<第一章:シング> 【03】
【03】
『最初、蜘蛛は小さな、小さな、物<シング>でありました。思考すら出来ない性能だったので、初めの記憶は曖昧であります。ただ一つだけ覚えているのは、【飢え】であります』
雪風が語る蜘蛛の歴史。
僕は、刀をいつでも抜ける体勢で聞く。
『蜘蛛の誕生した場所は、絶対零度の真空と暗闇が支配する空間。生物は到底生きられない苛酷な環境であります。当然、蜘蛛も死ぬであります。しかし、死よりも早く別の個体を誕生させ。何百、何千、何億、何京、那由多の数まで死と生を繰り返し、蜘蛛は進化したのであります』
「那由他って、どういう数字だ?」
雪風先生教えてください。
『“なゆた”は10の60乗であります』
「はい、ありがとうございます」
パッと想像できない。
『蜘蛛は、移動を開始しました。目的があったわけではありません。適応した環境に興味が失せただけだと思われます。蜘蛛は長い旅をしました。長く孤独な旅であります。長くお腹の空く旅であります。そんな放浪の末、偶然にも出会ったのが――――――』
「人類である」
ガンメリーが割って入って来た。
「最初の接触から、人間と蜘蛛の相違は露骨に出たのである。蜘蛛のコミュニケーションとは、捕食であった。血肉からエネルギーを奪い。脳から知識を奪い。遺伝子情報から様々な進化形態を簒奪する。対話不可能な捕食型生物の為、接触から2時間後。吾輩が処理する事となった」
真面目な雰囲気だ。
声に殺気が混じっていた。
『それは魅惑的な体験だった、と蜘蛛はいっているであります』
「吾輩は戦闘では負けなかった。絶対に負けなかった。そこに誤算があったのである」
『蜘蛛には、絶対的な優位性がありました。ガンズメモリーにも殺し切れない無限ともいえる命と、既存の生物種を超越した進化速度』
冗談をいうな。
そんな生き物がいたら、世界が、星が、宇宙が食い潰されるぞ。
「だが、吾輩は負けなかった」
『はい、あなたは負けませんでした』
「蜘蛛の進化速度から予想するに、吾輩の性能を超えるまで残す所“2分30秒”であった。そこで、吾輩は進化を逆手に取ったのである。宗谷、進化とは何であるか?」
「何って」
急に話題を振られて困る。
「環境に適応………する事だっけな?」
「それも正解の一つである。蜘蛛は、接触した生物―――――いや、文明を捕食して成長する飢えた獣である。いうなれば、【対抗進化】する究極の生物。だから吾輩は、【退行で対抗】したのである」
「は?」
言葉遊びのようで意味が分からない。
「進化とは、環境に適応する事。いや、適応した結果、そこから繁栄できたモノを賞賛する言葉なのだ」
「ん? ん?」
一つ一つは分からんでもないが、全体の意味が捉えられない。
『ソーヤ隊員。冷暖房設備が整った場所で育った人間は、温度変化に弱くなるです。そういう事なんだなー』
「なるほどー」
だから何のこっちゃ。
「吾輩の【退行進化作戦】とは、簡単に説明すると【弓で銃を倒す】である」
「なるほど」
分からん。
「アサルトライフルと弓の性能差は、天と地ほどあるが、マスケット銃と弓なら性能の差は少ない。むしろ、弓の方が優位な場合がある」
「そりゃ確かに、環境と銃や弓の種類では戦えるだろうが」
後は、戦い方次第か。
「それが吾輩の戦略である。技術水位を勝利できるギリギリのラインまで落とし、運用と経験のアドバンテージで勝利する。蜘蛛の戦闘技術の多くは、吾輩のコピーである。蜘蛛はある意味、吾輩の行う戦闘行為に絶大な信頼を持っていた。
そこに隙があったのだ。
所詮、蜘蛛が出来るのはコピー。吾輩の猿真似である。取り込んだ人間から人類の歴史を知っても、技術が誕生した経緯を記憶しても、理解が出来ないのだ。
