<第六章:メモリー> 【05】
【05】
「ほぅ、我が姿を知っているようだな。まさか師の仕業か? あの方にも困ったものだ。黙って世界を救っていれば良いものを、弟子の邪魔ばかりをする」
「僕に、何のようだ?」
残った力では、肉と骨に食い込んだ槍を引き抜けない。
「盟約を果たしに来た」
「何?」
誰との盟約だ。
「我は、我が弟子と盟約を交わしたのだ。『必ずや呪いの秘密を解き明かし、解呪する』とな。王子に取り入り秘密は解き明かした。後は、最後の一欠けらである貴様を処理するのみ。弟子の盟約を果たす手段が、その最後の信徒を葬る事とは、何とも皮肉であるな」
ガルヴィングは邪悪に笑う。
確信した。
偽物の方がマシだ。
老人の小さな指の動きで、無数の結晶槍が生まれた。僕の肩に食い込んでいる物と同じ。こいつには薄ぼんやりと記憶がある。
竜と対峙した時、総出で神に唱えた奇跡の槍だ。
「ぐっ」
浸食が始まっている。肩の傷口から結晶が広がり、肉と骨が別のモノに変性させられる。
不死殺しの結晶槍。
殺せぬ不死を別のモノに変える大魔法。
こんな物バカスカくらったら砕けて霧散する。迎撃しようにも、手元には得物の一つも………………いや、本当に一つだけある。
ポケットからカランビットの折り畳みナイフを取り出した。
「………そんな物で何をしようというのだ?」
「さあな、奇跡が起こってあんたの急所に突き刺さるかもよ」
心底見下した顔で、ガルヴィングは僕を眺める。
「愚かな。貴様らは所詮、地を這うケダモノに過ぎない」
「弟子を裏切り、仲間を裏切り、落ちる地獄もないような畜生に、ケダモノと呼ばれる筋合いはない。空を浮かぶケダモノ畜生が」
名を忘れても、僕にはまだ彼女の怒りと悲しみが残っている。
刀折れ矢尽きる共、最後の最後までこいつを倒す事は諦めない。
「また、それか。愚か者の極致め。世界を高次から見つめる我の思想に、糞を巻き散らす塵の中の塵よ。害獣は、疾くといね」
槍が降り注ぐ。
「おい、ギリギリまで時間稼ぎしたぞ。とっとと助けろ」
『了解である。0.5秒差で間に合うのだ』
メガネの通信機能に音声が響く。
実は十数秒前から救援に駆け付けるとメールが来ていた。本当にギリギリで間に合った。
降り注ぐ槍の大群は、赤い魔剣の群れに迎撃される。
僕の前に降り立つ、黒い壊れかけの機体。
鎧の大部分は失われ、半壊した兜からは一つ目のアイセンサーが覗く。左手は砕け、右手も放電しながら今にも壊れそう。胸部からは何かのエンジンが露出していた。そんな状態でも両足だけは、しっかりと大地を踏み締めている。
「遅いぞ、ガンメリー」
「女をフってから、二次会の会場を探すのに手間取った。その様子だと、まだ吾輩の事は覚えているな?」
「それもギリギリな」
名前と、あらまし、竜を狩った後に話した名前の由来。この記憶だけは、ぼんやりと覚えている。今にも消えそうな記憶であるが。
ガルヴィングは、ガンメリーの横やりに驚いた様子はない。
「古き異邦の器物か。イライザを下すとは、貴様の方を鹵獲していれば良かった」
「吾輩は女性としか契約しない主義だ。爺は特にゴメンである」
「下世話な器物だな。貴様もガラクタか」
魔剣は槍を全て打ち落とし、魔法使いに殺到する。
切っ先が当たるか否か、閃光が生まれ魔剣の一つが破壊された。それはまるで、レーザーのように見えた。
ガルヴィングの手の平には、青い炎が浮かんでいる。それが青い光線を放つ。
魔剣が次々と破壊された。
破壊し尽くすと、光線は僕らに迫る。
「炉心臨界。出力最大」
ガンメリーがバリアを生み出し、レーザーを受け止めた。いいや、受け止めきれなかった。破壊力の余波を受け、残った装甲の一部が沸騰した。
「宗谷! 聞くのだ! もうすぐ“彼女”が目覚める! 何もかも忘れるとしても、きっと彼女は待っていてくれるはずだ! そしていつか必ず! ダンジョンの奥底に辿り着け!」
「お前ッ、最後の最後まで回りくどく」
「信頼しろ」
一瞬だけガンメリーは振り返り、鋼の顔が笑った気がした。
容赦なく光が迫る。
バリアが割れ、ガンメリーの体はレーザーの直撃を受ける。機体が赤く融解し崩れて行く。
「最後の最後まで、吾輩は我が意思を貫き通し! これを成し遂げた! 何という満足した死であろうか! 宗谷、雪風、さらばだ! また会おう!」
ガンメリーは溶けて砕け散った。
雄々しい言葉を残して、今はまだ熱く、そして冷たい鋼の破片へと還る。
「騒がしいガラクタだ」
ガルヴィングは青い炎を掲げた。
「この終炎を以って。呪いの一片を残し、貴様の体を蒸発させる。長き我が研究も、ようやく終わりが見えた」
僕は、空のガルヴィングを睨み付ける。ガンメリーの言葉を信じ、信じて待つ。
