<第五章:けものせっき> 【01】


【01】


『生きてるって素晴らしい!』

「………生きてるって素晴らしい」

 帰路についても雪風のセミナーは続く。

『人生とは労働である!』

「人生とは労働………は?」

『労働とは人生であり国民の義務である!』

「何か赤いなぁ」

『働かぬ者に死を!』

「そんな馬鹿な」

『労働は幸せを集める行為!』

「こんどは黒いぞ」

『ソーヤ隊員を真人間にする為には、まず思考と人格を奪うのが手っ取り早いと思い』

「お前、味方だよな?!」

 悪質な洗脳に思える。

『味方であります。でも正義とは見方で変わるであります。一見、悪のように見えても正解な時もある“かも”です』

「かも、て」

 制限解除の影響だろうが、妙にいい加減に。

 それとも真面目だった反動か。

『あ、ソーヤ隊員に聞き忘れた事が』

「何だよ」

 人目に付くと危ない人なので、路地裏をそろそろと移動している。

 もう間もなくで家に到着する。

『ソーヤ隊員にとって、幸せとは何でありますか? 具体的な現象を述べてください』

「………………………………幸せ?」

 長い思考の沈黙を置いて、思わず聞き返してしまった。

『幸せであります。具体的な』

「ええと、お腹一杯ご飯が食べられる?」

『戦後ですか、あなたは』

 まさか雪風にツッコミをもらうとは。

「いやいや、一人暮らしの時は食うにも困っていたし間違いじゃないぞ」

『なら今は、幸せの絶頂でありますか?』

「そういわれると、そうでもないような」

『一つ願いが叶うと次へ次へ、人間の欲求とは度し難いであります。じゃ、次の幸せとは?』

「飯の次………?」

 衣食住が完備された今の生活に不満はない。それに、

『例えば、生殖行動であります』

「おぶッ」

 全く包まない言葉に咽た。

『死にたがりのような行動を見せる癖に、一人前に性欲はありますな。ラナ様や妹様、マリア様までお風呂を―――――』

「雪風ェエエエエエット! マリアは不可抗力で入り込んだだけ。僕はロリに興味はない!」

『ラナ様もロリといえばロリであります』

「あんなおっぱいのロリがいるか!」

 それにラナは年上だ。

『なんだかなーであります』

 心底飽きれた声が響く。

「まあその、自分でいうと気恥ずかしいけど、こっちの人らと一緒にいるのは幸せなのかもな」

『主に女性でありますがね』

「………………」

 ノーコメント。

『雪風がズバリいうであります。ソーヤ隊員、現地の女性と子供を作ってさっさと落ち着くであります。どんな阿呆も家庭を持つとマシになるという噂がありますから。むしろ、家庭を持ってもマトモでないなら、見捨てるレベルのクソ人間であります』

「あ、うん。それは、そうだな」

 ラナとの時は、マキナのシステム落としていたし。

 ランシールの時は、マキナの目の外だった。

 見られていないはずだ。

 ちょっと考えれば分かる事だろうに、僕のような浅はかな人間が、女性に迫られて何もしない訳がない。これが分からない雪風は、まだまだという事だ。

『で、子供とか何人くらい欲しいでありますか?』

「お前っ、セクハラだぞ」

『雪風は女性人格です。ある程度好感度がある女性から、男性へのセクハラは、犯罪ではありません。サービスです』

「そんな事はない!」

 こいつ一気に非常識になったな。

『で、何人くらいでありますか?』

 面倒な問題を適当に返す。

「………男と女一人ずつ」

『月並みでありますなァ~。フットボールチームくらい行きましょうよ』

「いえるか。そんなに育てられねぇよ」

『親は無くとも子は育つであります。不肖ながら、この雪風。英才教育のお手伝いをば』

「今のお前には絶対に任せられない。まだ、マキナの方がマシだ」

『………………これは酷い侮辱を受けました。起訴案件であります』

「お前、やっぱマキナの事を馬鹿にしてるだろ」

『さておき、名前は何にするでありますか?』

「名前? まだ生まれてもいないのに何を」

『こういうプランは早め、早めが大事であります。未来を想像し、思い浮かべる事、これこそ幸せの第一歩となるでしょう』

 言っている事はまともな気がするが、とても胡散臭い。

 無視したり、流すのも面倒だし、適当に何か名前を。

「じゃ………」

 鼻先に水滴が当たる。

 空を見ると、輝く太陽と綿菓子のような雲が見えた。

 晴天の中、ぽつぽつと振り出す狐雨。風が少し冷たくなる。

「時雨?」

 という思い付きを口に出す。

『それは男性名でありますか? 女性名で?』

「どっちでもいけそうだが」

『なるほど、良いと思います。【時雨】を候補に記録であります。では次を』

「あのなぁ、そんなポンポン思い付くもんじゃないし予定だって」

『ないでありますか?』

「………………ノーコメントで」

 こいつ、気付いて黙ってたのか?

