異邦人、ダンジョンに潜る。外伝:電気ポットは草原と塔の夢を見るか? 【9.5部】
<01>
<01>
『今日の関東地方は、晴れ間もありますが雲が広がりやすいでしょう。北部の山沿いでは、にわか雨の所がありそうです。午後は急な雨に注意してください。日中はうだるような暑さが続き、最高気温は35度以上の所もあるでしょう。こまめな水分補給や適切に冷房を使うなどして、暑さで体調を崩さないように心がけましょう』
ラジオ通りに暑く、セミのうるさい夏の日であった。
その団地の通称は“お化け団地”だ。
最盛期は、すし詰めのように住居者がいたそうだが、集団自殺が起こり、住む人間は去り、来る人間は帰り、儲けようとする商店も減り。
後はもう、トントン拍子に人が消えていった。
残ったのは老朽化した建物と、行き場のない僅かな人間。寂れて物悲しい退廃が、緑に囲まれた団地を満たしていた。
『いつまで観察しているのであるか?』
「うるさいなぁ、接触前に目標を観察するのは大事でしょ?」
ラジオを切って、彼女は通信に答える。
『敵対する相手になら有効である。それとも、敵対するであるか?』
「しない。黙れ」
『………………』
通信相手を黙らせ、少女はスポーツ飲料を飲み干す。額や首筋には汗の玉が浮いていた。
活発そうな少女だ。
黒髪ショートで勝気な瞳、小柄でスレンダーな生命力に溢れた体。白のノースリーブに、黒のタイトスカート。上には薄手の灰色のロングカーディガンを羽織っている。
そして、右手には片杖。
『雪風』
「だから、うるさい」
『接近探知である。』
雪風と呼ばれた少女は、杖に体重をかけて屈む。
「何人?」
『範囲内に一体である。20メートル先にもう一体………今更身を隠す事に疑問が』
「うるさい」
彼女の視界に現れたのは、小さい子供だった。
年頃は6歳くらいだろう。痩せていて、服は汚れてくすんでいた。子供とは思えない生命力の無さで、老婆のように腰を曲げている。
子供の近づいた先には、古びたオレンジ色のA.Iポットがあった。
縦150cm、横40cmの円柱形状。全体的に色褪せ、あちこちに傷や、劣化も見られる。
廃品にしか見えないが、
『こんにちは! お坊ちゃん!』
「………………」
A.Iは、元気よく挨拶して陽気なBGMを流す。
『手品を見ていきませんか? 楽し~い手品ですよ!』
「………見る」
『では~短い間ですが、お楽しみください!』
A.Iポットの腹が開き、黒いトレイと二本のアームが出て来た。
『右手のコインが、左手に~』
ポットのアームは、五本指の人間に似たタイプだ。これは非常に珍しい物で、今となっては公共機関の極一部でしか使用されていない。
元は皮膚に似た材質で包まれていたのだろう。今は一部に痕を残し、骨組みだけの銀色の指と腕になっている。
しかし、動きは人より滑らかで、波のような指の動きでコインが左指の上を泳ぐ。
『今からコインがすり抜けますよ~』
ポットが右手で素早くコインを握ると、広げた左手の上で右手を開ける。
するとコインは左手をすり抜けてトレイに落ちた。
ように見えた。
「ねぇ、今のどうやったの?」
『簡単である。右手で握るフリをして左手の死角にコインを挟み、タイミングを合わせて落とすのである。このくらい吾輩も―――――』
「あそ」
雪風は素っ気なく通信に返す。
ポットの手品は続き、コインは最終的に両手から消えた。
『あれは――――』
「黙れ」
手品のタネより雪風が気になったのは、子供の顔だ。
