<第四章:レイド>
<第四章:レイド>
宴である。
陛下を歓迎する為、夕食は豪華にした。
普段は、メインの一品に一汁三菜の食事メニューだが、今日は左大陸式にテーブル一杯に料理を並べた。
「うむ、大変美味である」
陛下は、コロッケを豪快にかぶりつく。
「そなたの材料通り国のコックにも作らせたのだが、どうにも違う物になる」
「油でしょうね。具が浸かっても余るくらいの量と、温度管理が大事です」
「油か。それは盲点だったな。そんな高価な食事とは思わなかった」
左大陸では油は貴重品だ。
鍋一杯に溜めて揚げるような調理方法はないはず。フライパンでコロッケを揚げたから、ベチャっとした感じになったのだろう。
「異世界でコロッケ………」
雪風が解せない顔でコロッケを見ていた。彼女は何か、エアが無理矢理連れて来たのだ。
『新米と上級冒険者が付き合ったら問題? 何いってるの、バレなきゃいいでしょ』
てな具合で、反対する雪風を拉致する感じに再び家に。
朝飯で別れの挨拶をしてから、夕飯を一緒にするとは、何かこう、何かである。
でも悪い気はしない。流石、我が妹。
「陛下。そのソースを付けると、また美味しいかと」
「うむ、どれどれ………………おおっ」
カツ用のソースをたっぷり付けてコロッケを一口。陛下の顔が少し緩む。
「アシュタリア様、こちらの豚のアバラ肉は絶品ですよ。ソーヤ特性のタレに漬けたものです」
「ほほう。どれどれ………おおっ、これはまた深い味だ。ほのかな酸味と甘み、だが肉の味が濃厚に伝わる」
「このソース、果実が混ざっているのです。不思議ですよね。肉に果実を合わせると柔らかく美味になるのです。そういえば、蜂蜜酒はいかがですか? ワインもありますよ?」
「うむ、全部いただこう」
「ではでは」
ランシールが、二つのグラスに蜂蜜酒とワインを注ぐ。こんな感じで、彼女は陛下に付きっ切りで接待していた。本来、僕の役目なのだが今は手が離せない。
膝の上にマリアが乗っているのだ。
「ソーヤ、妾もアバラ肉。次チャーハン。んでんで、オムライスを食べるぞ」
「はいはい」
体調が悪いので、完全に甘えん坊モードだ。まあ、よくやった報酬である。
「あのさ、宗谷」
「何だ?」
雪風が変な顔で僕を見ている。さておき、箸で肉を摘まみマリアに食べさせた。
「も、もしかして、あんたの子供?」
「違います」
流石に大きすぎるだろ。実年齢はともかく、見た目は雪風と同じくらいだぞ。
「もにゃみにゃのむあ」
「はい、食べながら話さなーい」
マリアを軽く叱る。飲み込んでから、彼女は僕の方を向く。
「ソーヤ、そういえば、こいつ誰?」
「同郷の人間だ」
「それだけか?」
「それだけだが」
マリアは僕と雪風を交互に見る。
「お主ら似ているぞ。血縁ではないのか?」
『そんな馬鹿な』
僕と雪風は声をハモらせて否定した。
「ん? 愚生はてっきり兄妹だと思っていたが、違うのか?」
「そんな陛下まで」
今一度、雪風の顔を見つめる。似てるか? 僕はこんな険のある目付きは―――――あ、そっぽ向かれた。
「私も似ていると思うわ」
ラナにも指摘される。彼女は、ガツガツと僕の作ったチャーハンを食べていた。お姫様、食事マナーまで左大陸形式になってますよ。
皆に似てるといわれ、雪風が一番不思議そうな顔をしていた。ちなみに彼女も、気に入ったのかチャーハンばかり食べている。こんな物、現代世界ではいくらでも食べれるだろうに。
「まあ、種族的なモノだと思うが」
「そうね。そういう事で」
僕と雪風の意見が揃い、この話題は終了である。
「ユキカゼ、今日泊って行くでしょ?」
「宿取っているんだけど。あ………エア、ここって夜物騒?」
「一人?」
「まあ、一人」
雪風は知らないようだが、実は屋上にガンメリーがいる。
本当に別行動なのだな。定期連絡くらい取ればよいのに。
「女の一人歩きは、どこも危険だけど」
「どの程度の危険?」
「いきなり路地裏に連れていかれて、身ぐるみ剥がれるくらいには」
「泊る」
日本の感覚で夜半外出したらそうなる。
変な目にあわなくて安心した。
「じゃーさ、ニホンの事を聞かせてよ。代わりに冒険の事を色々と教えてあげます。先輩として」
ドヤ顔の妹と、一瞬だけ迷った顔をした雪風。が、すぐさまキランと目を光らせる。こいつ今、損得勘定を色々と計算したな。
どうやら、決まり事に従うだけの人間ではないようだ。したたかな娘である。
「陛下。このパスタが、左大陸小麦を使った料理です。白い肉は魚です」
「うむ、レグレの奴が作って失敗していたな」
「………失敗しましたか」
ランシールが頑張って教えていたのに、戦闘以外は不器用な女だ。
「しかし魚か。成人前に一度食べたきりだな。まこと贅沢な食事である。ううむ、美味し」
白身魚とトマトソースのパスタを、陛下は大変美味そうに食べる。
魚が気に入ったのならば、
