<第四章:レイド> 【04】


【04】


「いやぁー! 負けた負けた! 手も足も出なかった! レムリアに来て色んな相手と戦ったが、こんなに勝てる見込みがないと思ったのは初めてだ!」

 自室のベッドの上で、ボロ負けしたシュナが陽気に声を張り上げた。

 彼の傷は全治十日。冒険者でこれだから、普通なら再起不能の重症である。

「お前や、親父さん、兄さん方にも、訓練を重ねればいつか勝てると思っていた。でも、あの人は別格だ。流石、師匠の旦那だなァ」

「知っていたか」

 僕からいうのも何だったので助かる。

「オレを見るなり、向こうから話しかけて来た。『我が妻が世話になったな』って」

「まあ、そういう人だからな」

 陛下らしい。

「一発殴ってやろうと思ったけど、ありゃ無理だ」

「何いってんだ。できるさ」

「無理だって」

 格の違いで自信が折れたか、珍しいな。

「できるさ。リーダーとして保証してやる。時代や時間は、常に若者の味方だ」

「なーにいってんだか、お前も若いだろーが」

 そういや、僕も若者の分類だった。

「あの人はな――――――」

 少し迷うが、

「左大陸、諸王の中の諸王。四強と名高いアシュタリア王だ」

 レムリア王の剣幕が伝われば、察するのは時間の問題か。

 話せる内に話しておこう。

「諸王? ………すげぇ人じゃないか」

「凄いぞ。僕は、あの人が単騎で5000の軍を蹴散らすのを見た」

「は?」

 シュナが驚くのは無理もない。

「冗談に聞こえるが本当の事だ。後な、アーヴィンの師匠である緋の騎士ザモングラス。そして、レグレの戦いも見た。二人共、鬼のように強かったな」

「オニって何だ? いやそれはいいけどよ、アーヴィンの師匠って?」

「陛下が中央大陸に乗り込んだ時、知り合ったそうだ。彼の紹介でレグレが合流して、二人は陛下と臣下の契りを結んだ」

「ああそっか、アーヴィンの師匠とオレの師匠は知り合いだったな」

「そうだな」

 アーヴィンから聞かされたのが、もう随分と昔に感じる。

「で、ソーヤはどういう関係なんだ?」

「僕、一時期姿を消していた事があっただろ」

「あったな。ラナさんが暴れて、フレイをボコボコにしていた」

「そのフレイのせいで、左大陸に跳ばされた。んで、陛下やザモングラス、レグレと出会い。僕も臣下に加えてもらった」

「どうしてだよ?」

「ん?」

 シュナの疑問に疑問で返す。

「お前って、人の下に付く人間じゃないだろ」

「そんな事はないぞ」

 僕は色んな人間に使われて、利用されている側の人間だ。

 程度が過ぎると噛み付くけどな。

「オレ、ソーヤが人に従って飼い殺される姿が思い浮かばない。兄弟子達や、グラッドヴェイン様も似たような事いっていた」

「似たような事って、どんなのだ?」

 気になる陰口だ。

 グラッドヴェイン様や、眷属達は、そういう事いわない人種だと思っていたので。

「そうだな………例えば」

 シュナが僕の悪口をいう。


『あれは人と違うモノを見ている』

『あれは魔獣の類だ。決して人には従わない』

『犬は犬でも、狂犬の類だろう』

『精神を鍛え、肉体を鍛え、武を練り上げる我らと全く違う』

『我らの教義と真逆に在る者』

『簒奪者の人相だ』

『いいや、王気はあるだろうて』

『人のような獣のような、その中間のような獣人と似て非なる………………なんだろうな』

『奴が契約した神の名。何といったか?』

『暗火のミスラニカとか、聞かぬ名だ。誰か知らぬか?』

『知らぬ』

『覚えがあるような。だが、忘れてしまったな』

 というのが眷属の意見で、


『魔獣か。それは言い得て妙であるぞ。我はあれと似た者と戦った事がある。驚くな、エリュシオンの英雄だ。アレは強かったな、底の見えない強さだった。まるで夜の海のような何もかも飲み込むような異質さ。最盛期の我とて、不覚を取る所だった』

 これが、グラッドヴェイン様の意見。


 うーむ、酷いぞ。せめて人間扱いしてくれ。

 というか、グラッドヴェイン様の最盛期というと何百年前だ? そんな昔に戦った奴と似ているとか、何だかよく分からんな。

 それよりも、

「間違いなく。僕は陛下の臣下だ。レグレは嫁さんになったから、実質最後の臣下らしいな」

「あの人、他に臣下作らないのか? あれだけの強さと器量なら武人が殺到するだろ」

「ああ、そうだな」

 新生ヴィンドオブニクル軍にも、陛下の臣下となろうとする者は多いだろう。なのに、僕を最後の臣下と呼ぶ。

 嬉しい半面、複雑だ。

 僕やレグレの願いは、時間稼ぎでしかなかった。

 男の僕はこれでも良い。同じ覚悟で見届けられる。だが、レグレはこれで良いのか? 妻で母親になる女が、死地に行く男を黙って見守れるものなのか?