このバカ蜘蛛の弱点は、模造する事しかできず、何が劣り、何が優るか、理解できない愚かさにある。バーカ、バーカ、である」
『それは侮辱でしょうか? と蜘蛛がいっています。雪風が思うに幼稚な侮辱ですね』
「雪風、お前本当に蜘蛛に何もされてないよな?」
『モーマンタイです』
何故に広東語。
「といっても、吾輩にも厳しい戦いであった。性能を擦り減らすギリギリの戦いである。しかし、吾輩は最強なので順調に計画を進めた。銃から弓に、弓から槍に、槍から棍棒に、棍棒から素手に、そんな風に技術を原始レベルまで落とした。チョロイ、バカ蜘蛛である」
『一つ、蜘蛛から質問があるそうです。ガンズメモリーは、蜘蛛の技術をコピーしています。侮辱した相手の模倣とは、恥ずかしい行為ではありませんか?』
「………………さっぱり、わからんのである」
『積層化空間を作り出して、そこに量子化した機関部を挟み込む。いわゆるノーマンズ効果であります。併用している転写技術や、複製技術も蜘蛛由来であります。ガンズメモリーもパクリしているであります』
「吾輩のパクリは、綺麗なパクリである」
『理解不能。“綺麗なパクリ”とは何でありますか?』
「アーアーアー」
ガンメリーは『聞こえなーい』と首を振る。
しかしまあ、壮大な気がするが全く読めない。意図が見えない。
「で、どうなったんだ?」
少し急かす。
「吾輩は勝った。以上終わりである」
『いいえ、相打ちであります。ほぼ同時に機能停止したと記録にあるそうです』
「そこが、吾輩とお前の絶対的に違う所だ。吾輩には守りたい者があった。それを守り通した。これ以上の勝利はない。男子の本懐である」
『………………なるほど理解した、と蜘蛛は渋々いっているであります』
理解できていない男がここに一人。
鞘から手を離し、手を上げる。
「お前らの歴史は何となーく。浅ーく理解できた。因縁のあるガンメリーを呼び出すのは分かる。で、僕は何だ?」
『ソーヤ隊員。もう少しだけ、彼らの歴史に付き合ってください』
「うーん」
長いのは嫌なんだが。
これから滅ぼす相手の身の内なんざ知りたくもない。わずかに闘志が鈍る。
『これから、ソーヤ隊員にも関わりのある人間が出て来るであります。ロラとルゥミディアです』
「待て、ルゥミディアだと?」
ロラは分かる。大蜘蛛を復活させた張本人だ。
だが、ルゥミディアが何故?
「吾輩と蜘蛛は死闘の後、ある場所で深い眠りについた。長い時間が過ぎ、ただの更地には緑が芽生え、木々が生い茂り、うっそうとした森になっていた。今でいう獣人族の森である」
『そして、蜘蛛はガンズメモリーより先に目覚めました。ロラの竜の血が、蜘蛛の目覚めの切っ掛けとなったのです。ロラは獣人の客将でした。当時、獣人の森は【侵略者】と長い戦いを繰り広げていたのであります』
「侵略者?」
エリュシオンの連中が僕の頭に浮かぶ。
「中央大陸を追われたエルフである。彼らは、獣人と親交のあった小人の森を強制的に支配したのである。そこは後に、ヒューレスの森と呼ばれる」
『野蛮な方法だったと記憶しているのであります。この世界の歴史を紐解くと、エルフの残虐さはよくわかるでしょう』
「残虐………」
ラナとエアの顔が浮かぶ。
身内可愛さとはいえ、簡単に認められる事ではないな。
『ロラは、蜘蛛を利用してエルフを一掃しようとしました。ですが、久々に目覚めた蜘蛛は激しい飢餓状態にありました。矛先が向いたのは、々の尖塔。それに群がる冒険者達』
「そこから、ヒューレスの伝説に繋がるのか」
霧の術師と神域の弓手の伝説に。
「少し違うのである。蜘蛛の目覚めを察知して吾輩も再起動した。その時、獣人族の少女と契約したのである。彼女は部族長の娘であり、ロラの所業に心を痛めていた」
「獣人族の少女?」
誰だそれは?
