<第三章:ペイン> 【03】


【03】


 戦力プラス一体。

 これで少しは有利になるのか? こいつの能力は未知数だが。

「お前、何ができる?」

「吾輩は色々できるぞ」

 現在、ガンメリーを連れて家路の途中である。

 瑠津子さんの事は、まだテュテュに話せていない。急な用事とごまかして取り繕った。

 店が落ち着いて時間が出来た時に、全て話すつもりだ。

「色々って、例えば?」

「掃除、洗濯、電気機器の修理、エゴサーチ、モザイク外しもできる。ついさっき芋の皮むきも覚えた。男の仕事ではないがな」

「戦いの事だよ」

 何だよエゴサーチって。

 後、異世界にモザイクはないからな。全部無修正だ。

「吾輩は強いぞ。相手が既存のA.Iや、電気的な機器なら無敵といえる」

「敵は人間だ。一応な」

 人の域ではないがな。

「物理的な手段は、“まあまあ”であるな。並の戦士よりは強いと思うぞ」

「並みじゃ駄目だ。英雄を倒すのだ、英雄以上でなくてどうする」

「では、ハイエンド級である」

 こいつ、肝心な所をはぐらかすな。

「持ってる情報を話せ。戦闘に使用できる装備もだ。銃火器は持って来たよな?」

「銃は雪風が反対した為、一切持って来ていない」

 冗談。

「自衛はどうするつもりだった?」

「吾輩がいる。雪風も身を守る訓練はした。そして宗谷が一番の証拠だ」

「は?」

「銃なしで、ここまでやった。だから雪風に不可能とは思えない。というかであるが、銃が獣に効果的ではない」

 こいつ、マジでどこまで知っている?

「敵が軍を連れている場合、銃で数を減らさないとダメだろ」

「銃程度で倒せる敵なら、吾輩一人でも問題ない。宗谷にもとっておきがあるだろう?」

 そんな事まで、この野郎。

「次は情報だ」

 苛立ちを露わにして話題を変える。

「話しても良いが、混乱するだけであるぞ。故に話さなーいのだ」

「………………」

 協力断ろうかな。

「吾輩は、必要な時に必要な行動をする。決して損はさせない。それでは駄目か?」

「僕の命令は受けないと?」

「命令には従うが、吾輩にしか倒せない敵がいるのだ。最終的には、そいつの相手をする」

「はぁ?」

 ガンメリーにしか倒せない敵って何だよ。蜘蛛の変種とかか? 何でそんなモノが第一の英雄と共に来るのだ?

