<幕間>


<幕間>


【208th day】


 明日、奴が来る。

 やれるだけの準備はした。抜かりはないはずだ。

「では、お望みの品はこちらに」

「あいよ」

 昼過ぎ。

 港の騒ぎがあったからか、行き交う人は少なく平原はいつもよりガランと無人である。

 街の入り口で、ローンウェルから荷物を受け取った。

 老馬が引いた荷馬車だ。

 荷台には、足が付かない範囲で集められるだけの武器が積まれている。

「後これも、いやぁ時間がかかりました。大変でしたよ。マキナが加工できない物を、こっちの職人が加工できるとは思わなかったです」

 ローンウェルは、懐から細い箱を取り出す。

「ん?」

 何だっけ。

 箱を開けると、三つの指輪があった。

 一つは黒色の指輪。

 一つは銀色の指輪。

 一つは金色の指輪。

「あ」

 思い出した。

 適当な指輪を作るように頼んだのだ。待たされ過ぎてすっかり忘れていた。

「いやいや、時間かかり過ぎだろ。それにマキナも加工できないって何の素材だ?」

「竜の瞳です」

 レムリアの宝物庫から盗んだアレか。

 あのままじゃ簡単に足が付くから加工を任せたのだった。

「街の鍛冶では傷一つ付けられなかったので、秘密裏に冒険者組合の素材部門に依頼しました。連中でも相当苦労したようですが、プライドに火が点いたようで『金はいらん、とにかく任せろ』と意気込んで。何でも、交代しながら50日連続でハンマーを振り続けたとか」

「なんつー力技を」

 宝石と聞いていたのに、どれだけ硬い素材だったのだ。

「最近ようやく砕けたのですが、成形できそうな部分が小さくて。丁度良いので指輪にしてもらいました。どうですか? 価格にしたら………いや、これは価値が付きませんな」

「ま、ありがたく貰うよ」

 エンゲージリングは異世界の風習にはないが、何となく用意しておいた。

 こうもギリギリで間に合うとは。

「しかしまあ、あなたと付き合いだしてから商会はデカくなりましたよ」

「そうなのか?」

 急にどうしたのか。

 羽振りが良いのは知っていたが、数字までは目を通していない。

「このまま行けば、レムリア商会長も夢ではありません。ソーヤさんとは末永くお付き合いしたいですなぁ。できれば、産まれて来るお子さんやお孫さんの代まで」

「気が早いぞ」

「でも、ランシール様があなたの子を身籠っているとか?」

「いやそれは」

 あれ確定情報なのか? レグレの件もあるから、獣人の勘は侮れないけど。

「商人としては、未来の王族とは仲良くしたいですからねぇ」

「へぇへぇ、そうなるまで下手な欲で身を滅ぼすなよ」

 お世辞として受け取っておこう。

 レムリアの将来など、今は考えられない。

「そうそう、メディム様がご来店して色々と聞いていかれましたが」

「何か話したのか?」

 親父さんに心配されているみたいだ。

「まさか、共同経営者の情報は王にも話せませんな」

「そりゃどうも」

 こういう所は口が堅いな、こいつ。

「後ですね、妹様とベルトリーチェ様もご来店されました」

「何の用だ?」

 エアは僕に探りを入れているのだろうが、ベルは何だ?

「妹様は新商品の打ち合わせを兼ねていましたが、中々上手く探りを入れていましたね。だからといって、話すわけないですけど。ベルトリーチェ様は単刀直入に聞いてきました」

