<03>


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「うぷァ」

 被された布の袋が外される。光の眩しさに雪風は顔をしかめた。

 貴賓席のような空間だった。

 ガラスを挟んだ下には、白く丸い近代的な闘技場が見える。

 杖は取り上げられているが、拘束はされていない。

 両隣には、自分を拉致した野戦服姿の男。マスクで人相は隠し、銃器で武装していた。

(PDW<個人防衛火器>、ロシア製、ドイツ製、アメリカ製。拳銃はまちまち。民間軍事会社? それともフリーの傭兵? にしても金回りが良さそうな装備ね)

 公的機関の人間なら銃は揃い物にするはず。なら、金で動く連中を使用しているのか、もしくはブラフなのか。

 決めかねないで、雪風は考えを保留する。

『乱暴な招待を、許していただきたい』

「はい?」

 スピーカー越しの男の声。

 年配だが、落ち着きのない感じ。

『まさか、こんな若いA.I技術者が、しかも無認可で活動しているとは』

「あのさ、会社は許可済みよ」

『違う違う。何をいうのだ。雪風君、どの学会でも研究室でも君の名前はなかった。もしやと思い大学院にまで手を伸ばしたが、君という存在は、いや関わりのある人間すらいなかった。致し方なく、遠回りな手を使い旧型のA.Iにセンサーを付けてバラまいた所、ようやく招待が叶ったという事だ』

「あのマキナが………しまったなぁ」

 うかつ、と雪風は頭を抱えた。

『まさか、こんな少女で、高等教育すら受ける前とはな。“アレ”は独学で作ったのかね?』

 最近、妙な連中に追跡されている気配はあった。

 しかし、ただの一般人である雪風には、即拉致されるような展開までは読めなかった。

「………ガンメリーが目的なの?」

『そうだ』

 目の前のガラスは透過モニターであり、そこにガンメリーの姿が映し出される。

 チンピラに上から襲いかかる姿。

 持ち上げて叩き付ける姿。

 何やら怪しげな注射を打つ姿。

 それと………………雪風が背後を向いている時に、屈んでスカートを覗いている姿。

(後でぶっ飛ばす)

 最後のは、今の姿だ。

 通路らしき所を歩くガンメリーが映る。頭部のパーツが換装されており、大きい一つ目のアイセンサーが付いたバイクヘルメットを装着していた。

 まるで、悪役の怪人ロボだ。

『直立した完全な二足歩行。ユニークな自立性は、既存のA.Iとまるで違う。何よりも特異なのが戦闘性だ。何のためらいもなく“人間を傷付けた”。第一世代から続く平和主義的な甘っちょろい思想を泥虫のように踏み付ける行為。十代の少女がこのような思考を作り出すとは、やはり片足を切断するような事故体験が元なのか、もしくは生体治療による思考の―――――』

「さぞかし暗い青春を歩んできたんでしょうね、あんた。かわいそうに」

 雪風の言葉に、拉致をした男達がクスッと笑いをこぼした。

 小娘に、こんな言葉を吐かれて腹が立たない大人はいない。

『ま、まあ、良いだろう。話すつもりがないなら実機を調べるまでだ』

 声の主は震えながらも耐えていた。

 モニターの表示が消え、肉眼でガンメリーが見えた。闘技場に入って来ると、雪風を発見して大きく手を振る。

『無事であるかー! 成人指定の辱めは受けていないであるかー!』

「ないわよ!」

 マイクが声を拾い、雪風はうんざりと返事をする。

 ガンメリーが近付こうとすると、隣の男が拳銃を抜きスライドを引く。

『さて、謎のA.I。君のご主人様の命が惜しければ、私の命令に従ってもらおう』

『断るのだ。テロリストとは交渉しない』

 ゴリッと、雪風のこめかみに銃口が押し付けられる。

『うむ、用件を聞こう』

 ガンメリーは素直に従った。

 すると、闘技場の床の一部がせり上がる。

『まずは、それと戦ってもらおう』

 ガンメリーを二回り大きくした姿。

 丸いタマネギ状の兜に、膨らんだ腹回り、白くずんぐりとした中世の鎧に似たデザイン。

 PAA:パワーアシストアーマー。

 対爆スーツの増強プランから生まれた装備で、中口径弾を物ともしない特殊多層装甲と、重火器を楽に運用できるパワーが売りである。

 しかし、大口径弾には数発しか耐えられなく、RPGの直撃にも耐えられず、肝心の対爆性能に疑問がある為、もっぱらの用途は暴徒の鎮圧、安い武装の犯罪者の鎮圧、戦場の荷物持ち、荷造り、荷降ろし、もしくは瓦礫の撤去と、比較的に地味な使用用途である。

