<第四章:レイド> 【03】


【03】


 血と汗の匂いがする。

 街の騒ぎなど、武を極める者にはどこ吹く風。

 招かれたゲストのおかげか、グラッドヴェインの眷属達は、いつもより鍛錬に熱が入っていた。

「おう、異邦人」

「あ、ども」

 髭を蓄えた獣人が僕に話しかけて来る。

「シュナか? そこだ」

 獣人は、闘技場を指す。

 人だかりを覗くと、シュナと陛下が手合わせしていた。

 シュナは全身汗だくで、陛下は涼しい顔。実力の差は目に見えているが、格上と戦ってこそ力は身になるものだ。

 陛下は僕に気付き、目線を寄こす。

 シュナは、それを隙と感じ木剣で斬りかかった。鋭くも早い一撃。

「ッ!」

 シュナの驚き。周囲からも低い歓声が漏れる。

 いとも簡単に、陛下は“指”で木剣を挟み止めていた。

「鋭さ良し、機先を逃さない気骨も良し」

 余裕の陛下、対してシュナは全身を震わせる。細く小柄に見える彼の体躯だが、布の下には鋼のような筋肉がある。それを全て使用しても、陛下が指で挟んだ木剣は微動だにせず。

「が、頑なである。精進せよ若人」

 シュナの力に耐えきれず木剣が砕けた。完全な隙に、陛下の木剣がシュナの肩に落ちる。その衝撃が地面を通して地鳴りを生んだ。

「ゴフッ」

 片膝をついて血を吐くシュナ。

 だというのに、訓練を止める気配がない。

 おい、もう勝負は決まったぞ。

「まだ止めぬか?」

「まだまだッ!」

 血も拭わず、折れた木剣でシュナは斬りかかる。

「良し」

 陛下が笑い。

 あ、マズい。

 僕の予感通りにシュナは吹っ飛ばされた。たかだか木剣で、鍛え上げられた人間をかち上げる事ができるとは。どういう技術なのか見当もつかない。

 ぐしゃり、水っぽい音を上げてシュナが着地。

『あーあ』

 と、兄弟子達の落胆の声。

 僕は少しイラっとする。それを汲み取ったわけではないが、陛下はいう。

「ほう、今の戦いに不満がある者がいるようだな。これほどの若者を侮辱できるとは、さぞかし脂の乗った腕であろう。真剣での立ち合いを希望する」 

 ザワッと、どよめき声が走る。

 喧嘩の延長線上ならともかく、最初から刃物を持った試合は戦いであり殺し合いだ。戦いの神の眷属である以上、命のやり取りは神の許可が必要になる。

「あれ、グラッドヴェイン様は?」

 そういえば、姿が見えない。

 昔、陛下に紹介するといった手前。ついでで悪いが紹介したい。

「うーむ、それがな」

 獣人は難しそうな顔を浮かべた。

「あの御仁が来てから、自室に籠りきりでな。食事にも顔を見せないとは………アレ以来だ」

「アレとは?」

「メルムだ。あのエルフの小僧が眷属になった日。何やら二人で話した後、我が神は三日ほど自室に籠ってな」

 あー、心当たりがある。

 メルムがグラッドヴェイン様に話したのは、恐らくは自分に流れる血の事。グラッドヴェイン様の娘、ルゥミディアの血だ。

 前に、恨み事を吐かれたと聞いた事がある。

 で、陛下にはロラの血が流れている。

 偶然ではないと思う。

 もしかしてグラッドヴェイン様は、ロラの血を引いてる陛下と会いたくないのか? そりゃまあ、ロラは色々とやらかした女だし。ルゥミディアの不幸の原因でもある。

 僕がいうのも何だが、一応は娘なんだし子孫の顔くらい見てもよいだろうに。

「どうだ! おらぬのか! この国の戦士は、人を侮辱する口しか持たぬのか!」

 陛下の威圧に眷属が気圧されていた。

 まるで、自らの神を見ているかのように。

 いやしかし、彼らも生粋の戦士であり武人だ。気圧されたままでは終わらない。このままでは、武器を持ち出しての戦いになる。

 いくら冒険者とはいえ、グラッドヴェインの眷属とはいえ、死人が出るぞ。

 僕の過信で終われば良いが、絶対にそんな事はない。あの戦場を駆る神話の姿を見れば、誰しもが同じ感想を持つはずだ。

 てかこれ、僕が止めないといけないのか?

