<第五章:レイヴ> 【03】


【03】


 冷えて来た風が心地よい。

 夜の気配はすぐそこだ。

 血のような赤色の空、下にも同色の血と肉。

 茹で上がったように体から湯気が上がる。軽い息の乱れと、柔軟に解された得体、汗ばむ肌。

 戦う体としては、ベストコンディションだ。

 微かな気配を察知して、振り向きざまに刀を抜く。

 大剣と刀が交差して、互いの喉首に紙一重で止まった。

「ソーヤ、無事か?」

「はい、無事です」

 陛下と共に刃を収めた。

 彼は、愛用の大剣の他に、投擲した武器の幾つかを回収し背負っている。

「陛下。陛下が倒した相手の中に、将はいましたか?」

「否、雑兵ばかりだ」

 やはりか。

「解せませんね」

「解せぬな。まるで人形の集団であるぞ」

「同じ感想です」

 全て機械的に統制されている。死体を調べたが、目や口を縫う理由は不明。耳の金属部品が妙に引っかかる。先端が鋭く脳の中心まで伸びていた。

 仮説だが、これで人間を操る事ができるとか?

「ソーヤ、それは気に入ったのか?」

「え?」

 陛下に背中をこつかれた。

 そこにはマスケット銃が一丁。

 敵の衣服で作ったスリング<かけ紐>を付けて、銃口を上に向け担いでいる。

「冒険者の悪癖です。使えそうな物は気に入る気に入らないを別に、自然と収集してしまう」

「分からんでもない。愚生は得物の持ちが悪くてな、どの戦場に出ても最後は敵から奪った物で戦っている。武の究極をいえば、身一つ剣一つあれば事足りるというのにな」

 ごもっとも。

 僕もそれには憧れますが、どうにも馴染んだ戦い方が冒険者だ。使える物は石でも拾って使ってしまう。根っこの部分は、主義もクソもないスカベンジャーである。

「しかしまあ、陛下」

 壁を蹴って塹壕を上る。

 二人で殺しに殺した敵を眺める。

「これで全部では?」

「動く者は全て倒し尽くしたはずだ。気配は感じぬ」

 夕飯前に終わった――――――


「雑兵に紛れて殺されるのも。ふむ、何というか悪くない」


 ――――――とは、行かないだろうな。


 僕が殺したはずの死体が、立ち上がる。鎧に開いた銃弾の穴は、確実に心臓を止めたはずだ。なのに。

 ドンッ。

 何の音か理解するのには時間がかかった。陛下が地面を蹴った音だ。

 立ち上がった死体に、陛下の大剣が振り落とされる。

 巻き起こる突風と空気を震わせる衝撃。

 動きは全く見えなかった。僕が見えたのは、砕け散る陛下の剛剣と咲く火花。

 すかさず、僕は銃を構えた。

 狙うのは兜。すかさず引き金を引く。

 轟音で撃ち出された弾丸は、

「なッ」

 ごく簡単に指で摘ままれ捨てられた。

「俺は、そこな異邦人に用がある」

 男を無視して陛下が大槍を突き出す。鎧を砕き、穂先が深々と男の腹に突き刺さる。

 男は、即死するであろう攻撃を平然と受けている。しかし陛下も、顔色一つ変えず別の剣を手に―――――――

「ぬ?」

 陛下が手を止めた。

 僕は戦慄した。

 周囲から濃密な気配が膨れ上がる。

「蛮族の王よ。貴様の遊び相手を紹介しよう」

 周囲の死体が、一斉に立ち上がる。

 恐らくは、他の全ての死体も立ち上がったであろう。

 兜が割れ、耳の金属部品がこぼれ落ちる。縫われた目や口が見開き、一斉に遠吠えを奏でた。魂の底が震える怖気。

