いいぜ。お客さんが目を覚ますまでかくまってやる」
こいつ生意気であるが、理解は早い。
後、ゴミ犬が子供にスリスリ甘えて俺にドヤ顔を見せる。かなりイラっとする。非常に不愉快だ。何故だ?
さて、
「俺とアリーは同じ部屋でも構わない。飯は―――――」
「ハァ?」
何言ってるんだこいつ? 見たいな子供の顔。
「あんた何もしてねぇじゃねーか。店のお客さんでもないし。何でボクが面倒見なきゃならない」
「確かに」
俺、何もしてない。犬に襲われただけ。
「あーじゃあ、アリーの面倒は頼む。俺は適当に時間を潰して時々店に顔を出す」
勘だが、信用できる相手だ。
アリアンヌを置いて店を出て行こうとすると、
「ちょ待てよ。出てけとは言ってないだろ」
「ん?」
引き止められた。
「丁度良いから、かあちゃんにはしばらく休んでもらう。最近ムリしてて体良くないし。代わりにあんたが働け」
「………………は?」
それは困る。いや、働きたくないとかではなく。俺は使い物にならないぞ、と言う意味。
「坊主、俺はなあ」
「坊主じゃねぇよ。シグレだ」
「時雨なぁ、俺は」
「ボクは店の仕事があるから、あんたは倉庫の掃除と裏口の雪かきしろ。働きしだいじゃ飯と寝床くれてやる」
「まあ掃除くらいなら」
片腕でできなくもない。
「じゃ、さっさと働く! いい大人がフラフラすな!」
という事で、押し付けられた掃除用具を持って、犬の案内で店の倉庫に。
苦手なタイプの子供である。
厳重な鉄扉を開けると、見た感じ客席の三倍はある食糧倉庫が広がる。石造りの一部を鉄で補強した頑丈な作り。シェルターみたいだ。
冷えた空間には肉塊が吊り下げられ、木箱には野菜がみっしりと積まれていた。ずらりと並ぶ棚には瓶詰の果実や野菜、オイル漬けの魚に、チーズや乾物、酒、米、海藻、調味料。ちょっとワクワクする空間である。
クソ犬は、棚の干し肉を咥えると床のクッションに寝転がる。包み紙を破くとガジガジつまみ食いをしだした。
俺も腹が減ったので、干し芋に手を伸ばそうとすると、
「グルルルルルルルルゥゥゥ」
殺すぞ、と威嚇される。
腑に落ちない。
てか、この店での俺のヒエラルキーは犬以下かよ。
心底受け入れがたいが、嘆いていても仕方ない。とりあえず掃除する事に。
箒を肩にかけて右手で動かし、床のゴミを集める。
大体のゴミの出所はこのゴミ犬なんだが、こいつを捨てる事が一番の掃除になるのでは?
「グルルル」
また威嚇された。勘の良い犬ッコロめ。
床を掃いたら、次は棚。バケツの冷たい水で布巾を濡らし、片手の握力でそれとなく絞り、拭き拭き。倉庫の端から端まで、隅から隅まで。
何かこう不思議な気分だが、慣れた様子でパッパッと掃除できた。
俺はもしかして………掃除の才能があるとか?
小一時間くらいで倉庫の掃除は終了。
次は裏口に。
チラッと店の様子を覗くと、時雨が一人で店を切り盛りしていた。
客は冒険者五人。全部女。
小さい体でテキパキと良く動く。素早いが、それ故に無駄も多い。若く体力がある時は問題ないだろうけど、長く続けるならもっと楽を覚えて体の負担を………………素人の俺が何を言っているのやら。
良い匂いのするキッチンを横切る。
並んだずん胴の鍋には様々なスープや煮物。棚にはすぐ出せるようにパンや野菜が並ぶ。作り置きの総菜はどれも美味そうだ。
本格的に腹が減って来た。たまには肉が食いたい。豆生活もそろそろウンザリだ。
「って、何だこれは」
気になる物があってキッチンに戻ってしまう。
大きな肖像画だ。
凄い癖ッ毛の“胸の大きな女”が描かれている。
高そうな額縁には『偉大なる食の母、ルツ神』と書かれていた。
変な神様もいたものだ。
どことは言わないが、一部誇張されている気がする。どことは言わないが。
客の視線を感じたので逃げるように裏口へ。
雪かきには苦労した。スコップは片手じゃ扱いにくい。この体は、何一つ思うように動かない。酷い手際だ。自分に腹が立つ。
もたもたして終わらせると、丁度時雨がやって来た。
中々の重労働だ。こんな気持ちの良い汗をかいたのは久々。さて報酬に飯と酒でも。
「次、隣の店な」
「………………」
冗談、まだ働けと。
逆らうのも面倒なので、サボるつもりで隣へ。
と言うか、左右の廃墟どっちが隣なのやら。適当に店の正面から左の廃墟に行く。
廃墟も廃墟だ。
積雪の下には砕けた建材や割れた窓ガラス、足元には破壊された内装や棚の一部が転がる。
一個、不思議な事が。
何屋か分からんが、商品らしきものが見当たらない。物取りに綺麗に盗まれたのか? ちょっと引っかかる状況だ。
どちらにせよ、箒と布巾では掃除は無理。
計画通り、サボるか。
半分になった椅子と壁の一部を使って固定。座して休む。
非常に落ち着く。
俺の人生、もうこのままでも良いと思う。
「貴様、私の店で何をしている?」
「ん?」
声が聞こえた。
いつの間にかエルフがいた。
長身痩躯、長い金髪の碧眼。ゆったりとした服装に腰には装飾品のような剣。
エルフらしい美形な男。
目元はキツイが、色目を使ったら大抵の女はイチコロだろう。それを自覚している傲慢な態度が表情から隠さず出ている。
同性と言う唯一の類似点を持っているが故に、大変不愉快な男だ。アンケート調査をしたら世の男性は、大体エルフの男は嫌いだろうがな。
「答えろ。私の店で何をしている?」
「店? この廃墟がか」
座ったままでは妄言の相手は不味いだろう。立ち上がり、
「お」
瓦礫に足を取られて軽くバランスを崩した。尖った建材に帽子が引っかかり落ちる。
「まずっ」
俺には隠さなければいけない物がある。
白い角。
ダンジョンには、そういうモンスターがいるらしい。前に勘違いされて冒険者組合の人間に捕獲されそうになった。報奨金もかけられているそうで、街に出る時はおっかなびっくりだ。
「貴様、その白い髪に金の瞳」
角ではない。
どうやらエルフは、俺の髪と目が気に食わないと。
「エリュシオンの代行英雄かッ!」
しかも斬りかかる程に。
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