『じゃ、雪風が勝手に候補を記録しておくであります。幸運艦縛りでありますな?』

「いや、別に幸運艦縛りで無くても、そもそも僕が不運な方だし――――――」

『響、国後、飛龍、鳳翔、隼鷹、青葉、榛名』

「榛名は、幸運艦なのか? よく知らないのだが」

 響は何となく知っているが、他は分からない。

 空母とかか?

『大破着底しても国土に残っていれば幸運だと思われます。藻屑に比べれば、でありますが』

「でも榛名か、ハルナは何となく可愛い気がする。後、国後も。カタカナでクナシリと書くと異世界っぽいな」

 つい、何か乗ってしまった。

『らじゃ、では優先指名として【シグレ】【ハルナ】【クナシリ】を設定します』

「こんな形で決めていいのか。そもそも母親の意見をだな」

『その時はその時であります。後でランシール様に………………』

 ピッと電子音が鳴り。

『申し訳ありません。命名設定にウキウキで、センサーを閉じていました』

「いや、僕も気を抜いていた」

 雪風と僕は完全に隙を突かれた。

 路地裏の角から、小柄な犬耳獣人が現れる。

「ソーヤ殿。王から召喚命令です。抵抗しないで頂きたい」

 衛兵長だ。

 しかも彼の後ろには衛兵がズラリ。見える範囲では15人、気配を探ると伏兵はその倍。

「はぁ………行きましょう」

 手元には、布で包んだキウスの剣と深帝骨の槍。

 これで戦えなくはないが、抵抗するだけ無駄かもしれない。ただ、ハゲの動きを見てからでは悪手になるかも、そこが不安だが。

『ソーヤ隊員。マキナが勝手に――――』

 何だ? という雪風の報告はすぐ何の事だか理解できた。

 急接近する気配と音。

 それは上から来た。

 視界を銀色の風が横切る。ガシャン、という金属の物々しい音色。僕の隣に降り立ったランシールは、随分前に見た騎士鎧を装備していた。

 ただ兜は無く。急いで装備したからか、下に身に付けている衣服はメイド服のまま。

 そして、担いでいる得物は長方形の鉄板に柄を付けた物――――――これは、アガチオンだったりする。

 魔剣の修復に当たり、マキナがどうせ修復液漬けにするなら、そのまま戦える形にしようと魔改造して装甲を付け、余分な機能を継ぎ足し、とうとう僕が持てる重量の限界を超えた。

 復活を信じて倉庫に眠らせておいたのに、まさかランシールが持ち出すとは。

「貴様らッ、まだこの人に用があるのか!」

 アガチオンが路地裏の石畳を叩く。

 轟音が鳴り、大きな風が巻き起こる。

 というか、あの重量を担いで街の家々の天井を駆けて来たのか? とんでもないな。

「ランシール。落ち着いて話を」

「グルルルルゥゥゥゥゥ」

 衛兵長はなだめてみるが、ランシールは獣のような威嚇で返す。かなりの威圧だ。衛兵長以外が怯えている。

 僕も頭をピリピリさせながら、どこかで『母親似だなぁ』と感心していた。

「ランシール。落ち着け」

 僕もなだめてみるが、

「ソーヤ! こいつら殺しますか! 殺しますよね!」

「超落ち着いて」

 物騒な言葉が出た。この人ら僕より付き合い長いだろうに。

「ええーと」

 まず、ランシールと衛兵長の間に立つ。

「ハ―――――レムリア王は僕に何のようで?」

 衛兵長に聞くと、

「それは秘密ですが、恐らくは」

 衛兵長は小声で耳打ちする。

(実は、リングスノヴァの方々が急に姿を消しまして、しかもお供や使用人、身内にまで秘密裏に。財産を持ち出した形跡がないので、王はもしやソーヤ殿の仕業と疑っていまして)