 無理だろ。僕が死ぬだろ。


「「ここに! 昨日騒ぎを起こした赤毛の偉丈夫がいると聞いた!」」


 陛下より大きい声で心臓が跳ねた。

 誰だと思ったら、声の主はレムリア王だ。普段とは違う覇気と、完全武装の姿に一瞬別人かと思った。

 王の背後に控える30名の部下も、同じく完全武装。しかも、血の匂いがする。

「その方は、我が弟弟子であるシュナの客人だ」

 獣人がレムリア王の前に出る。

 背後の眷属達は、自然と人垣を作り陛下を隠した。こういう察知は流石だ。

「面会願う」

「何用か答えられよ。例えレムリア王であろうとも、我らと我らの客に礼儀を持たぬなら―――――――」

「―――――なら?」

 ギラついたレムリア王の瞳。今にも剣に手をかけそうな気配。

 これは駄目な奴だ。

「陛下! この国の王が面会を求めています!」

「うむ! 戦士達よ。済まぬ」

 僕の声に、陛下は人垣を割って前に出た。

「王とやら、愚生に用とな」

「場所を変えよう」

 踵を返すレムリア王と、続こうとする陛下。

「待たれよ。お二方」

 それを獣人が止めた。

「客人に何かあっては、我が神の名を汚す。ここの地下に精神鍛錬用の個室がある。外部に声は一切漏れん。話し合いというならそこで良いだろう。二人、いや三人でな」

 獣人の瞳が、レムリア王と陛下、最後に僕を見る。

「愚生は構わんが、どうする王よ?」

「余も構わん。皆、しばし待て」

 無言でレムリア王の部下は従う。

 僕も黙って陛下に従う。

「では案内しよう」

 獣人に連れられ宿舎の地下に。

 薄暗く、かび臭い、ダンジョンのような石の通路を進む。奥の奥に、その一室はあった。

 厚く重たい鉄扉を開ける。

 扉の内側にはドアノッカーが一つ。部屋の中心にはカンテラが一つ。それ以外は何もなく、高い天井があるだけ。

「外で待つ。終わったらノッカーを鳴らせ。この音だけが外に漏れる仕組みだ。思う存分悪巧みを交わすと良い」

 分かっている体で、獣人は鉄扉を締めた。

 真っ暗闇だ。

 僕は手探りでカンテラを掴み、振って翔光石の明かりを灯す。

 闇に乗じてレムリア王が斬りかかる――――――なんてことはなかったが、殺気が駄々洩れだ。

「余は、レムリア・オル・アルマゲスト・ラズヴァ。エリュシオン第五法王ケルステインの命により、この地を治める者なり。御仁、諸王の手の者と見たが何者だ?」

 レムリア王は、本当に陛下の正体に気付いていないのか? 

 この名乗りは社交辞令に思える。

「我が名は、ラ・ダインスレイフ・リオグ・アシュタリアである」

「なるほど狼騎士が共にいるわけだ」

 そりゃ僕の二つ名がバレているなら連想も簡単だろう。

「で、愚生に何の用か?」

「四強たる諸王の一人が我が国に何の用か?」

 質問に質問を、とはいえないな。

 ごもっともな質問だ。

「物見遊山である」

「アシュタリア王、諸王流にシンプルに行こう。余は、時が来たら新生ヴィンドオブニクル軍の傘下に加わる。この証として――――――」

「息子二人を、デュガンに預けているな」

 そっちもバレていたか。

 僕が思う以上に裏の目や耳は潜んでいるな。

「ならば事は早い」

 レムリア王は殺気立っているが、どこか余裕を持っている。

「我がレムリアは、たった半日でエリュシオンの勢力を国から除外した。諸王に与するには十分な力を示したはずだ」

「………………確かに」

 純粋な賞賛の声ではない。

 陛下の声には含みがあった。

「これだけでは終わらぬ。機を見て右大陸全土を支配する。西のヒューレスの森、東の獣人族の森、これは既に余と同盟関係である。北西のホーエンス、北東のジュミクラと、二塔の魔法学院も内々に事を進めている」

