<第一章:シング> 【02】


【02】


「瑠津子さん! ガンメリー貸してくれ!」

 店に駆け込むと、給仕中の彼女に僕はそういった。

「ええと、どれがいいですか?」

 同じく給仕中の小人が一斉に振り向く。

 身長は100㎝ほど。ゴブリンよりも一回り小さく、手足は丸っこい。

 兜は鳥のクチバシのように尖り、その上に赤いトンガリ帽子を被っている。鎧は、エプロン付きの鎖帷子。両手でパンの詰まれたトレイを持って、忙しく動き回っている。

 ガンメリー。

 遥か大昔、大蜘蛛を倒したという不滅の小人………だとか?

 ひい、ふう、みい、と数えたら13体いた。

 ただ今、【冒険の暇】亭では春のパン祭り中。新メニューのカレーパンを、ご近所さんや、常連達に無料で振る舞っていた。

 お店は大変混雑中。

「じゃ、こいつを貸してくれ」

 手近なガンメリーを掴むと―――――

「どんたっちみー!」

 手を払われた。

「じゃ、これで」

「しゃー!」

 威嚇された。

「じゃ、お前」

「おさわり禁止!」

 逃げられる。

「どいつでもいいから僕と来い! ほら、王命何とか書だ」

 スクロールを広げて、印籠よろしくガンメリーに見せつける。

 この忙しい時に、変な所で時間を使わせるな。

『それがなにー?』

 揃いも揃って、ガンメリー達に首を傾げられた。

「王様の命令は、僕の命令だ」

「ワーイ、酒池肉林」

「酒で溺れて、肉で太る~」

「漢のロマンですな~」

 適当な反応をしてガンメリーは給仕に戻った。

 客の数人に変な目で見られるが、カレーパンがテーブルに来ると注目はそっちに移動した。

 店の喧騒と食事の音、働く者の音が響く。

「………………」

 僕は、完全に置いていかれる。

「瑠津子さんヘルプ!」

「ちょっと待ってくださいね!」

 忙しい瑠津子さんが厨房に入り、何かを引きずって来た。

「ああーん。なんであるかー?」

 気だるい声のガンメリーだ。

 他のガンメリーと違いトンガリ帽子を被っていない。自分で歩く気力もないようで、瑠津子さんに足を掴まれて運ばれている。

「この子、13体目のガンメリーなのですが、こんな調子で全く働かないのです。一日中、食っちゃ寝しているだけの穀潰しで、これでも良いですか?」

「ワガハイ、本気になったら凄いのであーる」

 不安。

 超不安。

「このさい、ガンメリーなら何でもいいです。貸してください」

 他に選択肢がない。時間もない。

 一番良いガンメリーが良かったけど仕方ない。

「どーぞ、どーぞ、返さなくても大丈夫ですからね」

「いや、絶対返すので」

 僕も穀潰しはいらない。

「所で、ガンメリーで何を―――――」

「ルツコー! 揚がったニャー! 手伝って欲しいニャー!」

 奥でテュテュが悲鳴を上げていた。厨房は更に忙しそうで、彼女は僕に気付く暇もないようだ。それに少し寂しさを覚えつつ、ガンメリーを小脇に抱えて店を後にした。

「宗谷、どこゆくであるかー?」

「ああん? ダンジョンだよ。冒険だよ」

 気だるそうなガンメリーに適当に答える。

 下手をしたら二度と帰れない危険な冒険である。しかしまあ、いつもそうか。




 冒険者組合で個人探索の申請をして、四十五階層に。

 エヴェッタちゃんは、組合長の看病で不在であった。

 運が良かった。

 いたら、まず止められていただろう。

 後、ガンメリーは装備品扱いで同行が許可され、しかも問題なくポータルで転移できた。

 今更だが、不思議な生き物? だ。

 もしかしたらこいつは、過去にこの階層に到達したのかもしれない。

 古代ロマンはさておき、今は蜘蛛。

 階層は依然として霧に包まれている。ポータルの光が周囲を照らしても、白く何も見えない。

「おい、ガンメリー。お前って大昔に蜘蛛と戦った事があるのだろ? 何か攻略方法とかないのか?」

「くも~?」

 一応、僕の方でも対策を用意している。

 取り出したのは、渦巻き状で緑色の物体。その端っこにライターで火を点け、専用ケースに入れて腰に吊るす。

 立ち上った煙が霧に飲まれて消える。懐かしい日本の夏の匂いがした。

「ふ………………不安だ」

 異世界に来て、現代の道具に一番不安を抱いている。

 組合が焚いていた蜘蛛を鈍らせるお香。匂いと成分の分析結果、ピレスロイドと判明した。元となった花は、シロバナムシヨケギクに似たものだろう。これは、またの名を除虫菊という。

