<第一章:シング> 【01】


【01】


【203rd day】


 蜘蛛の出現から二日後。

 ダンジョンの封鎖は徐々に解除され、街は日常を取り戻したかに見えた。

 だが、四十五階層は今も尚、厳重に封印されたまま。

 肝心の蜘蛛も、全く対処されていない。

 一分一秒を争う危機的な状況。それなのに、今まさに、実りの無い会議で時間が潰されている。


「蜘蛛を鈍らせる香は?」

「先の戦闘で使い切ったそうだ。材料は希少な花だと聞く。今から作る事も、手に入れる事もできないとさ」

「霧を出して防ぐ事ができるなら、使う必要はなかったというのに」

「ヒューレスの子孫が蜘蛛を防ぐか、森のエルフ共が恩着せがましく騒ぐぞ」

「術師のエルフは、森から勘当された身だ。関係あるまいよ」

「ならよいが、業突く張りのエルフの事だぞ?」

「やれやれ、困ったものよね」

「あの霧の魔法、他の者は扱えぬのか?」

「無理でしょうな。エルフが秘儀を漏らすはずがない」

「ではもう一度」


「だから―――――」


 この言葉は三度目だ。

 記憶力ないのか、こいつら。

「妻は今、魔力切れで昏睡状態だ。例え起きたとしても、あんな負担のかかる魔法は二度と使わせない。それに、肝心の蜘蛛を倒す手段がないだろ」

『………………』

 仮面を付けた連中が一斉に黙り込む。

 重度の魔力切れは【死の眠り】と呼ばれ。文字通り目覚めず、そのまま死に至る場合がある。非常に危険な状態だ。

 ラナめ、僕が止めるのを見越して魔法使いのリスクを黙っていたな。起きたらお仕置きだ。


「では―――――」

「―――――いや」

「でもな」


 と、沈黙がしばらく続いた後、また堂々巡りの議論が繰り返される。

 この場所は、国営酒場の上級冒険者専用ロフトである。

 メンバーは、この国の王、その従兄であり凄腕の元冒険者である酒場のマスター、後、顔を仮面で隠した上級冒険者“らしき”存在。

 総勢12名がせまっ苦しく集まり、もう六時間近くアホみたいな話を繰り返している。

 うんざりだ。


「現実問題として、蜘蛛を全滅させる事はできるのか?」

「あの数は、無理だろうな」

「ソルシアが焼き払ったのだろう? 効果はなかったのか?」

「小指の先を焼いたに過ぎない。その程度だというのに、ソルシアは昏睡状態だ。あの蜘蛛の大群、下手をすればこの国の人間よりも多いぞ」

「誰か正確な数はわからんのか?」

「報告によると、階層上部の光は蜘蛛の発光だったそうな」

「冗談をいうな。見間違いだろ」

「所詮は虫だ。何か習性を利用して誘導できるはず―――――」

「待て待て、そんな面倒な手などいらん。炎術師を揃えて階層を焼き続ければ」

「階層の広さを考えなさい。無理よ、むーり。あの広大な空間を炎で埋め尽くすなど、大炎術師ロブが真炎でも作らない限り、絶対にむーりぃぃぃぃぃ」

「冒険者総出でかかれば」

「馬鹿か貴様。四十五階層で戦える冒険者が何人いると」

「この中に! 誰か蜘蛛を一掃するほどの秘儀を持った者はおらんのか!」

「居ても明かす訳あるまいて」


『………………』


 沈黙が流れる。


「聞くが………………蜘蛛が目覚めた理由とは何だ?」

「知らん」

「知らな~い」

「誰か知らないのか?」

「おいおい、お前ら簡単だろ。ヒューレスの子孫があの階層に入っ――――――」

 聞き流せない戯言が出た。

 刀の鞘に手を置いて、殺気を放つ。

 6人がガタッと椅子を揺らした。

 6人は飄々と受け流した。

 反応が綺麗に割れて面白かった。お陰で、一瞬気が紛れた。

「ソーヤ、止めよ。それにここは人を侮辱する場ではない。次は、余が手ずから止めるぞ」

 王が、王らしく治めて、


『………………』


 はい、また沈黙。

 フリダシに戻る。

 完全に時間の無駄だ。会議が無駄なのは、異世界でも王制でも変わりない。

「馬鹿らしい」

 僕は我慢できず席を立った。

「ソーヤ、座れ。我らには時間が残されていない」

「なら、今この時こそ無駄ですね」

 呼び止めた王にいい返す。

 時間がないのはその通りだ。非常時だからこそ遠慮はしない。

「いいからソーヤ、座っておけ」

 マスターになだめられるが、知った事ではない。

 腹が立つのは、こんな状況でも秘密主義を貫き連携をしない上級冒険者達だ。

「明日! 妻の張った霧が解ける! こんな所で、仮面付けた奴らとくだらない問答してる暇はない!」

「なら、お前がどうにかするのか?」

 仮面の冒険者にいわれ熱くなった僕は、

「お前らが役立たずなら、僕がどうにかするしかないだろ!」

 つい、そう答えてしまった。

 しまった。

 と、思っても遅い。

 したり顔の王が拍手をしていう。

「流石だな。最速で上級冒険者になった男よ。皆の者、此度の危機、古参の冒険者は静観し、若き冒険者に国の未来を託そうではないか」

「うむ、賛成だ!」

 マスターが大きく頷き。

「頑張ってね~」

「期待してるぞ」

「骨は拾ってやる」 

 続いて、三人の仮面冒険者が賛成を表す。

 残りは沈黙を守り、視線だけを僕に送る。嫉妬と、哀れみ、好奇の混じった視線だ。

 王は立ち上がり、会議を締めた。

「では、今回の冒険者危機対策会議。これにて終了とする。次は………………そうだな。ソーヤが失敗した時にでも集まろうぞ。では、解散」

 蜘蛛の子を散らすように冒険者は解散した。

 だが、僕と王とマスターは残る。

「レムリア王、これは一体なんのつもりで?」

 僕をハメる事に何か意味が?

