<第四章:レイド> 【02】


【02】


【207th day】


 昨日は、レムリアにとって激動の一日だった。

 午前は、謎の大男による乱闘騒ぎが、ヴェルスヴェインの眷属まで巻き込み記録的な大乱闘となる。

 しかし、いつの間にか素手と素手による喧嘩祭りに発展し。最後に拳を掲げたのは、もちろん陛下だった。

 だが、喧嘩の熱は昼飯を食い終わると一気に冷める。

 レムリア近港で、おぞましい事件が起こったからだ。

 エリュシオンの派遣したギルスター騎士団が、謎の黒衣の集団に襲われ壊滅した。

 同時刻、レムリアでは殺傷事件が多発。

 中央大陸の商会関係者が次々と“暴漢”に襲われる。無数の死傷者の中には、不思議な事に身元不明の死体が多かったとか。

 そして、犠牲者の中には中央大陸から派遣された警務官の姿もあった。

 彼は何故か、辺境伯の護衛二人と刺し違える形で死亡していた。

 夕方。

 辺境伯が自殺しているのを城のメイドが発見する。

 たった一日で、綺麗に、レムリアから中央の勢力は排除された。

「見事なものだ」

『そうですね。入念な計画を立てていたのでしょう』

 昨日から現在に至るまで、マキナ二機が街中にバグドローンを放ち情報をかき集めている。

「マキナ………ええと、ファイブ?」

『はい、何でしょうか?』

「人間の雪風に、詳細は話してないな?」

『はい、ご命令通り。雪風ちゃんが知る必要のない事ですから、異世界は物騒という事で済ましてあります』

「いつものマキナ、警務官の事だが」

『はい、いつものマキナ・マキナです』

「辺境伯の護衛と見つかったそうだが、これは偽装工作か?」

『いいえ、致命傷となった刃物傷には生活反応がありました。護衛二人の傷も同様にです。傷の角度や、争った形跡から、護衛と警務官が争ったのは間違いないかと』

 最近は疎遠だったが、死んだ警務官には世話になった。

 異世界に来たばかりの時、中立の立場で商会の間に立ってくれた。その後、中央の商人と揉めた時も公平な立場で間に立ってくれた。

 一緒に飯を食った事もある。

 酒を差し入れした事も。

 真面目で、仕事のできる男だった。

 その真面目さ故に、賄賂を断り貴族と法王の反感を買って、こんな辺境に飛ばされた。それ以来は程々にやるように学んだそうだ。

 恐らく、辺境伯の護衛二人はレムリアに買収されていたのだろう。

 で、どちらに付くかと問われ。

 彼は国を売らなかった。

 辺境に追いやられても、根は腐らず、信念を変えず、忠誠を貫く。

 感服する決意だ。

 思った通り、いざという時にはやれる男だったな。

「警務官の遺体はどうなった?」

『城に引き取られました。明日、他の遺体と一緒に火葬するそうです』

「それじゃ――――――いや、何でもない」

 彼に身内はいない。だから墓でも、とそんな偽善は飲み込んだ。

 正気を抱えて戦争なんかできるか。

 切り替えて行かないと。

 殺し殺されるだけの思考に。これまでも今までも、そうやって戦って。そして日常に戻って来られた。終わって見れば、今までと同じ戦い。

 そう同じだ。

 同じにする。

 悪行の神、暗火のミスラニカの信徒の教義のままに。

 成すべきを成す。

 得る物を得、奪うものを奪う。

 そして王者を謀り、英雄を屠る事すら厭わない。

『ソーヤ隊員。アシュタリア陛下がお呼びです』

「了解」

 やっと連絡が来たか。陛下も焦らしてくれる。

 帯刀して外套を羽織り、トンガリ帽子を被る。仕込み杖を手にして自室から出た。

「あ、お兄ちゃん。どこか行くの?」

「ちょっと野暮用に」

 廊下でエアと遭遇する。エプロン姿なのだが、ホットパンツとブラみたいな服装なので裸エプロンに見える。

「で、どこに行くのッ?」

 何故か、声のトーンが激しい。

「………グラッドヴェイン様の所」

「それ嘘でしょ? マリアの連れて来た男の所?」

「いや、嘘じゃない。陛下はグラッドヴェイン様の所にいるのだ」

「アタシも行く」

「駄目だ」

「何で?」

「昨日の事件で物騒だろ。しばらくは自宅待機」

 ああいう傷害事件があった後は、物取りや二次的な殺人が起きる。そういう建前で、エアとラナに自宅待機を命じた。

 本当の所は、昨日の騎士団襲撃に彼女達の兄が関わっているからだ。

 後、間違いなく。レムリア王の盟友である彼女達の父親も関わっている。下手な動きは良くない事になる。

「アタシもお姉ちゃんも、自分の身くらい守れるけど」

「知っているが、三日間だけ家で大人してくれ」

「………………分かった。イヤ」

 あー久々に来たな。

 前は結婚するかどうかで揉めたっけな。あれは現在も先伸ばしている状態だが、今回はどうやって逃げようか?