死んだ魚のような目に生気が灯る。
『坊ちゃん。次は何が見たいですか?』
「輪ゴム、輪ゴムのやつ」
『申し訳ございません。輪ゴムは最近拾えなくて。紐抜きのマジックならできますよ?』
「あれきらい。トランプあてるやつは?」
『申し訳ないです。トランプも品切れでして』
「えー」
子供の目がみるみる曇る。
ポットはそれを見るとワタワタと慌てだした。
『あ、あのそれじゃ! 坊ちゃんお気に入りの、このコインの手品を教えましょう』
「え、いいの?」
『はい、本来手品の講習は業務外ですが、今回は特別です!』
「うわぁ」
子供の目が輝きを取り戻す。
『では、コインを持ってください』
「うん!」
ポットの手が子供の手を取ると、コインの動かし方をゆっくりと教えて行く。
雪風も熱心に横合いから覗いていた。
「ねぇちょっと、あれ録画して」
『活動記録は常時録画中である』
それを聞いて、雪風の声がドスの利いたものになる。
「お前、昨日石鹸の代えを持ってお風呂に来たよね?」
『要請通りに行動したのである』
「着替え中に何度乱入した?」
『日々の身体データを取得する為には、必要な行為である。あまり変化はないが』
「トイレで紙切れていた時も」
『うむ』
「………………後でしっかりと話し合おうか」
『………………うむ』
パチパチと拍手の音が聞こえた。ポットが手を叩いているように見えるが、ギリギリで接触しないよう手を離している。拍手の音は電子音声だ。
「これでいいの?」
『はい! お上手です。坊ちゃん!』
子供は拙い動きでコインを動かしていた。小さな手には大きいコインが、何となく消えたり現れているように見える。
「でも、うまくない」
『後は毎日、練習あるのみです。坊ちゃんは才能ありますよ、大人になれたら立派な手品師になると思います』
「ほんと?」
『本当です。保証しちゃいます』
「えへへ」
子供は頬を赤らめて照れた様子を見せる。
『そのコインは差し上げます。練習して上達したら、【マキナ】に見せてくださいね』
「うん、分かった!」
コインを両手で握り絞めると、子供は大きくうなずいてポットの前を去る。
少し離れた所で、大きく手を振って曲がり角に姿を消した。ポットは消えた後でも手を振り続けていた。
『………………』
寂しそうにトレイとアームをしまい。ポットは待機状態に移行する。
「聞いた? あいつ【マキナ】っていったわよ」
『こちらのマイクでも拾ったのである』
「よし、当たり」
雪風は小さくガッツポーズをとる。
『別に隠れて確認しなくても、本人に聞けばよかったのでは?』
「うるさい」
野暮な質問を無視して、雪風は物陰から現れた。
彼女がマキナに近づくと、軽快なBGMが鳴り響いて再びトレイとアームが展開される。
『こんにちは! お嬢ちゃん!』
「あたし、そんな子供じゃ」
『これは申し訳ありません。お嬢様。手品はお好きですか? 楽し~い手品ですよ!』
雪風は苦笑して答える。
「それは、さっき見せてもらったから大丈夫よ」
『はい! そちらの物陰から見ていらっしゃいましたね。でも、マキナはコイン以外に今は………………』
「ん? どうしたの?」
マキナが急に無言になったので、雪風は心配した。何分、老朽品だ。いつ壊れてもおかしくはない。
ただ雪風が疑問に感じたのは、スピーカーの質だ。
音声は実にクリアで古びて曇った様子はない。前世代のA.Iポットが、異常なほど頑丈に作られているとはいえ、ここまでスピーカーが持つのだろうか?
