<02>
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築40年、二階建ての木造住宅。
三角屋根で小さな庭付き、古くはあるが頑丈な造りで、そこから更に魔改造じみたリフォームをした。
そこが雪風の家であり、
「ここが今日から、あなたの家よ」
彼女が回収したA.I“達”の家でもある。
『はい、今日から誠心誠意お仕えさせていただきます』
「そんな、かしこまらくてもいいから」
マキナの堅苦しい挨拶に雪風は苦笑した。
『で、どこに設置するのであるか? 割と重いのである』
ガンメリーは、抱えていたマキナを玄関に置く。
「マキナ、自走機能はあるのよね?」
『ですが、法に禁じられた機能ですので、非常時以外には』
「なら安心して、あたしの家はね。A.Iポットの修理工場として営業許可を取っている。つまり、あなたがここで自走してもそれは修理の一環になるの」
『なるほど、ここでマキナが移動するのは【修理補助】なのですね。なら、大丈夫です』
マキナの底部分にボール状の物体がせり出て来る。まるで玉乗りのように、ポットが移動を開始した。
『詭弁であるなぁ』
「つま先から、てっぺんまで違法のお前がいうな」
『おおーい、帰ったのであーる』
ツッコミを無視して、ガンメリーはブーツを脱ぎ廊下を歩く。すると、20cmのミニポットがワラワラと寄って来た。
『おかえりー』
『おかえりなさーい』
『おかーおかー』
『土産よこせー』
『土産は後ろの大きなポットである』
ガンメリーがマキナを指すと、ミニポット達はマキナに群がる。
『汚い』
『古い』
『洗浄だ、洗浄』
『土足厳禁』
子供のように思った事を口にしていた。
『あの雪風ちゃん、マキナ洗った方が』
「奥でメンテするから、同時に洗浄もするわよ。装甲も総とっかえして、色も塗り直さないとね。何色が良い?」
雪風も靴を脱いで、ガンメリーとマキナの後に続く。
『吾輩は赤が良い』
『ワイらも赤ー』
『赤ー』
『鮮血の赤ー』
『八つ裂きだー!』
ガンメリーの意見にミニポット達が続く。
「あんらたの赤色好きは、どこから来ているのやら」
ミニポットの半数は赤色に染まり、他の機体も赤いラインが走っていた。
『赤色のロボは、古来より続く浪漫である』
「あたし、もっと可愛い色が良い。ピンクとか」
廊下の壁には、古い映画のポスターが貼ってある。その中の一枚に、一つ目で角の付いた赤いロボットのポスターがあった。
(まさかとは思うけど、これが影響?)
と雪風は胸中で呟く。
『こればかりは、女には分からないのである』
「へぇへぇ」
浪漫を語るA.Iの方が世間的には分からないのだが、野暮なので雪風は言葉を飲み込む。
『マキナ、ここである』
『はーい』
ガンメリーは、廊下を少し進んだ部屋にマキナを案内した。
壁をぶち抜いて繋げた大部屋。油と消毒液の混じった匂いが充満している。ガレージのような趣で、巨大な工具と電気部品が並ぶ。天井にはクレーンがあり、修理途中のポットが吊るされていた。
部屋の主が一人、雪風達を出迎える。
「おう、帰ったか」
「おっちゃん、ただいま」
雪風に“おっちゃん”と呼ばれた男は、見た目は70代かそれ以上だろう。腰の曲がった小さな体形で、黒く汚れた作業着姿。髭も薄い髪も残らず白かった。
老人というより、仙人という容姿。
『修理主任、汎用パワーセルの交換と、循環液の濃度をチェック。マキナタイプV16S5Pの設計配置図を出してほしい。それに、水溶脳の波形図とカオス化のパーセンテージを』
修理主任は老齢ではあるが、腕は確かだ。
衰えと同時に職場で死ぬタイプの人間である。
「了解だ。V16S5Pか、市場には出回っていないタイプだな。配置図はV16Sを参考にして、分からん所は俺の勘で作るぞ」
『問題ない。信用している』
『よ、よろしくお願いします』
「おう」
マキナは、修理主任にベタベタと触られ緊張している様子。
「社長、どこで拾って来た? こんな状態の良い物があるとは」
「街外れのお化け団地で見つけたけど」
社長と呼ばれた雪風が、修理主任に答える。
「そりゃ、ううむ。気のせいか」
「?」
修理主任は何か解せないようだ。
「展開できる機構を全部出して見ろ」
『了解です』
マキナは、腕やトレイ、他に排熱板やソーラーパネルなどを展開する。
「悪くない。良い仕事している。こっちは良いとして、おいガンメリー、お前左足のバランサー逝ってるな? 予備部品があるから交換しておけよ」
『了解である。後、跳躍機能の試験をした』
「ほほう、どれだけ跳べた?」