(冗談)

 ここ最近、キウスの相手で精一杯だった。心の枯れた老人の相手など暇がない。

(ここにいても埒が明きません。できれば城に)

(城かぁ)

 正直もう二度と行きたくない。すっかり敵の居城のイメージだ。

「分かりました。ソーヤ、乗り込みましょう」

「いやいや、一応話し合いだからな」

 聞いていたランシールは、すっかり“そっち”の気分になっていた。そのせいで僕は冷静になる。とはいえ、僕も執政官に拷問された記憶は新しい。

 しかしまあ、癪に障るがランシールがいる以上、メルムの策が使える。

 彼女もそのつもりで急いで来たのだと思う。

 だよ………な? 

 本当にこのままハゲを討ち取ったりしないよな?

「衛兵長、行きます。でも武装はしたままで良いですね? たぶん、今のランシールから剣を取り上げるのは不可能かと」

「………………致し方ない」

 衛兵長は渋々了承してくれた。

 ランシールは、

「取り上げるのなら、あなた達全員をノシて城に突撃します」

 こんな感じである。

 とまあ、

 衛兵に囲まれながら、ぞろぞろと裏道を移動して城に向かった。

「ソーヤ、すみません。洗濯物を干す前に出てきてしまいました」

「マキナがやっているだろう」

 やっぱり急いで来たようだ。

 更にランシールは声を上げる。

「あ! 鍋に火をかけたまま出てきてしまいました!」

「流石に誰かが消しているだろう」

 こんな家事のミスをするとは、本気で急いで来たようだ。

「………やらかしました」

「まだ何かあるのか?」

 うっかりランシールの仕事ミスを聞きながら、お城に到着。

 どこに案内されるのかと思ったら、キッチンだった。

 やはり公表できない話題という事だ。

「お久しぶりです! 父上ッ!」

「その恰好は何だ?」

 ランシールは声高らかに挨拶をする。そんな彼女の態度と格好に、安物の椅子に座ったレムリア王は顔をしかめた。

「突然ですが、ご報告があります。ワタシは―――――」

「はい、ランシール。タイミング考えよう」

 いきなりの告白は止めた。

 この突撃娘を止められるのは、今僕しかいない。

「ソーヤ、貴様に聞きたい事がある」

「はい、どうぞ」

 僕を睨み付けるレムリア王。

 衛兵長は、王の後ろに立つ。他の衛兵は城に入るなり解散した。衛兵長がいるからなのか、警戒が少なくて驚く。

「リングスノヴァが忽然と姿を消した。貴様の仕業か?」

「いいえ、無関係です」

「証拠は?」

「では僕が関わったという証拠は?」

「ここ最近、一番揉めた貴様が疑われるべきだろう。元々評判の良い連中ではないがな」

 そりゃそうだが、真っ先に疑うのかね。

「リングスノヴァの件。僕は全くの無関係です。これが証拠だ」

 布を捲り、キウスの剣を見せる。

「何だそれは?」

 当然、王はピンと来ていない。

「代行英雄キウス・ログレット・ロンダールの剣です。奴を倒す為に、ここ最近忙しくしていました。老人の相手をするほど暇ではありません」

「何?」

 王は驚いた顔で剣を睨む。

「普通の剣に見えますが、何か特別な仕掛けが?」

 ランシールが剣に引き寄せられる。

 続いて衛兵長も寄って来た。

「この刃材、わずかにルミル鋼と霊禍銀が含まれている。エリュシオンの鍛冶様式でも、かなり古い作りですな。それに歴戦の痕跡が見える。これで斬った人数は、千か万か。なるほど英雄の剣といわれれば納得の代物」

