<忘らるる物語> 【02】


【02】


 彼女が城に仕えて、一年が過ぎた。

 正確には、彼女は城に仕えているのではなく。聖下リリディアスに仕える身だ。他のメイドと違い特別待遇である。

 リリディアスの私室に招かれ、時には寝食を共にし、護衛の騎士と同格の扱いを受けていた。一番の違いは、城を自由に出入りできた事だろう。

 といっても、つけ上がるような愚か者ではない。

 彼女は勘付いていた。

 王族と城に潜む秘密に。

 急に消える使用人や、立ち入りを禁じられた城の地下、夜な夜な感じる不気味な気配。

 この秘密は、触れるだけで死に至る劇毒だ。

 無知のままでは危機を回避できない。一番は、今からでも逃げ出して大陸を去る事だが、彼女はリリディアスの元を離れられなかった。

 友情といえば安っぽく聞こえるが、結んだ相手が相手だ。彼女なりに小さな誇りを感じていた。命を賭けるに値する小さな誇りが。

 だから、あえて踏み込んで秘密に近づいた。

 まずは八人いる王子達。


 三人は、城の外で活動している。

 第二王子は、内乱鎮圧の為、中央大陸中を巡り。

 第五王子と第八王子は、左大陸に遠征して蛮族と戦争中。


 残り五人は城にいる、らしい。

 彼女も全員の顔を見たわけではない。不明の二人は、メイドと貴族の噂の範囲になる。

 第一王子は、日永地下室に籠り怪しい研究中とか。

 第四王子は、王と同じ病気で自室に籠りっきりとか。


 第三王子は、国中の女と遊び呆けていた。種族も立場もお構いなしだ。彼女も誘われた。軽薄だが、何か含みのある人間なのは理解できた。

 自分の種をバラ撒いて、不用意に貴族を増やしている。この行為に意味があるのか、ただの男のサガなのか不明である。


 第七王子は、一番気を付けなくてはならない。彼は中央大陸の商会を統べていた。エリュシオンの経済を握り、更にいえば密偵達の長だ。この国が持つ全ての情報を握っている。


 第六王子は………………名をアールディという。


 彼は、アールディ騎士団の騎士団長と、リリディアスの護衛騎士を兼ねていた。

 王子といわれ、後で仰天したものだ。

 彼女が態度を改めようとしたら、ニヤニヤと笑われたのでムキになって元に戻した。


「お前はそれで良い」


 妙に上から目線でいわれ、彼女は腹を立てた。よく分からない心地よい苛立ちだった。

 王子達の情報は、断片的だが得られた。

 しかし、欠片も得られないのは王の情報だ。

 そもそも王は、建国以来、公の場に現れた事がない。

 仕える執事や、メイドの中には、死亡説を唱える者もいる。

 王子達すら、王とは面会できず。

 唯一会えるのは、リリディアスのみ。

 親しくなったとはいえ、本人に探りを入れるのは危険だ。

 城の暗部に潜り込むかと思案している中、彼女の前に現れたのは、かつての師であり、つい最近エリュシオンに招かれたガルヴィングだった。

 再会の挨拶もないまま、ガルヴィングは彼女を城の地下に案内する。

 幾重にも結界を張り、魔法使いと弟子は城の地下に潜る。

 深く、深く、地の底に行くような長い階段を降りる。

 辿り着いた場所は、広大な空間だった。マグマのような熱気と人の悲鳴が鳴り響く場所。

 そこに、巨大な肉塊が存在していた。

 二つの大陸で様々な物を見た彼女が、目を背けたくなるような醜悪さの塊。

 卵状の体には、様々な生物の特徴が生えている。

 鳥の翼に虫の羽、蛇の尾に獣の尻尾、鱗、鉤爪、触手、甲殻類の足、そして複眼があり、蛇の目があり、感情を持った人間の瞳がある。

 おぞましさに拍車をかけるのは、体の半分を占める巨大な口。

 長い犬歯が四本、門歯と臼歯という人間の特徴を持ち、だが口中には同様の口が幾百と存在している。

 それが大口を開け、鎖に繋がれた人間を生きたまま食らっていた。

 犠牲者は、老若男女、種族も様々に、獣人、エルフ、小人、粗相をしたメイドの姿もある。

 断末魔が響く。

 最初はかん高く、最後はくぐもって肉の潰れる音が混じる。

 つられて悲鳴の合唱が始まった。

 肉の塊もつられて歌う。

 醜悪な鳴き声だが、メロディーは聞き取れた。

 聞き覚えのある歌に、彼女はハッとする。

 リリディアスが機嫌の良い時に歌う歌。

 若い頃、王と出会った時に王から教えられたという。

 冗談ではない。


「冗談ではない。あれが、人王ラ・グズリ・ドゥイン・オルオスオウル。いや、王の成れの果てといおうか」


 ガルヴィングは嘘を吐いているのではない。そして、証拠として、肉の塊の傍にはリリディアスがいた。

 リリディアスは、彼女やアールディに向けるような親しみを持って、醜悪な塊に触れている。

「これをどうする? 我が弟子よ」

 今もまた、人が喰われる。

 歳をいえば彼女と同じくらいの女。

 リリディアスは、その死に見向きもしない。

 人間の死に動揺するほど彼女は幼くはないが、無感動でいるほど人間を止めてはいない。

「間違えるなよ。我が魔道に於いて正義など些末な事象だ」

「知ってるわ。この外道」

 師弟は、ようやく再会の挨拶をした。

「これを如何にするか、弟子の意見を聞こう」

「あんたが人の意見を聞くの?」

 ガルヴィングは彼女を無視して続ける。

「糾弾し、扇動し、エリュシオンを正しき者の手に戻すか。入り込み、取り込み、王族を秘密ごと飲み込むか。それとも、あの女のように化け物を孕んでみるか? 我が弟子よ。貴様が女で良かったと初めて思ったぞ」

「くたばれ」

 こんな男にいわれなくても、彼女は即決していた。

 王の成れの果てと、聖下リリディアス。

 こんな化け物を抱えたエリュシオンという大国。

 成すべきは一つ。

 この身に出来る実に簡単な事。

「ガルヴィング、意見を聞いたからには協力してくれるのでしょうね?」

「無論、今回だけはな」

 なら、十分だ。

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