<第二章:ダブル>
<第二章:ダブル>
夜が更け、更なる混乱に襲われる。
僕は一時家に帰り、居間でマキナと情報をまとめていた。
「まず、隠さなければいけない事は?」
時間はない。
ないが、焦ればボロがぼろぼろと出る。
『はい。違反している社内規定は56。A.I大原則、A.I管理法、A.I廃棄法第二案、第三案、第四案全てに違反しています。隠さなければいけない事象は、合わせて666です』
「おおう、不吉な数字」
僕を異世界に送り込んだ企業から、第二の部隊が到着した。
マキナ曰く、そういうプランはあったが、実働される可能性はかなり低かったので予想していなかったそうな。
青天の霹靂、寝耳に水、藪から棒、つまりは、てんてこ舞いだ。
「とりあえず、お前と雪風の全メモリーにロックを。バックアップデータも忘れずにな」
『ですが、ソーヤさん。向こうのA.Iがしつこく情報の同期を求めています。断る理由はどうしましょうか?』
「故障という事でごまかそう」
実際、壊れている所あるし。
『マキナの状態、正常なA.Iのメンテナンスモードで検査されたら即廃棄だと思います。………………どど、どうしましょう? はわわ』
「ダミーの情報は作れないか?」
『情報同期をしたら一発でバレます。相手のA.I、マキナと同タイプらしくて偽装は難しいかと』
「まいったな………」
マキナを処分されて、知らんA.Iと組まされるのはごめんだ。やっと分かってきた冒険の勝手を変えられたくない。
『あ、またまた呼び出しです』
マキナから古い黒電話の呼び出し音が鳴る。
最初は無音だったのだが、無視し続けたら強制的に音声を流してきた。
『ただ今、電話に出られません。またしばらくしてからおかけくだ――――――』
『ちょっと! 何ごまかしてんのよ! いい加減にしないとこっちから行くわよ!』
「切れ」
『らじゃ』
女の声にうんざりして通話を切る。通信を封鎖したいが、それはそれで街に乗り込んで来てトラブルになりかねない。
「まいったなぁ」
何か考えがまとまらない。
目頭を押さえていると、
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?」
エアに話しかけられた。
相談中なんかは、空気を読んで邪魔をしないのに珍しい。
「蜘蛛はどうなったの? アタシはどうでも良いのだけど、メルムの奴がうるさくて」
「ああ、蜘蛛は」
しまった。組合に全く報告しないで帰って来てしまった。
だがとりあえずは、
「一万二千年くらい問題ない」
「は? 一万? 意味が分からないけど、蜘蛛はもう大丈夫って事なの?」
「大丈夫だ。問題ない」
「なら、アタシそういう風にメルムに伝えておくけど」
「頼む。僕は、また別の用件がある」
「はいはい、忙しいお兄ちゃんよね」
エアは外套を羽織ると、念の為にか弓を手に取り、矢筒を腰に下げる。
夜も遅いが、今から外出する格好だ。
「また家に来られても困るから、今から森に行く」
「そうか、気を付けてな」
「この街で、アタシを捕まえられる奴はいないよ」
エアは外套のフードを被ると姿を消した。
何となしに気配を追うと、地下から森に向かうようである。
家の地下は、魔王様の根城であるゴブリン帝国に繋がっている。そこを抜けてヒューレスの森に向かうと近道になるとか、僕は迷うので草原から行くけど。
「ソーヤ、相談は終わったのですか?」
申し訳なさそうに、ランシールが階段を降りて来た。
彼女は特に、冒険や仕事には一切口を出してこない。エアと話すのを聞いて降りて来たのだろう。二階の階段辺りに待機していたのは察知していた。
「すまない。これからだ」
「それは申し訳ございません。奥様の容態が安定したので顔を見ては、と思い。後、何か軽い物でも口にしませんか?」
「大丈夫だ。ラナは――――――」
