<第三章:ペイン> 【01】


【01】


 残り四日。

 状況は切迫しているのに、中々準備に入れない。

 昼前に使いが来て、『城に来るように』と王からの伝言を受けた。無視すると後が面倒と考え渋々従う。

 何のこっちゃと思えば、謁見の間で蜘蛛封印の報酬を賜る。

 金貨400枚と、王からの感謝状、それと王の血を引く獣人の娘。

 つまり、ランシールとの付き合いを正式に認めるそうだ。

 意外である。

 死ぬまで反対されると思ったのに、娘の頑固さに負けたか?

 表向きの行事は滞りなく終わり、

 続いては裏、事の真意とやらだ。

 城のキッチンに行くと、王が護衛も付けず一人で待っていた。

 何やらカップ状の容器にお湯を注いでいる。

「そなたも食うか?」

「いえ、結構です」

 カップ味噌汁だった。

 カップ麺に続いて作り出したインスタント商品の第二弾。

 乾燥キノコの出汁入り味噌に、具は豚の干し肉と干し野菜で豚汁風にしてある。現在、【冒険の暇亭】と隣の調味料店で限定販売中である。

「このミソスープ。深酒の後や、油物の後には絶品な味わいであるが、瑠津子曰く非常に体に良いらしいな。まさに万能薬のような食事だ」

「さいですか」

 体に良いが、万能薬は誇大な気がする。

「余も体を大事にせねば。後、二十年は生きるつもりだ」

「いっそ百まで生きてみては?」

 こういう神経の図太い奴は長生きしそう。

「百や千と大魔術師のように生きられれば良いが、所詮は凡夫の成り上がりよ。魔道の秘儀など理解できぬ」

「では他所から雇えば良いでしょうに」

 金あるんだし、王様なんだし。

「馬鹿者め。不老長寿というペテンに騙され、魔法使いに乗っ取られた王族が如何に多いか、十や二十ではないぞ。連中のよくやる手だ。ほれ、貴様が昔射かけた女がいただろ。魔法使いの」

「女の………はて」

 ゼノビアとは、そんな関係ではなかったぞ。

「馬鹿息子とパーティを組んでいた奴だ」

「ああ、思い出しました」

 ラナに変な魔法かけようとして、いの一番に射抜いたアレか。

 美人だった気もするけど顔すら思い出せない。

「余が病に倒れた時、あやつめ何といったと思う?」

「さあ」

 女遊びが原因とか?

「滋養が足りていません。甘物を沢山お食べあれ、であるぞ。貴様や瑠津子にいわせると、甘物が病の原因というではないか」

「まあ、偏った食事と酒も原因かと」

「見当違いの使えぬ魔法使いであった。エリュシオン貴族の紹介状を持っていたが、今思えば偽造の疑いもあるな。王族に取り入ろうとする魔法使いなど、大方はそんな下衆ばかりだ」

「で、その魔法使いはどうなりました?」

 たぶん、この国にはいないだろうが。

「大陸から追放してやった。今頃、どこぞの小金持ちを騙している事だろう」

「さいですか」

 男なら処刑だろうな。

 ズズっとレムリア王は味噌汁を飲む。スプーンも使わずお茶のように。

 ふう、とため息を一つ吐いた。

「さてソーヤ。貴様とランシールの関係を認めたのには、理由がある」

「………………」

 あ、ろくでもない理由だ。

 そんな予感がする。

「余は新生ヴィンドオブニクル軍に与する事にした」

「は?」

 いきなり何をいうのだ。

「息子から便りが来てな」

「どっちのですか?」

 馬鹿王子の方は信用ならない。

「貴様と殴り合った方だ」

「いえ、僕は両方と殴り――――――」

 ニヤっと王が笑う。

「“やはり”な。ベルハルトの便りに、酒宴の席で『ランシールと関係のある男と殴り合った』と書いてあった。何でもその男は、勇猛名高いアシュタリア王の最後の臣下と聞く。【狼騎士】とは大層な二つ名だな」

「………………」

 これは痛い。

 一番知られたくない相手に秘密を知られた。

「貴様、一時期レムリアから消えていた事があったな。ラウアリュナ姫が街で騒ぎを起こしていた時だ。その間、左大陸で諸王軍と共にいた。どうせ、余の知らぬポータルでもあるのだろう。それとも異邦の技とやらか?」