 武装は銃ではなく、大きなメイスを携えていた。

『最新鋭のPAAだ。そのスリムな機体で、どの程度戦えるかな?』

『ほう』

 ガンメリーは構えもせず自然体で立つ。

『で、もう初めても良いのであるか?』

「おい、電気ポット。人間様に逆らうとどうな――――――」

 刹那。

 PAAの装着者は壁に叩き付けられた。

 悪態を、最後まで吐く暇もなかった。

『………………』

 スピーカーの声の主は押し黙る。

 雪風に銃を向けている男や、その取り巻きにも、何が起こったのか理解できていない。

『これで終わりであるか?』

 ガンメリーは足を降ろす。

 その前蹴りの一発は、1tに近いPAAを30メートルふっ飛ばし壁にメリ込ませた。

 人間技ではない。というか、人知の技ではない。

『いいや、デモンストレーションですらないよ』

 続いてせり上がって来たのは、巨大なシルエット。

 全長5メートル、幅は2メートル。異常に大きな二本の腕に対して脚は小さく。いわゆる、ゴリラタイプの補助的な二足歩行を行う機体。

 緑色の装甲に、胴体と一体化した頭部は、よくある円柱状のA.Iポットである。中心に付けられた丸いセンサーアイが赤く光り、

『GAAAAAAAAAAAAA!』

 獣のように吼えた。

『そいつは疑似戦闘用A.Iだ。話し合いなど無用だよ。麻薬とフェイルセーフの暴走で水溶脳に、人格は残っていない。うむ、やはりA.Iの敵はA.Iが相応しい』

『なるほど、である』

 余裕ぶったガンメリーに巨大な拳が襲いかかる。

 指一本ですらガンメリーの腕より太い鉄塊である。しかしガンメリーは、ひらりと余裕のまま拳を躱した。

 それは様子見のジャブだった。

 更に咆哮が響く。

 荒れ狂う拳の連打が放たれた。そのどれもが一撃必殺である。

 人工物とは思えないような獣の習性そのものの攻撃。力任せで、野蛮で、全てに殺意がこもっている。

 人間が触れれば液体になる一撃。鋼鉄すら豆腐のように砕けるだろう。

 当たれば、であるが。

 ガンメリーは、戦闘A.Iの攻撃をマタドールより鮮やかに躱し続ける。

『何だ、この数値は』

 透過モニターの一部に、ガンメリーの反射速度が表示されていた。それが意図的に表示されたのか、うっかりなのかは雪風には分からない。

『平均値が0.03だと? 機体の入力遅延を遥かに超えている。まさか、短時間で未来予測を演算しているとでもいうのか? そんな膨大な処理能力をどこから………………』

(まずい)

 と、雪風が気付く。

 スピーカーの男は、そこそこの技術者のようだ。

 このままではガンメリーの秘密がバレてしまう。そうなれば世界中に狙われる。

(バレたら計画が台無しになる。クソッ、仕方ない)

