<第三章:ペイン> 【02】


【02】


『ソーヤさん、ここで残念なお知らせです』

「何ぞ?」

『それとなしに、魔王様の助力を得られないか策謀していたのですが、やっぱり無理みたいですね。下手に目立つと、もっと軍隊送られる可能性ありますし。火に油です』

「気にするな」

『でもご安心を。まだまだ打てる手はありますよぉ~。では吉報をお待ちに!』

 マキナからの通信が切れる。

 戦わずに勝つのは最上の手だが、今回はそうもいかない。

 覚悟は決めた。

 第一の英雄を迎え撃ち、これを倒す。

 エリュシオンと敵対するなら、いつかは倒さなければならない敵だ。こんな急とは思わなかったが、やるしかない。

 後腐れなく今後も冒険するには、これが最上の選択だと僕は確信している。

 レムリア王とは………………喧嘩別れしてきた。

 あいつとは気が合わない。王として、為政者としては正しいのだろう。でも合わない。ほとほと合わないったら合わない。

 何か、僕の趣味が特殊なだけな気もするが気のせいだろう。

 今回は、というか今回も、パーティメンバーは巻き込めない。相手がエリュシオンの獣なら、魔法も再生点も無意味になる。

 それに名誉の無い戦いだ。

 最悪負けた時、彼らの関与が疑われる。特にエルフの関与は不味い。一度退けた森の危機が再燃する。

 戦いに行くときは、身バレするような物は置いて行かないと。

 しかし、刀の模造品が街に広がって良かった。愛刀は手放さなくてすむ。

 未知で強大な敵だ。衣装は兎も角、武装は使える物全てを使わないと。

「だが」

 流石に一人じゃキツい。

 第一の英雄が、キウスのようにお忍びで一人という事はないだろう。相手が軍を従えていたら、辿り着く前に消耗して終わりだ。

 手駒が欲しい。

 ここに来て、個人主義の壁にぶつかるとは。そもそも、軍を持っているハゲが今回は見過ごすと来てる。

 どうにも、すんなりとはいかないモノだ。

 あれ? 問題なく事が進んだ事ってあったっけ? そういうのは忘れているだけか?

「お」

 遠くに雪風を見つけた。

 丁度、冒険者組合の入り口から出て来た所。

 一緒にいるのはパーティのメンバーだろう。

 金髪ショートで長身の女剣士、美麗な女騎士、顔を仮面で隠した魔法使い、ドデカイ棍棒を背負った半裸の獣人、それに異邦人の雪風で、新米パーティのようだ。

 女剣士には見覚えがあった。

 酒場で会った刀を持った剣士。よーく見ると、首に半々の金貨をぶら下げている。

 偶然ってあるものだなぁ、としみじみ思う。

 後、女騎士の横顔もどこかで見たような。いや、好みの問題か。

 うーむ。

 何か安心した。行けるのではないかな? 良いパーティだと思う。

 女性陣は可憐だし、獣人は寡黙な感じだし。雪風が主導権を握って、上手く使えそうな気がする。変なのと組んで使い潰される心配はないだろう。

 ただ一個気になるのは仮面の魔法使いだ。

 体形からは性別も年齢も読み取れない。杖はシンボルすらない普遍的な棒で、仕える神の特徴がない。

 そして、一つ目が描かれた仮面のデザイン。

 無貌の王の物と似ているが、少し違う気もする。

 謎だ。

 謎だが、皆それくらいの謎は抱えている。部外者が心配する事ではないか。

 やっぱり、声かけは止めておこう。

 ひと目見て満足した。

 ん、これってストーカー行為?

「まるでストーカーであるな」

「おう。お前にいわれたくない」

 ガンメリーがいた。

 何となく気配は感じていたが、僕に何の用か。

「お前今、瑠津子さんの所にいるんだってな。変な事するなよ」

 マキナの報告では、こいつは瑠津子さんの家に他のガンメリーと一緒にいるそうだ。

「久々に、懐かしいパンツを見ておきたかったのである」

「それをいうなら“顔”だろ?」

 女をパンツで判断するのか。

「雪風の清純派パンツも良いが、瑠津子の顔に見合わず派手なパ―――――」

 抜刀してガンメリーの首に刃を当てた。

 ここから一息で首を刎ねる事ができる。効果の程は知らないが、全くのノーダメージではないだろう。

「ん? 気のせいか? 雪風の何を覗いたと?」

「落ち着くのだ。見られて怒る気持ちは分かるが、落ち着くのだー」

「はぁ?! 落ち着いてるし! 落ち着いてるぅぅぅぅぞ! でもお前の首を刈る! 今すぐに刈るぞ! おおう!」

 言動は兎も角、僕は至って冷静である。

「だが宗谷。吾輩が思うに、見れるモノをあえて見ないとか、それこそ女性に対して失礼千万であるぞ。レディーに対する侮辱である」

「くッ!」

 ド正論だ。

 確かに、パンチラを見ないとか『お前に興味なんかねぇよ!』というのと同じ。男性が女性にしてはいけない行動である。

 スカートを捲るとか、そういう犯罪行為は別として、少しでも女性として興味のある人が、パンチラをしたのなら絶対に見なければならない。

 これは男子の宿命といえよう。

 で、何の話だっけ?