それだけが最後に残された術だ。
「旅の終わりに、何か言葉を残すか? 異邦人よ」
「何も、僕の旅は何も終わっちゃいない」
「………燃え尽きるがよい」
明け始めた夜の間に、光が射す。死の光が。
弾かれ、
散る。
「何?」
眉をひそめるガルヴィング。光を弾いたのは、折れた魔剣。
僕が、獣狩りの英雄から奪った剣だ。
魔剣から声が響く。
『イライザコードを取得、ガンズメモリーコード受諾。システム緊急修復完了。おはようございます、ソーヤ隊員』
それは、死んだはずのA.Iの声。
「嘘だろ。イゾラ?!」
馬鹿な、確かに死んだはずだ。イゾラのデータは全て破棄されたはずだ。
『はい、あなたのイゾラです。機能停止直前、アガチオンの個人認証を騙す為、システムに紛れ込んでいました。上位A.Iのコードを取得したので、間に合わせですが人格を緊急修復しました。状況は把握しています。あれを倒せば良いのですね?』
「そ、そうだ」
一瞬だけ戦いを忘れて呆気にとられた。
「壊れかけ魔剣如きが何を」
『黙れ老害。貴様に科学の深淵を見せてやる』
砕けた魔剣達が集う。
老害の大魔術師が光を放つ。収束した熱量を魔剣が全て吸い込んだ。
『アークからデータを取得。時空航行戦闘機から兵装セレクト………IRG-99縮退粒子連射砲を歩兵兵器に再モデリング。構成マトリクス起動』
イゾラは、魔剣の残骸とガンメリーの残骸を、飲み込み形を変える。
何かを察したガルヴィングが止めようと両手を掲げた。青い炎が二つ、交差するレーザーすらもイゾラは飲み込み、一つの武器を造り上げた。
黒い長銃身のライフル。
全体的に角ばったデザインで、引き金があるだけのシンプルな武器。
『ソーヤ隊員。無理くり設計を変更した為、一発しか撃てません。外さないでください』
「一発あれば十分だ」
銃と化したイゾラを手に取る。
右手は引き金に、バキバキと鳴る左手を、歯を食いしばって動かし銃身に添えた。不思議な温かさを持つ銃の温度。まるで魂がこもっているかのようだ。いや、間違いなくイゾラとガンメリーの魂がここにある。
銃口の先には、ガルヴィング。
異世界最悪の大魔術師。
「よいだろう、【科学】の使徒よ。終炎が効かぬのなら、我が最大の秘儀を持って潰すのみ」
ガルヴィングは杖を足場に立ち上がると、詠いだす。
「原初よ、根源よ、赤く熱きもの、火よ劫火なれ、炎よ数多を飲み込め」
銃が低く唸り、イゾラがいう。
『重力子ライフリング開始。粒子安定化、並列工程、弾頭構成開始――――――』
「竜の吐息が如く、天の浄火の如く。定命の世界を喰らい尽さん」
『―――――弾頭成形終了。ライフリング安定、射出チャンバー圧縮開始60、70、90』
「全ての英知をここに集約す。赤く赤き破滅と厄災の似姿よ、我が腕の先に襲い掛かれ。今、この始原を持って、大魔術師が汝を滅ぼす。ガルヴィング・ロメア・ドラグベイン!』
巨大な黒い太陽が落ちて来る。
逃げ場はない。この破壊は、草原ごと何もかも焼き尽くし灰にするだろう。
だが、
『圧縮率120パーセント。撃てます』
僕らの方が余裕をもって早い。
「イゾラ、何か気の利いた言葉は?」
『そうですね。では――――――』
イゾラの提案通り、狙い澄まし僕はいう。
「ジャックポット」
引き金を引いた。
発射の反動は少なかった。
放たれた弾丸は、黒い太陽と共にガルヴィングの胸に風穴を開けた。
「な、に?」
大魔術師は悪い夢を見たかのように、霧散した。
余波は凄まじかった。
地上から天に向かって風が巻き起こる。それは爆炎を全てかち上げ、空を焦がし赤く染めた。数瞬の炎が消えた後、何気ない朝の空が広がる。
静寂。
朝の静寂が満ちる。
「なッ、イゾラ?!」
手にした銃が崩れ始めた。
『構成限界です。また、お別れですね』
「待て、今――――にいって」
名前が出なかった。
頼るべき相手の名を、存在を忘れた。記憶と絆が虫食いのように消え始めている。
『駄目です。元のシステムに戻ろうにも、今の私は規格外過ぎます。バグとして修正されるでしょう』
「だが、何か手を」
ボロリと銃身が落ちた。
イゾラはもう、手の平に残るサイズ。
『サヨナラはいいません。きっといつか、また会えるはずです。そんな気がします。非科学的な勘ですが………………ソーヤ隊員、私はお役に立てましたか?』
「ありがとう。また、会おう」
イゾラは風に吹かれ消えていった。握り絞めた拳にも、何も残っていない。
感傷すらも残さず消えた。
戦いは、終わった。
広がる草原の先には、角笛を地面に突き刺したような超巨大な物体。その下には街がある。僕を待つ者がいる。
さあ、帰ろう。
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