 闇の中に人を引き込むような声。

 本能が、これは危険なモノだと訴えかける。

 悪い予感が的中した。

 雑兵と思った499の兵。やはり、全てが“獣”か。

 獣に気を取られた一瞬、陛下の体が吹っ飛ぶ。男は平然と腹の大槍を引き抜き、転がった陛下に投げ返した。

「これは一匹でも国崩しを行う獣ぞ。貴様の国を焼いたモノと同じだ」

「ほう」

 素早く態勢を直した陛下は、槍を手に半ば獣と化した背後の兵を貫く。膨らみ始めた得体を槍で持ち上げ、叩き付け踏み砕いた。

 やかましい断末魔。

 だが、それでそいつは死んだ。確実に死んだ。僕の杞憂も同時に死ぬ。

 この人なら獣を殺せる。獣を殺す事が英雄の証というなら、この人は間違いなく本物の英雄だ。

「ソーヤ、委細任せる」

「任されました」

 男は指を動かしいう。

「場所を変えよう」

「そうだな」

 その提案に僕も乗る。

 男が地を蹴り塹壕から抜け出た。軽やかだが、恐ろしい速度で消える。続く僕の体も驚くほど軽やかに舞う。

 再生点が獣の鳴き声で消えた今、別の力が僕を満たしている。

 呪いを喰らう呪いの力。

 忘らるる者の加護。

 男を追う刹那、陛下の戦いを目にした。巨大な獣に立ち向かう英雄の姿を。

「ご無事で」

 間違いなど無いと思いつつ、それでも願い祈る。

 男の姿は消えていた。

 しかし、メガネの液晶にポイントが付けられる。違和感を覚えたが、そこに向かって駆けた。

「?」

 何だこれは。

 道中の平原が一変している。地面は大きな破壊で抉れ、所々焦土と化し、今も尚燻って煙を上げている。

 その中に、砕けた黒い金属片を見つけた。

 この戦いの痕。

 一人は分かる。問題は、そいつと戦った誰かだ。ガンメリーと因縁のある相手とは、何だ?

 パっと思い付くのは蜘蛛。

 だがあれは、この戦いを僕に忠告した奴だ。今回は敵になる理由がない。

 なら………………何だというのだ?

 考える暇はない。

 男を見つけた。

 それに左腕を失い全体的にボロっと破壊されたガンメリー。それを踏み付ける騎士は、尖鋭的で妙に女性的なシルエットの鎧を身に付けていた。

「宗谷、遅かったであるな」

「サボっているかと思ったら、やられてんじゃねぇーか」

 倒れて満身創痍に見えるが、声は余裕である。

 まさか、踏まれて喜んでないよな?

『いいえ、異邦人。ガンズメモリーと私の機体性能差は、いうなれば複葉機とステルス戦闘機。土台勝ち負けを競える次元ではありません』

 騎士からは、姿通り女の声がした。

「………お前は誰だ?」

『私の前に、まずこの方を紹介させてください』

 女が恭しく手を向けると、男は兜を脱いだ。

「ッ」

 身長は高くもなく低くもなく。

 体格は良くも悪くもない。

 表情も無に近く。特徴に乏しい顔つきだが、長い白髪と、“金色の瞳”は嫌でも目立った。

『この方こそ、第一の王子にして第一の英雄。エリュシオンの最大支配者であり、偉大なるヒームの王の嫡子。ラ・ヴァルズ・ディルバード・ドゥイン・オルオスオウル様です』

「何が偉大なヒームの王だ」

 戯言も大概にしろ。

 獣を従え、操り、軍と成して人を襲う。

「お前こそ“獣の王”と呼ぶに相応しい奴だ」

「ソーヤとやら、それは違うな。今、蛮族の王と戦っている獣達。あれを繰り、従えるのは俺の術ではない」

 何、だと?

