<終章>
<終章>
調味料が切れていたので、お使いに出た。
姉妹は夕飯の準備で忙しく、マキナは装備のメンテ、冒険帰りとはいえ体力と暇を余した僕は当然お使い担当である。
ミスラニカ様にも声はかけたが睡眠中であった。
時刻は、黄昏時。
何となしに遠回りをして、路地裏を出て大通りを進む。
翔光石の街灯が、ぽつぽつと点灯して街を淡く照らしていた。
さざ波のような騒がしさが広がる。
通りには、夜に焦がれる人の群れ。
まるで祭りの準備の空気。もうすぐ、日常的な混沌の宴が始まる。
慣れてしまった狂気の空気。
疎外感を覚えた日が、とてもとても昔に思える。
「げっ」
と、僕を見て悲鳴を上げる少年とお供を見つけた。
「よう」
と、アーケインに挨拶。そのまま通り過ぎたのだが、ナナッシーが隣に付いてくる。
渋々アーケインも続く。
人混みの中、三人で歩く。
「おい、ソーヤお前。キウス様に何をしたんだ?」
「別に」
いえるわけがない。
「いや、いいけどよ。妙に晴れ晴れしい顔だったから、良い事でもあったのだろう」
「アーケインお前」
この二人は最近ダンジョンに潜っていない。街で生活費を稼ぐ安い依頼をこなしているだけ。新しい仲間の募集すらしていない。
これからどうするのだ? と口にしようとしたら、
「明日、レムリアを発つわ。オレら」
意外な返答で呆気にとられた。
「どうしたんだ急に?」
「ここでは、ケチが付き過ぎた」
そりゃそうだが、四十階層まで攻略して他所に行くのか。上級冒険者は目の先なのに、もったいない。
アーケインは大人びた顔つきで語る。
「ソーヤも知っての通り、エリュシオンの英雄候補はズルして階層を降りている。組合非公認のポータルは、ウロヴァルスに通じる物だけじゃねぇ。他にもある。名声は必要だけど、これが前からしっくり来なかった。だから他所で鍛え直し――――――」
「本当はキウス様に、ここから離れろといわれた。後、しばらくエリュシオンに関わるなとも」
良さそうな話は、ナナッシーに潰されてしまった。
まあ、そんなこっちゃと思っていた。
「そ、それもあるけど。やっぱ決めたのは自分の意思だ」
「そいつは良いが、アーケイン。どこに行くつもりだ?」
「決めてねぇ。どっか自由に」
「という事で、どこか紹介して欲しい」
ナナッシーの提案に、アーケインが悲鳴を上げる。
「お前ッ。また後々面倒になりそうな事を!」
「一つあるぞ。貸しな」
「………………借り一つだ。後で返す」
アーケインは頭を抱えて僕の提案を聞く。変な所で真面目な奴である。
「アゾリッド群島という所で、麦の虫害と戦っている男がいる。そこが終わったら、中央諸島全域に足を運ぶ事になるだろう。手伝ってやれ」
「虫ィ? 騎士に農作業しろってのかよ」
「農作業好き、やりたい興味ある」
アーケインの反応は予想通り、意外にもナナッシーは興味津々である。
「こっちで農夫をしていた人材も男の所に合流している。虫を掃ったら、島域に色んな野菜を広める予定だ。興味があるのなら、教えてもらえ」
「冒険者を引退したら、菜園を持ちたい。勉強したい」
「え、お前そんな夢あるの?」
相棒の夢にアーケインは目を白黒させていた。
「子供ができない体だから、他のモノを育てたかった。動物はよく殺してしまうから、植物を育てたい」
「え、そうか、うん………おう」
アーケインの何ともいえない顔。
「じゃ、決まりで良いのだな?」
「騎士が農作業かぁ。何だかなぁ」
英雄もやっている農作業だ。安心しろ。
「どの船に乗ればよい?」
ナナッシーは完全に乗る気だ。
「ザヴァ夜梟商会の船だ。手配してやる。今だと大量のニワトリと一緒だが、文句いうなよ」
「ニワトリ好き。卵も肉も美味しい」
「輸出用だ。食うな」
