<第二章:ダブル> 【02】


【02】


 起きると一人だった。

 テント越しに外の光を感じる。談笑する声も聞こえた。

 握り拳を作り体の様子を確かめる。まあまあ、六割回復といった所。

 残り五日。

 問題は山積みだ。

 が、取りあえず目の前の事に集中しよう。でないと、また倒れそうだ。それに、こいつらを上手く利用できるのなら、事態は良い方向にもって行ける。

 かもな。

「あ」

 変な事に気付いた。

 僕は、異世界の人間基準でモノを考えていた。

 現代世界の人間を利用する事に何の罪悪感もない。郷に入っては郷に従えというが、これは良いのだろうか? 

 いや、良い。

 良いに決まっている。

 正義か悪なら、僕にしては珍しく正義だ。

 侵略者の力を使って侵略者を討つ。実に合理的じゃないか。その奸計を練るのが異邦人という所は、皮肉が効いている。

 クソッタレが。

 傍にあったトンガリ帽子を被り、剣帯と一緒に置いてある刀を手に取る。上着を小脇に抱えて外に出た。

 目に入った光景に、ちょっと既視感。

 昨日の少女がエルフと談笑していた。二人共、丸太を椅子にして並んで座っている。

「あ、お兄ちゃん起きた」

「エア、どうしたんだ?」

 エルフは、うちの妹だった。

 何故にここに?

「こいつらが、お兄ちゃんに何かしないか見張ってたの」

「なっ夜通しでか?」

「時々仮眠してたし、ユキカゼから連絡も―――――あ、そうだ。こいつもユキカゼって名前なんだって。お兄ちゃんの世界によくある名前なの?」

「はい?」

 エアがいうのは、A.Iの雪風だろう。

 で、隣にいる少女も雪風と。

 ん? 

 んん?

 雪風ってよくある名前か? 駆逐艦と戦闘機くらいしか知らないぞ。

「ええと、ソーヤだっけ?」

 雪風と呼ばれた少女は、僕に視線を返していう。

 何か不思議な気分になる。

「いや、正確には“そうや”。船の宗谷だ」

「ああ、宗谷ってそういう………………あれ?」

 雪風は首を傾げる。

 僕もつられて首を傾げた。

 妙な気持ち悪さが湧く。普段と違う口調というか、声音の違いというか、接し方が違う所というか、わけがわからないけど気持ち悪い。

「二人って、身内?」

『まさか』

 エアの疑問に、僕らは声を揃えて答えた。

「いや、何となく目鼻立ちが似てる気がしただけ。種族的なものよね」

『かもね』

 再び雪風とハモる。

『………………』

 何ともいえない空気で雪風と二人黙りこくった。

 居心地の悪い娘だ。ムズ痒い感じがする。

 僕も座ろうとして、エアが隣を開けるので隣に。右隣りにエアと雪風(人間)。

 焚火を挟んだ正面にも丸太があった。

「あ、ほらお兄ちゃんも朝ご飯食べるでしょ。あんまり美味しくないけど」

「え、嘘。異世界の食事って、これ以上なの?」

 朝食は、豆と卵の炒め物? とコーヒーだ。お世辞にも美味そうには見えない。

 だが雪風は、自慢気に語り出した。

「この豆炒めね。豆缶に色んなレトルト商品を混ぜたのよ。美味しいと思うけど、そうかー異世界ってご飯が美味しいのね。中世レベルって勘違いしてた」

「色んな?」

 雪風は平然と料理での愚行を話した。

「親子丼とハヤシライスに激辛カレーとか牛丼。後は、何か忘れた。ふりかけだっけ」

 調理と呼びたくない工程だ。

 エアから紙皿に載った豆炒めを渡され、一緒に渡されたスプーンで一口いただく。

「辛ッ、かっら!」

 一口目で辛さが襲って来た。一気に舌が馬鹿になる辛さ。急いで飲んだコーヒーが更に不味かった。砂糖なし心底苦い。

 苦くて辛いとか、僕の子供舌には拷問に近い。 

「ギブ」

「じゃ、アタシが食べてあげる。なーんか足りないというか、いらない味なのよねー」

 エアに皿を渡して処理を任せた。僕には百年早い料理だ。

 僕の豆炒めをエアがパク付く様を見て、雪風がいった。

「あんた達って、本当に兄妹なの? てか、宗谷。あんたって元々異世界出身とか?」

「いや、まさか」

 そんなドラマチックな過去はない。今も昔も、僕は一般人だ。

「アタシのお姉ちゃんと結婚したのよ。お兄ちゃんは」

「ああ、なるほど………ってちょ!」

 雪風が背後から僕の襟首を掴む。

「なーに! 現地住民と結婚してるのよ! しかも、たった200日ちょいで!」

「いや、結婚したのは僕がこっちに来て12日後だ」

「はやっ!」

 いわれて見れば確かに。

「あんた女性問題で揉めてないでしょうね? こんな尻軽とは思ってなかった」

「尻軽って、僕男だぞ」

 するとエアが補足してくれる。

「えーと、お兄ちゃんの女性関係は、結婚しているのがお姉ちゃんでしょ。一応の結婚がマリア。次に愛人枠がテュテュとランシール、怪しいのはルツコ、エヴェッタ、ベル、レグレ。前にいたゼノビアって女とも怪しい。最近、街中で名前叫んでいたし。後は」