「では、明日の朝も魚にしましょう。色んな調理方法がありますが、やはり新鮮な魚の塩焼きが一番美味いと僕は思います」
「あなた、私おにぎり握ります」
「うん、任せた」
おにぎり大臣のラナが目を光らせる。
「だから、異世界要素は?」
雪風のツッコミは無視。
我が家の食事は、美味ければ国や世界はどうでも良いのだ。
「朝から魚か。それに奥方の馳走にもあやかりたいが、ちと無理だな」
「陛下、何か御用でも? 泊って行かないのですか?」
ああでも、我が家は狭いから、上等な宿を用意した方が良いか。
「うむ、ソーヤ。仕事だ」
「あ、はい」
察した。
陛下にも準備があるのだろう。
「アシュタリア様、こちらのラーメンはいかがでしょうか? 今レムリアで、炎教を中心にして流行している食です。次期、名産候補として名が上がっています。もちろん、これもソーヤが作りました」
ランシールが力説して陛下にラーメンを勧める。
ほほう、と陛下はラーメンを食べる。いわずもがな、顔に美味いと書いてあった。
「ソーヤ、そなた炎教と関わりがあるのか?」
「まあ、時々炊き出しにも参加するくらいに」
「良きかな良きかな、実に良き諸王の臣下である」
「?」
陛下に、そこまで感心される理由が分からない。
「そうか、諸王の歴史などそなたは知らぬか。話そうにも急に帰りおったからな」
「へ、陛下それは」
微妙に突かれた。まだお腹の傷が痛いのに。
「大昔、左大陸が大寒波に襲われた時、我ら諸王は炎教に随分と助けられたのだ。諸王の関係者全てが、大恩あるといっても過言ではない」
「偶然とはいえ、少しは恩を返せたのでしょうか」
「善き事であるな」
「ありがたき幸せ」
という僕と陛下のやり取りを、雪風が見つめていた。
さっきから、ちょくちょく視線を感じている。
「………何だ?」
「え? いやぁ、立派そうに見えたから」
マジか? 何か妙に嬉しいな。
「そこな娘よ。我が臣下は一角の人物であるぞ。どれ、この美味な食事に優るとも劣らない。ソーヤの武勇でも聞かせてやろうか」
酒の入った陛下が僕の武勇を話し始める。
陛下の娘に召喚され、焼け落ちたアシュタリアでの急な出会いから、禁忌の森に入り食料を持ち帰って来た事、諸王の中の諸王にカエルを食わせた事、愛馬との別れや、ザモングラスとの別れ、新生ヴィンドオブニクルの結成。
そして、乗り込んできたラナの大暴れと、霧の魔法からエリュシオンの遠征軍を蹴散らした事。
ランシールとエア、雪風までもが、熱心に陛下の語りに耳を傾けている。
当事者である僕とラナは、物凄い気恥ずかしさに顔を伏せていた。
「ソーヤ、妾もラーメン」
「はいはい」
マリアだけは、マイペースであった。
名残り惜しいほど宴もたけなわで切り上げ、陛下と僕は夜の街に出た。
陛下は考えあって、街で一人宿を取るそうだ。
『一番繁盛している宿と酒場を教えてくれ』と、いわれ案内&見送り中である。
槍と大剣は家で預かっている。
まあ、チンピラやそこらの冒険者程度なら、陛下は素手で十分だろうけど。少し不安だ。
「あ、陛下。これを預けておきます。連絡に使ってください」
「うむ」
腰に下げた雪風を陛下に渡す。
A.Iポットからアームが出て、陛下に敬礼をした。
『こんばんは、アシュタリア陛下。雪風が連絡の仲介をさせていただきます。街の案内も出来ますので、ご滞在中は何でも聞いてください』
「また変わった器物を持っているな」
「異邦人の特権です。僕の家族みたいなものですね」
「では、大事に預かろう」
陛下が腰に雪風を吊るす。
「ソーヤよ。あのランシールという美しい娘、レグレの報告では王族の血を引いているとか」
「はい。国の王の私生児です」
「ほとほと手広いな。感心する」
誤解だ。
僕は女引っ掛けて何かするタイプの人間ではない。
「いえ、こればかりは偶然が重なり合った結果で」
「人を引き寄せるのは才ある証拠ぞ」
「ありがとうございます」
自覚のない成果は喜び辛い。でも、褒められたのなら感謝せねば。
「して、レムリアの王とはどんな人物だ?」
「うーん、一言でいえば為政者らしい為政者ですね。負けそうな賭けには乗らず、常に勝ち馬に乗る。計算高く裏でアレコレと画策する人間」
「強いか?」
「弱くはないですね」
といっても、とち狂った随伴騎士を一撃で倒していた。老いてあの剣線。その全盛期が、手も足も出なかった第一の英雄とやらは、如何ほどの強さなのか。
「うむ、好かんな」
「でしょうね。僕も嫌いです」
レムリア王は、諸王に嫌われるタイプの人間である。その諸王の元にいる息子二人は、親に対してどんな感情を抱いているのやら。
「しかし、奸計を繰る者が相手なら尚の事良しだ」
「それで陛下は、街で何をするので?」
ニヤリと、僕の隣で大型の肉食動物が笑った。
「ちと暴れる」
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