「何て?」

「その『戦争の準備をしているのか?』と………………しているので?」

「まさか、この武器はエルフの護身用だ。最近の事件を見ても物騒だしな」

「依頼を受けたのは事件前ですが、万が一の時はそういう事にしておきましょう」

「しておけ。じゃあな」

 荷台に乗って老馬の手綱を握る。ゆっくりと馬車は進みだした。

 視線を感じたので振り向くが、街の入り口でローンウェルは僕をずっと見ていた。小さな点になっても彼はそこにいた。

「もういいぞ」

 街からそこそこ離れて、荷台の気配に声をかけた。

 むくりと荷物の布が膨らみ彼女が現れる。

「………………戦争の準備か?」 

 旅支度をしたベルだった。いや、今はリズの方か。

「お前には関係ない」

「いやある。ボクは、王子に仕えるモノだ」

「は?」

 殺気も何もなかったので、身構える暇がなかった。

 リズが動き僕の隣に座る。

 思わずビビったが、それだけだった。

「ボクは、あの忘らるる者の呪いを察知すると、依り代になるような血を探して支配する。そうして王子を呼ぶ機能だ」

「………………」

 こんなにも近くに刺客がいたとは、思えばリズが出て来たのは獣を殺した後、王の前で狂った騎士が叫んだ時。

 敵意がなく使える奴だからと利用していたが、盲点だった。

 いやだが、

「解せないぞ」

「何がだ? 信じないのか?」

「今話す意味が解らないといっている」

「それはこいつに聞け」

 フッと風が吹いたようにリズの表情が変わる。

「お兄さん。時間がないので単刀直入にいいます。あたしと逃げてください。これから来る敵には、絶対に勝てません。逃げて、逃げて、安全な場所を見つけて、そうしたらエアやラナさんもそこに呼んで――――――」

「無理だな。いつか必ず見つかる。奴は嬉々として永遠に追いかけて来るぞ」

 彼女の仲間がそうだったように。

 あいつは何かの娯楽のように人を追い詰めて、最後は死なす。

「なら!」

「なら、はない。ここで戦って倒す。それだけだ。他の選択肢はない」

「どうしてですか?! 逃げれば、逃げている間は生きていられるのですよ! 少しでも時間があれば何か手が! 誰かが王子を倒してくれるかもしれないし!」

「そうだな。そうかもしれない」

 一人で何もかも変えるような英雄がポンと現れて、世界をより良くしてくれるかもしれない。

 第一王子すらも簡単に倒すような、虐殺者が。

 ま、そんなのお笑いだ。

「これでも男だからさ。負けると分かっていても退かない。決めた事は簡単に変えない。君の意思や言葉じゃ、僕は変わらないよ」

「ッ!」

 涙目のベルに心が痛む。

 でも、ここで変な優しさを出したら、それこそ残酷だ。

「サイテーな状況ですけど、あたし伝えたい事があります。女だって負けると分かっていても退けない時がありますし」

「どうぞ」

 何だか分かってしまった。

「お兄さん好きです。全てを投げ捨てて、あたしと逃げてください」

「ありがとう。断る」

 何か、初めて女性を振ったな。

 相手が可愛らしい少女だからか、中々死にたくなる気分だ。

「分かりました。あたしの大して長くもない人生で、今の所は一番ショックな事件です。今まで楽しかったです。冒険も、食事も、人も街も、全てが得難い体験でした。次に好きになるなら、お兄さんと正反対な人にしますッ! さようなら!」

 ベルが馬車から飛び降り走りだす。

「ベル! 土産だ!」

 僕は財布の袋をベルに投げ付けた。

 ナイスキャッチした彼女は中身の金貨を見て、

「バカにすんなァァァ!」

 大声で叫び。金は、ちゃっかりと懐にしまう。

 涙でぐしゃぐしゃになって彼女は駆けた。

 あ、転んだ。

「………………」

 起き上がってこない。

 いや、僕助けないからな。そんな事したら変に情が移るし。

 更にのんびりと老馬は進み、転んだベルに追い付いてしまう。彼女は横目で、チラッチラッと僕を見ていた。怪我は無さそうなので安心。

 無視して進む。

 ベルを追い越し、しばらく風を感じる。

 と、

「おっ………………起こせよー!」

 絶叫が背後から迫った。

 そのまま脱兎の如くベルは駆けだす。

 鈍い馬車を追い抜き、30メートル先で振り返った。

 もう泣いてはいなかったが、何だか怒っている。

「お兄さんお元気で! せいぜい長生きしてくださいね! ご武運を!」

「さようならだ! ベルトリーチェ! お前も元気でな! 風邪ひくなよ!」

 両手を振り、彼女は僕より早く、先へ先へと駆け出した。

 交差しない別れた道を、もう振り返る事はなかった。

 あまりにも予定していなかった別れ、この切迫した状況では悲しむ事も出来ない。

 それに、

「お前はどうするのだ?」

 誰もいないはずの荷台を睨み付ける。

 反応して薄い緑光が集まり、貧相で凡庸な、どこにでも居そうなメイドとなった。半透明なその姿は、亡霊というより何かの立体映像に見える。

「お前の最後を見守ってやる。異邦人」

「好きにしろ。だが、お前が見守るのは王子の最後かもな」

 意外にもリズが微笑んだ。

「ボクもそれを望む。成すべきを成せ、リーダー」

 儚い笑顔で、陽の光に亡霊は消えた。

 分かっているさ。

「リーダーと呼ぶなら、信用しろよ」

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