「まだいるの?!」

 雪風が絶叫する。

 あながち間違ってもいないので反論できない。これ補足じゃなくて止めな気もする。

「カロロ、アントリアス、ジスレーネ、ジェライド、トリアス、リスチヌ、シャルロ、この辺りで全部だと思う」

「すまんエア、誰だ?」

 カロロは何となく聞き覚えがあるが、他は全く分からない。

「何って、お兄ちゃんに好意を向けている相手よ。城のメイド、炎教の巫女、製麺所の獣人、ザヴァ商店の店員、冒険者組合の組合員と、間接的に助けた事のある新米冒険者も」

「………全く身に覚えがない」

「だよね。お兄ちゃん鈍感だものね」

 僕の交友関係全部知っているエアが凄いわ。

「よし」

 雪風が眩い笑顔を浮かべる。

「あんた女の敵!」

 いきなり蹴って来た。

 中々鋭い蹴りだが、異世界で鍛え上げられた僕にはテレフォンキックだ。右手で足首を掴んで、そのままホールドした。

「なっ! は、離しなさいよ!」

「飯の最中に暴れるな。後、辛すぎて口が麻痺した」

 雪風はズボンとはいえ、大股開きで片足立ちになる。

 あれ? 不思議。全然ヤらしい気持ちが湧かない。疲れのせいか? それとも異世界の女性に慣れたせいで普通の日本人じゃ満足が? いや待て、瑠津子にはしっかり欲情できるぞ。何をいっているんだ僕は。

「ガンメリー助けなさい!」

「流石に雪風が悪いのであーる」

 男が戻って来た。

 薪を抱えていて、隣には同じように薪を抱えたガンメリーがいる。

 ん? 何か変だな。

「宗谷も離すのだ。処女が朝から股を開くとか、エッチであーる」

「お前誰だ?」

 ヘルメットの男は僕を知っているようだ。

 現代世界で、異世界まで来るような知り合いはいないはずだ。

「え、ガンメリー。こいつを知ってるの?」

 手を離すと、雪風は顔を少し赤らめて男に訊ねる。

「まあまあの知り合いであーる」

「僕は知らないぞ。いやまて、ガンメリーだと?」

 集合体のガンメリーはこのサイズだが、小さいのが隣にいる状態でこのサイズに? いやいや、もっと根本的な疑問がある。

「お前、どこの世界のガンメリーだ?」

「はい? どこってあたしの世界だけど。日本よ日本。あんただってそうでしょ?」

「ん?」

 混乱する。さっぱり意味が分からない。

「おい、ガンメリー」

「何であるか?」

「なんであるか?」

 小さいのと大きいのが同時返事をする。またこれか。

「お前は、大メリー」

 ヘルメットのガンメリーを指差す。

「で、お前は小メリー」

 鎧兜の小さいガンメリーを指差す。

「どうせなら、吾輩はビックガンメリーが良いのであーる」

「ワガハイ、フェアリーガンメリーが良いのであーる」

「大メリー、小メリーだ。混乱するから名称を増やすな」

『えー』

 揃って抗議するガンメリーは、一旦放置。

 事を進めよう。

「で、二次隊の君。思ったよりも若いが、どんなプロフェッショナルなんだ?」

 僕のように素人ではあるまい。

 少女のように見えても何かしらのプロだろう。

「人に聞く前に、自分から答えるって習わなかったの?」

 イラッとくる正論だ。

「僕は―――――」

 あ、やばい。

 そういえば予備で選ばれただけの補充要員だった、何とも格好の付かない肩書だ。

「宗谷は生き残るプロであーる」

 口ごもる僕に代わり、大ガンメリーが言う。

「生き残る? サバイバル技術って事? ガンメリー」

 え、何のこっちゃ。

「一言でいうと人間としての生き汚さというか、その割に自分の命を軽視している矛盾性というか、吾輩も良く分からんが悪運の女神に愛されたような男であーる」

「悪運って、それ技能なの?」

「先天的な性質も能力の一つである。立派な才能、技能であーる」

「へぇー」

 意外。

 僕にそんな才能があるとは。

「ちょっとガンメリー。いわれた本人が一番不思議そうな顔してるけど?」

「人間そんなものであーる」

「あーる」

 大小のガンメリーが揃っていう。

 不思議な奴だとは思っていたが、不思議過ぎて意味がわからん。

「で、雪風ちゃんは何ができるのだ?」

「気色悪い死ね」

 いきなり毒を吐かれた。でも、あれ? 不快ではない。

 エアはピキピキしているけど。

「あ、ごめんなさい。何かつい?」

 当の雪風も不思議そうに首を傾げた。

 お互い何か変な気分のようだ。いや、悪い気分ではないが。

『あ、起きたでありますか』

 足元にA.Iの雪風が転がって来た。

『ソーヤ隊員、申し訳ございません。ここ最近の自己改造のせいで、ソーヤ隊員のバイタルチェックをおろそかにしていました。心からお詫び申し上げます』

「ああ、問題ない。無理したのは僕の問題だ」

 やや遠くからやかましい声。

『ちょっとくらい手品がゴブリンに受けただけで、調子に乗らないでもらいたいですねェー!』

『ちょっとくらいの手品なら、あなたもやって見せれば良いでしょうが、できませんか? できませんよね! 高性能な人型アームの利用には年季が必要ですから! あなたのような無知蒙昧のポンコツには!』

