<第五章:けものせっき> 【03】
【03】
「ただ今」
『おかえりー』
家に帰ると華やかな合唱が響く。一階に大体の家族が揃っていた。
エア、ラナ、マキナは、キッチンで調理中。
マリアとレグレは、何かの荷物を整理している。
『ただ今であります。今日も貴重な経験をしたなー。バックアップ、バックアップであります』
ベルトから離脱すると、雪風は転がって地下に消えた。
「あなた、おかえりなさい。何か収穫は?」
「何もないッ」
エプロン姿のラナに堂々と答える。言葉の通り、本日は全くの成果なしだ。
「次、頑張りましょうね」
「うむ」
我が家が安泰ならそれで良し。
『ソーヤさーん。お疲れ様です。装備チェックしておきますね』
「おう、頼む」
ラナにトンガリ帽子と外套、マキナに冒険の装備一式と刀を渡し、仕込み杖だけは手元に残す。僕の装備を抱えて、二人も地下に降りた。
ランシールの居ない時、衣服の繕いはラナの仕事。
武器のメンテと消耗品の補給は、いつも通りマキナの仕事である。
「ソーヤ、土産わ!」
「はいはい」
マリアが寄って来て『ちょーだい』と両手を差し出す。
「今日はこれだ」
小さな手のひらに、ルービックキューブのような四角い建材を乗せる。
「何だこれ?」
「ダンジョンの床の一部だ。何か綺麗に取れた」
マリアとは、ある約束をしていた。
『冒険する度、そこのお土産を必ず持って帰って来る』
何度もダンジョンに忍び込もうとした、こいつへの戒めと慰めである。今の所、これで何とか冒険欲は抑えられている。
「変なの~まあ、もらってやるのだ」
彼女は、ウキウキで小物入れに保管した。そして、僕の腰に抱き着く。
「ん、どした?」
珍しい。何か甘えられた。
「またしばらく会えなくなるからな、ソーヤが寂しがらないよう温めてやるのだ」
「へいへい」
「妾が恋しいだろう」
「恋しい恋しい」
頭を撫ででやると、褐色の幼エルフは猫みたいに微笑む。
僕もそれだけでは物足りず、抱き上げてやると新生ヴィンドオブニクル軍の総大将は、コアラみたいに首に両手を回してくる。
まったくこいつは、フニフニして甘い匂いがして温かいな。
「で、レグレ。いい加減、帰るのだよな?」
僕は妊婦に確認する。
荷物を整理している事から、やっと左大陸に帰る様子。………だよな?
「ええ~オレ帰らなきゃダメか?」
「駄目だ。帰れ」
お前長居し過ぎ。もう十日近くいたのか?
「レグレさー、まだいなって」
キッチンのエアが急ぎ足でこっちに来る。
「こっちで子供産むんじゃないの? 赤ちゃん見たい」
「って、妹さんもいってるぞ」
「駄目だ」
レグレは、にんまり笑うが陛下に悪くてこれ以上は無理だ。絶対に心配している。
「ちょっとお兄ちゃん!」
「ダーメーだ」
エアに脇腹を突かれるが、駄目なものは駄目。
それを見て、レグレは少し悲しい顔で笑う。
「なーんてさ、分かってるって。帰る帰る。今だって、その荷物を準備していたわけだし」
「まだ整理だけでしょ? いればいいじゃん、部屋もあのまま使ってさ。どうせランシールは、お兄ちゃんの部屋に入り浸るわけだし」
「おまっ」
流石にそれは困るだろ。部屋の拡張工事は予定しているけど。
「いやぁ、嬉しいけど」
寂しそうなエアに、レグレは母親のような顔で答える。
「居心地良すぎかな、ここは。飯も美味いし、気候も穏やかだし、気の良い連中とも知り合えたし。でもだから、また戦場に帰れる」
「え、レグレ。そのお腹で戦いに行くの?」
「比喩だよ。子供産むのは大変だからな。それに、そういう時は惚れた男の傍に居たい。どんな場所でも結局はそこ。こういう事、エアもその内分かるぞ」
「ふ~ん」
エアは僕の片腕に抱き着く。
「だってさ、お兄ちゃん」
「そうか、妹よ」
何の事でしょうね! お兄ちゃん、今は一杯一杯なので勘弁してください。
レグレが急に無表情で僕を見つめる。何だろう、女の敵を見る目だ。
「ソーヤさ。お前、何人の女に手を出している?」
「今も昔もラナ一筋だが」
当たり前だろ。
「お兄ちゃん、それランシールにいってよい?」
「やめてください」
ランシールが泣いてしまいます。
「ソーヤ、そういえば妾との挙式はいつするのだ? ダディが花火用意しているぞ」
その花火、TNTとかだろ。
「お兄ちゃん、マリアにも手を出したの?!」
「まだだ!」
「え、こんな子供に手をだすつもりなの? うわぁ」
妹にケダモノを見る目で見られた。
「妾は、いつでも何でもヨイゾー」
「はっはっは、マリア。良い子だからしばらく黙っててくれ」
あやすようにマリアの背中をさすって黙らせた。微妙に機嫌を損なったのか、マリアは僕の首に噛み付く。中々痛い愛情表現だ。
「陛下に話す事が増えたなぁー」
レグレは、元のニヤニヤ笑いで僕を見つめる。