「ガンメリー! 一撃で決めなさい!」

『良いのであるか? 罪なきA.Iであるぞ』

 周囲の男達に、雪風を止める気配はない。

 脅し以外の仕事は契約外のようだ。

「確実に救える者と、不確実に救える者がいる。なら、前者を優先すべきよ」

『了解である』

 ガンメリーのモノアイが怪しく光る。

 急に足を止め、戦闘A.Iの拳を真っ正面から迎え撃つ。

 金属のぶつかり合う高音が響いた。

『馬鹿な』

 スピーカーから驚愕の声が漏れる。

 ガンメリーは、自分と同じサイズの腕を“片手で”受け止めていた。単純に見て、物理的な法則を完全に無視している。

 透過モニターの計器表示が赤く染まり、観測不可能の表示を映す。

『重力子? いや、違う。観測できない粒子があるのか? 何だこれは』

 戦闘A.Iがもう片方の腕を振り上げる。

 それも容易く受け止められ、巨大な両腕はねじり砕かれた。

『我が主人の命により、汝の命を貰い受ける』

 ガンメリーの手刀がポットに突き刺さる。

 抉り、掻き回し、奏でられる金属の不協和音。引き抜かれたガンメリーの手には、A.Iの主要部品が握られていた。

 戦闘A.Iの機体は関節がロックされて、不自然なオブジェとして停止する。

「終わったわよ。あたし達、帰っていい?」

『………………仕方ない』

 スピーカーの男は案外素直に従う、

『撃て』

 訳が無かった。

 銃声が鳴り響き、ガンメリーの片足が吹き飛ぶ。

 闘技場を壁が開き、先程の戦闘A.Iと同じタイプが大量に現れた。しかも全てがM2重機関銃で武装している。

『その戦闘力、生半可な攻撃では無力化できまい。できれば完全な形で欲しかったが仕方ない。残骸からデータを盗るとしよう』

 嵐のように弾丸がガンメリーに降り注ぐ。両腕が砕け、頭部が半壊し、胸部に風穴が開き、ジャケットはボロボロに散った。

 残ったのは片足と大穴の開いた胴体に、半分の頭部。

 倒れるガンメリー。

 アイセンサーの光が点滅して消えた。

『よし、その程度でいいだろう』

「………………何てことを」

 雪風は悲痛な声をあげる。

『悔しいかね? 子供には少し過激な手段に思えるが、大人とはこういうモノだ。持てる手段を最大限ぶつけて欲しい物を奪う。君も成長すれば分かる時が――――――』

「大馬鹿野郎ね、あんたは魔獣の尻尾を踏んだのよ」

 ブツン、と電源が落ちて明かりが消える。

『何だ? 予備電源をつけろ』

 スピーカーは生きている。モニターも生きている。純粋に明かりだけが消えたようだ。

 暗闇の中、半壊したガンメリーが光り出す。

 部品が浮かび、一つ一つの破片が意思を持ったかのように集まる。

『何の光だ?! 計器が何も反応しないぞ! 何が起こっている!』

「それが分かれば、あたしだって苦労しないわよ」

 雪風の言葉は混乱に巻き込まれて消える。

 周囲の男達も、ガンメリーに注視していた。

『撃て! 破壊しろ!』

 命令を受けて戦闘A.Iが銃弾を放つ。

 暗闇でマズルフラッシュが輝き、それとは別の火花が咲く。

 何かが迎撃していた。

 大量の銃弾を、それも50口径の大口径弾を、全て撃ち落としている。

 削岩機じみた銃声の爆音が鳴り響き、闇に赤熱化した手が浮かぶ。

 鉤爪の付いた悪魔的なシルエット。

 鈍く光る赤い一つ目。

 半壊したはずのガンメリーは、暗闇の中で直立していた。

 銃声が止む。

 ばら撒かれた薬莢の跳ねる余韻。

 熱された銃口の赤。

 静かに、王者のように、ガンメリーは語る。

『吾輩、敵対し、撃滅する相手には名乗るようにしている。故に名乗らせてもらおう。我が名は、アウターワールド・リバースエンジニアリング・アドベント・インテリジェンス。統合戦闘型・最終戦闘機械一号・ユーザーインターフェース改。プロトタイプ・ガンズメモリー。貴公達が、敵である』

 目が眩むほどの稲妻が走った。

 その後、ゆっくりと空間の明かりが点いて行く。

 ガンズメモリーが詠う。

『コードブレイク。狩られたウサギが泣き叫べば、脳味噌の神経は引き裂かれる。ひばりが翼を傷つけられれば、ケルビムは歌うのを止める。喜びと苦しみを按配すれば、神聖な魂の入れ物になるだろう』

 

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します。………………』


 そんな音声がスピーカーから流れる。

『なん、だと?』

 男の困惑した声。そして、


『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』

『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』『コードブレイク。ユーザー情報を変更します』


 闘技場のA.I達が一斉に同じ言葉を奏で、最後に命令を待つ。


『ガンズメモリー。新規ユーザー名を登録してください』

『ユーザー名【雪風】で登録。全命を以って彼女を守り、全霊を以って彼女の命令を聞くのだ』

『了解しました』

 戦闘A.Iの銃口が、男達に向けられる。

「なっ」

 その後、言葉を紡ぐ暇もなく。男達は弾丸に噛み砕かれ肉片と化した。

「だからいったでしょ。馬鹿な奴ね」

 雪風は凄惨な顔つきで、頬に付いた返り血を拭う。

『統合戦闘型のA.Iだと? 馬鹿な! あれはつい最近、妄想じみた構想の噂が出たばかりだぞ。例え完成するとしても、五百年は先のはずだ! いや、待て。アドベント・インテリジェンスとはどういう事だ?! まさか降臨とは、そのA.Iは既存の――――――』

 スピーカーから肉の潰れる音が響く。

 しばらくして、

『排除完了しました。次の命令を待ちます』

 無機質な声が雪風の命令を待つ。

「自分達が使っているモノの本質が理解できないなんて。ホント、バーカ」

 自業自得だ。

 それでも人の死を簡単に割り切れるほど、雪風は大人ではない。

 安易な判断ミスで、犠牲になった一つの命も。

 弾丸で穴の空いた透過モニターぶち抜いて、ガンメリーが寄って来る。

『雪風?』

「何よ」

『バイタルが不安定である。無事であるか?』

「無事よ」

 慣れない命のやり取り。それに、敵より恐ろしい味方。

 だが、彼女はプライドで飲み込む。弱音は毒だ。

『お気に入りのジャケットが損耗したのだ。新しいのを所望する』

 機体は歪ながらも完全に補修されているが、革のジャケットは穴だらけである。

「それ高いのよ。給料から天引きするからね」

『経費で落ちぬのか?』

「落ちぬ」

 杖を拾い雪風は立ち上がる。

 凄惨な現場を一つ眺めて、忘れないよう頭に入れた。

「って、え? 何!」

 雪風は、急にガンメリーに抱き上げられた。

 いわゆる、お姫様だっこである。

『帰り際にさらわれても困ーる。今日はこのまま家まで送るのだ』

「ま………………いいけど」

 何だかよく分からない照れで、雪風は顔を隠す。

『しかしまあ――――』

 ガンメリーが闘技場を見回すと、命令待機中の戦闘A.I達が一斉に二人を見つめた。

 その数、四十体。

『急に大所帯になったであるな』

「ホント、これどうしよ」

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