「時が来れば分かる」

「………これ以上、含みを増やすな」

 七面倒くさい。

 忙しい時に考え事を増やすなよ。

「吾輩は捨て駒と考えるのが一番である。何の遠慮もなく使い潰すのだ。この体はひ弱であるが、死の呪いは効かぬ故。足を引っ張るような事はない」

「いうな馬鹿野郎」

 人の絶対隠したい秘密を軽く口にして、

「あ!」

 大事な事を忘れていた。

「雪風には許可はとったのか?」

「吾輩、自立しているので許可はいらないのだ。子供じゃあるまいし」

「後で説明しろよ。何かあったら、どうするつもりだ」

「問題ない。雪風をここに連れて来た時点で、吾輩の役目は終わっているも同然である」

「それは雪風と話し合った事か? 瑠津子さん見たいにお前が急にいなくなったら、あいつは寂しがるだろ」

「問題ない。吾輩達の絆に、時間や距離は関係ない。宗谷は気にしないのが一番であるぞ?」

「お前がいうな。チッ………まあいいさ、希望通り使い潰す。実力の程は現場で見てやるよ」

「うむ、それが良いのであーる」 

 不安だなぁ。一応信用できるが全く信頼できない。

 変に頼るような形では使わないでおこう。

「で、僕が有利になるような情報は?」

「自分を信じて成すべきを成す。宗谷、決意と自信を持って戦うのだ。男とは根拠のない自信を持ってこそ男である。なーに、失敗したらサクリと死ぬだけである」

「僕一人が死んで、終わる問題か?」

「異邦人が死んで、終わる問題ではないな」

「駄目じゃねぇか」

「宗谷がサクリと勝つなら無問題なのだが、相手が相手である。難しいであろう」

 野郎、だからそれを話せというのに。

「要領を得ない奴だな。はっきりと明瞭に正確に話せ」

「今度の英雄は強い。これまでの比ではない。だから吾輩は協力する。宗谷ガンバレ。超ガンバレ。以上、報告終わり」

「………………」

 駄目だこりゃ。

 プラス、マイナス、ゼロな会話で家に到着。

 鍵を取り出して鉄扉に差し込み、錠を開けて家に入ると――――――

「このッ! バカ者ー!」

 蹴りが飛んできた。

「ゴフッ」

 鳩尾に少女の踵が突き刺さり、僕は体を“く”の字に曲げる。衝撃で呼吸が一瞬止まった。

 完璧な不意打ちだ。

 まさか、我が家から奇襲されるとは。

「ま、マリア。いきなり何だ」

「何だとは何であるカッー!」

 褐色のロリエルフが仁王立ちで憤慨している。何か怒らせるような事したか? おやつは、いつも満タンにしてあるぞ?

「ほほう。これはこれは、将来エッチなパンツを履きそうなエルフであるな。わが――――」

 ガンメリーを外に置いたまま鉄扉を締めた。

 あいつは後、僕の父性が危険だと判断した。

「もしかして、エアがイタズラで辛い物でも混ぜたか?」

「ちっがーう! 妾そこまで食いしん坊ではないぞ!」

「えぇ、それじゃ何だよ」

 遊びに行く約束もないし。食べ物以外となると何がある?

