<第五章:レイヴ> 【02】


【02】


 銃声が響く。弾丸が頬を掠める。

 邪魔な白煙を外套で振り払い。跳ぶ。

 振り上げた剣で騎士の兜ごと頭をカチ割った。炸裂する血と脳漿。

 絶命したヒトの感触。

 こいつも、獣ではない。

 肉と瓦礫を踏み付け、塹壕を駆ける。左から大きな破壊の音。空に舞い散る肉片と金属の破片が見えた。

 陛下が戦っている。

 事戦いにおいて、僕がこの人を気遣う必要はない。

 身を低くネズミのように這い銃弾を避ける。少しの直進で三人の首を刎ね、右の曲がり角で急制動した。

 けたたましい銃声と石壁を砕く弾丸。

 手足が射線に入ったが弾は外れた。

 思った通り、この狭い空間で長銃身は狙い辛い。軽いフェイントを入れるだけで簡単に的を外す。当たらなければ、どうという事はない。

 再装填の音を聞いて、通路から飛び出す。

 彼我の距離は15メートル。敵の数は四で、各々微妙に距離を開けて待ち構えている。

 敵の装填はかなり早く、訓練された動きだ。

 薬包を破り中の火薬を火皿に入れる。垂直に置いた銃身にも火薬を注ぎ、薬包に残った弾丸を入れて細長い棒できっちり押し込んだ。

 棒を捨て、射撃姿勢。

「アガチオン!」

 叫び、魔剣を放つ。

 うちの魔剣は音速を超える。この距離じゃ引き金を引くより速い。

 騎士四人を綺麗に串刺しにして壁に縫い付ける。

 通路の角から、更に二人が現れた。

 何気なくと興味本位で、転がった銃を足で拾う。

 古かろうが新しかろうが、銃の基本は同じ。照門と照星をきっちり合わせて、敵を狙い引き金を引く。

 耳が馬鹿になるような爆音に、視界が真っ白になる白煙。独特な硝煙の匂いで鼻まで馬鹿になりそう。

 だが、一人の心臓は撃ち抜けた。

 これだけ近ければ当たるし、急所を狙えば必殺になる。

 撃ち終わった銃を投げつけ、敵に狙いを外させた。銃弾は僕の足元に食い込む。

 遅い。

 剣を抜いた騎士を、剣ごと脳天から股間までを切断した。

 冴えている。

 緋の騎士ザモングラスのように、今日の剣は冴えに冴え。血に飢えている。

 ざっざっざっ、と。

 こんな狭苦しく空間なのに整列して歩く音。馬鹿らしいというより、馬鹿の一つ覚えに近い行動だ。

 通路中央、左右の角から騎士の行列がズラりと。

「戻れ」

 戻った魔剣に巻き込まれて二人が死ぬ。

 気にも留めず、残った騎士は整列した銃を構えた。

「防げ」

 僕の声と銃声が重なる。しかし、魔剣は声で操るに非ず。心で操るもの。

 魔剣は、猛烈な回転で銃弾全てを弾き砕く。

 それを前にして僕はゆっくりと進んだ。

 まだまだ先は長い。ペース配分を考えて、休める時は休みながら戦わないと体が持たない。

 もたもたした旧式銃の装填。

 一糸乱れず正確にこなすのは感心だが、

「それがどうした?」

 また砕けた弾丸の火花が散る。ほぼゼロ距離の射撃も、アガチオンが全て防いだ。

 一閃。

 一つ薙ぎで騎士達を両断した。

 血と臓物と火薬の匂い。ダンジョンのかび臭さも、乾いた土埃も、人間の油でしけって行く。

 また団体の迫る音。

 遠雷のような陛下の戦う音。

 まだまだ、始まったばかり。

 せいぜい、のらりと殺し尽くしてやるさ。



 小一時間が経過した。

「陛下ッ! 何人やりました!」

「おう! 100はやった!」

「僕は60です!」

 敵に深々と突き刺さった剣を引き抜く。陛下は、声の感じから体力的に余裕だろう。僕は結構ヘトヘトになって来た。雑兵を一方的に殺すだけでも疲れる。

 いまだ気配すら見せない“奴”の為に、温存できる所は温存しておきたい。

 小休憩中、また敵集団の足音が聞こえる。

 奪ったマスケット銃を構え、角待ち。

 呑気に行進した敵を視界に入れるなり、無心で引き金を引いた。撃ったら銃を捨て、壁にかけた別の銃を手に取り撃つ。

 こんなマスケット銃とはいえ、10メートル内の近距離なら鎧を撃ち抜ける。

 しかも僕は、銃弾をいとも簡単に弾く魔剣の防御がある。

 焦らず外さず、落ち着いて、正確に急所を狙う。

 ワンショットワンキル。

 銃の数だけ敵を殺す。

 殺しきったら、銃を奪い装填が必要な物は装填して、次の敵を待つ。

 改めて思うのは、銃という文明の利器の強さ。

 確かに、肉迫してしまえば達人の剣の方が強い。この程度の銃の性能では、優れた弓手には到底敵わない。

 しかしだ。

 指を引くだけで人を殺せる“手軽さ”と“気軽さ”。こいつが広まれば、雑兵の指一つで名だたる勇士が命を落とすだろう。そこらの女子供でも、銃を持てば使い切りの優れた暗殺者になる。