「こうしよう。エア、何かアクセサリーでも買って―――――」

「いらないー。今日は一日中、お兄ちゃんにつきまとうって決めたー」

「はっはー」

 困ったなぁ。滅茶苦茶困る。

 妹連れて戦争の打ち合わせなんかできねぇよ。

「なーんてね。ウソウソ。勝手にすればいいじゃん。ほら、行って」

 妹の態度が急変した。しっしと手を振り、僕を追い払う。

 妹心は秋の空だ。

「あ、うん。まあ、行くけど。何かお土産は?」

「いらない。でも」

 すれ違う瞬間、エアに掴みかかられる。

「どした?」

 いつもより激しいスキンシップである。

「アタシ、お姉ちゃんやランシールみたいに、お兄ちゃんの事を盲目的に信じたりはしないから」

「………おう」

 そういうのも良いと思う。

「それに、嫌だからね。前の生活に戻るのは」

「ああ、そうだな」

 強気な妹でも路地裏生活は堪えていたようだ。

「大丈夫だぞ、エア。仮に僕が死んでも財産は君らに行――――――」

「そういう事じゃない!」

 怒鳴られた。

 何か地雷を踏んでしまったようだ。

「そういう事じゃないから………お金くらいアタシ一人で稼げるよ。お金以外の問題。お兄ちゃんがいなくなったら、今の生活は全部壊れるの。それ分かってる?」

「大丈夫。分かってるよ」

 知っている。

 改めて言葉を飲み込んだ。

 重々と理解している。

 ただ、勘の良い妹は僕の根底に気付いたようだ。

「ッ」

 舌打ちして僕の肩を殴る。

「痛いぞ、エア」

「約束破ったら殺すからね」

「五十六層に到達したら、僕と結婚するアレな」

「アレもだけど、これはこれよ!」

 忘れちゃいない。

「大丈夫だって」

「本当よね?」

「本当だ。信用してくれ」

「お兄ちゃんは信用してるけど。生き方のせいで信じ切れない。だから誓って、アタシの信用を絶対に裏切らないって」

「ああ、誓うよ。エアの信用を裏切らない」

 誓うさ。

 神にも悪魔にも誓う。

 でも、そう体が動いてくれるかは別の問題だ。レムリア王と同じ、僕も根は変えられない。だが意思はある。

 ただ、飼い殺せるのか、鎖を放つのか、こればっかりはその時にならないと分からない。

「………………」

 釈然としない妹の顔。

「大丈夫だぞ。今日は、夕飯には帰って来るから」

「“今日”は? やっぱり、別の日に何かするんだ」

 う、うーん。

 鋭いな。下手に喋ればバレてしまう。

「ハア~」

 エアは大きなため息を吐いた。

「今日帰るなら、今日の所はそれでいいや」

 折れてくれた。なんやかんやで、僕を汲み取ってくれる性格の良い妹である。

「さっさと行って、さっさと帰って来てね」

「うむ」

 抱き着いて来た妹の体を、抱き締め返す。

 少し低い体温。小麦粉と蜂蜜、ナッツとレモンの匂いがした。

『………………』

 何か長いハグだ。

 三分くらい経過して、背中を軽く叩いて『終わり』という合図を出す。

 エアは離れると、

「んー」

 と、目を閉じて唇を差し出してきた。

「あー」

 困る。

 困っていると、階段を上がって来るラナとランシールが見えた。

 遅いエアの様子を見に来たのだと思う。

(これが、あれで、困っている)

(はい、分かったわ)

 アイコンタクトでラナと意思を通わせた。

 ラナは、ハンドサインでランシールに僕の意思を伝えると――――――

「エア、十年早いわ」

「妹様、兄に接吻をせがむのはどうかと」

「ぬなっ! 二人共なに?! は、離せっ!」

『はいはーい』

 ラナに上半身、ランシールに下半身を抱えられて回収された。

 一緒に居間まで降りて、わちゃわちゃやってる三人にコソリと呟く。

「じゃ行って来るよ」

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