『申し訳ございません。現在、手品に使える道具が全て損失した状態です。よろしければ、後日に日を改めて――――――』
「あなた、自走できるの?」
A.Iは規定状、自走を禁じられている。
そしてこのマキナは、定期的なメンテナンスを受けているようには見えない。もちろん、手品グッズの補充なども受けていない。
『人工知能の自走は法で禁止されています。違反した場合、その人格は強制的に初期化されメーカーに回収されてしまいます』
「では、あなたのメーカーを教えてちょうだい」
『シナノ重工業です』
「そこ、十年前に潰れているわよ」
『………………』
マキナは黙ってしまった。
雪風は意地悪をするつもりはないが、見た事実を述べて行く。
「あなたの左手の小指、部品が違うわよね。何というか傘の骨組みを加工したように見える。正規の修理方法ではないよね。担当したのは誰かしら? メーカーの人間ではないでしょ」
『申し訳ございません。それは』
「あ、ごめん。あたしあなたを責めに来たわけじゃないのよ。建設的で美味しい話―――――」
『雪風、接近探知である』
「うるさい。ちょっと待って」
通信相手を黙らせ、雪風はマキナに自分が来た理由を話そうとして、
「ッ!」
右腕を引っ張られてバランスを崩し、前のめりに転んだ。
「おーい、マジで幽霊いたぞ。幽霊」
いつの間にか、金髪の男が雪風の傍にいた。
若いように見えるが、中年のように肥え太って不衛生に脂ぎっている。
雪風が理解したのは、どうにもこの男に杖を蹴られ、転倒したいう事だ。
「ちげーよ、コーちゃん。足あるじゃねぇーか」
ゲラゲラと笑って、茶髪の男が現れる。
こちらは痩せているというか、骨と皮の不健康な体型。
二人共、何故かお揃いのラメの入った黒いジャージ姿である。俗にいわなくても、チンピラという人種だ。
「ああん? ザトーイチみたいな顔してんじゃん」
「もしかしてコーちゃん。座敷童っていいたいん?」
「似たようなもんだべ」
『あの、暴力はいけませんよ。それより手品を。あ、道具がなかったのです』
マキナは、チンピラ相手でもおどけた様子で話しかけるが、
「何だこの自販機」
「知らね、それよりさぁコーちゃん。この座敷童で遊ばね?」
全く相手にされていない。
「マジかよ、お前。ガキだぞガキ。よくチンコ立つな」
「これがイイんだよ。コーちゃんも試してみって」
「ああん? 胸ない女とか、女じゃねぇだろ」
チンピラの頭の中には、雪風の同意は全く関係ないようである。
「ねぇちょっと、手加減してよね」
『ぷっ』
雪風の言葉に、勘違いしたチンピラ二人は吹き出す。
「ダイジョーブ、ダイジョーブ、おれすげぇ上手いから処女でも」
「あんたらに言ってるんじゃない」
空から降りて来たモノに、痩せたチンピラは叩き潰された。
「あんた、これ死んでないよね?」
『問題ないのである』
「は?」
呆気にとられた金髪デブは、“それ”に持ち上げられ地面に叩き付けられた。
潰れたカエルのような体勢でピクピクと手足を動かす。一応、死んではいない。
「あんたさぁ、やりすぎなのよ」
『問題ない。死んでいなければ軽傷である』
雪風に答えたのは、黒いシルエットだった。
身長178cm。上は野性的な革のジャケット、下はアーミーズボンにアーミーブーツ。
頭部は、A.Iポットを小型化したような円柱状、中心には一つ目のアイセンサー。覗いた手は金属製で、ウェストは細く。しかし、主要部品が入っている胸部は厚い装甲に覆われている。
人型のA.I。
それは、A.Iの法に携わる人間が見たら、白目になるような違法の塊だ。
マキナから警告音が流れる。
『こんにちは。残念ですが、あなたのお体は法に触れています。通報したいのですが、通信機能が故障している為、お電話を借りできませんか?』
『それは困ーる。吾輩だけならともかく、貴公も捕縛されてしまうのだ』
『………………』
その言葉にマキナは沈黙で答える。
「ガンメリー、意地悪はしない」
黒い人型A.I、ガンメリーを叩いて雪風は立ち上がる。杖の場所は、微妙に手が届かない位置だ。ふらつく足取りで歩きだす。
『あ』
マキナが手を貸そうとすると、ガンメリーに妨げられた。
『手を貸すと怒られるのである』
『ですが、マキナ達A.Iは人を助ける義務があります』
『人間というのは、“自立できて当たり前”の生き物である。それが彼女の哲学であり、プライドである。プライドを傷付ける事は、助けるとはいわないのだ』
『それは良い事を聞きました。勉強になります』