『またポンコツっていったなぁー! このロートル改修機!』

『うるさい! この共食い合体機体!』

『ピャァァァー!』

『ピャー!』

 たぶん、昨日の夜から喧嘩しているマキナ二体だ。

 肩をぶつけ合いながら平原を移動してくる。

『ソーヤさん聞いてください! ファイブが酷いんですぅー!』

『雪風ちゃん聞いてください! シックスが酷いのです!』

『はいはい』

 僕と人間の雪風は二体を引き離す。

 こいつら、散歩の途中で喧嘩する飼い犬か。

「何かまあ、揃ったからあたしも聞くけど」

 雪風が改めて僕を見る。こっちの質問はうやむやにされた。

 ガンメリー二体は正面に座り、マキナ二体も近くで待機する。

「あたしの名前と、そのミニポットの名前が同じとか、あんたの女性関係とか、ガンメリーが異世界にもいたりとか………いや、これは居て当たり前か」

 当たり前だと? 何故、現代世界の人間がガンメリーの事を? 

 謎だ。謎が多すぎるぞ。

「そういうのを諸々一旦置いて、宗谷あんたに聞きたい事があるの」

「何だ?」

 答えられる範囲なら答えよう。真実かどうかは別として。

「他の隊員はどこに?」

「知らない。ポータルを潜って、異世界にこれたのは僕だけだ。物資も何割か損壊していたし、マキナに至っては三体全てバラバラで、僕が素人修理で今の形にした」

『やっぱりポンコツ』

『フカー!』

「………………」

『すみません』

『ごめんなさーい』

 僕は、マキナ達を睨み付けて黙らせた。

 次からは他所でやりなさい。

「はいどーも、続けるけど。今、何階層まで到達しているの? そして、現実問題として残り日数で踏破可能なの?」

「現在、四十五階層だ。残り150日で五十六階層の到達は………はっきりいえば難しい。できれば期限の延長を希望する」

「延長ねぇ」

 雪風は渋い顔を浮かべた。

 僕の隠した想いをいえば、僕はもう日本に帰るつもりはない。

 トーチの願いである五十六階層到達も、もう少し時間をかけて安全に行いたい。だが延長は方便だ。無理なら無理でも構わない。

 どちらにせよ、僕には時間がないのだから。

「ガンメリーどう?」

「問題ないのであーる」

「え、ないの?」

 ガンメリーの言葉に、雪風は驚きを声にする。

「宗谷は期日を守る男なのだ。問題なく残り日数で五十六階層に到達する」

「おいおい」

 買いかぶりと押し付けだ。それは。

 ん。

「おい、ちょっと待て」

 今度は僕が疑問をぶつける。

「二次隊は、あんたら三人だけか?」

「そうであーる」

「そうよ」

『はい、そうです』

「少なくないか?」

 謎のガンメリー、A.I一体、女一人、少数精鋭にしても少ない気が。

「問題ないのであーる」

「らしいわ」

「なあ、リーダーは誰だ?」

 何かガンメリーが一番偉そうにも見える。

「あたしよ」

 当たり前に雪風が手を上げた。

 そりゃそうだろうが疑問が更に湧く。

「あんたら二次隊は、一体何ができるんだ? 冒険の手伝いをするにも、今から一階層に挑むとなると、踏破できる可能性は僕より低くなるぞ」

「吾輩達はバックアップである。宗谷が冒険で困っている事があるなら、何でもするのだ」

「何でもねぇ」

 怪しい。怪しいなこれは。

 現状把握が足りなさすぎる。もっと根掘り葉掘り聞かなきゃいけないのに、僕任せとは。

 こいつら、何か隠しているな。

 本当に正規の二次隊なのか?

 もしかしたら、僕らの違反行動や、マキナの不正改造、フェイルセーフの故障から、制限解除に至るまで、掴んでいる可能性もある。

 下手な質問はハチの巣を突くか。

「………………」

 どうする? 

 弾いて処分するか、もしくは飲み込んで取り込むか、もう少し様子見か。

「そうだな。それじゃ―――――――」

 非情な手段が浮かぶのに、何故か、こう、変な気分が続く。

 まるで身内を紹介するような気分で、

「僕のパーティメンバーに、君らを紹介しよう」

 つい、こんな事をいってしまった。

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