顔は見たいが………………イヤ駄目だ。困窮した事態なのに気が抜けてしまう。
「すまん。任せた」
「はい、任されました。では」
ランシールは頭を下げて二階に戻る。ラナの看病は彼女に任せて大丈夫だ。
甘えて、こっちの問題に集中しよう。
『ジリリリン♪ ジリリリン♪』
マキナからまた呼び出し音。
ああもう、全然良い考えが浮かばない。しかもうるさい。こういう時は、こういう時だな。
「よし、マキナ」
「はい、ソーヤさん」
「乗り込むぞ」
「カチコミですね!」
違う。威力偵察だ。
マキナと共に漆黒に染まった草原を行く。
明かりは点けない。
メガネの暗視装置を最大にして、緑色の空間を進む。
『ソーヤさぁぁぁぁん、怖いですぅー』
「A.Iが怖がるな。僕より見えているだろ?」
『あ、差別。それさべーつです』
「いいから、スピーカー消せ。呼び出し音で発見される」
『でもスピーカー切れたら、マキナお喋りできません』
『雪風が間に入るであります』
『えー雪風ちゃんがー? 最近、反抗期ですしぃーマキナの言葉を曲げて伝えないか心配ですぅーマキナ心配ですぅー』
『………………ちっ』
『あ、舌打ち! ソーヤさん聞きましたか! この子、舌打ちしまし――――――』
「スピーカー切り落とすぞ。黙れ」
ブツン、と電子音が鳴りマキナは黙る。
「許可するまでスピーカー入れるなよ」
『………………』
マキナは、アームを伸ばして敬礼をする。
『そのまま、一生黙ると良いであります』
『!………………!?』
雪風の暴言に、マキナは身振り手振りで反論した。
これはこれで、うるさい。
「よし、ここからは匍匐前進だ」
伏せて地面を這う。草も揺らさないようにゆっくりと進む。
敵に発見されては元も子もない。ここ一番は慎重に行かないと。
というか、敵という認識で良いのか?
いや、後から来た者に偉ぶられても困るし不愉快だ。他のパーティメンバーが従う訳がない。現地住民と揉めて巻き込まれても困る。
一番は、マキナ、雪風の違法改造の件。
これがバレて、こいつらが初期化でもされたら致命的な痛手になる。もしかしたら、企業側がA.Iの強制停止コードを隠し持っている可能性もある。
「だが」
『やるでありますか?』
「こらこら」
隣で転がる雪風が、物騒な事をいう。
「戦いは先手必勝であーる」
何故か付いて来たガンメリーも匍匐前進でいう。手足が短いせいか、伏せた状態の方が安定して移動している。
芋虫みたいな動きだ。
「ガンメリー、お前瑠津子さんの所に帰らなくて良いのか?」
「外泊許可は取ったのであーる」
「じゃ良いが、忙しいから送ってやらないぞ。一人で帰れよ?」
「ワガハイは、こいつらと違い自立しているのであーる。無問題」
『………………!?』
僕の靴底に、転がるマキナが乗り上げた。潰されそうで怖い。
「雪風、マキナは何て?」
『何かうるさいので無視であります』
「そか」
『!!!』
抗議の回転運動をしているが、マキナは無視だ。
押し黙り、五分ほど移動。
「見えて来たな」
そして一時停止。
視線の先、場所は奇しくも旧キャンプ地だ。
メガネの望遠機能を最大にして、企業の部隊を監視した。
男と女が一人ずつ。
たった二人だけ。
男の方は180cmくらいで体格が良く。下はアーミーズボン、アーミーブーツ、上は革のジャケット。頭部には、一つ目の付いたセンサーが付いたヘルメットを着用している。
女の方は小柄で痩せ型。座敷童を成長させたような黒髪ショート。野戦服の上に、サイズの大きいジャケットを袖捲りして羽織っている。
「あれ?」
既視感を覚えた。
女は、というか少女といっていい若い女は、意思の強そうな瞳を持っていた。
記憶が蘇る。
この少女、蜘蛛の階層で見た幻影だ。あの時は野戦服ではなかったが、ジャケットには見覚えがある。
どういう事だ? あの蜘蛛が見せたのは、未来の幻なのか?