で、相棒の方は。
「アーケイン、お前はどうするんだ?」
「アーケイン、やらないの?」
キラキラした目のナナッシーに、アーケインは気圧された。
「………やる」
そして、苦そうな顔で了承する。
「船は早朝に出る。前日には商会に顔を出せ」
「分かった。今からザヴァ商会に行く」
早っ。
「遅いよりは良いが、お前ら準備は」
「問題ない。荷物は整理済み」
ナナッシーは準備万端のようだ。
丁度良くザヴァ商会の前を通りかかり、流れと勢いに任せ、二人をローンウェルに紹介して明日の船に乗せる事を頼む。
航海中の注意事項や、必要な物、細かい打ち合わせの最中に、僕は二人を置いて店を出た。
「じゃあな」
ま、もう会う事はないだろう。
よく分からん付き合いだった。別に寂しいとも思わない。
ホント、変な連中だ。
少し離れただけで、大通りの人混みは倍になっていた。
夜の気配が濃い。
茜色もすぐ黒く染まる。
急いで通りを駆けた。人と人の間をすり抜け、気配のない生き物のように。
思えば、僕も大分人間離れしたものだ。
こっちの世界に適応したというか、鍛えられたというか、憑りつかれたり、受け継いだりと騒がしい。これに自前の力は、一割くらいはあるのかな?
でも僕の命で挑戦した事だ。ならば、僕の力で良いだろう。
実際、何回か死んだ気もするし。
でも足りない。押し通るには、まるで足りない。
強くなりたい。
強くなりたいが、今の僕は、僕という人間の性能限界だ。修行してこれ以上強くなるには、何年も、何十年も月日が必要だろう。むしろ、調整をミスれば付け焼刃で弱体化する。
敵は強い。
途方もなく強い。
斬った張ったでは敵わない。
叶う手段はあるが、最悪なモノを犠牲にしないと。
ダンジョンに潜りに来ただけなのに、何でこうなるのやら。
アーヴィンの為に英雄を殺した時からか、それとも悪行の神と契約した時か、もしくはもっと前の――――――
「ッ」
軽い頭痛がした。
そりゃ僕は男だから、めそめそと嘆くくらいなら戦って死ぬが。
「何だかね」
そこん所は、よく分からん。
僕の獣な部分だ。
大通りから路地裏に入り、迷路のような道を迷わず進む。
そうして、冒険の暇亭に到着した。
時間も時間であり店は繁盛している。椅子は全部埋まり、瑠津子さんとガンメリーが忙しなく働いていた。
外から厨房を覗くと、テュテュと、お手伝いのエルフが二人いた。二人共、どこかのエルフの嫁だったりする。つまり………僕の義母に当たるのか? 複雑な関係だ。
顔を出したいが、邪魔になるから止めておこう。
今、用事があるのは隣の調味料店だ。
「おーい」
扉を開けると小さいベルが鳴る。
狭い店には、背の低い商品棚がみっちりと並んでいた。もちろん、棚には商品がびっしりと詰まっている。
瓶詰のマヨネーズ、ケチャップ、マスタードと、僕がこっちに来てから作った調味料に、岩塩や、ニンニクの酢漬け、食用花、モンスターの角、干し肉、蜂蜜等々の異世界原産の調味料、保存食なども。
乾燥させたキノコや、薬草などは天井から吊るしてある。
後、店主の趣味で、僕の知らない商品がまた増えていた。そろそろキツク怒らなければ、食中毒をおこしたら責任とらせるぞ。
「何だ。貴様か」
店の隅には、長椅子にかけて本を読んでいるエルフが一人。
仕立ての良いローブ姿で、佇まいも実に優雅。しかし、店主は僕と分かると、愛想の欠片もなく接する。
「メルム、僕は客だぞ」
「そうか、私は店主だぞ」
「僕はオーナーだぞ」
「何だ“おーなー”とは、それはエルフ氏族を束ねる私より偉いのか?」
「いや、それよりは偉くはないけど」
ここで王の名前を出すのか。
「では弁えよ」
「………ええ?」
あんた雇われ店主だぞ。僕より下のはずだぞ?
