<第四章:レイド> 【01】


【01】


【206th day】


 残り三日。

 敵が接近するにつれ情報も入って来る。

 第一の英雄は、予想通り軍を引き連れていた。

 だが、船舶の数から千にも満たない数。

 これが有利なのか不利なのか、エリュシオンの獣は一個体で大軍に優る。事実、アシュタリアの勇猛な将兵は、たった一匹の獣に滅ぼされた。

 少数でも十分危険だ。

「マキナ」

『はい、ソーヤさん。何でしょうか?』

 家の屋上に上がり、城壁から平原を眺める。戦場となるであろう景色を。

「進捗状況は?」

『魔王様とゴブリンさんの協力を得ました。あくまでも、秘密裏という条件ですが』

「十分だ。裏方が強力なのはありがたい」

 最悪の場合、平原を呪いで侵しても魔王様に浄化してもらえる。ゴブリンの手があれば、証拠の隠滅も容易い。

『現在、嫌々ながらも旧型と協力して、二百パターンのシミュレーションに基づいて作戦を立てています。敵の情報が入り次第、更に計画の精度を高めます』

「任せた」

『任されました。マキナ通信終了しまーす』

 マキナは良しとして次は、

「雪風」

『はい、ソーヤ隊員』

「………………陛下の様子は?」

『割と大変ですね』

「やっぱり大変なのか」

 早朝、ゲトさんの魚の卸に付き合った時、昨夜酒場で大喧嘩があったと聞いた。

 赤毛の大男が、二十六人の冒険者を一人で倒したそうな。

 冒険者側は、全員治療院送り。

 赤毛の男は、悠々と飲み明かした後、のした人間の分まで酒代を払って街に消えた。

 同様の事件が、昼少し前の今、かれこれ六件近く耳に届く。

 陛下の容姿は目立つ。

 恰好も目立つ。

 豪気な性格も目立つ。

 一番目立つのは、その力と“個人”である事。

 ここは冒険者の街。

 強い人間なら大金を積んでもパーティに入れたいもの。

 噂はあっという間に広がる。

『現在、12回目の乱闘騒ぎ中であります。相手の冒険者が吹っ飛んでいます。一人が壁に大穴を開け、一人は床に埋まり、一人は天井に突き刺さりました。皆、一撃であります。これに耐えたソーヤ隊員は、中々の人物なんだなぁー』

「はい、どうも」

 ああ、陛下の意図が読めた。

 レムリア王ご愁傷様だ。

 もうそろそろ、陛下は自分の正体を明かすだろう。もしかしたら、アシュタリアの名を出すのかもしれない。いや出さず、諸王の軍勢の誰かというかも。

 とりあえず、だ。

 諸王の手の者が、レムリアにいる事を大っぴらに叫ぶはず。

 するとどうなる?

 レムリア王は決めなくてはならない。どっちの馬に乗るかを。

 英雄が近付いている中、陛下を敵にしようものなら新生ヴィンドオブニクル軍全てを敵に回す。根回しに使われた息子二人には、スパイ疑惑がかけられるだろう。

 いいや、その息子に裏切られるかも。一年待たず、レムリアは滅ぼされるだろう。

 かといって陛下を見過ごせば、エリュシオンに反旗を翻す事になる。

「二つに一つだな」

『で、あります』

 諸王は、奸計を巡らせる敵を嫌う。勇猛さを示す事が戦士の誇りであり、敵も味方も戦いに戦う事こそ美徳なのだ。しかし、そんな諸王にはこんな格言がある。


『嫌う敵こそ得意であれ』


 というやつだ。

 嫌う敵こそ徹底的に潰して、更地にするような手段で戦う。諸王相手に名誉無き戦いを挑む事が、どれほど愚かなのか敵に知らしめる為に。

 実力主義の極みである諸王らしい考えである。

「ん? あれ」

『どうかしましたか?』

 北部の騎士団が壊滅して以来、西部近港に駐屯するギルスター騎士団は、レムリアのきな臭さを察知して多くの密偵を放っていた。

 事が起これば近港は閉鎖され、レムリアの商会が港に預けた財産は接収されるだろう。

 これは痛い。

 莫大な損失になるし、船を奪われるのは更に痛恨だ。

 騎士団と戦闘になり、海に逃げられ追う手段がないとなると、戦闘が延びに延びる。泥沼な戦争ほど人が疲弊するものはない。レムリア王も避けたい所だろう。

 となると………………あれ?

