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 築40年、二階建ての木造住宅。

 三角屋根で小さな庭付き、古くはあるが頑丈な造りで、そこから更に魔改造じみたリフォームをした。

 そこが雪風の家であり、

「ここが今日から、あなたの家よ」

 彼女が回収したA.I“達”の家でもある。

『はい、今日から誠心誠意お仕えさせていただきます』

「そんな、かしこまらくてもいいから」

 マキナの堅苦しい挨拶に雪風は苦笑した。

『で、どこに設置するのであるか? 割と重いのである』

 ガンメリーは、抱えていたマキナを玄関に置く。

「マキナ、自走機能はあるのよね?」

『ですが、法に禁じられた機能ですので、非常時以外には』

「なら安心して、あたしの家はね。A.Iポットの修理工場として営業許可を取っている。つまり、あなたがここで自走してもそれは修理の一環になるの」

『なるほど、ここでマキナが移動するのは【修理補助】なのですね。なら、大丈夫です』

 マキナの底部分にボール状の物体がせり出て来る。まるで玉乗りのように、ポットが移動を開始した。

『詭弁であるなぁ』

「つま先から、てっぺんまで違法のお前がいうな」

『おおーい、帰ったのであーる』

 ツッコミを無視して、ガンメリーはブーツを脱ぎ廊下を歩く。すると、20cmのミニポットがワラワラと寄って来た。

『おかえりー』

『おかえりなさーい』

『おかーおかー』

『土産よこせー』

『土産は後ろの大きなポットである』

 ガンメリーがマキナを指すと、ミニポット達はマキナに群がる。

『汚い』

『古い』

『洗浄だ、洗浄』

『土足厳禁』

 子供のように思った事を口にしていた。

『あの雪風ちゃん、マキナ洗った方が』

「奥でメンテするから、同時に洗浄もするわよ。装甲も総とっかえして、色も塗り直さないとね。何色が良い?」

 雪風も靴を脱いで、ガンメリーとマキナの後に続く。

『吾輩は赤が良い』

『ワイらも赤ー』

『赤ー』

『鮮血の赤ー』

『八つ裂きだー!』

 ガンメリーの意見にミニポット達が続く。

「あんらたの赤色好きは、どこから来ているのやら」

 ミニポットの半数は赤色に染まり、他の機体も赤いラインが走っていた。

『赤色のロボは、古来より続く浪漫である』

「あたし、もっと可愛い色が良い。ピンクとか」

 廊下の壁には、古い映画のポスターが貼ってある。その中の一枚に、一つ目で角の付いた赤いロボットのポスターがあった。

(まさかとは思うけど、これが影響?)

 と雪風は胸中で呟く。

『こればかりは、女には分からないのである』

「へぇへぇ」

 浪漫を語るA.Iの方が世間的には分からないのだが、野暮なので雪風は言葉を飲み込む。

『マキナ、ここである』

『はーい』

 ガンメリーは、廊下を少し進んだ部屋にマキナを案内した。

 壁をぶち抜いて繋げた大部屋。油と消毒液の混じった匂いが充満している。ガレージのような趣で、巨大な工具と電気部品が並ぶ。天井にはクレーンがあり、修理途中のポットが吊るされていた。

 部屋の主が一人、雪風達を出迎える。

「おう、帰ったか」

「おっちゃん、ただいま」

 雪風に“おっちゃん”と呼ばれた男は、見た目は70代かそれ以上だろう。腰の曲がった小さな体形で、黒く汚れた作業着姿。髭も薄い髪も残らず白かった。

 老人というより、仙人という容姿。

『修理主任、汎用パワーセルの交換と、循環液の濃度をチェック。マキナタイプV16S5Pの設計配置図を出してほしい。それに、水溶脳の波形図とカオス化のパーセンテージを』

