<第二章:ダブル> 【03】
【03】
思えば“身内”とは、パーティの面々を指すのか、それとも?
よく分からない。
疲労と寝ぼけで頭が回らない、のか?
さておき、
二次隊を連れて朝の街を行く。
大通りは、活気に溢れていた。
行き交う様々な冒険者達、見栄えの良い商店の呼び込み、商品を求める者の行列、露店で朝飯を食う者、歩きながら軽食を口にする者、鍛冶屋の鉄の奏で、朝から喧嘩している怒声も。
いつも通りの光景だ。
エアを隣に、腰にはA.Iの雪風を吊るし、すぐ後ろには大メリーと人間の雪風。
マキナ二体はキャンプ地に置いて来た。とりあえずあいつらは、喧嘩し尽くすまで喧嘩させておこう。今後もあんなやかましい感じでは困ーる。
「ねぇ、ねぇちょっと宗谷」
「ん?」
背後の雪風が僕の外套を引っ張る。
「あたし達、目立ってない?」
「そんな事はないぞ」
野戦服の少女と、一つ目ヘルメットの男。
冒険者の街では、珍しいと足を止めるものではない。
「何か、チラチラと視線を感じるんだけど」
「気のせいだ。あーでも」
全く目立たないという事はない。こっちに合った服装の方が良いか? 僕のせいで異邦人の悪評は多い。トラブルに巻き込まれるかもしれない。
「服買いに行こう。エア、どこか良い所知らないか?」
僕が知っているのは武器防具の職人、それも男物の。
女性用の装備は、また別の職人がいる。
「知ってるけど。ユキカゼはアタシがいつも買ってる所で良いとして、ガンメリーはどうするの? アタシ鎧とかは分かんないよ」
「じゃ、こっちは僕が揃える。幾らくらい必要だ?」
財布の金貨をごそっと掴む。女物は高価だし、20枚くらいか?
「いらない大丈夫。アタシ最近、小物とかで結構稼いでいるから」
「それは貯金しておけ。同郷の面倒は僕が払―――――」
「もしもーし」
雪風が間に入って来る。
「お金なら、あたしあるから」
懐からチラリと金の延べ棒を見せる。そういや、僕も活動資金として企業に幾らか支給されていた。今思うと、ホント心もとない金額だが。
「まず両替屋だな」
ザヴァの両替屋が一番だ。ああいう金勘定は、最初から信用できる。
「ここで別行動しよ」
「いいのか? 両替屋出てから暴漢に狙われたりしないか?」
僕はそういう経験があるので。
「大丈夫だってば、アタシこれでも上級冒険者よ。そこらのチンピラくらい一矢で殺せるから」
「やるなら後腐れないようにな」
「ねぇ、ツッコミ待ち?」
そんな雪風のツッコミは無視して、通りの途中で女性二人と別行動をとった。
『………………』
男二人、いやガンメリーは男という事でよいのか?
何かもう久々に疑問符だらけである。
「あれ?」
「何であるか?」
「小さい奴はどこ行った?」
小メリーがいない。
街の入り口までは一緒にいた記憶がある、迷子か?
「瑠津子の所であーる。吾輩の贈り物を渡しに行ったのだ」
「お前さぁ、マジで何なのだ」
「吾輩は、こうなのだ」
胸を張られてもさっぱりであーる。
………何か伝染した。
「まあ、行くぞ。安い鎧買ってやる」
「スタイリッシュでモテモテな鎧にするのだ」
「はいはい」
ガンメリーを連れてザヴァ商会に。
そこで一騒動あった。
中古の安い鎧をガンメリーに試着させたら、サイズが小さくて合わなかった。
だがガンメリーは、分子分解シュレッダーを起動させ鎧を分解、再構成マトリクスを起動させて、量子3Dプリンターで調整と、さっぱり分からないテクノロジーで鎧を分解して再構成。
他のガンメリーよろしく鳥のクチバシみたいな兜、全身はフルプレートの鎧を装着。手甲、甲懸の爪先は猛禽類のような爪。
黒い素材の獣のような鎧姿になる。
赤いマントを羽織り、適当な大剣を背負わせて中々の騎士っぽい出で立ちが完成。
ただ、どこからどう見ても悪役の姿である。
何だろう、この暗黒騎士感は。
後、ガンメリーの不思議な技術を見て、うちで雇いたいと店主がしつこく迫って来た。面倒になるから止めろ、と念を押して止めた。人の身に余る技術だ。
ついでと、雪風の冒険に必要な物資を買っておいた。
小物入れ、革製の胸当て、短剣、マントも買おうと思ったが、女の趣味だし意見聞いてから購入しよう。家の誰かに裁縫頼んでも良いし。
筆記用具はいらないか、現代世界の物のほうが良いだろう。
こんな物かと袋に詰めて、メガネの通信機能で雪風に連絡を入れた。知らない間に連絡先が追加されていたのだ。
集合場所を国営酒場に決めて僕らは移動。
酒場はザヴァ商会本店からすぐそこである。
到着して、上級冒険者専用席ではなく、他の冒険者と同じ席に着く。
でも人目は避ける為、店の隅に。
「おう、ソーヤ。大変だったな」
「ええ大変でした」
マスターが注文を取りに来る。
「“でした”って事は、噂は本当か?」
「噂?」
「お前が、エルフの力を借りて蜘蛛を封印した事だ。二万年は続くそうだな。お手柄だぞ」
間違いなくメルムの流した噂だ。
「あー、マスター」
「何だ、ガセか?」
「封印は一万二千」
まあ、封印はしてないし。エルフの力は、ラナが頑張ったので借りていないといえば嘘になる。他は………………止めておくか、下手に喋ればボロが出る。噂に任せよう。
「豆茶と豆煮を」
更に質問される前に注文。
「はいよ。店のおごりでサービスしてやる」
「どうも」
遠慮すると怒られるので甘える。
「お前はどうする?」
ガンメリーにも一応聞く。異世界のガンメリーは普通に食事していたが、こいつはどうなのだ?
