<第五章:レイヴ>


<第五章:レイヴ>


 平原のど真ん中に、陛下は陣を築いていた。 

 といっても、雑多に積まれた荷物があるだけの寂しい陣。ま、五体一つあれば軍を散らせる男に、これ以上の準備はいらないか。

「そこの方、四強たる諸王と名高い。アシュタリア陛下とお見受けする」

「………………何をしている?」

「ぼ、俺はあなたの忠実なる臣下、宗谷から紹介され――――――」

「ソーヤ、何をしている?」

 陛下は、茶番に付き合ってはくれないようだ。

「俺は宗谷に雇われた謎の傭兵であります」

 どすどす近付いて来た陛下が、僕の脳天めがけて拳を振り下ろす。

 ゴーン、と目の前で鐘が鳴った。

「いっ痛ぅぅぅ」

 ズレた兜を外すと、側頭部が拳の形にヘコんでいた。陛下の拳は鋼より堅いようだ。

「で、何をしている?」

 割と本気で怒っておられる。

「別人のフリして参戦しようと思い」

 今の僕は、ガンメリーと同じ兜と前掛け付きの鎖帷子に、背には大剣を背負って、騎士のコスプレをしている。

「くだらぬ手を使うな!」

 めっちゃ怒鳴られた。

「でも陛下、僕も戦うといったら止めるでしょう?」

「止める」

「じゃ誤魔化します」

「馬鹿者め」

「はい、馬鹿者です」

「帰れ」

「帰りません」

「妻の元に帰れ」

「戦いが終わったら帰ります」

「………………」

「………………」

 お互い譲らず睨み合う。

 根っこの思考が似ているので、話し合いで解決しないのは明白だ。

 となると?

