<第一章:ノーバディ>
<第一章:ノーバディ>
寒々しい街を二人して歩く。
もうすぐ日が落ちるというのに街に活気はない。あるのは、獲物を待つ獣の静けさ。この街の夜は魔境だ。性と死に満ち溢れている。
ま、どちらも金か力のある人間の娯楽だ。俺には無縁なモノ。
「アッシュ、あの店変えた方が良いですわ」
「そう言われてもな」
俺の財布事情では、あの程度の店が精一杯。
「大体、顔を出す度に誰か死んでいますわよ。今日のあれは何ですの?」
「諸王の一兵に、あんたの元同僚がばっさり殺されていた」
彼女の名は、アリアンヌ・フォズ・ガシムと言う。
親しい人間にはアリーと呼ばせる。
没落したエリュシオンの騎士家系の出。元だが騎士様だ。腕っぷしも強く。今は冒険者としても活躍している。
美人で愛嬌があり、スタイルが良く、強い。
欠点が見つからない女だ。
そんな女と、ずらりと斬り殺された騎士共が同じとは考えたくないが。
「元同僚って、床に転がっていたアレかしら? 違いますわよ。あれは騎士ですけど、厳密に言えば騎士とは呼べない騎士ですわ」
「どういう事だ?」
騎士と言えば、それも中央大陸エリュシオンの騎士と言えば、それなりの腕と位と考えていた。
「あれは官位を買わせたゴロツキですわ」
「売ったのではなく“買わせた”のか?」
この二つは大きく違う。
「そそ、買わせましたのよ。【エリュシオンの騎士】と言う称号は、特定の人種には輝いて見えるものですわ。馬鹿な勘違いができる程にね。この街には、冒険の落伍者ならごまんといましてよ。買う人間はいくらでもいるわ」
「だが売りつけるったって、んな連中が金を………あ」
「気付きまして?」
気付いた。
「中央商人が金を貸すのか」
「そそ」
騎士という官位を買う為に、エリュシオンの大元と繋がりがある商人から金を借りると。
酷いマッチポンプだ。
「遠征地で手駒を手に入れる常套手段でしてよ。ゴロツキが偉ぶれる代償に気付く時には、大体使い潰されていますわ。と言いますか、そういう事に気付くような人間なら最初から【位】など買いませんわね」
「詮無いなぁ」
そういう気持ちは分からなくもない。
「あら、アッシュ。あなたも騎士になりたいの?」
「アリー、俺はもう【位】をもらっている」
「フフっ」
何がおかしいのか、アリアンヌは口元を手で隠して笑う。
俺の『アッシュ』と言う名は、こいつがくれたものだ。
名前だけじゃない。
服、マント、帽子、生活費、寝床と、命も、全部こいつがくれたものだ。
彼女と出会う前の事は、何も覚えていない。
俺は路地裏でボロボロになって死にかけていた。
記憶も身の証もなく。誰も俺の事は知らない。日々人の噂を耳に入れても、俺と言う人間はどこにも登場しない。
誰でもない男<ノーバディ>。
路傍の石みたいなモノ。
ああでも、一つだけ持っているものがある。不自由な左手と、体を蝕む原因だ。
さておき、
「今日はいつもより早いな」
彼女の冒険の帰りには、揃って宿に帰る習慣。それが少しだけ早い。時間に正確な女が少しでも早いと、それは何か意味のある事だと思う。
「仕事場まで送ってくださる?」
「良いが、娼館か? 冒険帰りに仕事は取らないはずでは?」
「別件ですわ」
これはちょっときな臭い。
アリアンヌは【睡魔と豊穣の女神館】と言う娼館で娼婦をやっている。冒険者の副業としては珍しい事だが、そういう仕事の方が普通では手に入らない情報が得られる。
「この近くの駐屯所に、昔の同僚が務めているのよ。レムリア王の粛清から運良く逃れていた奴。愚弟の事を何か知っているかも」