「戦いじゃ! 戦い!」

「はあ? 誰と?」

「お主とアレとに決まっておるではないか! なーんで妾に相談せぬ! 一番最初にするべきであろうがッー!」

「おわっ!」

 掴みかかって来たマリアに耳を噛まれる。あんまり痛くないが、驚いて声を上げてしまった。

 あ、そういえば。

 こいつ新生ヴィンドオブニクル軍の総大将だった。

 家にいる時は、食い意地の張った甘えん坊でしかないから、ど忘れしていた。

「マキナから聞いたのだ! 第一の英雄と戦うとはどういう事だ! 最初に、すぐさまに、妾にいうべきだろうがー! ガッー!」

 大陸間の通信は不可能だが、トーチとマキナの間では量子通信が可能だ。前はそれを利用されてハッキングされた。

 今回の件で、マキナはちゃっかり連絡を取っていたのか。

「いやぁ、すまん。つい」

「つい?」

「何かこう」

「こう?」

「………………忘れていた」

 ガブッ、と首を噛んできた。

「いだだだだ! 止めろマリア! って、お前」

 マリアの体が汗ばんでいる。体が異常に熱い。

 咄嗟に額に手を当てた。

「ッ、お前なんだこの熱は」

「うるさーい。ちょっと、がんばったのだ。ソーヤが悪い」

「はいはい、僕が悪くていいから」

 体をしっかり抱き上げると、ぐてんと体重を預けて来る。

 風邪か? 『がんばった』って何をだ。

「そうだそうだ。ソーヤが悪いぞ。一人で何でもやろうとする、ソーヤが悪い」

「へえへえ」

 こんな時に、ランシール、エア、ラナの気配がない。マキナも不在のようだ。僕が寝間着に着替えさせてベッドに寝かせるしかないな。後、解熱剤と栄養のある食事を。

「ん?」

 気配だ。

 家の地下に知らない気配が、それがこっちに上がって来る。

 強い生命力で気配の光が強い。大きくて、何かあれ? 覚えがあるような。懐かしさを感じた。

「これマリア。そう責めてやるな」

 現れたのは堂々とした体躯の男。

 特徴的な黒革の鎧に毛皮のマント。波打つような癖の長い赤髪、茶色の瞳は鋭いが奥に穏やかなモノを感じさせる。

 諸王の中の諸王と謳われる男。

 異端の竜狩りの血を引く、神話の世界から抜け出た“本物”の英雄。

 ある騎士曰く、

 ヴェルスヴェインの秘子、武の極致の体現、魔獣の如き巨大馬を半身のように扱う騎手。

 槍の腕を振るえば軍が散り、剣を持てば竜が去る。

 次代の軍神と目される希代の戦士。

 名を、ラ・ダインスレイフ・リオグ・アシュタリアという。

「陛下?!」

「久しいな、我が最後の臣下よ」

「え? なッ?」

 マリアが連れて来たのか?! そりゃ援軍としては万の軍に等しいが。

「流石の妾でも、ダインスレイフを武器込みで転移するのは疲れたぞ」

「そりゃ疲れるだろうさ。無茶しやがって」

 武器を入れた陛下は、人間四人分はある。マリアの転移は重量よりもサイズの問題で負担が来るのだ。

 しかも二人分以上から急激に消耗する。下手をすれば命すら危ういのに。

「男は、そう簡単に女に頼れる者ではない。頼るような男は男ではない」

「その通りです陛下」

 うむ、やっぱこの人とは気が合う。

「ウー! 知るか! 妾は疲れたから寝るッ!」

 僕から離れたマリアは、フラフラと二階に上がって行った。手を貸そうとも思ったが、激おこ中なのでそっとしておこう。

「さて、狼騎士よ」

 バキバキッと骨が鳴る音。

「何でしょう陛下? そして何故に拳を鳴らしているので?」

「うむ、まず礼をいおう。我が妻レグレの急な訪問を歓迎し、妊婦の憂鬱を聞いてくれた。実に助かったぞ。ああ見えて、あれは繊細な所があるからな」

「いえ、相談に乗ったのは僕ではなく、僕の女です」

 僕は、ただ振り回されただけだ。

「貴様の女がした事なら、貴様がした事と代わりあるまい」

「なるほどォ」

 諸王らしい受け取り方である。

 で、何故にボキボキとしているのでしょうか?

「さておき、だ。臣下の契りをしておいて、去り際に顔も見せぬとはどういう了見か?」

「えと」

 それかー。

 あれは気恥ずかしいというか、別れが苦手というか、面倒というか。

「病でも隠しているのかと心配してみれば、精強に冒険して、女を増やし、あまつさえ、アシュタリアの宿敵キウス・ログレット・ロンダールを愚生に黙って倒すとは」

 顔は笑顔だが、握り絞めた拳が震えている。

 マリア以上に陛下は激おこだった。

「陛下、その僕の………………怠慢でした」

「つまり何だ。はっきり申せ」

「キウスの件は、必要に迫られたので咄嗟に」

「では別れの件は?」

「挨拶するのが苦手で、あのような形で」

「面倒だったという事だな? 愚生との、王と臣下の契りはその程度と?」

「申し訳ございません」

 めっちゃ土下座したいけど、諸王の前では頭は下げられない。

 下手したら斬首される。

「まあ、良い。愚生も少し女々しかった。我が妻、我が子、我が将達も、ザモングラスすらも、別れのさいは言葉を交わさなかった故な」

「………すみません。考えが至らなかったです」

 縁起が悪いという事だな。

 やっぱ陛下に一声かけて帰るべきだった。猛省だ。

「良い、気にするな。だがしかし」

 で、拳である。

 並みのモンスターなら一撃死の拳である。

「顔か腹だ。それで後腐れなく忘れよう」

「………………腹で」

「うむ」

 ズドン!

 と、腹に大砲を食らったような音と衝撃。

 異世界に来た頃の僕なら、内臓を吐き出して即死していただろう。それを耐えきって、しかも意識を失わないとは、僕も成長したものである。

 でもしばらく、

 痛みで動けないと思う。

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