<第五章:レイヴ> 【06】


【06】


 煌々とした三つの月の下、獣と騎士が戦いを繰り広げていた。

 化け物が鳴き、人が吼え、剣の閃きが光を消す。

 混沌とした戦場だ。

 不思議な事に、そこに秩序が生まれつつあった。

 老齢の騎士が剣を振るえば、如何に巨大な獣とて道を開ける。

 魔剣の使い手が暴れれば、敵は混乱し隙を見せる。

 僕とアーヴィンが冒険者らしく最小、最速の技で敵を屠る。

 僕らが戦えば戦っただけ敵は倒れた。

 何という立派な秩序だろうか。だというのに、王子は薄い笑みを浮かべ僕らを見つめる。

 さそっている。

 目に見えて罠がある。もしくは奥の手だろうか。

 知るか。

 罠すらも噛み砕いて進んでやる。

「ソーヤ! 陛下は息災だな!」

「もちろん! 新しい跡継ぎも生まれました!」

 ザモングラスの叫びに僕も叫び答えた。これだけの獣を亡者にしているのだ。息災でないわけがない。

「ならば良し!」

 16メートルはある巨大な獣を、再びザモングラスが両断する。

 が、消え去る獣の体から無数の槍が生えた。

 ザモングラスは、剛剣で槍の半分を散らすが、残りの半分を全身に受けた。数十という槍に貫かれ、それでも獣の腹にいた兵士を一薙ぎで皆殺す。

 穴だらけになった老騎士は、生きた証を、剣を僕に投げ寄こす。

「今度こそ未練はない。弟子より先に死ねるのだからな」

 ザモングラスは消え去る瞬間、陛下のように豪快な笑みを浮かべた。

「行けッッ!」

 剣を受け取り、僕らは進む。

 敵の動きが急に統制される。獣を盾に、影に、隙あらば槍の穂先が飛んでくる。獣も大振りの攻撃はしない。守りに徹し僕らをジリジリと追い詰め―――――――

「舐めるな」

 僕は前に出た。

 受け取ったのは剣だけではない。

 力を継ぎ振るう剣は雷のように落ち、立ちはだかる獣と兵を一撃で消滅させた。

 と、夜空に影が差す。

 緑光の槍が雨のように降り注ぐ。

 飽和攻撃。

「チッ」

 舌打ちして、獣狩りが僕らの前に出た。

 アガチオンが震える。刃が黒い稲妻を発した。そこだけ重力が変化したかのように、地面がすり鉢状にへこむ。

「斬り払え、アガチオンッッ」

 巨大な炸裂音が響く。斬撃が飛んだ。槍は払われ、薄い空の雲すら消し飛ぶ。

 それでも、全ての槍は消し飛ばせなかった。

 獣狩りの体を三本の槍が貫く。

「クソッタレが、また届かねぇのかよ」

 乱暴にアガチオンが投げられ、僕の足元に突き刺さった。

 獣狩りは、僕を敵のように睨む。

「お前は嫌いだが、あそこで気色悪い顔を浮かべている野郎は、存在が耐えられないほど嫌いだ。お前が殺せ。必ず殺せ。このヴァルナー・カルベッゾを殺ったお前ならそれができる」

 ヴァルナーが消える。

「ソーヤ、あの時伝えられなかった言葉をいおう」

 アーヴィンが前に出た。

 見よ、と。

 我が戦いを見よ、と。

「本当は、自分は姉の事よりもパーティの皆が大事だった。冒険は心底楽しかった。人種の垣根も立場もない。歳も関係ない。思いこそバラバラでも、一つの目的に純粋に挑戦する。自分も最後まで冒険を共にしたかった。だからせめて、この戦いを見届けてくれ」