「話題変えるけどさ」

「ん? 何だ」

 シュナの言葉で思考を切り替える。

「悪いけど、三日休みくれ。まだダンジョンには潜らないよな?」

「潜らないが、三日で良いのか? 十日の怪我って聞いたぞ」

「三日で治す。オレ達は、体を動かしていれば傷は治る。それに、あれほどの相手に追いつく為には、更に更に鍛えないと。なんせリーダーに追いつけるといわれたんだ。やれるだけの事は、やり続けるしかねーだろ」

 おおう、前向きな少年とか無敵じゃないか。

 しかし何だ。その筋肉治療は。

 ま、怪我中だが元気そうで何よりだ。

「じゃ行くよ。エアが見舞いに来ると思うが、適当に相手してくれ」

「おう」

 軽く手を上げて部屋を後にする。

 一つ良い事を聞いた。

 僕は、人に従う人間じゃないそうだ。自分を飼い犬と思った事はないが、契約や仁義があるなら従う人間と勘違いしていた。

 でも、違うという。

 皆は、僕がそんな人間には見えないという。

 ならば、

「“引継ぎ”考えておかないとな」




 久々に娼館へ足を運んだ。

「すみま―――――」

「まぁー! 上級冒険者様ー!」

 店に入るなり兎の獣人に抱き着かれた。顔にたっぷりとした胸の感触、それにミントのような匂いがする。

「テュテュが辞めてから、お店の誰にも手を出していないのですよね? 丁度、手と体の空いた女がいますよ。私とか? あ、上級ですから、もう一人くらい付けてもよいですわね。最近、中央大陸から来た騎士崩れの女が――――――」

「すまない。親父さんを」

「………男の方をご所望で?」

 そんな馬鹿な。

「こら、日が落ちる前から客漁りするんじゃないよ」

「ああん」

 奥から女将さんが出てきて、獣人を退かしてくれた。

「うちの人は庭で薪割り中さ。裏に回っておくれ」

「はい、すみません」

 娼館を出て裏手に回る。

 ふと横目に、警務官の駐屯所が入る。意識して心を止めた。それで何という事はない。

 コロロン、という転がる木の音。

 娼館の庭では、親父さんが薪割りをしていた。ただ普通のやり方ではない。楽な服装だが腰には刀。精神を集中させて薪を放り投げる。

 白銀の閃き。

 無明の殺意が空間を走り。

 チンッ、と鯉口を切る音が鳴る。

 四つ割りになった薪が地面に転がり、子気味の良い音を奏でた。

「薪割りって、全部刀でやるのですか?」

「やるつもりだ」

 庭には薪の小山があった。これを全部居合いで割るとか、非効率過ぎるが訓練を兼ねているのだろうか。

「何の用だ? 次の冒険の日取りが決まったか?」

「冒険はもう少し休みです。今日は別の事で」

「話せ」

 新しい薪が放り投げられ、一刀にしか見えない剣技が四つ割りに断つ。

「あくまで念の為というか、非常時の事なのですが、僕が死んだらパーティのリーダーをお願いします」

「おう、断る」

「そうですか、それでですね。冒険用の資金とこれまで貯めた素材は………………は?」

「断る」

 二回目の明らかな否定。流石に聞き違いではない。

 あれ、おかしいなぁ。『万が一の時は俺に任せろ』的な事を期待していたのだが。

「ソーヤ、お前が死んだら俺は引退する。元々冒険者をやるには老体も良い所だ。今更、若い奴の人生を預かるのは堪える。かといって、お前以外のリーダーに従う気もない。つまりは?」

 凄い眼力で睨まれた。

「はい、下手な事はしません」

「そういうこった。俺の半分も生きてない奴が、簡単に死ぬなんて口にするな馬鹿野郎」

「猛省します」

「………………で? 万が一に何だ?」

 あ、聞いてはくれるのね。

 本当に、念の念の為にと念を入れて、親父さんに保管倉庫の鍵を二つ渡す。商会の隠し金庫の鍵と、今までの冒険で手に入れた素材の保管倉庫の鍵。

「売れる物は全部金貨と交換して、パーティメンバーで等分してください」

「シュナは受け取らんぞ。間違いなくな」

 あり得る。

 金はあっても困らないが、ああいう武人気質の人間は多くを持たない。

「では、シュナの分は」

「俺もいらん」

「いやいや、それは」

「俺には娼館がある。冒険者組合の相談役や、レムリアの雑務を手伝うだけでも食うには困らん。大体な、年寄りが金を持ってどうする」

「え、老後の生活をより良く」

「大きなお世話だ。それくらいの貯えはある。伊達で長く冒険者はやっていない」

 はい、何かすいません。

 親父さん僕よりしっかりしていますよね。年季が違いますし。

「もう面倒だから、お前の身内で全部分けろ」

 んな癒着業務できるか。

「あ、ほらリズ………じゃなかったベルが」

「ベルの嬢ちゃんには俺から何か送っておく。いや、先ずは憑いているモノを祓わねばな。敵意はないから放置していたが、普通に生きるには身に余る力だ。それが終わったら、後は故郷に帰るなり、シュナの世話になるなり好きにするだろうさ」

「あーでも」

 おざなりな気がする。

「何が“でも”だ。お前が死んだ時の仮定だろうが、死んだ奴がアレコレいうな。俺を信用しているのなら任せろ」

「はい、お願いします」

 なんやかんやで、引き受けてくれるのね。

 どやされそうだし、ここから立ち去ろ――――――

「あ、待て」

「はい、待ちます」

 親父さんが薪割りを止めていう。

「別れ際に約束はするな。残った人間は一生背負うぞ」

 この人の人生が染みた言葉だった。

「親父さん、そいつは重いですよ」

「当たり前だ。お前は自分の命が軽いと思っているのか?」

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