 世界は一変する。

 改めて思うのは、銃という簡単に命を奪える物の“くだらなさ”と“味気無さ”。

 素材を厳選して、綿密な調理過程を経て、繊細な味付けをした料理に、上からケチャップをぶっかけるような愚行。

 まるで、ファーストフードだ。

 ロマンの欠片もの無いつまらなさ。

 そいつは駄目だ。

 こいつは絶対に駄目だ。

 人間、殺しをやる以上は血と汗と泥に塗れて、這いつくばったケダモノのようにならないと。

 だから、銃を使ったエリュシオンのクソッタレ共には、ここでたった一人に大敗を喫してもらおう。

 銃という物を歴史から消す。

 この銃達は、記憶に残さない。

 ここで完全に殺す。

 またまたまた、角から敵が現れる。

 引き金を引き銃声と共に敵が倒れ、次の銃――――――――

「チッ!」

 上から敵が飛んできた。アガチオンは銃弾を弾き迎撃には間に合わない。

 腰に手を、刹那の抜刀にて敵を両断した。

 温かい肉と血が帽子を濡らす。狭い場所で死体に絡まれ、動きが阻害された。

 敵は装填しない。全員が剣を抜いて駆けて来る。

「邪魔だッ!」

 肉塊を敵に蹴飛ばして、右に刀、左にザモングラスの剣を抜く。魔剣と合わせ、三剣にて敵と切り結ぶ。

 一刃で二人を屠り、返す刃で三つ首を刈る。逃げ場のない場所に剣の嵐を巻き起こす。

 屍山血河。

 血と糞尿と泥の混沌。

 そうだそうだ。これだ。これが僕の感じたかった戦場だ。

「フ、は」

 込み上げた笑いを噛みしめると、肉食獣の威嚇のように顔が歪んだ。

 戦う。

 戦いに戦い、殺しに殺す。

 愚かな感情なのは誰よりも理解している。でも、何という充足だろうか。俺はここに生きて、ここに死ぬ生き物なのだ。それ以外に他はない。


『ソーヤ隊員』


「あ?」

 楽しい時ほど早く終わる。

 ノリの良かった敵は皆殺し。今はまた、小休止で敵を待ち構えている。嫌々だが、状態の良い銃を拾い上げて並べている。つまらないルーティンワークだ。

『バイタルが非常に不安定です』

「まともな精神で戦えると思うのか?」

『ですが、これは異常です。まるで他人の数値を見ているような』

「僕は僕さ」

 雪風は心配性だな。

「それよりも陛下はどうだ?」

 こいつの本体は陛下と共にある。僕より大事なのは陛下の御身だ。

『全く問題ありません。人類規格の戦い方ではありませんね。下手をしたら航空戦力が必要になるレベルです』

「そりゃ良かった」

 不要な心配か。

 奪った薬包を破り、弾を口に咥える。火薬を銃の受け皿と銃口に流し、弾を落として差し込み棒で奥まで入れる。

 装填完了。

 こんなもんだと思う。

「?」

 気配を感じ、銃を構えた。黒く小さい影が視界の端に消える。

 あれ、前にもこんな事が。

 銃なんて持ったから?

 さておき、前を向いたまま銃を背後に向かって撃つ。がしゃん、と鎧が倒れる音。落ち着いて冷静に、背後から強襲してきた敵に銃を放って行く。

 戦いの熱を銃火で抑える。引き金を引く度に魂の底が冷える。これに耐えに耐えたら、剣を抜いて炎のような血を纏う。

 冷静と狂気を行き来しながら殺しに殺す。

 そして………………遠くから街の鐘の音が聞こえた。もうすぐ日暮れを伝える鐘の音だ。

 思い出した。

 まるで、この異世界に来た最初の日じゃないか。

 あの時は安っぽい暴漢が相手だった。今は――――――いや、大して変わらないか。

 僕だってあの日から何も、何も、変わって………………あれ、何か忘れて。

 あれ?

 ん?


 一瞬の夢から銃声で目が覚める。


 腹に響く衝撃に、軽くバランスを崩し足踏みした。脇腹に綺麗な風穴が出来ていた。新鮮な血が傷に触れた手を生暖かく濡らす。喉から込み上げる血は飲み干した。

 が、再生点はまだまだある。たかだか、一発の銃弾で致命傷になると思うな。

 傷は巻き戻しのように再生した。

 まだまだ、まだまだ戦える。

 命の限り、魂が燃え尽きるまで。

「冒険者を舐めるなよ」

 笑い。

 斬りかかった。

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