全てが解せない。
「で、下々の客よ。何のようだ」
何というロイヤル接客。クレーム入れようにもオーナー僕だし。相談相手がいない。
あ、エアとラナに相談しよう。
とりあえず今は、
「味噌ください」
「どの味噌だ?」
夕飯の為、下手に出ておこう。
「エルフの合わせ味噌を小樽で一つ」
「金貨1枚だ。そこから持っていけ」
メルムが顎で指した棚には、エルフ製の高級味噌の小樽がずらり。
わざわざ古い日本語文体で『かあ』『ろし』『せわあ』とラベルが貼ってある。
ポケットの金貨を投げ付けると、本を読んだままメルムは指で挟んでキャッチ。それをレジ用の金庫に入れた。着服はしていない様子。
自分の店なのに何とも解せないまま、味噌の入った小樽を抱える。
さっさと帰りたいのだが、一つ聞きたい事があった。
「メルム、最近行方不明になった上級冒険者を知っているか?」
「リングスノヴァか。それがどうした?」
「犯人はお前だろ?」
「そうだが」
だから何だという態度。
こいつにロラの外套を貸していた時期と、リングスノヴァの面々が消えた時期が重なっていた。それだけの判断材料でヤマを張ったのだが、大当たりだった。
これはこれで困る。
「貴様に冒険者のカスをぶつけて消耗させようとしていたのは、あいつらだ。私に礼をいっても損はしないぞ」
「あんた、そんな思いやりで手を汚さないだろ」
特に僕の為には。
「ちっ」
くだらない事には気が回るな、と舌打ち。
「リングスノヴァは昔、エルフを捕らえて中央に出荷していた。奴隷として高値で売れたそうな」
「ならレムリアの法で裁けば」
こいつがやった事は、リスクが高すぎる。
エルフの王が冒険者を消すなど、どんな罪があったにせよエルフ種族全体への敵愾心に繋がる。これこそ戦争の切っ掛けになるだろう。
「この国が建国する前の話だ。ずる賢い事に上手くレムリアに取り入って、安泰の地位で今の今までのさばっていた」
気持ちは分かる。
「だがしかし、軽率だ」
種族を思うなら耐えるべきである。
「その売られたエルフの中に、ラナの母親がいてもか?」
「………………」
そいつは別か。
現金だな僕も。
「あれは娘と同じく肝心な所が、抜けているお気楽な女だった。乳飲み子の解熱薬を街で買い求めて、帰りには自分が商品だ。しかも娘は自力で治す始末。私は笑うに笑えんよ」
「救えなかったのか?」
「奴隷商の足取りは掴んだ時には、手遅れだった。早々と自害していたそうだ。王の伴侶らしい選択だ。それ以来、長く機会を待っていた。今回、お前と揉めたアヴァラックを、エアから借りた外套で上手く攫う事ができた。軽い拷問にかけたら、アヴァラックの奴め簡単に仲間を売ったぞ。冒険者の結束など、所詮はこんなものだ」
「連中をどうしたんだ?」
「貴様の知る由は無い。永遠にな」
つまりはそういう事と。
証拠を残さず跡形もなく消した、と。
「何だったか、貴様がいったアレだ。アレ」
「は?」
メルムは急に話題を変える。
「功遂げ、何とかだ」
「功遂げ、身を退かぬ者か?」
「それだ。妹も帰って来た。妻の仇もとった。私の思い残す功は遂げた。身の退き時かもしれんな。余生を、この店でのらりくらりと過ごすのも悪くない」
「メルム………」
お前を終身雇用するつもりはないのだが、それを口にしたら喧嘩になりそうなので黙る。
僕は大人だなぁ。
でも、接客の件は娘二人にクレーム入れるからな。
「ソーヤ。確認したい事がある」
「何だよ」
店の権利はやらんぞ。
「味噌の仕立てや、調味料入荷で“マキナ”と良く話すのだが」
「そういえば」
マキナの奴、家が近いからとこの店に良く顔を出す。当然、メルムとも遭遇する。