雪風は何度かバランスを崩すが、杖を手にして直立した。
「ふう」
『拍手である。パチパチ』
『おめでとうございます! パチパチ』
「何か不愉快なんだけど」
嫌そうな顔をする雪風に、ガンメリーは平然と答えた。
『クローン生体の神経障害と後遺症は、義足の比でない。雪風は大変、努力と根性しているのである』
「へぇへぇ」
照れ隠しに雪風はガンメリーを杖で叩く。
「さておき、ごめんなさいね。マキナ………ええと、型番教えてもらえるかしら?」
『はい、マキナは、AIJ005マキナ・ヴァリアントV16S5P。試験用特別モデルの為、使用用途は決定されていません。現在の業務は、手品を用いて近隣住民の方々を笑顔にするという事です』
「ガンメリー当たり?」
『大当たりである。V16S5Pは、第五世代人工知能であるが、多くの機能は第六世代と同等である。しかも、長期稼働して尚且つ安定している人格は稀有であり、有用である』
「よし、念願の第六世代相当!」
雪風が大きくガッツポーズをとった。足元に痩せたチンピラの体があったので、ついでに踏み付けて止めを刺す。
別に死んではいない。
『あの、お二方は何なのでしょう?』
「あたし達はね」
『手っ取り早くいうと、貴公をさらいに来たのである』
『ヒィィィィィィ!』
ガンメリーの言葉に、マキナが怯える。
「はーい、ちょっと黙ろうねー」
雪風は、ガンガンと杖でガンメリーの頭を叩く。
「まずね、怖がらないで。あたし達は味方で仲間、そして共犯者よ」
『共犯者?』
「共犯者は、ちょっと違うかな。同じ釜の飯を食う予定?」
『それはきっと臭い飯であるな』
杖で突かれたガンメリーは、やっと黙りこくった。
「マキナ、あなた自走できるでしょ? 後、自己で修理・改良もできる」
『………………法に触れる行為です』
「知ってる知ってる。こいつを見て、あたしらも同じって事よ」
雪風は、打楽器のようにガンメリーの頭を叩く。
『だが吾輩は、第九世代相当であり性能的にはう~んと上である。世界の最先端である』
「目玉焼きも作れないで、何が最先端よ」
『料理は女の仕事である。吾輩の仕事ではない』
「見ての通り。使えない奴でしょ? だから、あたしとしては、あなたのように適応力や創造性のあるA.Iが欲しかったの。どう? 一緒に来ない?」
雪風の申し出に、マキナは困惑した口調で答える。
『申し訳ございません。マキナには、近隣住民の方を笑顔にするという業務が』
「ああ、さっきの子供ね。大丈夫よ、ガンメリー児童相談所に連絡しておいて。きっと放置子でロクな親じゃないと思うから、然るべき施設で保護を」
『何の事であるか?』
「だから、さっきの子供が」
『ん? 子供とは何であるか?』
「はい? さっきマキナが手品を教えていた――――」
『あの坊ちゃんですね。六年前に亡くなっています。酷い虐待だったらしく通報しようにも、マキナは機能が壊れていて、悔しくて悔しくて、その後に自走機能を追加しました。今は、慰めに手品を見せてあげています』
「………………」
セミの声がやけにうるさく響く。
うすら寒くなった雪風が、ガンメリーの傍に寄った。
「ガンメリー録画していたよね?」
『していたである。見るであるか?』
「見るである」
ガンメリーが右の袖を捲り、腕の液晶に先程の録画映像を映す。
「………………いっ!」
写っていたのは、一人で手品をするマキナと、何やら浮かぶ白い影。
「こ、これ何?」
『熱によるカメラの誤作動である。雪風の見た子供とやらも、恐らくは疲れから見る幻覚であろう。マキナも見たようだが、老朽化した部品が原因と思われる』
「でも確かにコインを受け取った子供を………………」
雪風は少し涙目になっていた。
『コインとは、これの事であるか?』
「は?」
子供が持ち去ったコインを、ガンメリーが持っていた。
先ほどの手品をやろうとして、ガンメリーはコインを落とし、拾う。
『なるほど、これは練習が必要である』
「ど、どこでそのコインを?」
『アパートメントの反対側に小さいモニュメントがあり、そこに置かれていた。他にガラクタと玩具が』
「さっさと戻して来なさい!」
『了解である』
恐ろしい剣幕で怒られて、ガンメリーはコインを戻しに跳んだ。
残された雪風は、周囲をおっかなびっくり警戒する。
『あの』
「ひゃい?!」
マキナの声に怯えて、変な声を上げてしまった。
『一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?』