 刀を収めて冷静になる。

「宗谷、少し付き合ってもらいたい。行かねばならない所がある」

「ああん? 僕は忙しいんだが」

「その事と関係もある」

「………………」

 あっちのマキナにも、僕の状況は伝えてある。雪風に情報を回さない形で。

 彼女には、こんな事など気にせず冒険に集中して欲しい。

 さて、このガンメリー。

 果たして信用できるのだろうか? 猫の手も借りたい所だが、正体不明の兵器は役に立つのか。それこそ猫より。

「んーどこだ?」

「よく知っている所である」

 少しだけ時間を割いてやろう。ダメ元だ。



 で、到着したのは知りも知った【冒険の暇亭】だ。そりゃ基礎建築から知ってる場所だが、今更何の用だ?

 今日も客の入りは良く。昼過ぎというのに席は半分ほど埋まっている。最近雇った従業員は美人揃い。更に流行る予感がする。

「裏である」

 店の裏口に行く。

 そこに瑠津子さんがいた。

 他のガンメリー達と一緒に芋の皮むきをしていた。

「あ、宗谷さん」

「瑠津子さん、何故に皮むきを?」

 店長なのに、これくらい人に任せればよいのに。

「いえー、また従業員増えたじゃないですか」

「増えたね」

 繁盛しているから、ちょこちょこ人を増やしている。テュテュの報告では、皆仕事の覚えが良くて助かっているとか。

 ガンメリーの給仕も悪くないが、やっぱり可愛い娘の給仕に限る。

「何か、自分とガンメリー仕事なくなっちゃいまして。給仕は、オーダーミスらない美人さんが良いですし。ご飯や、新人教育も、テュテュの方がメチャ上手いですし。皆に気を使われて、ふんぞり返るのは苦手なので、裏で下ごしらえやってます」

「うーん、それは困ったな」

 テュテュも他の従業員も、良かれと思って瑠津子さんより仕事しているのに。それが彼女の仕事を奪う事になるとは、皮肉だ。

「いやぁ、店長失格ですね。忙しい時とか、自分完全にお荷物ですから。たはは」

 瑠津子さんは困った顔で笑う。

「でも、まだまだ君にしかできない仕事が」

「うーん、例えば?」

「………………」

 やばい。

 パっと思い付かない。そういえば僕、店に行くとテュテュに構いっ切りだった。

 でも何か、

「あのハ―――――じゃなかった。良く来るおっさん方の相手とか?」

「あの三方、新人の子を偉く気に入っていましたけど?」

 浮気野郎共が。

「あ、新メニューの開発!」

「大体、宗谷さんかエアさんですよね。ああそういえば、自分が提案したパスタ料理。この間食べたら、味が違っていたんですよ。しかも美味しくなってて。テュテュに聞いたら『こっちの方が美味しいと思ったニャ』って。前に宗谷さんに渡したメニューも、お城で散々だったと聞きますし。それが原因で揉め事になったとか………………ふふ」

 いかん。

 笑っているけど、心が笑っていない。

「お城のアレは大評判だったよ! 僕が拘留されたのは、瑠津子さんが原因というより。相手の問題だから」

「本当ですかぁ?」

 思考がネガティブスパイラルになっている。僕の浅はかな言葉では届かない。

 隣の大ガンメリーを肘で突いた。

「瑠津子」

 ガンメリーと瑠津子さん。どういう縁なのか今一不明だが、僕より付き合いは長いはずだ。気の利いた台詞の一つでも――――――

「残念だが、この世界に君は必要ない」

「おい!」

 空気読めよ。

「はあ、やっぱり」

 うなだれる瑠津子さん。周囲のガンメリーも一緒にうなだれた。

 大ガンメリーは続ける。

「瑠津子。今この時、この瞬間、君は邪魔者である」

「お前、何をいう?」

 暴言にしては度が過ぎるぞ。

「できるなら吾輩も、皆に別れを惜しまれ手を振られ、盛大に祝われて花火もバンバン上げられた後に、君と“別れたい”。しかし、君にはまだまだそんなイベントが待っている。君の人生は、異世界だけで終わるのではないのだ。元いた世界に沢山の幸せが待っている」