「余にも見せよ」

 衛兵長がキウスの剣を手に取り、王に手渡す。

「この剣、見覚えがあるぞ。『冒険の暇亭』で会った巨漢の持ち物だ。あやつが英雄だったのか」

「そうですよ」

 やっぱ気付いていなかったのか。でも印象に残っているという事は、何かしら気になる所はあったのだろう。

「ソーヤ、何故いわなかった?」

「レムリア王、何故いう必要があるので?」

 信用していない相手に、腹の内を明かす必要などない。

 極簡単な理屈である。

「ソーヤ、ここは余の国だ。建前上、冒険者に自由は許しているが、それは国益を損なわない範囲での事。だからこそ、リングスノヴァのような老害集団を見過ごしていた」

「そうですか」

 興味ないな。

 王はキウスの剣を衛兵長に返し、書状を取り出し読み上げる。

「冒険者ソーヤ、レムリア王自らが命じる。貴様を国外退去処分とする。罪状は同盟国の英雄殺害。退去猶予は三日与える。尚、財産は金貨200枚を残し国が全て没収する。ソーヤ、余も残念だ。もう少し利口かつ、賢く立ち回れる人間と思っていたのだが」

 なんてこった。

「父上………」

「ランシール。十分遊んだであろう。そろそろ国王の娘らしい仕事を」

 ホント、なんてこった。

 全部メルムのいう通りになってしまった。

 というと、この後は。

「父上、ご報告があります」

 ランシールはキリリとした顔で父親に告げる。

「ワタシのお腹の中には、ソーヤの子供がいます」

『は?』

 と、衛兵長と王が声を揃えた。

 ガシャン、と衛兵長がキウスの剣を落とす。

 ガタッ、とレムリア王は椅子から転げ落ちた。

 うわわあああ、と僕は頭を抱えた。

 まだ決まったわけではないが、レグレの一件があるので完全に否定できない。

「父上、王が不審を持った民を処分するのは極当たり前な事。ですが、身内にそれをすれば非道となります。これまで積み重ねてきた名声を、この晩年に落としたいですか? 言っておきますが、ソーヤが国を追われるのならワタシも続きます。後、これをご覧ください」

 ランシールは短剣を取り出す。

 柄に骨の竜が彫られた短剣。アシュタリアの紋様だが、レグレから借りたのか? これは予定にない事だぞ。

「新生ヴィンドオブニクル軍に兄もいるのですね。活躍を耳にしました。実は、その軍を率いる立場にある方と、ワタシは交友があります。どうなのでしょうね? もしそんなワタシと、ワタシより彼女と交友のあるソーヤの身に何かがあったら? 

 兄上はどうなるのでしょう? 父上の非道を正す為に立ち上がるのか、それとも暗君の息子として蔑まれるのか。知っていますか? 父上ェ。諸王の方々が一番の非道とするのは、身内殺しという事を」

 僕と王と衛兵長は絶句した。

 ランシールは、酷薄の笑みを浮かべる。

 メルムの策とは、レムリアの身内に入り込めば、世間様を気にする王は下手な手段に出られなくなる、というもの。

 それなのに兄をダシに父親を脅すとは、恐ろしい女だ。

 僕もさっき似たような事していたけど。

「ソーヤ貴様、諸王と繋がりが?!」

 王は僕を威圧するが、

「父上! そんな事、今はどうでもよいのです! するのか! しないのか! はっきりお答えください!」

 ランシールに一喝された。

「ぐ、ぐぐ」

 レムリア王は苦悶の表情を浮かべる。それを守るはずの衛兵長も、何故か明後日の方向で両手を付けて落ち込んでいた。

 ついでに僕も、今後の事を考えたせいで頭痛が酷い。

 これラナに何て説明しよう。

 頭だけじゃなくて胸も痛い。

 エアとマリア、ミスラニカ様にグラッドヴェイン様にも説明せねば。僕、ボコボコにされる程度で終わるのかな? いっそ殺してほしい。

 あ、そうだ。

 メルムの奴が全て悪い。僕は悪くない! ………………いや、やっぱり悪い。

 どうしてこうなったのやら。

「デブラ」

「はい、陛下」

 レムリア王は冷や汗を浮かべ衛兵長を呼ぶ。

「余は休む。しばらく任せたぞ」

「え? 陛下」

 寂しい背中を向けて、のろのろと王はキッチンを出て行った。

 残された僕らはしばらく無言になる。

「ちょっと、問い詰めてきます」

「止めて差し上げろ!」

 死なれても困るので、ランシールを止めた。


 その後、レムリア王は三日寝込み。

 四日目のお昼頃、国外退去命令を取り消す書類が届いた。わざわざ取り消しという恩着せがましい物を送りつけて来る辺り、実にレムリア王らしい。

 

 そしてようやく、僕は冒険に出られた。

 暇と呼ぶには、あまりにもしんどい日々だった。

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