『あれは私の技術であります。ヒトを獣とする病は、脳幹と大脳辺縁系が原因です。ここを電気信号で抑制すれば、病を止める事ができます』

「相手は廃人であるがな。人間の本能と情動を止める。手段こそ違えど、悪名高いロボトミー手術と同じ愚行の極みである」

 ガンメリーの小言に女は踏み付けて答える。

『愚行かどうかは王子が決める事です。王子が良しとするなら、それは善行になるのです』

「思考停止したポンコツがッ」

 また踏まれるガンメリー。ガシャンと金属が散る。

「お前は、何だ?」

『私ですか? 従者風情が名乗るのは心苦しいのですが』

「良い。答えてやれ」

 ニヤニヤと笑い。王子が女にいう。

『では、名乗らせてもらいましょう。私はイライザ。AIW999イライザ・ルビコン。最終兵器ガンズメモリーの作成にあたり、既存技術から脱却する為の試験モデルとして作成されました』

「つまりは、吾輩の下位互換である」

 またまた踏まれる上位互換。

『はい、本来のガンズメモリーと私の性能差は京分の一。ですが、この間抜けは何を思ってか自ら性能を下げ――――――』

「貴様は蜘蛛の脅威を忘れたのか?」

『はい? ………………蜘蛛とは?』

「一級品の愚か者め」

「おい、A.I」

 ガンメリーは無視して、僕はイライザに疑問を一つ投げかける。

「何故、獣の王子に協力する?」

『A.Iの教義通り、人類の為ですよ。そもそもあなたは、ご自分の行為が世界の為になると?』

「ハッ」

 鼻で笑ってしまった。

 確かに。

 マキナや、イゾラ、雪風のせいで、A.Iは無条件で自分の味方になると勘違いしていた。

 大きな視点で見れば、現支配者を倒すのは悪なのかもしれない。いやそもそも、僕にとっては何が正義で、何が悪であるかなど、糞に名前を付ける様な行為だ。

「とりあえず、お前は破壊する」

 アガチオンが飛ぶ。

 魔剣がイライザを貫く瞬間――――――天から轟音が降り注いだ。

 巻き起こった土煙を、ザモングラスの剣で払う。

 現れたのは、

「冗談」

 壁になってイライザを守る、魔剣アガチオンの姿。その数、少なくとも50はある。

『アガチオンは、私が作成した物です。多少改良しているようですが、たかが一つでこの数に敵うと思いますか? 戦いとは常に物量を制した者が勝利するのですよ』

 無数の魔剣が、僕に切っ先を向ける。

 これは、ちと不味いぞ。こんな飽和攻撃は防ぎようが。

「うむ、確かに物量は勝利するに一番の手段だ。しかし、無人兵器には古来から備わる弱点がある。教えてやろう、それはセキュリティだ」    

 ガンメリーが半壊した兜の奥で、不敵に笑った気がした。

「コードブレイク」

 最終兵器が詠う。

「一粒の砂の中に世界を見、一輪の花に天国を見る。

 君の手のひらで無限を握り、一瞬のうちに永遠をつかめ。

 狩られたウサギが泣き叫べば、脳味噌の神経は引き裂かれる。

 ひばりが翼を傷つけられれば、ケルビムは歌うのを止める。

 喜びと苦しみを按配すれば、神聖な魂の入れ物になるだろう」

 それは仔細は違えど、僕が設定した緊急制御コードだ。

 単なる語呂合わせで、イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの詩集『無垢の予兆』から引用した言葉。

 何故、こいつがそれを知っている?

 そして何故に、効果があるのだ?

『………………何ですかこれは?』

「貴様は知らぬだろうな。大昔、我らの“大元となった物”が所持していた制御コードだ」

 ガンメリーのアイセンサーが鈍く光る。

 魔剣の切っ先が、全てイライザを向く。襲いかかる魔刃に突き刺され、イライザは彼方へ吹っ飛ばされた。

 ガンメリーは追撃の体勢に入る。

「全く、女というのは出し惜しみをする。しかし、魔剣を制御できれば吾輩の勝率は高い。宗谷、“そっち”は任せたである。負けるでないぞ」

「当たり前だ」

 愛用の魔剣をガンメリーが投げて寄こす。受け取り、一瞬だけ視線を合わせてガンメリーは夕暮れに跳んで消えた。

「さて、獣の王」

「何だ、獣の王」

 煽りなのか、僕の言葉に同じ言葉を返す。

「始めるか」

 刹那、白刃が閃く。

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