「忙しくなったな、ソーヤ。これでは、我が娘ランシールの相手など務まらないだろう。どうだ? 今からでも別れてみては? 男女の関係というのは、早ければ早いほど後腐れはないぞ?」

「それ今いう事か?!」

 国の一大事だぞ?!

「冗談だ。馬鹿者め」

 おおう、欠片も笑えない。

「レムリア王。流石に人が悪いですな。さっさとアレを渡してはどうかと」

「………ふん、ランシールはこれの、何が、全く」

 マスターに急かされ、ハゲはブツブツ文句をいいながら懐からスクロールを取り出す。

「使え、【王命代理書】である」

「はい?」

 とりあえず受け取る。

 上等なスクロールは、レムリアの旗印で封蝋されていた。

「これで何が?」

「余の代わりとして王命を行使できる。他のパーティを強制的に動かせるぞ。横の繋がりが薄い貴様には、有用な物であろう。但し、一パーティのみだが」

「………………え、それだけですか?」

「何の文句がある? 十分ではないか」

 ご冗談を。

「四十五階層に到達するような上級冒険者って、全員秘密主義で顔も判りませんよね」

「そうだが」

 王は、さも当たり前に呟く。

「そいつらの個人情報を調べ上げて、蜘蛛と戦える力と意思を確かめて、うちのパーティに編成して、連携して、即行で戦えと? あの蜘蛛の大群を殲滅するまで?」

「場合によってはそうなるが、不可能か?」

「できるわけないだろ!」

 時間は全くない。

 先もいったが、ラナの霧は明日にでも晴れる。残り一日で、いや、もう昼過ぎだから半日くらいしか時間は残されていない。

 こんな短時間で、信用できる人間を探し出し、死地に向かうような戦闘を依頼するなど、絶対に無理である。

「まあ聞け、ソーヤ」

 熱くなりっぱなしの僕を、ハゲが王らしく諫める。

 実に珍しい。今更だが。

「余も昔は無茶をやった。それこそ勝算の無い戦いを毎日のようにな。人とは進歩するものだぞ? 今の冒険者が、昔の冒険者以下だとはいわせない。若者は、老人を超えて当たり前なのだ」

 つまり『いまどきの若い者は』という老人のよくいう言葉だ。

 何の参考にもなりません。

 ありがとうございました。

「ソーヤ、お前は何か忘れていないか? ソルシアが話したはずだぞ」

「え? 組合長が」

 マスターの言葉で組合長との会話を思い出そうとするが………………僕は嫌いな人間との思い出はすぐ消し去るタイプだ。

 何も思い出せない。

「仕方ない。少しだけ助言してやる。ヒューレスが倒した大蜘蛛は、ロラが復活させた。“復活させた”。つまりは昔、誰かに倒された」

「………………」

 大蜘蛛、それを倒した? 

 誰が?

 ん? ん? あれ何となく、そんな事を聞いた気が。

「半日あれば思い出すだろう。………………うちの商売敵の店で、飯でも食いながらな!」

 何故だか、マスターは怒って出て行った。

「期待しているぞ。失敗したなら、ランシールと別れろ」

「………………」

 ハゲも出て行く。

 一人サロンに残り、思案にふけろうと思ったらメガネに通信が入った。

「どうした?」

 通信はマキナからである。

 一息も吐けないのである。

『ソーヤさん、あの大変申し訳ございません。ちょっと面倒事が』

「お次は何だ?!」

 トラブルが重なり過ぎると、人間は絶望にハイになるようだ。

『故障したと思われた雪風ちゃんのミニポットですが。これ精巧に作られた偽物でした。素材は昆虫のキチン質に似ています。恐らくは、ダンジョンですり替えられたかと』

「なっ!」

 雪風が偽物だと? 

 いつ、いつだ? いや、考えればいくらでも隙はあった。

 最初の蜘蛛人間との接触、単独行動中、飯の準備中でも、階層の闇に紛れればいくらでも。

「なんてこった………」

 バックアップ出来ない仕様で、このトラブルはマズい。

 最悪だ。

『それで、あのー』

「まだ何かあるんだな」

 逆にテンションが上がって来た。

『この偽物ポット。通信機能が備わっていて………………あの、連絡が入っています』

「誰から?」

 そりゃもう、一つしかないが。

『“諸君らが蜘蛛と呼ぶ存在”と名乗っています』

「冗談」

 知能があるのか? しかも、対話できるような。

『絶対罠だと思うので、マキナ的には伝えたくなかったのですが、そうしたら、そうしたで、ソーヤさん無理矢理聞きますよね? そういう人ですものね』

「そういう人です」

 そういう人だ。

『ソーヤさんと、ガンメリーさんを、四十五階層に呼んでいます。『二人きりで来るように』だそうです』

「罠だな」

 絶対にそうだ。後、思い出した。

 ロラが復活させる前、大蜘蛛はガンメリーに倒されたのだった。そんな伝説を聞いた気がする。

『もちろん、行き?』

「ます。行くに決まってるだろ。当たり前だ」

『知ってました。そういう人ですよねーソーヤさんて』

 だから、そういう人だってば。

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