「な、なに?」
ビクビクの雪風がマキナの質問に答える。
『今、この一帯にお住いの方は何人いるのでしょう?』
「ちょっと待って、ガンメリー何人?」
『それは―――――』
即行で戻って来たガンメリー。
『データ上では、五人となっているが今センサーをフル稼働した所、ゼロであった。念の為に、管理会社に部屋を調べるようメールを送っておいた』
「うそん」
雪風の背筋を冷たい汗が流れる。
『真である。吾輩、嘘つかない』
「ま、まあ、それは置いておきましょう」
気を取り直して雪風は本題に入った。
「と、いう事は。マキナ、あんたの正体がバレるかもね」
『マキナの正体とは?』
とぼけている。
というより理解していない様子。
「あなた、調べる人間が調べたら、まず廃棄処分されるわよ」
『それも致し方ありません。耐用年数はとっくに過ぎていますから』
「そんな、あなたにチャンスをあげる」
雪風が合図を出すと、ガンメリーは資料を取り出す。
『これが貴公の身請け証文である。ウダウダいわず、吾輩達に従―――――』
「はーい、違うでしょ。ぶっ壊すわよ、この野郎」
雪風は、ガンメリーの頭部を激しく叩く。
「良い? マキナ。これは確かに、あなたの所有権利書だけど」
雪風は書類を破り捨てた。
「これで、あなたの業務は終了。所有権利もフリーになった。はれて自由の身よ」
『すみません。困ります。仕事を取り上げられたら、マキナは存在理由が無くなります』
「うん、分かるわ。でも大事な事だから良く聞いて」
と、ガンメリーは雪風の言葉を遮る。
『こういうタイプのA.Iは『うるせぇ! 来い! ドン!』で、良いのである。雪風の方法は、回りくどく効率的ではないのだ』
「スピーカー切るわよ?」
『吾輩、お喋りを殺害されたら機能は二割減になるのだ。とても困ーる』
マキナは片手を上げて質問した。
『あの、もしかしてお二方は、マキナに新しい仕事をくれるのでしょうか?』
「そうだけど、嫌なら断っても良い仕事の依頼で」
『そうである。ここで幻覚相手に機能を擦り減らす暇があるのなら、吾輩達に協力するのだ』
「ガンメリー、あんたのそういう言葉は」
『はい、新しい命令として記録しました。雪風様、ガンメリー様の協力が、マキナの新しい業務ですね』
「う、うーん」
事は上手くいったのだが、雪風は納得いかない様子。
「あたし的には、強制でなく自分の意思で」
『吾輩達、A.Iの意思というのは人との関わりで生まれる。このマキナも、とりあえず捕獲してから意思とやらを植え付けるのが良いのだ』
「そんな、ストックホルム症候群みたいな」
まるで洗脳である。
『あの、雪風様』
「“様”は止めて」
『では、雪風ちゃん』
「………ま、まあそれでいいか」
若い事は若い雪風であるが、ちゃん付けは苦笑せざる得ない。
『新しい業務は、ここでは行えない事でしょうか?』
「そうね。当分ここには帰れないと思うわ」
『では、新しい職場に向かう前に、ここの方々とお別れをしたいです。丁度皆さん、揃っていらっしゃいますし』
「………………」
雪風は暑さを忘れて、ゆっくりと振り向く。
背後には六人の老若男女がいた。中には先程の子供もいる。皆、揃いも揃って生気のない顔つきであった。
「ガンメリー、見えている?」
『何がであるか?』
「こう、幽霊的な人々が」
『雪風、水分はしっかり補給しているか? 睡眠不足であるか?』
雪風はゆっくりとマキナを向いて、見えないものは見ない事にした。
「マキナ、車回してくるから、それまでにお別れを済ませてね」
『はい、分かりました。お二方、これからよろしくお願いします』
「うん、よろしく」
マキナの差し出した手を雪風は握り、握手を交わす。
夏の気温のせいか、機械の手は人肌のような温かさだった。
「改めて、雪風よ」
『はい!』
雪風が手を離すと、ガンメリーも倣ってマキナと握手を交わす。
機能があるとはいえ、機械同士が握手をするとは変な光景であった。
『AWRE:AIX01プロトタイプガンメリーである。以後よろしくである』
『はい! よろしくです!』
改めて挨拶を済ませ、雪風は爽やかな笑顔でマキナにいった。
「後ろの人達に、絶対に付いてこないよう念入りに伝えてね」
この日を境に、お化け団地での幽霊の目撃例は激減するのだが、雪風がそれを知ったのは随分と先の事である。
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