『ソーヤ隊員。動きがあるのです。気を抜かないでください』
「あ、すまん」
少女に見とれて、立ち上がる所だった。
伏せて二人の観察に戻る。
男が倍のサイズのコンテナを担いで運んでいる。僕も一時使っていた企業の物資が入ったコンテナ、数は二つ。僕の時のように破損した様子はない。
見える範囲では数は少ない。
「雪風、第二隊の人数は?」
『不明であります。同期化設定をオフにしていますので』
「コンテナのタグから物資の情報盗れないか?」
『できます。………………はい、でました。はれ? これはおかしいであります。七人分の食料と生活物資とあります』
「では他に」
隠れた隊員がいるのか?
それとも他にコンテナが?
『いいえ、正確には六人分の追加物資と、一人分の物資であります』
「んん? どういう事だ。実質、一人分の食料と生活物資という事か?」
『はい、そうなりますな。それと何故か、武器弾薬がありません』
「武器弾薬がない?」
こっちの状況が分かってないなら、武器は必須だろうに。
「もしや情報が漏れているのか?」
なら、同期化を求める意味が分からないけど。
『その可能性はないであります。ギリギリ考えられるのは、部分的、断片的に情報が伝わった可能性。だからといって武装がない理由にはなりませんが』
「何だあいつら、一体何の為に」
危険な異世界に非武装で来るとか、不気味だ。
「あ、クソ」
武装を奪って使うプランが消えた。渡りに船とは行かないか。
『ソーヤ隊員。また動きが』
再び二人に注視。
少女の方が動きを見せる。物資の中からテントの用具を取り出し、丁度僕がテントを張っていた場所に用具を降ろした。
そして叫ぶ、
「ここを! キャンプ地とする!」
夜のしじまに声が響いた。小さい体の癖に大きな声だ。
『ソーヤ隊員。あれは何でありますか? 何か意味が?』
「まあ、テント設営前の掛け声だ」
僕もやった。
『!?………………!?』
この忙しい時に、マキナが転がって僕の足にぶつかってくる。
「痛っ」
重いし痛いので蹴って引き離す。ポットは転がり闇夜に消えた。
少女に視線を戻す。
もたもたした手付きでテントを組み立てていた。男が手伝おうとすると威嚇して引き離す。どうやら自分でやりたいようだ。
何故かイライラする。
手伝いたいというより、代わりにやりたい。ヤキモキする気分。
『ソーヤ隊員。どうするでありますか? 観察してもこれ以上の情報は』
「ペグの使い方が違う」
『はい?』
「いや、すまんつい」
『で、どうするでありますか? これから接触するですか? 情報を持ち帰って精査するですか? それとも先手必勝でありますか?』
「よし」
ここは―――――――って、あれ?
立ち眩みがした。
視界の歪みと目の霞みは、闇のせいじゃない。どうしたこれ?
『あのー?』
「マキナ、静かにしてくれ」
マキナが声を上げる。
とうとう我慢できなくなったようだ。今スピーカーを入れたらマズいのに。
『あ、はい。それはそうと何をしているのでしょうか?』
「何をってお前」
どうした? 僕も変だが、マキナも変だ。
振り返って様子を見ると、
「お、ん?」
マキナの機体は、鮮やかなオレンジ色になっていた。
僕の知ってるマキナはくすんだ灰色である。塗装なしの、ほぼ金属色である。
『ソーヤさん! どいて! そいつ偽物です! ジリリリン♪』
離れた所で本物のマキナが声を上げて、最後の方で呼び出し音も響く。
「マズっ、雪風逃げるぞ」
『らじゃ』
雪風を腰に下げ、ガンメリーを抱えて、走りだそうとして、僕は転んだ。
派手にガンメリーを放り投げてしまう。
『ちょ! ソーヤさん! 何やってるんですか!』
もう大分、遠くのマキナに非難された。
すぐ立ち上がって、駆けだそうとして、もう一度転ぶ。
「あ」
これはマズい。ちょっと前にも経験したアレだ。
『ソーヤ隊員?』
心配そうな雪風の声が遠い。
「う」
猛烈に咳き込む。
肺が絞られ、喉が焼き付く。口元を押さえた手にドロっとした熱い液体。闇夜でも分かる自分の赤い血。
視界の端に、寄って来たオレンジ色のポットを捉えた。
逃げようにも呼吸もままならない。全身が痙攣していう事を聞かない。
『あのーあなた、このままだと死にますよ?』
そんな事を偽マキナにいわれ、僕は意識を手放した。
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