「いえ、こっちの技ですよ。ギャストルフォに勇者の印を押し付けられまして、そのせいでアシュタリア姫殿下に召喚されました」

「ギャストルフォか、あれもまた迷惑な一族だ」

 まあ異世界では、正義や勇気は大迷惑という事だ。

「して、何故にエリュシオンを裏切るので?」

「簡単な事だ。斜陽の王国に付き合う理由はない。息子の便りによると、エリュシオンの左大陸遠征軍は全滅したそうだ。これで、新生ヴィンドオブニクル軍は全軍をもって中央大陸に攻め入る事ができる。諸王の歴史始まって以来の大攻勢になるだろう」

「だから、勝つ方に鞍替えすると」

「連中が勝てば良し。だが、仮に負けたとしても中央大陸は混乱必至だ。どさくさに紛れて独立するチャンスはいくらでもある。優秀な人材も流れて来るだろう」

「そりゃ賢い事で」

 コウモリ野郎が。

「今の所、新生ヴィンドオブニクル軍の勝率は高い。なら、繋がりの深い貴様を身内に置いた方が得であろう。連中の謳う『獣人の解放』とやらが戯言でないのなら、我が娘と貴様の婚姻を許してやる………………かもしれん」

「確約しましょうよ」

 呆れた人間性だ。

 しかも、悪びれもなく利用するというか。

「貴様は嘘偽りを嫌うだろう? 気味が悪い程その辺りの勘も良い。だから、出来ぬ事は出来ぬというに限る。これは余の貴様への礼儀だぞ」

「さいですか」

 嘘偽りなくマトモな事をいえば信用に足るのだが、後で裏切るという事を明言するのが信頼の証とは、何とも鬱陶しい。

 僕もしっかり言葉にしておこうか。

「僕は、あんたみたいな人間をアシュタリア陛下に紹介する事も、ヴィンドオブニクル軍に便宜を図るような事もしないぞ。むしろ、鼻持ちならない信用できない人間と広める」

「構わんぞ。これが余であり、冒険者の街を作った王の姿だ。下手な偽りを交えるより信用に至る情報となる。ソーヤ、お前は為政者というモノを美化する傾向があるな。だが、人の上に立つと良い景色ばかりではない。下を這う生き物には見えぬ、醜さが現れて来る」

「そういうもんですか」

「そういうものだ。直に分かるさ、貴様にもな。余は、娘が惚れた男の器量を信じているぞ」

 そんなモン理解するくらいなら、一生地を這う生き方でいい。

「我が血の末を行くのだ。覚悟だけはしておけ」

「………………」

 無言で返しておこう。また下手に口論しては面倒だ。

「じゃ、僕はここらで――――――」

 やる事が山積だ。

 さっさと帰ろう。

「待て、ここからが本題だ」

「本題?」

 これ以上何を。

「蜘蛛が動いたとなると、近々レムリアに崩壊の危機が訪れるだろう。貴様も忠告を受けたから急いているのではないか?」

「………………ええ、まあ」

 そういえば、蜘蛛とレムリア王は接触した事があったな。過去何度となく、蜘蛛は国の危機を知らせているのかもしれない。

「今朝、密書が届いた。余が懇意にする第五法王、放浪王ケルステインからの知らせだ。何でも、第一の英雄がレムリアに向かっているという」

 やはりそいつか。

 前に退けたキウスの友。ザモングラスに恐ろしいといわしめた英雄。僕と同じ呪いの力を持つという男。

 こいつについては、情報を集めれば集めるほど分からなくなる。

 曰く、亡霊を操る者。

 曰く、獣を従える者。

 曰く、魔道の破壊者。

 曰く、転生した獣狩りの王子。いや、数千年を生きる王子“そのもの”。

 馬鹿らしい人間は神じゃない。

 いくら呪いの力を持とうとも、数千年を生きるなど眉唾な。

「あやつとは一度戦った事がある」

「は?」

 いきなり、とんでもない事を聞かされた。

「若き頃の過ちだ。ヴァルシーナを亡霊都市に奪われ、自棄になっていた時。蜘蛛からの忠告通り、奴が現れた」

 レムリア王の若き頃、となると30年近く前になる。

「一人欠いたとはいえ、上級冒険者が四人も揃って手も足も出なかった。まるで児戯のようにあしらわれたのだ。凡庸に見えて腹に何を抱えているか分からない。薄気味の悪い男だった」

「それで?」

 おかしい。

 蜘蛛のいう通り奴が文明の破壊者なら、レムリアは建国できていない。

「その時、余のパーティには異邦人がいた」

「異邦人が?」

 初耳だぞ。

「メディムとアルマ、メルムが抜けた後に加入した仲間だ。最初は炎教に拾われ、街で慈善活動をしていた男だ。中々の知恵者であり、あやつのお陰で国の衛生問題や、破損していた上下水道の整備が出来た。ダンジョン内の温水設備も、あやつの設計を元にドワーフが作り上げた物だ。無論、冒険の知恵にも深く。何度も命を救われた。あやつ抜きでは、余は上級冒険者になれなかっただろう」

 そんな功績のある人間なのに、今は影も形もないのは何故だ?