彼女は、弟の事を知る為にこの国に来た。
彼女の弟も元騎士であり、【竜鱗のアーヴィン】と言う名で売れた冒険者だった。しかし、彼の名声は急に途絶える。
ダンジョンに潜り死亡したとされるが、最後の足取りが全く掴めないのだ。
彼とパーティと組んだ冒険者達は、レムリアの混乱で散り散りになり、唯一の手掛かりが【冒険者の父】。
この伝説的な冒険者は、【睡魔と豊穣の女神館】の女将さんと繋がりがある。
と言っても、この男。レムリア王と繋がりが深かったらしく。合わせて、傭兵王とも因縁のある人間。娼館に全く顔を出さず、姿を消している。
「それは旧友に会いに行くのか? それとも」
「まさか、客と娼婦としての付き合いですわ。叩き上げの騎士からしたら、私のような没落した騎士女は食指を誘うものでしょう? 色々と発散した男は口が軽くなるわ」
「そうか」
そういう男の下種な趣味は分からんが、一個疑問。
「娼館に許可はとったのか?」
「もちろん無許可ですわ」
何故か自慢気。
「不味いよな、それ。勝手に客とったら娼館から何を言われるか」
「バレなければ問題なくてよ」
「なくてよって」
問題しかないぞ。
ああいう所の厳罰はえげつないと聞く。これこそ下種な男が喜ぶ罰だ。
「良いですから、あなたは護衛の体で付き添って」
「腕っぷしは期待するなよ」
「当り前ですわ。でも、女だからと舐めてかかる男は多いのよ。あなた弱っちいのに変な気迫だけあるから、お飾りに丁度良いの」
「さいで」
役に立つなら嬉しいものだ。なるべく早く恩は返したい。出来るなら、返せるうちに。
街を進む。大通りから細道に、薄暗い人間の多い道に。
時折感じる視線は、俺達をどういう意味で見ているのか。
女性としてアリアンヌは魅力的だと思う。だからこそ、俺のような半死人の無能は吊り合わない。もっと金と力のある男が相応しい。
こんな事は前に口にした事もあるが、
『あら、私はあなたを飼い犬程度にしか考えていなくてよ。オホホホホ』
と爆笑された。
アリアンヌは笑顔の絶えない女である。だが色々と抱えている所はある。人間、弱った時は自分より弱い生き物を見ると安心するとか。つまり俺は、男と言うよりペット扱いだ。
しかし次は、もう少しマシな犬を拾う事をお勧めする。せめて番犬になるような奴を。
「あ、ここよ」
到着したのは、こぢんまりとした二階建ての建物。騎士団の駐屯する場所には見えない。
アリアンヌが無遠慮に扉を開けると、何の妨げもなく中に入れた。
「騎士団長はいるかしら? 仕事を貰っているのだけど」
狭い場所に男が四人。さっき酒場で死んだ奴らと同じ騎士もどきだ。
テーブルに足を上げて安酒をあおり、小銭で賭け事に興じている。アリアンヌに好色な目を向けて、かなりイラっと来た。
「あんた幾らだ?」
「一晩、金貨50枚ですわ」
「ちっ」
俺には到底出せない金額だ。もちろん、目の前の騎士共もだが。
「団長は上の階だ。行けよ」
「では失礼して」
俺がアリアンヌに続こうとすると、騎士の足で遮られた。
「この男も団長は抱くのか?」
「私の付き添いですわ。近頃物騒ですからね」
「じゃ、ここまでで問題ないだろ」
騎士の言い分はごもっとも。アリアンヌは目で『大丈夫?』と言って来たので『問題ない』と返す。
彼女が階段を上がるのを見届けると、不穏な空気が漂う。
「あんたら暇なのか?」
「ああん? じゃてめぇが相手してくれんのかよ」
せめて騎士らしい振る舞いをしろよ。
「ゴロツキが隠れてないぞ。騎士様」