 火を点けた物体、これつまり蚊取り線香である。

 効果はぶっつけ本番で試すしかない。

 たぶん今回は、僕の冒険の中で一番の無謀な賭けだと思う。

 僕個人だから許される無謀だ。時間があって、人の命がかかっているならやらない。それに万が一、これの効果が無くても蜘蛛人間なら居合いで倒せる。

 雪風を奪還して逃げる事は、不可能ではないはずだ。

「お~懐かしい匂いであ~る」

「は? 蚊取り線香がか? お前、日本に居たの?」

「今はそっちではないのだ。ほれ、それ」

「それ?」

 ブツン、とポータルが消えた。

「なっ!」

 帰還方法がいきなり消えたぞ?!

 薄闇と白い闇の混在した世界。緊張に体がこわばり、刀を握る手に汗がにじむ。

 いつでも斬りかかれる体勢。

 問題は数だ。

 圧し潰される物量が来たら、なす術がない。

 それに人質の雪風の所在も掴めていない。いや一番掴めていないのは、僕とガンメリーを呼び出した蜘蛛の“意図”か。


『ご安心を、ソーヤ隊員。対話の邪魔になりそうな不安材料をゼロにしたかっただけだ、といっています』

「は?」


 雪風の声が降りて来る。

 一陣の風が吹き、周囲の霧が拡散して晴れた。

 雪風のミニポットがいた。丁重に、二つの巨大な足で摘ままれている。ポットに損傷が無さそうなので一安心だが、問題は雪風を摘まんでいる物。

 蜘蛛である。

 大蜘蛛が糸にぶら下がって降りて来る。

 体長は僕の三倍。ただ頭が大きく、対して足は丸っこく短いせいと、つぶらな目のおかげで、デフォルメキャラのような可愛らしさがあった。

 だが、化け物には変わりない。間違いなくモンスターだ。

『この姿は、一番敵意を抱かれないであろう【ハエトリグモ】の姿を模したものです。ヒューマンタイプは敵愾心を生んでしまったようで、その失敗から学んだ姿であります。どうですか? ソーヤ隊員的に可愛らしいと思うでありますか? 雪風的には、求愛中のピーコックスパイダーの方が愛らしいと思うのですが』

「ちょっと待て」

 一時タイム。

 状況が整理できていない。

「雪風、雪風で良いよな? 偽物じゃないよな?」

『はい、雪風であります。発声機能を持たない蜘蛛の為に、雪風の量子コンパイラを通して和訳中であります。ちなみに洗脳もハッキングもNTRもされていないので、ご安心を』

 最後のはヤメロ。

 しかし、信じがたいが【対話】を望んでいるといったのか? こんな意思疎通など到底不可能に見える虫が?

「戦闘の意思はないのか? その、蜘蛛は」

『ないであります。先の戦闘も親愛のハグをしようとした所、攻撃を受けたので反撃したにすぎません。事実、直接的な死傷者は出ていないと思いますが?』

「確かに………」

 被害は、ラナと組合長が魔力切れで倒れたくらいだ。

「だがな、もう血は流れたわけだ。遺恨のある状態では平等な対話はできない」

 蜘蛛側の被害を清算しないと。

 で、こちら側は『モンスターに清算など』という。揉める。戦闘不可避。対話不可。人間ってそういうモノである。

『問題ないであります。群体生命において、個の価値は非常に低いのです。人間でいうと、毛先が焦げた程度であります。大事の前の小事というやつですな』

「あれだけやって毛先か」

 僕の目算では、百体近くが倒されていた。それが毛先という。

 物量戦では絶対に敵わないな。滅ぼすなら、大量破壊兵器が必要だ。

『という事なので、対話するであります。アーユーオーケイ?』

「まあ、聞くだけなら無料だし」

 無料より高いものはないともいうが、蜘蛛から、鬼が出るか蛇が出るか。

 何が目的か、聞く必要がある。

『では、語るであります。まず、蜘蛛の歴史を。そして、ガンズメモリーとの戦いの歴史を』

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