『キャー! メルム様、イケメンですぅぅぅー!』
とか騒いでいた。妬いているわけでは決してないが、ムカつくのである。
「彼女は、どうだ。どうなのだ?」
「は?」
「だから中身だ。ドワーフの女というものは見た事がない。あの声の感じ、かなりの美女と見た」
マキナは、この国の人達にドワーフと勘違いされている。
ドワーフという物が、A.Iポットのようなドラム缶型の覆いで姿を隠しているからだ。
「マキナは………………」
その時。
僕の中で色んな面白プランが浮かぶ。
「メルム、マキナはとても美人だ。絶世の美女といっていい」
「やはりな。私の見立ては間違った事がない」
キリっとしたメルムの顔に、必死に笑いを堪える。
明日にでも、A.Iポットをマジ口説きするエルフの王が目撃できるだろう。僕はたぶん耐えられないと思う。
爆笑必至だ。
良い気分である。さて帰ろう。
「で、貴様はどうするのだ」
「僕が何だ?」
何の話題だ。
「また英雄を退けたのだろう。しかも相手は、不壊のキウス。第一の英雄の右腕。これで終わりと思うのか?」
「次が来ると?」
「来るだろうな」
キウスもいったが、憂鬱な予言だ。
「レムリアは、ランシールの懐妊で抑えられる。お前は当面、売られる事はないだろう」
あのハゲは現在、床に臥せってランシールが付きっ切りで看病中だ。
マキナの診断では、ただの心労である。
「新生ヴィンドオブニクル軍の動きも気になる中、他の代行英雄や軍を送ろうにも人材不足だ。ならばこそ、自ら来る」
「自ら?」
第一の英雄とやらが? ここにか?
「間違いない。噂から作り上げた人物像だが、かの英雄はそういう奴だ。これも噂だが、奴は不死だとか、狙われた国は全て滅んでいるとか、亡霊を繰るともいう」
そいつは尾鰭が付いているな。
「メルム、世に不滅なものはない。全てに仕掛けがある。そいつを解き明かせない愚か者ほど、大きな声で嘆く。そういうこった」
「珍しい、貴様にしては賢い言葉だ」
皮肉を忘れない男だ。
素直に人を褒める姿が想像できない。
「僕は賢くないさ。基本的に策は他人任せ。力も技も借り物。でも、一個だけ自慢できる自前のモノがある」
「当ててやろう」
当てられたくないなぁ。
「黒髪と黒瞳だな。メディムの奴もそうだが、黒色に惹かれる女がたまにいる」
「全く、欠片も、一筋も、関係ない!」
たまには僕の予想を良い意味で裏切れよ。
「では何だ? 興味は一切ないが、流れ的に聞いてやる」
「………………」
いいたくないが、黙ったら黙ったでうるさいメルムだ。仕方なく口を開く。
「“暴勇”だ」
「ぷっ」
メルムは噴き出して笑う。やたら上品な笑い方なので、怒るのを忘れた。
「その感情は獣のそれだ。そんなお前が英雄を倒すとは、笑えるな」
「へぇへぇ」
今度こそ店を出て行く。
去り際の背中に、こんな言葉が当たる。
「逃げるつもりは無いのだな?」
歯を剝き出して笑って返す。
「当たり前だ」
家路につく。
深けた夜の中、雪風の“せっき”という言葉が思い浮かんだ。
メルムは獣の感情といったが、その実は違う。僕のは、鬼の感情だ。
どんなに弱くても、鬼は恐れない。
恐れる者は鬼にはなれない。
人が狩れない獣がいるなら、それを狩るに相応しいのは鬼だろう。
「戦ってやるさ」
決意を込めて独り言つ。
何が来ても、どんな相手でも、英雄だろうが、獣だろうが、神だろうが、骨の欠片が灰になるまで戦ってやる。
それが僕の趣味だ。
だから、止められるわけないだろ。
<おわり>
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