「吾輩はエール、後はベーコンと目玉焼きを、目玉焼きは両面焼きでお願いするのだ」
「はいよ。見ない鎧だが、ここの冒険者か?」
「違うのだ。今日付いたばかりの冒険者であーる」
「ほう、そうか。新しい冒険者は歓迎だ。兄さんの分もまけてやろう」
気前の良さを見せて、マスターは下がる。
あ、そうだ。
家の通信機に連絡すると、ランシールが出た。開口一番にラナが目覚めた事を聞かされる。通信を代わるかどうか聞かれ………………断った。
たぶん、めっちゃ気が緩むので後で。本当に後の楽しみに。とりあえず一安心して、一瞬電話した理由を忘れてしまう。
焦って思い出し、彼女にパーティメンバーを今から酒場に集めるよう言伝を頼んだ。
了承されて通信は切れる。
「その顔だと奥方は無事だったようだな」
「お前、そんな事まで」
「可愛い人であるな。おっぱいも大きいし」
「そうだ可愛くて強くておっぱいが大きい」
「大きい事は良い事である。雪風は絶望的であるが」
そういえば平たい。エアと仲が良さそうな理由は、まさかね。
邪推だ。
「しかし吾輩、おっぱいも良いが太ももが一番好きである。勘違いしないでもらいたいのだが、吾輩が女性のパンツを覗くのは、隠された太ももを見ているといっても過言ではない。パンツという至上を背景にして眺める太ももは、まさに世の神秘。永遠のロマンである」
「なるほど。ガンメリーがパンツ覗くのはそういう理由があったのか、僕の目の前でやったら破壊するぞ」
「安心するのだ。吾輩の全性能を使用してバレないようにやっている」
何という性能の無駄遣い。
だが、僕はこれから一瞬の隙も逃さないからな。
という中高生みたいな会話をしていると、
「あの!」
背に長剣と、腰に刀を差した軽鎧の少女に話しかけられた。
ベリーショートの長身の娘だ。年頃は雪風と同じ十台半ばくらい。金髪碧眼で一瞬エルフと見間違えてしまう。
彼女の刀は、僕の刀のレプリカだ。
鍛え方はまるで違う。よくあるロングソードを刀の形に打ち直しただけ。だからといって切れないわけでも、ましてや粗悪品というわけでもない。異世界の鍛冶屋がプライドを持って鍛えている鋼である。
「何か?」
トンガリ帽子を目深に被り、僕は威圧的に返事をした。
あどけなくて可愛らしい者ほど警戒するに限る。
「れです! こが! あれで!」
大きい声を上げて、刀を鞘ごと抜く。
「!? !! ?? !!」
緊張しているのか、興奮しているのか、両方なのか、顔を真っ赤にして身振り手振りで何かを伝えて来る。
しかし、早口過ぎて常人には聞き取れないレベル。
だが、僕には何となく彼女の言葉が理解できた。これはたぶん、一晩中『ピャー、ピャー』と圧縮言語を聞かされた後遺症だろう。
「ええと、僕が刀で戦う姿を見て、自分も刀を買ってみたが全く使いこなせないので、是非とも刀の技を見せて欲しい、で合ってる?」
「!?」
少女は、ブンブンと首を振る。
前言を撤回するが、何か悪い娘ではなさそうだし。上級冒険者として、たぶん下? の冒険者を邪険に扱うのも良くない。
たまには、サービスしてみるか。
「一回だけだ。見せるが、見えはしないぞ」
ポケットからコインを取り出し、テーブルに立たせた。
軽く椅子を引いて空間を作り、脱力して鞘を握り、呼吸を止める。
疲労はあるが技に鈍りはない。疲れ程度で鈍るような技でもない。血肉と魂に染み付いた業は簡単に落ちるものじゃない。
「ッ」
刹那の銀線はコンパクトに弧を描き、微細な切断の感触を指先に伝えた。
チンッと鯉口を切る音。
「?」
とした少女の顔。
虚を突いた。動体視力で捉えられるものじゃない。
「あ」
しまったと声を上げる。
立たせたコインは金貨だった。集中して良く見ていなかった。
痛い出費だが、まあ仕方ない。格好付けの代償だ。
「ほれ、あげる。両替所で換金すればまた使えるよ」
金貨を少女に手渡す。
「え? え?」
彼女は、まだよく分かっていない様子。
「ほら、よく見る」
「え!?」
コインは、少女の手の平の上で真っ二つに別れた。
「ッ~!」
少女はプルプルと震えた。何か涙ぐんでもいる。
「え、どしたの?」
全く知らん娘だが心配になる。他のパーティメンバーは? お父さんか、お母さんと一緒じゃない?