『18メートル。機能限界の予測では25メートルである』
「そりゃそろそろ、翼が必要になるな」
『空を自由に~飛んでみたいのである。空もまた男の浪漫だ』
「人型で飛行は難しいな。大幅な換装が必要になる」
雪風が仰天する。
「いやいや、おっちゃん。ガンメリーは空飛ばさなくてもいいからね、今でも色々とヤバイ奴なのに何をするやら」
『残念である』
「さておき、嬢ちゃん」
『嬢ちゃん? マキナの事ですか?』
修理主任は、マキナにスパナを渡す。
「自分で修理できる所は自分でやれ。それが、ここのルールだ」
『なるほど、修理補助の一環ですね』
「そんな所だ。それじゃ水溶脳とメインアーム以外を外して、直す所は直し、取り換える所は全部取り換えるぞ」
修理主任は仕事にかかる。
マキナはスパナで装甲を外しにかかった。
ガンメリーはマキナの手が届かない所を外しにかかる。
ついてきたミニポット達は、外れた部品を手にした洗浄用具で洗い始めた。
雪風は一人手持ち無沙汰になり、どうしようかとウロウロしていると、
「社長、隣の奥さんがまた煮物をくれた。居間に食器があるから返してくれ」
「分かった。行って来る」
社長の仕事ではないのだが、暇な雪風は喜んで従う。
ガレージには修理主任と機械達が残る。
廊下を往復する音に、玄関の開く音。
それから五分ほど無言で作業をして、老人は気になった事を口にした。
「おい、ガンメリー。社長のスカートが汚れていたが、何かあったのか?」
『軽く暴漢に襲われたのである。問題なく処理した』
「おい! お前が付いていながら何をしているんだ!」
年にしては激しい怒りである。
完全に孫を心配する祖父のソレだ。
『吾輩が付いていたから、その程度で済んだのだ』
「実害が出る前に処理をしろ。その性能は飾りか?! 馬鹿者めッ!」
『修理主任、それだと全ての生物が処理対象になる。人間の悪意や、突拍子もない行動は吾輩の性能でも予測しにくい。実害が出てから、行動するのがベターである。それに吾輩は世を忍ぶA.I。いつでも傍にいて守れるわけでは』
「狙撃できるテーザーガンを付けてやろう」
『吾輩は、雪風から、“あらゆる武装を装備する事を禁じられている”。色々と歯止めが効かなくなるとかで。乙女心とは解せないのだ』
「名前負けだな」
『全くである』
修理主任として、いやA.Iに関わって半世紀以上のベテランとして、ガンメリーの危険性は重々と認識しているはずだが、それより雪風への保護欲が勝る老人である。
孫馬鹿ともいえる。
「で、その暴漢にお前の姿は見られたのか?」
『見られたが、雪風に気付かれないよう。ロシア製の記憶がなくなる薬を打っておいた』
「合法か?」
『無論、非合法である』
「なら良し」
『………………何が良いのでしょうか?』
流石に耐えられなくなってマキナがツッコミを入れた。
『そんな事より、マキナ』
『そんな事ではない気がしますが、何でしょうガンメリー様』
『後で、絵を描くのである』
『え?』
『絵である。絵画である。アートである』
『ですがそれも』
人間の専売特許を奪わないようA.Iの創作活動は禁じられている。
『これも修理補助の一環である。貴公も【夢】を見るのであろう?』
『はい、時々ですけど』
表情のないガンメリーが、笑ったような気がした。
『重畳である。クレヨンと画用紙を渡す』
「おい、嬢ちゃん」
修理主任が、バラしたマキナの部品を手に取る。
四角い10cmサイズの箱。
「こいつが何の部品か分かるか? ポットの機能と関係ないように見えるが」
『申し訳ありません。マキナには分かりません』
ガンメリーが部品を手に取り、パキリと半分に割る。
『トレーサーであるな』
小型の追跡装置だった。
「何で拾って来たポットにこんなモンがある? 後お前、このパワーセル新品に近いぞ。内部機能の幾つかにも、最近修理された形跡がある」
『なるほど』
ガンメリーはポンと手を叩く。音は電子音である。
『雪風は今、時速50kmで移動している。恐らく車の速度であろう』
「お隣行くのに車は使わんだろ。買い出しか?」
『社用車は駐車場である。これはつまり――――――』
「………………」
『………………』
老人とマキナが黙りこくる。
『拉致だー!』
『さらわれたぞー!』
『悲劇のヒロインですな』
『NTRだー!』
ミニポット達が騒ぎ出した。
『吾輩達、一杯食わされたな』
「さっさと助けに行ってこい!」
怒鳴られて、すぐさまガンメリーは出動した。
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