 陛下が背の大剣を手に取る。

 僕も腰の刀に手を置く。

 相手が相手だ。些細な試し合いでも殺す気でやる。そうでなければ届かない。

 鯉口を切――――――

「は?」

 陛下がバク転して退く。

 筋骨隆々の大男とは思えない軽業だ。

 呆気に取られたと同時、狙いに気付く。

 彼我のこの距離。僕の刃圏が絶対に届かない間合いだ。

 着地した陛下は、大剣の切っ先に片手を添え槍のように構える。足の筋肉が体を撃ち出そうと力を溜めた。

 大型トラックを前にしたような威圧感。

 しかも、アウトレンジからの必殺だ。

 カウンターを狙おうにも、僕の剣技はお上品過ぎる。

 どんな生き物であろうとも肉や骨は切れるが、巨大なエネルギーは殺せない。受ければ即死。躱せるほど甘い一撃でもない。

「行くぞ、ソーヤ。死んでくれるなよ」

 陛下の蹴り上げた地面が爆発した。恐ろしく早く大きい一撃。

 ならば、叫ぶ。

「アガチオン!」

 背の鞘から抜け出たのは、赤黒い剣身の歪な大剣。それが陛下の必殺と真っ正面からぶつかる。

 甲高い音色、尾を引く響き。衝撃で空気が震えた。

 剣と剣の切っ先が一瞬拮抗し、魔剣は弾かれる。

 しかし、チャンス。

 微かな隙に白刃を差し込んだ。最速の抜刀で陛下の足を狙う。

 自分でも知覚できない速さだ。

 どんな人間であろうとも、これを―――――――

「冗談」

 陛下が再び跳んだ。

 僕の間合いと、自分の身長を優に超える跳躍。最早、人間のバネではない。

 落下と共に剣が振り下ろされる。

 あ、これは無理だ。

 避けられぬ。受けても体が砕ける。

 陛下の笑顔が見えた。

「………………」

 膨らんだ剣圧が風を生んで僕の顔を撫でる。剣そのものは、鼻先でピタリと止まっていた。

「良し」

 そういって、陛下は大剣を背にしまう。

 常人には持ち上げる事すら困難な大得物を、この人は小枝のように扱う。無論、力だけではない。心も技も冴えわたっている。

 負ける映像が見えない。

 今まで戦った事のある人間の中では、陛下は間違いなく最強である。

 だというのに、何だこの胸騒ぎは。

「うむ、見事な剣技である。褒めてつかわすぞ」

「ありがたき幸せ。全然通用しませんでしたけどね」

 打って変わって陛下は上機嫌。

 何をするにも『まず力を示せ』、これが諸王のやり方だ。

「愚生は手元を見ればどんな剣技でも“線”が見える。いいや、今の今まで見えていた。見えない剣技とは恐れ入ったな。剣とは武とは、まだまだ奥が深い」

「それはどうも」

 技の核は通じていたようだ。

「しかし過信するな。見えないといえども、所詮は剣。間合いから離れれば脅威にあらず。ある程度の“しなやかさ”があれば簡単に対処できる」

「肝に銘じます」

 陛下のある程度とは、ハイエンドの事である。

 割と一撃必殺な剣技だと思っていたのだが、上には上がいるものだ。

 アガチオンを引き寄せ刃を確かめた。

 装甲を全て外した素の状態に近い魔剣。ギリギリで再生が完了したのだが、一瞬とはいえ陛下の一撃と拮抗するとは。前と変わらぬ性能と受け取って良いだろう。

 マキナの奴、良い仕事するじゃないか。

「で、愚生一人に任せる気は無いのだな?」

「無いです。近くで戦えないのなら、離れた所でチビチビと横槍を入れます」

「それは実に鬱陶しい。敵なら幾らでも倒せるが、味方の妨害とは厄介だ」

「という事で、お傍に置いてください。邪魔なら近くに置いた方が処分しやすいでしょう?」

 はぁ、と陛下の大きいため息。

「何だかんだと、貴様は最初から最後まで愚生に逆らうな」

「陛下を思えばこそです」

「やれやれ」

 目頭を押さえて、

「人が見たら忠臣の鑑というか………………好きにしろ」

 陛下が折れた。

「じゃ飯の用意をしましょう」

「酒はなしだぞ。戦いの後にしておけ」



 遅い昼食は簡単な物にした。

 陛下の好きなコロッケサンドと、蜂蜜多めのジンジャエール。スティック状のピクルス各種。

 胃を満たすと、陛下は素振りを始め、僕はマキナから送られてきた情報に目を通す。

 その予測データに頭を抱えた。

 確かに可能性はある。

 が、仮にこうなったら戦いになるのか? 陛下が見せてくれたように戦いにおいては“間合い”が最重要だ。これが埋められないなら、どんなに鍛えた剣技でも無用の長物である。

 現在マキナは、魔王様とゴブリンの手を借りて対策を工事中だそうな。

 しかし、時間的にはギリギリ。決戦は明日なのだ。

 やはり、簡単ではないな。

「ソーヤ、あれは誰ぞ?」

「え? ああ、僕の知り合いです」

 平原を歩き近づいて来る者が二人。

 黒い鎧の者と、後もう一人意外な人物。

 腰に剣をぶら下げたエルフ。

 認めてないが義理の父親、メルムである。

「敵であるか?」

「鎧の奴は味方です。エルフの方はラナの父親ですが、レムリア王と付き合いが深く。敵でも味方でもない感じですね」

「では間者か。面倒だな」

「適当にあしらいましょう」

 兜を被り、何か癖で持って来たトンガリ帽子を被ってしまう。

「そこの者、立ち止まれ!」

 声を張り上げると、ガンメリーとメルムが立ち止まる。

 指を動かして『お前は前に出ろ』とガンメリーに指示。メルムだけが残る。

「ここから先は諸王の陣地である! 何用か!」

「ソーヤ、変装するならもう少しマシな恰好があるだろう」

「………………」

 やかましい。すぐ用意できるのが、これしかなかったんだよ。

「僕俺は、宗谷と………ああ邪魔くせぇ」

 兜を捨ててトンガリ帽子を被り直す。

「メルム、何の用だ?」

「近所に物々しい連中が陣取れば見に来るだろう。当たり前だ」

 そりゃ確かに。

「どれ」

 陛下が僕を押し抜け前に出る。

「我が名は、ラ・ダインスレイフ・リオグ・アシュタリア。故あって平原の一部を支配しているが、明日には陣を退くつもりだ」

「つまり、我が森を侵すつもりは無いと?」

「そうだ」

「信用できないな」

 当たり前といえば当たり前だ。しかし、

「この方の言葉は僕が保証する。それでは不服か?」

「不服だ。どこぞの冒険者の言葉など聞けるか」

 お前、一応は義理の息子だぞ。

 店とか色々世話してやった恩はどこかに消えたのか?