 噂すら聞かなかったぞ。

「名を、アルマ・ゲストという。本名ではない。行方不明になったアルマが戻るまでの、ゲストに過ぎないというシャレで名乗っていた。あやつの本名は誰も知らなかったな。いやもしや、炎教の司祭様は知っていたのかもな。あやつが今も生きていれば、彼女も独り身を貫こうとはしなかっただろう」

 かつていた異邦人の足跡。

 気になるが今は、

「第一の英雄と、異邦人に何の関係が?」

 大分答えは見えているが、大事なのはこの王の心情と行動だ。

 背中は刺されたくない。

「奴は、アルマゲストの命を欲した」

「異邦人の命を」

 外部の人間が文明進歩の切っ掛けになる。文明の発展を妨げる為、それを狩る。

 理解はできるが、これは思いの外、単純で安っぽいな。

「で、レムリア王は」

「余が仲間の命を売ったと思うのか?」

「………………多少」

 てか、今回も疑っている。

「戦いに敗れ、第一の英雄がアルマゲストの命を要求した時、あやつは何の躊躇いもなく自害した。人の深の深を見通した瞳でな。殉教者とは、ああいう者をいうのだろう。計り知れない人の器だ。そして、生き残った余の前に放浪王が現れ『王になれ』と命じた。『世の暗濁を知った者こそ、エリュシオンが認める王に相応しい』とな」

「皮肉ですな」

「皮肉だ」

 最悪の皮肉だ。

 僕なら………………どうしていただろうか?

 友に自害されて生き延びるくらいなら、戦い果てていただろうか?

 それとも、亡き友の為に生き延びていただろうか?

「復讐は何度も考えたな。いや、今回も復讐の機会の一つである」

「なるほど」

 じゃ、今回のレムリア王は味方なのか。復讐なら信用に値する感情だ。

「だからこそ、だ。今は動けぬ」

「は?」

 何だと。

「軍を整え、新生ヴィンドオブニクル軍と合流し、盤石の体制でエリュシオンを挟み討つ。故に今一度だけ、奴に生贄を捧げて懐柔を謀る」

「おい」

「今、この国には異邦人は“三人”いる。一人はお前、一人は瑠津子、そしてもう一人が今、新米の冒険者として活動を開始したそうだな」

「待てよ」

 それは、

「お前は出来ぬ。曲がりなりにも余の一族の末になるのだ。何れ生まれて来る子も、父親がいなければ不憫であろう。瑠津子も駄目だ。彼女の治療となる料理は、余の体に必要である。何よりも彼女の料理を楽しみにいている者が多すぎる。なら、もう、一つではないか」

「おい!」

 王に殺気を向けた。

 だが、涼しい顔で躱される。

「ソーヤ、人は痛みに耐え、痛みを抱え、痛みと付き合い生きるものだ。単純な事であろう。それが分からぬ貴様とは思えぬ。昨日今日知り合ったばかりの異邦人一人の犠牲で、全ての問題が好転する可能性となる」

「確実ではないだろ!」

「確実なモノなどない」

「なら―――――――」

「貴様が犠牲となるか? それこそ愚の骨頂である。考えろ。感情で走るな。貴様の抱えている者は一人二人ではない。無謀に挑戦するのが冒険ではない。高い可能性に全てを賭けるのが、冒険者として正しい生き様だ」

 正論だ。

 ド正論だ。

「正しいよ。あんたは正しい。だが――――」

 ふざけるな。

 ふざけるなッ。

 ふざけるなッッ!

 ただ、ひたすらこの言葉が頭に湧く。

 だから、吐き捨てる前に一つ息を吸って吐く。

 落ち着いて、

 落ち着きながら、激情を言葉にした。

「こんなモノが正しいのなら、僕は冒険者を辞めてやる!」

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