「なあ、雪風」

『何でありますか?』

「これ、どっち選んでも悪くないか?」

『はい、そうであります。でも戦争ってそういうモノなんだなぁー』

 そういうものか。

 割り切れないものだなぁ。

「ザヴァ商会とエルオメア商会に、港から荷物を引き上げるよう連絡を。船は群島に移動させて、連絡あるまで休暇を与えよう」

『昨日、マキナがそのような指示を出しています』

「さよか」

 準備が良い事で。

 いや、僕がスローリーなだけだ。後、三日で激しい戦いが起こるというのに。眼下の景色が地獄になるのを想像できていない。

 甘々だ。

 気を引き締めないと。

「ソーヤ」

 と、小さな爪音と共に肩に軽い重み。フワッとした毛の感触が頬に当たる。

「ミスラニカ様」

 モフモフな灰色の猫が僕の肩に乗って来た。襟首を撫でると、猫の額がこめかみに当たる。

「街で動きがあるぞ。王が何やらお達しを出した」

「お達し?」

「街中の密偵が動いておる。今宵は血生臭くなるな」

 陛下を殺るつもりか? それは冗談にしても、動きが早過ぎる。

「ミスラニカ様、知恵を貸してもらえますか?」

「悪行の知恵が欲しいと?」

「かなり欲しいです」

 僕の神様は、こういう事に聡いはず。

「簡単な事じゃ。老人ほど固執する。凝り固まった思想を変えようとすれば、血肉や骨が剥がれるからのう」

「レムリア王の思想………」

 奸計を巡らせる為政者らしい為政者の思想か。それは―――――

「お、ソーヤ。あれを見よ」

「え?」

 思考が中断された。

 ミスラニカ様の視線の先、平原を駆ける騎馬の群れが見える。

 異様な黒衣の集団だ。

「雪風、画像解析できるか?」

『ラジャ、体格から該当する人物を検索します』

 メガネの望遠機能を最大にして、黒い集団を視界に収める。

 何となくだが、先頭の小柄な人物に覚えがあった。少し隣にいる長身の人物も。

「もしかして」

『先頭の人物は、レムリアの衛兵長デブラ。その後方にいるのは、ヒューレスの森。ソーヤ隊員の義兄であるシモン様であります』

「やっぱりか」

 騎馬は西に向かう。

 先にはヒューレスの森と港がある。

「ミスラニカ様、あれは単純に考えれば、騎士団を潰しに?」

「そうじゃな。それは間違いないであろう」

「では、レムリア王は諸王に与すると?」

「さて、それはどうかの」

 猫の顔がニヤリと笑う。

「何の下調べもなしに息子二人を諸王に預けぬ、といった所じゃな」

「エリュシオンと敵対して、尚且つ諸王も利用するプラン」

 両者の美味しい所を喰らうとは、レムリア王らしい考えであるが。

「ソーヤ、人の根というのは植物と違い実に単純であるぞ」

「………………根と」

 根底にあるのは冒険者らしい思想のはず。ならそれは、勝つというより負けない戦い。生き残る為の戦い方だ。

 この場合、生き残る為には?

 エリュシオンを切り、諸王と新生ヴィンドオブニクル軍と組むのは間違いない。ただし、今はタイミングが悪い。だというのに、騎士団を潰しに手勢を放った。

 好意的に、楽観的に、日和ったお花畑思考で考えれば、“レムリア王が第一の英雄を討伐するのに力を貸してくれる”となるが、これは間違いなくない。

 僕の勘だが、全身全霊で否定できる。

 あのハゲは絶対に英雄の討伐には協力しない。

 一度負けているから、パーティのメンバーが犠牲になっているからと、意趣返しをするような思考は持っていない。

 ものの見事に敗北した敵なら、次は戦闘を回避する。

 逃げる事が可能なら、不要な敵とは戦わない。

 それが冒険者だ。

 そして、勝つ時は必ず勝つ。準備不足でぶつかるなど愚の骨頂。

 ………………ああ、なるほどな。あのハゲ。

「ミスラニカ様、なーんとなく分かった気がします」

「そか」

 猫が僕の肩から降りて、悠々と城壁を歩いて行く。

「ソーヤ、妾が前にいった言葉。忘れるでないぞ」

「言葉?」

 沢山あり過ぎて、どれを指すのやら。

「時が来たら分かる。悲しいかな。妾にはもう、そなたを止められはせぬ。思うがまま成すべきを成し。殺めるを殺めるがよい。きっと、妄執の先に答えが見つかるであろう」

 ミスラニカ様は、城壁から飛び降りた。

「ちょ」

 一瞬驚いたが、猫の肢体は軽々と建物の屋根に着地する。尻尾をフリフリと動かして路地に降り、風のように街の中に消えた。

 気まぐれな神だ。

 行き先も気まぐれなのだろう。

 彼女の思惑も、僕には関係あるのだろうか? 分からないな。僕には分からない事が多すぎる。

 仕方ない。

 武器を研いで、

「待つか」

 次の動きを。

 冒険者の王の手腕を見せてもらおう。

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