最後の最後までこいつは、この野郎、頭が痛い。
「よし」
と、マリアが僕の腕から離れレグレの横に立つ。
「行って来るぞ」
「陛下とトーチによろしくな」
いつも通りの、さっぱりとした別れ。
「お兄ちゃん」
エアが、レグレを引き止めろとアバラを指で突いてくる。
「ダーメだ」
かなり痛いが、駄目なものは駄目。レグレ本人も良く分かっている。遅いマリッジブルーは終了したのだ。
「ブゥゥゥー。あーあ、明日にはもっと美味しくできると思ったのに」
ぼやきながらエアはキッチンに戻り、手提げ袋を持ってくる。
「じゃレグレ、これ旦那に食べさせてあげて。瓶はパスタソース、温めてかけるだけでよいから。でも蓋を開けたら使い切ってね。包みの奴は、パウンドケーキよ。あんまり自信ないけど」
食料の詰まった手提げ袋は、マリアが代わりに受け取った。
「そうかぁ? うみゃいもようぞ(美味いと思うぞ)」
「ちょ! いきなり食うな!」
早速、マリアはパウンドケーキをつまみ食いというか、ガチ食いしていた。もぎゅもぎゅと頬張り、頬がリスみたいになっている。
「お土産よ! 返しなさい!」
「にゃら!」
取り上げようとしたエアと、逃げるマリアは、追いかけっこを繰り広げる。見慣れた日常の光景である。
「ソーヤ。これラナさんには秘密にして欲しいのだけど」
「ん?」
レグレがヒソヒソと話す。
「子供の名前だけど、【ロラ】と【ラウアリュナ】にした」
「僕は良いと思うが、ラウアリュナはあまり良い意味では」
確か、“氏族の穢れ”とか酷い意味があるとか。
「知ってる。ラナさんから聞いた。でも良いじゃないか、エルフの穢れなんぞオレの知ったこっちゃない。むしろ、この名前を名声と共に広げれば、良い意味になって後世に伝わる。いや、陛下の子供だ。それくらいやって当たり前さ」
「母親はお前だ。好きにしろ」
こいつと陛下の子供だ。それくらいは期待できる。
「それとさ、これ本当にもらっていいのか?」
レグレは、土産の一つであるキウスの剣に触れる。
「もちろん、陛下に僕の働きを伝えてくれ」
たまには臣下らしい事をしないと。
「良し、良き忠臣には、オレからご褒美をやろう」
「は?」
隙を突かれた。背伸びしたレグレに唇を奪われる。
全て一瞬の事、エアとマリアの隙も突いたのか気付かれていない。
「これからも良きに働け。アシュタリアの狼騎士」
「………………ありがたき幸せ」
陛下、ホントすみません。でもこいつ、こういう女みたいです。
男の度量が試されるなぁ。僕には御せないタイプだ。シュナも大変な女に惚れたものだ。
あ、
「レグレ。シュナに挨拶はしたか?」
「昨日した。で、ついさっきもした」
冒険から帰したせいで遭遇したのか。タイミングの悪い師弟だ。
「シュナの奴、オレの事諦めないってさ。良いのかね、こんな女で」
「本当だよ。とんでもない女だぞ」
「………………」
無言で脛を蹴られた。かなり痛い。
しかし、図星のようである。
「マリア行こう。これ以上ここにいたら、産まれてしまう」
酷いジョークを聞いた。
「もぁった!(分かった!)」
マリアはレグレの背中に隠れる。
持たせたお土産は、食料品とマタニティ用品、それにキウスの剣。手荷物にしては少し多く。マリアの負担が心配だ。
この転移能力も、無限に使える都合の良いものではない。
トーチは神のギフトだといったが、この世界の神は見返りを求める。何か、体力以上のモノを神は奪っているはずだ。限界の来る前に解き明かさないと。必ず、悪い事がおきる。
「じゃ、短い間だけど世話になった」
レグレが小さく手を振り、片手に荷物を持つ。
他の荷物を抱えたマリアは隣に並ぶ。咥えたパウンドケーキは、もうかなり小さい。丁度、地下からラナとマキナが戻って来た。
レグレは全員の顔を見回して、
「ラナさん、マキナ、エア、自分の家より楽にできたよ。ありがとう」
しっかり礼をいう。
「また来てくださいね」
と、ラナ。
『元気な赤ちゃんを産んでください!』
と、マキナ。
「レグレ、次来る時は完璧なパウンドケーキを作るから」
と、エア。
レグレは僕の方を向き、少年のような笑顔を浮かべた。
「ソーヤ、ランシールさんにも礼をいってくれ。凄く世話になった。もし、左大陸に来る事があったならアシュタリアに来て欲しい。歓迎すると伝えてくれ」
「分かった」
レグレは、すぐニヤニヤ笑いに戻ると、
「次来る時は、誰のお腹が膨らんでいるのだろう~?」
「おい!」
最後の最後にとんでもない事をいう。レグレはマリアの肩を叩くと、それを合図に二人は光に消えた。
騒がしい二人が消え、家は普段より深い静寂に包まれた。
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