「では、これならどうだ?」

 陛下が何かをメルムに投げる。

 受け取ったメルムが自分の手を見て、

「ほう」

 軽く感嘆をもらした。

 彼の手にある物は、細く黒い水晶だ。原始的な槍の穂先にも見える。

 注視して、ゾクリと背筋がざわめいた。これ、僕の刀と同じ気配がする。

「アシュタリア王家に伝わる竜の隠し棘である。我が先祖の幼子の頃から手元にある品だ。事が終わるまでそれを預ける」

「竜の棘とな、真贋はさておき稀有な魔力を帯びているのは間違いない。確かに預かろう」

 何の遠慮もなくメルムは懐にしまう。

 大丈夫か? 売るなよ。諸王の軍勢に森を焼かれるぞ?

「次はお前だ」

「は?」

 メルムは、僕にも何かくれと手を伸ばす。業突く張りエルフめ。

「何で僕が?」

「もののついでだ。戦場から遺品を回収するのは骨が折れる。今なら預かってやるぞ」

 そういう事か。

 あ、丁度良いのが一個あった。

 ズボンから指輪の入った箱を投げる。受け取ってメルムは何の遠慮もなく中身を見た。

「ん? 指輪か。貴様にしては趣味が良いな」

「失礼な。戦いが終わったら、ラナとランシールに渡すから預かってくれ」

「金と銀は分かるが、黒いのは誰に渡すのだ?」

「そりゃ」

 自分用と考えていたが、なら今付けた方が良いのか? 戦いには必要のない物だけど。

「なるほど、他に女がいるのだな」

 勘違いしたメルムがニヤリと笑う。

 面倒だから、それでいいや。

「ま、預かってやろう。貴様の三人目の女も気になる所だしな」

「勝手にいってろ」

 納得したのか、背を向けメルムは歩き出す。

「おっと」

 わざとらしく立ち止まり、一言。

「これは噂だが、エリュシオンの要請でレムリアが“ある品”を近港に運び込んだぞ。たった三人で、これをどう対処するのか高みの見物をさせてもらう」

「たった三人だと思うか?」

 僕の隣にいる男は最強だぞ。ガンメリーは知らんがな。

「他に援軍がいると? 私は手伝わないぞ」

「さあて、敵でも味方でもない奴には教えられないな」

「フッ、いいさ。貴様らの戦いを楽しみにしているぞ」

 腹の内を見せないまま、エルフの王は去った。

 あれはあれで、楽そうに見えて難しそうな生き方だ。

「で、ソーヤ。これは?」

 黒いガンメリーが片膝をついている。何だか様になった姿だ。

「吾輩、ガンズメモリーというしがない雇われ騎士であります。此度は宗谷に雇われた故、あなた様に忠誠を誓わせてもらいます。どうかよしなに」

 おい、という陛下の視線。

「信用はできます」

 謎は謎だが、不思議と信用はできる。

 雪風が連れて来たからか? 何でか自分でも分からん。

「二人も三人も変わらぬか。好きにせよ、ガンズメモリーとやら。しかし、我が臣下の信用を裏切る働きぶりなら殺すぞ」

「お任せあれ、必ずや吾輩は陛下の役に立ちます」

「なら良し。でなければ死あるのみだ」

 辛辣な陛下だが、元々諸王とはこんなものか。

 さて、

「陛下」

「何だ?」

「夕飯は何にしましょう?」

「肉だ。それも分厚いのを」

「お任せあれ」

 豚の丸焼きにしよう。

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