「………ああ」

 彼が戦う。

 彼は師を超える激烈なる剣技を魅せる。

 彼が戦い進む度に、敵は消える。戦術を駆使した敵だというのに相手にならない。

 道が開き僕は悠々と進んだ。

 かつて、竜鱗のアーヴィンという冒険者がいた。

 早く功績を得て、早く逝った若い騎士である。

 僕は、時々思う。

 彼が生きて、生き延びて冒険者を続けていたら、どんな名声を築いたのだろう。もっと偉大で雄大な功績を残したに違いない。

 その思いが目の前に現れた。

 アーヴィンは強かった。

 僕の仲間は強かった。

 誰よりも強いのだと、心から叫ぶ。

 巨大な獣を斬り倒し、亡霊の騎士をものともしない。

 騎士の中の騎士は誰かと問われれば、僕はアーヴィン・フォズ・ガシムと答えるだろう。

 冒険者の父すらも超える男として、彼の名を上げる。

「ソーヤ、我が友よ」

 アーヴィンは立ち止まり、剣を地面に突き刺す。

 僕と王子を妨げる敵はいない。彼が全て倒した。

「行け。そして、成すべきを成せ」

「アーヴィン、さよならだ」

「さらば」

 すれ違う瞬間、光は消えた。背中を叩かれた気がした。

 老騎士の剣と魔剣を背に、友の剣を手にし、僕は王子の前に立つ。

 変わらず兜に腰かけたまま、王子はだるそうに拍手をする。

「友との別れか。それは中々好きな見世物だ」

 こいつの戯言など知った事ではない。

「しかし何だ」

 王子は指を鳴らす。

「悪いが、無意味だな」

 夜の草原に緑光が満ちる。

 先と同じように、いや何倍もの亡霊の軍集団が現れた。

「貴様は良き道化だ。故に、全霊全軍を持って叩き潰してやろう」

 莫大な数である。

 人間一人が相手をできる量ではない。

 が、

「エリュシオンの王子よ。一つ問おう。呪いとは何だ?」

 時間稼ぎではない。

 僕には一つの確信がある。

「良かろう。報酬代わりに答えてやる。呪いとは、【死】であり【魂】であり【記憶】であり【世界】である。そして俺の力とは、その【支配】だ。この不滅の力、これを討ち滅ぼしたいのなら世界を滅ぼす覚悟で来い。世界を守るなどという戯言は捨てよ」

 くだらない。

 本当にくだらない支配者だ。

「人間如きが世界を滅ぼすなど、人が滅ぼせるのは所詮人の世界のみだ」

「つまらぬな。貴様の出番は終わりだ。疾く、死ね」

 王子が指で合図をする。

 軍集団が動き僕を囲む。

 三騎士の思いは無駄ではない。今この時、僕を王子の目の前に置き“全ての亡霊を前に出した”。

 百億万の働きである。

「王子、最後に一つ見せてやる」

「ほう、まだ何かあるのか?」

「僕のとっておきの一つだ。付き合ってもらうぞ」

 詠う。

 最後の詩を詠う。

「我が神、暗火のミスラニカよ。我は人の呪いを食み、糧とし力とする者。汝、唯一の信徒なり。

 集まりし亡霊の怨嗟により、我はケダモノを呼ぶ。

 黒猫よ、

 魔王よ、

 賢王よ、

 騎士よ、

 思いよ、

 この身に、全ての忘らるる者達の力を。

 我が神よ。

 我が神よッ!

 我が願い叶えたもうたれ! 魔を許さず、魔をもって魔を征す! 我は人の身のまま獣を宿し、人のまま獣を狩り尽くす! 明けぬ夜はなく! 覚めぬ夢もなし! 災いの忌血を! 今、全てここで断つッ! ならば最後に、狩人の夜よ来たれッ!」

 呪いとは【死】であり【魂】であり【記憶】であり【世界】という。

 それを【支配】するのが奴の力なら、それを【簒奪】するのが、忘らるる者のミスラニカの本当の力。

 魔王様のいう通りだ。

 急場でこれを使っても、亡霊を後出しされれば僕は消耗して死ぬ。だが今、この今、敵全ての亡霊が揃ったこの瞬間なら。

 全てを奪い力にできる。


 来たれ、暗き火よ。

 宿れ無限の力よ。

 お前には僕の全てをくれてやる。だから、その力と命を寄こせ。


「イゾラ・ロメア・ワイルドハント!」

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