<第二章:ダブル> 【04】


【04】


「何故だァ」

 夜、夕飯は終わり、風呂に入り、寝間着に着替え、歯を磨き、後はもう寝るだけの状態。

 いつもはまったり過ごす時間が、今日はそうもいかない。

 ベッドの上で頭を抱えて体を曲げる。

「うーん、どうしてかしら?」

 ベッドの隣では、ラナも首を傾げている。

 といっても、本を読みながら半々で聞いてる感じ。

「え、分かりませんか?」

 鏡台で髪をといているランシールが、疑問符を上げた。

 二人共、僕の部屋で寝起きするので自室がほぼ意味を成していない。一応、私物は部屋に置いているようだが、それも時間の問題な気がする。

 ラナの本も増えているし、ランシールのメイド服とかも部屋に吊るしてある。

 僕の部屋がある四階を、壁をぶち抜いて書斎と繋げるリフォーム案を本気で考えている所。

 今は流石に狭い。

 ありがたい狭さだけど。

「簡単な事ですよ。苦楽を共にした仲間だからこそ、いきなり新人をパーティに入れるとか、普通は反対しますよね?」

 雪風を紹介したら、シュナを初め親父さんにすら正気を疑われる程に反対された。

 揉めに揉めて、話し合いの体ではなくなったので後日に流した。

「でもな、雪風はこっち来たばかりで知り合いもいないし。僕の仲間を紹介するくらい」

「友人を紹介するなら良いでしょう。でも、冒険に関わりある事をほのめかして、何の実績もない人間を連れて来たので揉めたのです」

「実績はないが、僕というコネというか、ううーむ」

 いわれるとマズい気がする。

 皆、最初は新米から始まり、命を賭けて必死になって――――――それでも上級冒険者に辿り着けない者もいる。

 ただ、パイプがあるというだけで雪風には大きなアドバンテージになるだろう。

 いや、デメリットにもなるか? あいつをさらって、僕らに身代金や脅迫をする人間も出て来るかも。

 ああ、それよりもやっかみが問題か。

「冒険者は成果ありきの職業です。だからこそ、自由であり、平等をうたっている部分があります。といってこれは、種族や生まれた家柄、才能、学習、親の財産などで不平等ですけど」

 櫛を置くと、ランシールは髪を後ろに結んだ。

「しかし、冒険者となったからには皆全て、一階層から冒険が始まる。情報も一から集めて形にする。父も、ゲオルグには決して冒険のアドバイスは一切しませんでした」

「いわんとしている事は分かる」

 雪風とは距離を置いた方が良いのだろうか? もしくは、彼女を冒険者にしないという手もある。別にダンジョンに潜らなくても手助けは出来るのだし。

「ソーヤは、こういう所は厳しい人間だと思っていたので、きっとパーティの皆さんも驚いたのだと思いますよ」

「ああ、うん」

 厳しいと思う。僕は、他人には冷酷な人間だ。

 ランシールにも殺す気で矢をぶち込んだ事がある。彼女の弟のゲオルグは、矢で貫いて壁にピン留めにした。

 どうという事はない。

 あの時のランシール達は、殺しても構わないほど愚かだと確信していた。先の事など一切考えてはいなかった。

 僕はまあ、そういう人間だ。

 それが、

「何かさ、雪風には何かしてやろうというか。少しでも冒険が楽になればと変な気持ちが」

 今も整理できていない感情である。

「まるで身内びいきではないですか」

「いや、雪風は身内じゃ」

 そもそも、昨日あったばかりの奴だ。

「本当に身内ではないのですか?」

「僕は天涯孤独の身だ。………今は違うけど」

 何となしラナの頭を撫でる。本に集中して無反応だ。今日の就寝時の髪型は、右側で緩く結んだサイドテール。どんな髪型でも可愛いのである。

「実は―――――あ、ちょっと詰めてください」

 ランシールもベッドの上に移動して来た。彼女は無遠慮に僕の背中に抱きついて、うなじに唇を当てた。

 パタパタと尻尾の揺れる音が聞こえる。

 獣人と付き合って分かったのだが、これは種族特有の愛情表現だ。自分の決めた場所に口付けをしてマーキングをする。

 テュテュは耳で、ランシールは首、で、一回被った時が大喧嘩になった。

 獣人同士の喧嘩は、それはもう物凄く。

 そういや昔、被害者を見た事があったなぁと荒れる最中思い出した。

 さておいて、

「あの、ユキカゼという方」

 スンスンとランシールが鼻を動かしている。

「ソーヤと同じ匂いがするのです」

「匂い?」

 日本人特有のか?