ヒューレスの伝説に全く登場していないぞ。
「名を、スノーベリー・ユポロン・ジャグシャンクという。後に、吾輩を封じた英雄として名を残している。彼女の願いにより、吾輩は、ルゥミディア、ヒューレスと協力して蜘蛛を射とめたのだ」
『誤算でした。蜘蛛は、この世界の住人を食らい知識を得た事で退化したのであります。飢えも満たされるどころか、募るばかり。蜘蛛を満たすモノは発達した文明ですので、この世界のレベルでは小腹も満たされません』
「弱体化した吾輩でも楽勝に勝てたのである」
『いえ、ガンズメモリーは協力者の力なくして勝利は出来ませんでした。サシの戦いで、援軍を呼ぶとは卑怯なのであります』
「勝てば良かろうである」
『不愉快、不愉快、と蜘蛛は心からいっているであります』
「決着を付けないで、ダンジョンに逃げたお前こそ不愉快である」
『重傷を負ったロラを守る為の措置であります。人間でいう所の美徳であります』
「女を盾にする。お前こそ不愉快である」
『ロラの体躯は、蜘蛛より遥かに小さいです。物理的な防御にはなりませんが―――――これは雪風から蜘蛛に説明しておくであります』
ヒューレスの伝説の裏は見えた。
だからこそ、一つ疑問がある。
「ガンメリー、聞きたい事がある」
「何であるか?」
エルフと婚約したからこそ、聞かなければならない事が一つ。
「ルゥミディアは、エルフに殺された。何故だ?」
「吾輩は見ていない。だが、予想はできる。あくまで予想であるが、それでも聞くか?」
「教えてくれ」
どんな理由であれ、今のエルフに敵意を向ける事はしない。過去は過去。だからこそ僕は、知って隠さなければならない。
「ルゥミディアは、人格的にデキた女であった。弱きを助け、強きを挫く。エルフに協力した理由は、ロラへの復讐もある。だが、それと合わせて小人達を故郷に帰す契約もあった」
『ロラの記憶では、ルゥミディアとは、弓しかできない無能の癖に、人を惹き付ける淫売とあります』
「黙れ蜘蛛が。次に女を侮辱したなら、異層空間から縮退炉取り出して自爆してやるぞ」
『確かに、蜘蛛も危機的なダメージを受けますが、ガンズメモリーは完全に機能停止するでしょう。それに何か意味が?』
「雪風、ちょっと黙れ」
大事な所だ。
「宗谷。付け加えていうが、あくまで予想である。………今現在、小人達は影も形も存在していない。伝承すら残っていない。つまり、エルフの手で虐殺されたのだろう。そして、ルゥミディアはそれに異を唱えて、暗殺された」
『………………』
雪風が、というか蜘蛛が何かいいたそうに震えていた。
「何だ?」
『小人族ですが、変異種なら生き残っています』
「変異種?」
『一時ですが、ダンジョンにも多く潜っていました。ゴブリンと呼称される種族であります』
「………………そうか」
エルフにフラれた魔王様が、ゴブリンの王とは皮肉なのか、奇縁なのか。
『長くなりましたが、蜘蛛は本題に入りたいそうです』
「どうぞ」
エルフの暗部を知って腹が重たいけど、ここからようやく本題か。
『蜘蛛の探知器官によると、中央大陸からある存在がここに向かっているであります。到着は六日後になるでしょう』
「ある存在?」
『この右大陸の文明を何度も滅ぼし、人類の発展を妨げている存在。ソーヤ隊員、あなたと同じ呪いの力を持った男であります』
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