「え?」

 キョトンとした瑠津子さんの顔。

「ガンメリー、お前何を?」

 まるでこれから、彼女がいなくなるような事を。

「吾輩も」

「吾輩達も」

「ワイらも~」「ワーイも」「ワイもワイも」「わーい」「にゃー」「わーん」「いてらー」「風邪ひくなよ!」「うぐ」「ばんざーい」「ばんざーい!」

 ガンメリーが騒ぎながら、揃って瑠津子さんの前に整列した。

 雪風と現れたガンメリーを入れて、合計13体のガンメリーがいる。

「ちょっと待ってガンメリー。え、嘘でしょ?」

「嘘ではないのである」

 状況が飲み込めていない瑠津子さん&僕。

 ガンメリー達は続ける。

「吾輩の目覚めから契約、そして今までの間」

「苦楽を共にして過ごした冒険の日々」

「時にはワガママが過ぎ」

「時には増長を止める為、喧嘩をしたり」

「一緒に泣いたり、笑ったり」

 一言ずつ残し、小さいガンメリーが幻のように消えて行く。

「それはまるで、少年の夏休みのような日々であった」

「楽しかった」

「本当に心から楽しかったのだ」

「このメモリーは悠久の時を経ても絶対に忘れない」

「大切な宝物である」

「瑠津子、いやルツ王」

「あなたにお仕えできた幸運に、心から感謝を述べたい」

 小さいガンメリーが全て消えた。

 残ったのは、異形の鎧を纏った黒いガンメリー。

「いざ、さらばである」

「待って! ガンメリー! 私も楽し――――――」

 光が生まれる。

 彼女の足元にポータルが発生した。

 芋と包丁を持ったまま、彼女はポータルに落ちて。

 光が弾けた。

 遠くの喧騒が聞こえるほど、辺りが静寂に満たされる。

「おい、ガンメリー」

「何であるか?」

 急すぎて、現実が受け止められない。

 今この瞬間、一人の異邦人が異世界から消えた。

「彼女はどうなった?」

「元いた世界に帰ったのだ。何、浦島太郎のような不幸はない。元の世界では彼女が消えてから、一日も過ぎていないのだから」

「急ぐ必要があったのか?! こんな店の裏で寂しく帰るなんて、他の皆に別れの挨拶くらい」

「急ぐ必要はある。瑠津子が第一の英雄の事を知ったら、間違いなく自分の身を捧げたであろう。ああ見えて、一度決めたら揺るがない頑固者である。レムリア王の考えも、変わる可能性がある」

 正しい。

 正しいが心に合わない。

「だがな!」

「別れとは、こんなものだ。彼女はまだ幸運な方である。思いを寄せた男に見送られたのだから」

「………しかしッ」

 納得できないが、いわんとしている事は分かる。

 別れは急なものだ。

 アーヴィンの時に痛感したじゃないか。忘れたわけじゃないのに。

「元の世界で、彼女は幸せになれると思うか?」

「彼女次第であーる。それに、全ての女は幸せになる権利があるのだ。モーマンタイである。ま、こちらより危険ではないのは確かだ」

「言えてるな」

 彼女の消えた場所を、ぼんやりと眺めてしまう。

 もう二度と会えないとか、早すぎる別れに涙が追い付いていない。

「まるで夢みたいだな」

「これから本物の悪夢が来るのだ。その時に嫌でも見れるぞ」

「あのなぁ、お前」

 ムカつくな。

 僕の知らない所で知ったような口は。

 ガンメリーは積まれた芋の山に手を伸ばし、その横に寝そべっていた帽子のないガンメリーを手にする。蜘蛛の所に一緒にいった奴。

「あ˝ー」

 瑠津子さんが帰ったというのに、それでもやる気がない。

「ほれ」

「は?」

 そいつを大メリーが投げてよこす。思わず片足を掴んで受け止めた。

「契約するのだ」

「はあ?」

 いきなり何を。

「ガンメリーは契約なしに力を振るえぬ。といっても、蜘蛛を活性化させないように技術を魔法に無理矢理転換させている為、本来の性能の数パーセントしか発揮できないが」

「契約ねぇ」

 猫の手も借りたいが、こいつ役に立つのか?

「そのオリジナルは役に立たぬ。再起動するには今しばらく時間がかかるのだ」

「役立たずかよ」

 置物やペット以下だ。

「だが、安心するのだ。現代技術でリバースエンジニアリングした吾輩なら問題ない。本来の力には遠く及ばないが、機体性能を限界以上出しても蜘蛛は起きない。故に―――――」

 ニヤっとガンメリーが兜の奥で笑った気がした。


「今回の英雄殺し、吾輩も協力しよう」

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