蹴られたテーブルが転がる。中身の入った安酒の瓶が床に落ちて砕けた。
しまったな。
俺の悪い所は、弱い癖に下手に出られない所だ。
「やるなら素手な。刃物は―――――」
騎士がロングソードを抜く。
あー参ったな。騒ぎを起こすのはマズい。アリアンヌの邪魔だけはしたくない。
土下座でもして場をおさめるか、おさまらないか、どうしたものかと考えていると。
扉が開く。
ゴロツキが二名追加。その内一人は、獣人の娘を羽交い絞めにしていた。
「は、離してくださいニャ」
身なりの良い獣人だ。
メイドのような調理服姿で、尻尾もスカートに隠して露出少な目。ゆるフワな金髪を綺麗にまとめている。
「おい、何してんだか知らねぇが。こっちで遊ぼうぜ」
「ひっ」
娘の短い悲鳴。倒れたテーブルを起こして、騎士は娘をそこに置く。股を開かせ、慣れた様子で手足をテーブルの脚に結び付けた。
俺に因縁をつけた騎士共は、全員娘に興味が行く。
こういうのは何度か見た事がある。
弱い人間が強い人間に蹂躙される。別に不思議な事ではない。極自然な事だ。
俺は黙って事が終わるのを待つだけ。それでアリアンヌの邪魔にならない。何かをするより、何かをやらない方が楽に決まっている。
俺は、誰でもない男だ。
誰でもなく何をするものでもない。それで問題ない。自然である。
「お前ら、俺と遊ぼうか」
だというのに、何故に今日に限ってこんな事を口にしたのか。
「まずオレがやるからな、てめぇらはなってないんだよなぁ。イチモツで女ぶん殴るだけが男じゃねぇんだよ。むせび泣くほど喜ばせる下準備をだな」
無視された。
転がった酒瓶を拾い。スカートに手を突っ込んだ男に投げ付けた。割と中身が入っていたようで、後頭部にぶつかると派手な音を立てて酒と瓶が飛び散る。
空気が変わる。
ゴミのような連中でも、暴力沙汰になると切り替わるようだ。
腹の減った野良犬みたいな顔で、俺を睨みつけて来る。俺も同じように視線を返すが、何を隠そう戦う手段はない。左手が全く動かない俺では、老人と殴り合っても負けそうだ。
うーん、こりゃ良くて半殺しだ。
アリアンヌに被害が行かなきゃ良いけど、今更後悔してもなぁ。
一斉に剣が抜かれた。
女の前では男は妙に血走るものだけど、強姦しようとしている女の前でも同じなのか。こりゃ一つ勉強になった。
「はっ」
バーカめ。と言う俺の馬鹿にした笑い顔で、ゴロツキが斬りかかって来る。
すると、
建物の窓が割れた。
細長い影が侵入して来る。
灰色の大型犬だ。飼い犬なのか毛が妙に艶々である。が、飼い犬にしては凶暴性は野性そのもので、ゴロツキの喉笛に食らい付くと振り回して首をへし折った。
「はっ?」
次は間抜けな顔のゴロツキが襲われた。押し倒され顔面を噛み砕かれる。
飛び散る血と惨劇。
犬一匹相手に騎士共は剣を振るうが、当たらぬ所か反撃で次々と倒れて行く。逃げ出す者もいるが、犬は容赦なく確実に殺していった。
丁度良いので、この隙に娘を解放する事に。
転がったロングソードを盗み。剣など使った事がないので、ノコギリのようにギコギコと拘束をした紐を切る。
「無事か?」
「あ、ありがとうございますニャ」
可愛そうに娘は震えている。
「………………」
あれ?
何だこの引っ掛かりは、妙な既視感が。この娘。
「あ! バーフル様!」
娘が叫び、俺は振り返ると、そこには大口を開けて襲いかかって来る犬の姿が見えた。
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