「どっ………………」
「ど?」
何か溜めてらっしゃる。
「しっ!」
「したら?」
「れますか!」
どうしたらこれができますか? って事だろう。
たぶん。
「練習だ」
「ありがとうございます!!!!」
少女は、酒場中に響く大声でお礼をいう。衝撃で耳がキーンとなった。
そして、深々と頭を下げてから走り去る。
「うーん」
一瞬見た彼女の手は、マメだらけだった。親父さん以下ではあるが、シュナよりも深い剣の年輪。あれは、十年近く毎日剣を振った者の手である。
比べたら僕なんか、貴族のご令嬢のような手である。
そんな僕に可能だったのだ。年月を重ねれば、彼女なら余裕だろう。
「見事であーる。吾輩のセンサーでも手元を追うだけで精一杯であった」
「どうも」
ガンメリーに褒められても嬉しくない。
「ああやって、若い女性をモノにするのであるな」
「んなわけあるか」
本当に嬉しくない。
少女が店を出ると同時、マスターがニヤニヤ顔で料理を持って来る。
「おいおい、ソーヤ。お前も“らしく”なったじゃねぇか」
「え?」
「まるで上級冒険者のようだぞ」
「上級冒険者、なんだけどなぁ」
僕の豆茶と豆煮が置かれた。ガンメリーの前にも料理が置かれる。
「チンピラ相手に喧嘩してないで、ああいう風に新人にハッパをかけてやれ。そうすりゃお前、多少なりとも悪評は薄まるぞ」
「絡まれるから仕方ないでしょーが。ちなみにマスター、僕の悪評ってどんなものが?」
マスターは腕を組んで考え込む。
「多すぎてパッと出てこないが………」
マジかい。
「エルフの美人姉妹をはじめ、女性の弱みを握ってはもてあそんでいるとか、街のゴロツキ共の元締めとか、汚い商売で儲けているとか、その汚い金で王族や炎教に取り入ったとか、あげていたらキリがないな。ま、やっかみだ。今の嬢ちゃんのように、お前を分かっている奴もいる。腐らず冒険を続けろ、上級冒険者」
「へぇへぇ」
ガンメリーの皿を見ると綺麗に何もなかった。
「マスター、吾輩おかわりである」
「おう、兄さん良く食うな。沢山飯を食う冒険者は良い冒険者だ。ちょっと待ってな」
ガンメリーは、キュッキュッと兜をハンカチで拭く。
気にしない気にしない。こいつの生態はもう気にしない。
素早く追加の料理が来た。
何故か、僕の豆煮も大皿一杯に追加される。そこまで豆好きではないのだが、人の好意はありがたく受け取っておこう。
無言で食事を片付けていると、時間はお昼時になり酒場は大繁盛となる。
店に大挙してくる冒険者の中に仲間を見つけた。
手を振り誘導して、僕は席を詰めた。
「おはようございます。ごめんなさい、心配かけました?」
「かけた。滅茶苦茶かけた。あの霧の魔法は二度と使うな」
当然、ラナもいる。
彼女は冒険装束ではなく普段着のローブに杖を持っただけのラフな格好。急いで来たのか、微妙に寝癖が見えた。可愛い事には変わりない。恥ずかしがるから黙っておこう。
「おいおい、ソーヤ酷いだろ。ラナさん頑張ったんだから、褒めろよー」
後ろのシュナに責められるが無視。
「おい、シュナ。夫婦の問題には口を突っ込むな。一番の面倒に巻き込まれるぞ」
シュナは親父さんに非難されて『うっす』と頷いた。
「………………」
無言でベルは、いやリズは席に着く。
ラナは僕の左隣、その隣にシュナ、親父さん、リズと逆時計回りに席に着く。
「で、今日は何だ? そいつは誰だ? 蜘蛛を倒したと聞いたが本当か?」
親父さんの矢継ぎ早な質問。
「蜘蛛は本当です。今日は―――――」
あ、と入り口にエアと雪風を見つける。
「これはまあ」
雪風は、獣人娘の恰好をしていた。上は胸元だけを隠し。下はホットパンツと革製のニーハイブーツである。
ま、エアの紹介する服屋ならこうなるな。
微妙に照れているのがポイントだ。
しかし、何かモヤモヤする。ムラムラではないモヤモヤだ。
何故だか、雪風には肌の露出を控えろと物凄く注意したい。
それは後で、
「皆、紹介したい奴がいる」
「誰だよ?」
「知り合い」
シュナにそういって雪風を手招き。
そして、パーティ全員に披露した。
僕個人としては、これとして何の問題もない事だと思ったが――――――
物凄い揉めました。
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