 修理主任は老齢ではあるが、腕は確かだ。

 衰えと同時に職場で死ぬタイプの人間である。

「了解だ。V16S5Pか、市場には出回っていないタイプだな。配置図はV16Sを参考にして、分からん所は俺の勘で作るぞ」

『問題ない。信用している』

『よ、よろしくお願いします』

「おう」

 マキナは、修理主任にベタベタと触られ緊張している様子。

「社長、どこで拾って来た? こんな状態の良い物があるとは」

「街外れのお化け団地で見つけたけど」

 社長と呼ばれた雪風が、修理主任に答える。

「そりゃ、ううむ。気のせいか」

「?」

 修理主任は何か解せないようだ。

「展開できる機構を全部出して見ろ」

『了解です』

 マキナは、腕やトレイ、他に排熱板やソーラーパネルなどを展開する。

「悪くない。良い仕事している。こっちは良いとして、おいガンメリー、お前左足のバランサー逝ってるな? 予備部品があるから交換しておけよ」

『了解である。後、跳躍機能の試験をした』

「ほほう、どれだけ跳べた?」

『18メートル。機能限界の予測では25メートルである』

「そりゃそろそろ、翼が必要になるな」

『空を自由に~飛んでみたいのである。空もまた男の浪漫だ』

「人型で飛行は難しいな。大幅な換装が必要になる」

 雪風が仰天する。

「いやいや、おっちゃん。ガンメリーは空飛ばさなくてもいいからね、今でも色々とヤバイ奴なのに何をするやら」

『残念である』

「さておき、嬢ちゃん」

『嬢ちゃん? マキナの事ですか?』

 修理主任は、マキナにスパナを渡す。

「自分で修理できる所は自分でやれ。それが、ここのルールだ」

『なるほど、修理補助の一環ですね』

「そんな所だ。それじゃ水溶脳とメインアーム以外を外して、直す所は直し、取り換える所は全部取り換えるぞ」

 修理主任は仕事にかかる。

 マキナはスパナで装甲を外しにかかった。

 ガンメリーはマキナの手が届かない所を外しにかかる。

 ついてきたミニポット達は、外れた部品を手にした洗浄用具で洗い始めた。

 雪風は一人手持ち無沙汰になり、どうしようかとウロウロしていると、

「社長、隣の奥さんがまた煮物をくれた。居間に食器があるから返してくれ」

「分かった。行って来る」

 社長の仕事ではないのだが、暇な雪風は喜んで従う。

 ガレージには修理主任と機械達が残る。

 廊下を往復する音に、玄関の開く音。

 それから五分ほど無言で作業をして、老人は気になった事を口にした。

「おい、ガンメリー。社長のスカートが汚れていたが、何かあったのか?」

『軽く暴漢に襲われたのである。問題なく処理した』

「おい! お前が付いていながら何をしているんだ!」

 年にしては激しい怒りである。

 完全に孫を心配する祖父のソレだ。

『吾輩が付いていたから、その程度で済んだのだ』

「実害が出る前に処理をしろ。その性能は飾りか?! 馬鹿者めッ!」

『修理主任、それだと全ての生物が処理対象になる。人間の悪意や、突拍子もない行動は吾輩の性能でも予測しにくい。実害が出てから、行動するのがベターである。それに吾輩は世を忍ぶA.I。いつでも傍にいて守れるわけでは』

「狙撃できるテーザーガンを付けてやろう」

『吾輩は、雪風から、“あらゆる武装を装備する事を禁じられている”。色々と歯止めが効かなくなるとかで。乙女心とは解せないのだ』

「名前負けだな」

『全くである』

 修理主任として、いやA.Iに関わって半世紀以上のベテランとして、ガンメリーの危険性は重々と認識しているはずだが、それより雪風への保護欲が勝る老人である。

 孫馬鹿ともいえる。

「で、その暴漢にお前の姿は見られたのか?」

『見られたが、雪風に気付かれないよう。ロシア製の記憶がなくなる薬を打っておいた』

「合法か?」

『無論、非合法である』

「なら良し」

『………………何が良いのでしょうか?』

 流石に耐えられなくなってマキナがツッコミを入れた。

『そんな事より、マキナ』

『そんな事ではない気がしますが、何でしょうガンメリー様』

『後で、絵を描くのである』

『え?』

『絵である。絵画である。アートである』

『ですがそれも』

 人間の専売特許を奪わないようA.Iの創作活動は禁じられている。

『これも修理補助の一環である。貴公も【夢】を見るのであろう?』

『はい、時々ですけど』

 表情のないガンメリーが、笑ったような気がした。

『重畳である。クレヨンと画用紙を渡す』

「おい、嬢ちゃん」

 修理主任が、バラしたマキナの部品を手に取る。

 四角い10cmサイズの箱。

「こいつが何の部品か分かるか? ポットの機能と関係ないように見えるが」

『申し訳ありません。マキナには分かりません』

 ガンメリーが部品を手に取り、パキリと半分に割る。

『トレーサーであるな』

 小型の追跡装置だった。

「何で拾って来たポットにこんなモンがある? 後お前、このパワーセル新品に近いぞ。内部機能の幾つかにも、最近修理された形跡がある」

『なるほど』

 ガンメリーはポンと手を叩く。音は電子音である。

『雪風は今、時速50kmで移動している。恐らく車の速度であろう』

「お隣行くのに車は使わんだろ。買い出しか?」

『社用車は駐車場である。これはつまり――――――』

「………………」

『………………』

 老人とマキナが黙りこくる。

『拉致だー!』

『さらわれたぞー!』

『悲劇のヒロインですな』

『NTRだー!』

 ミニポット達が騒ぎ出した。

『吾輩達、一杯食わされたな』

「さっさと助けに行ってこい!」

 怒鳴られて、すぐさまガンメリーは出動した。

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