 支配と同盟か。

 その二つが、異世界でも同義になれば良いが。下手をすれば、この王の野望は右大陸全土を巻き込む戦火となる。

「あい、分かった」

 陛下は何かを察したようだ。

「流石、諸王の中の諸王」

 レムリア王は陛下を賞賛する。だが賞賛の顔ではない。

「愚生の力を。諸王の力を示せというのだな、右大陸の支配者よ」

「そういう事だ、アシュタリア王。丁度良い試金石がこの国に近づきつつある」

 なるほど。

 どこまでも為政者だ。為政者らしい為政者だ。

 一つ確信した。

 レムリア王と、諸王は合わない。

 仮に新生ヴィンドオブニクル軍に与しても最後は裏切りか、内側から支配を目論み、瓦解して全てが終わる。

 こいつは絶対に飲み込んではいけない毒餌だ。

「クハハハハッ!」

 陛下の豪快な笑い声が部屋に響く。

「良いだろう。近づきつつある第一の英雄を、愚生の力。諸王の力のみで倒し。これを以って新生ヴィンドオブニクル軍の示しとする。異論はないな?」

「良しとする。滞在中は健やかに過ごされよ。使いを残す故、必要な物があるなら――――――」

「要らぬ。“政治屋”は、腰に飾りを下げて傍観するがよい」

 剣を飾りといわれ、レムリア王の顔がこわばった。

 こいつは痛い皮肉だな。

「ふ、二日後を楽しみにしているッ」

 闇夜に紅潮した顔を隠し、レムリア王はドアノッカーを鳴らす。

 鉄扉が開き淡い光が射し込んだ。政治屋は外に出た。

 僕は獣人に手を振り、もう一度部屋を閉めるよう伝える。

 扉が閉まり再びの闇。

「陛下」

 光より淡い期待だったが、レムリア王の協力は断たれた。

 当初の予定通り、第一の英雄は僕らの力だけで―――――――

「ソーヤ、第一の英雄だが愚生一人に任せてくれぬか?」

「は?」

 いやいや、いくら一騎当千の陛下でも相手が相手だ。キウスと同じレベルの英雄と、合わせて正体不明の軍。一人で相手するとか、

「無茶です」

「それは承知している。だが、奴は倒さねばならぬ。愚生の命に賭けてもな」

「滅多な事をいわないでください。新生ヴィンドオブニクル軍に大きな痛手となります」

「安心せよ。アシュタリアは愚生一人ではない。血が生き残ればそれでよいのだ」

「………………」

 参ったな。

「愚生が負ければ、レムリア王は昨日の殺戮を全て諸王の罪とするだろう。愚生が勝てば、己が栄光の一部とする。あれはそういう男だ。賢いが、好かんな」

「ですね」

 どっちに転んでも良いという事。

 ある意味、レムリア王はもう仕事を終えたのだ。

「ソーヤ、愚生は死ぬつもりだ」

「………………ご冗談を」

 命を賭けるから、死ぬとは、笑えないぞ。

「娘が死んで以来、いつも死に場所を探していた。そなたや、ザモングラス、レグレに諭されるまではな。だが、奴の名を聞いて、戦う機会を見つけて、どうにも滾るのだ。復讐の炎が激しく滾るのだ。敵は第一の英雄、エリュシオンの最たる英雄の一人。愚生の死に場所としてはこれ以上のモノはない。どうにも、愚生とはこういう男のようである。諸王らしい戦狂いだ。ソーヤ、王としての最後の命を下す。愚生の戦いを邪魔するな」

「………………」

 何かいえるはずだ。

 何か止める手段があるはずだ。

 でも駄目だ。

 仮に、ランシールが娘を産んで、それが陰惨な殺され方をしたら………………僕は殺し尽くすまで殺すだろう。復讐は自分だけの獲物だ。他人に奪われてはなるものか。

 僕は、そうする。

 故に、止める言葉が何も浮かばない。

「ソーヤ、我が最後の臣下よ。健やかに生きよ。子を沢山作れ。くれぐれも、愚生のような愚かな生き方はするなよ」

 陛下が鉄扉を叩き、外に出る。

 僕はしばらく闇の中で明かりを見つめていた。

 考えに考えたが、やはり何も、言葉が浮かばない。

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