 心配になって自分の匂いを嗅いでみる。さっぱり分からん。

「体の臭いではなくて、雰囲気や佇まい。血肉といいますか、人としての成り立ちが似ています。他人とは思えません。まあ、ワタシの勘ですけど」

「そうなのか」

 獣人の勘がそういうのなら、僕と雪風は何か繋がりがあるのだろう。

「………………」

 パタンとラナが本を閉じる。

「今日はもう寝ましょう。あなた、疲れて血を吐いたとマキナから聞きましたし」

「なっ! 奥様そういう事は先にいってください。やはり、ローオーメンと契約してワタシの体力をソーヤに分けましょう。正直、家事だけでは体力余りあるので」

「駄目よ。ランシールは王族の血統でしょ? それが娼婦の神と契約したのでは体裁が悪い。という事なので」

 ラナは、おもむろに首輪を取り出すと自分の首に付けた。

『は?』

 僕とランシールが声を揃える。

「こんな事もあろうかと。ローオーメンと少し前に契約しておいたの。私は今宵の夢。欲望の権化。肉の奉仕者、豊穣―――――」

「はい、ちょっと待った奥様!」

 ランシールがラナの詠唱を止めた。

「え、何?」

「奥様も王族でしょうがー!」

 ごもっともである。

「私はヒューレスに勘当された身なので。後、面白い事を聞いたの。ソーヤの国では結婚すると妻は夫と同じ名前を名乗れるとか。このさいヒューレスの名を捨てて、そっちを名乗ろうかなって? どう、あなた?」

「いや別に」

 構わない、といいかけて言葉に詰まった。

 目眩が起こって頭に霧がかかる。残った疲れかもしれない。

「じゃ、ワタシもソーヤと同じ名前が良いです」

「レムリアの名はどうするの?」

「ワタシは獣人ですし。正式な名はありません。ただのランシールです」

「嘘おっしゃい」

 ランシールの言葉に、ラナがすかさずツッコミを入れた。

「隠し名があるのよね? あのレムリア王が、いざという時を考えないとは思えないわ」

「そ、それは」

 ランシールが口ごもった。

 いざという時とは、つまりレムリア王族の跡継ぎが、ランシール以外全て死んだ場合か。

「面倒な秘密は、各家々にあるわ。深入りはしないけど、私の夫を煩わせるような事はしないでね。そこだけは約束して」

「はい、奥様。一命に賭けて」

「で」

 と、僕は口を開く。

「ラナ、メルムの許可は良いとして、主神のエズス様は問題ないのか?」

 エズス様はエルフの神、森の神様だ。

 自分の眷属が気軽に娼婦の神と契約して、良い顔をするのだろうか? 温厚そうに見えてあれで怒りやすいし。

「もちろん許可は得たけど」

「あ、いいんだ」

 流石、古代エルフの寝所守。そういう所はオープンなのね。思い出したが、テュテュが元いた店にも<親父さんの店だが>エルフの娼婦がいた。

 いやいや、ラナにそういう仕事をさせるつもりはないけど。冗談でもない。

 何かこう、複雑でアブノーマルな気分である。

「主神エズス。睡魔ローオーメン、豊穣の神ギャストルフォ、並び奉る神々よ。仮初めの主従により、血の奉仕を。移ろい行く魔素をここに――――――」

「いやいや! ラナ待った!」

「何?」

 今度は僕がラナの詠唱を止める。

 やっぱり駄目だ。彼女の体が心配である。

「君は魔力切れで倒れていただろ? 危ないだろうが」

「これは体力を分け与えるもので、魔力の消費は微々たるものよ。大丈夫」

「なるほど、なら安心」

 なのか? とまあ、それ以上考えるより先にラナに唇を塞がれた。詠唱とは神への祈り、心の祈りが真に通じれば言葉も所作も不要だとか。

 舌を食み合う情熱的なまぐわいをすると、体が燃えるように熱くなる。

 疲労で死んでいた細胞が甦るような気分。

 うぱっと唇を離してラナが聞いて来る。

「問題ない?」

「大丈夫だ。問題ない」

 いや、良すぎて問題ありかも。

「ソーヤ、ソーヤ」

 自分もと、ランシールがのしかかって頬を寄せて来る。

 が、ラナに顔を掴まれて離された。

「ランシール、私の個人的な見解だけど。夫の疲労原因はあなたでは?」

「なっ、奥様酷いです! ワタシは奥様に遠慮して、かーなーり我慢してますよッ!」

「本当にー?」

「だって、前にワタシが寂しい時、奥むがッ――――――」

 ラナが身を乗り出してランシールの口をガッチリと塞いだ。

「黙りなさい! 人の厚意をペラペラとッ」

 恐ろしい声でラナはランシールに迫る。僕は顔に載って来たおっぱいで何がなんだか、全てどうでも良くなる。

「ところで奥様、思ったのですが、ごにょごにょ」

「え? ええっ? ああ、そういうのもあるのね。なるほどー」

 二人は僕の上で相談している。

 体の火照りはあるが、いい感じに眠たくなって来たので目を閉じた。

 背中と顔に柔らかい感触。

 囁き声と良い匂いに包まれて僕の意識は遠く夢の――――――

「あなた」

「ファッ、え? なんぞ」

 ラナに鼻を甘噛みされて起こされた。一瞬寝ていたようだ。

 眼前のランシールが耳をピコピコと動かしている。何か、目が怖いのだが。

「ソーヤ、奥様とは相談したのですが」

「あなた、体力も回復できますし。今日の夜伽は二人同時でお願い。前から興味があったの。試して見たい事もあるし」

「おふ」

 思考回路がショートした。

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