<第五章:けものせっき>


<第五章:けものせっき>


 余韻に浸り、ぼんやりしていた。

 僕の目の前には、床に突き刺さった剣が一つ。

 持ち主はいない。

 もう会う事はないだろう。

 第四法王の代行英雄キウス・ログレット・ロンダールは死んだ。

 残った剣がその証である。

「終わったな」

『で、あります』

 雪風が腰から降りて、人形の残骸を手に取り観察しサンプルを回収している。

「本当に終わったと思うか?」

『キウスは退けました。彼が再びレムリアに訪れ、ソーヤ隊員に危害を加える可能性は非常に低いでしょう。アバドンの完全処理には、最低でも五年。最長では二十年となっています』

「しかしまあ、今回は」

 危ない賭けだった。

 キウスがもう少し愚かでも、賢くても、破綻していた。

『危険でありましたか? 雪風はそうは思いません』

「そうか? バグドローンを見せたとはいえ。アバドンの存在を、あいつが信じる可能性は低かったと思う」

『信じさせる必要はありません。元々、現体制に疑心を抱いていた相手です。軽く揺すれば綻びは生まれていたでしょう』

「そう、なのか?」

 成功したのは偶然と思っていた。

『ソーヤ隊員がいったであります。キウスは王であると』

 この世界で、500以上のトップなら王と呼んでいいはずだ。

『そして、今まで手に入れた情報を統合すると。現エリュシオンの最大権力者は、キウスが友人といっていた【第一の英雄ディルバード・ドゥイン・オルオスオウル】。故に、友人の凶行に不安を覚えていた。同じ王であるからこその、対外的な不安。それはつまり、自分が抱える者達への気遣いが強いという事。どうやらキウスは、王は王でも民を気遣う良い王様でありますな』

「良い王ねぇ」

 この国を滅ぼしに来た男が、良い王とは皮肉だ。

 いや、不愉快か。

『たった一人で国を滅ぼせるほどの戦力。仮にソーヤさんが嘘偽りで誤魔化していたのなら、その時こそ、この国を滅ぼせばよいだけ。つまりはただの………モラトリアムです。この時間は、執政官と【第一の英雄】との関係を暴いた、ソーヤ隊員への報酬なのでしょう』

 モラトリアムねぇ。

 何だっけそれ? 遅延とか執行猶予とかそんな意味だっけ?

 確かに、キウスは最後にこういった。


『俺が去れば、別の誰かがこの国を滅ぼしに来る。ここはそういう場所だ。繁栄の度、獣に滅ぼされる呪われた大陸。貴様だけが【獣の王】ではない。過去に幾人もの【獣の王】がいた。そして、その全ては同じ末路を歩んだのだ。いつしか、貴様も同じ道を歩むだろう』


 次か。

 また次も、こんな手段で英雄を退けられるのか? それともやはり――――――


『ソーヤ隊員。雪風から一つ質問があります』

「何だ?」

 顔をしかめ悩む僕に、気遣いなのか雪風が話題を振って来る。

『今回のアバドンの件。もしキウスが要求を全て弾いて凶行に走っていたら、どう対応しましたか? いわゆるプランBを聞かせて欲しいであります』

「そりゃまあ、殺していただろう。何をしても。全く手段がないわけじゃないからな」

 ワイルドハント。

 代償が分かっただけで、使えなくなったわけではない。ない………………はずだ。

 ここで誰かを守る為に使う力が、その守りたい人の絆を代償にするとは、これこそ皮肉だ。

『では、その後は?』

「後?」

『アバドンの事です。広まったアバドンは確実に人命を奪うでしょう。そして、世界すら滅ぼすやもしれません』

「そうだな」

 予想によると61万人が飢饉で死ぬとか。運が悪ければそれ以上とも。

 まるでゲームの数値だ。現実感のない数字だ。僕の想像力を超えている。ただこれだけは思う。非情で無責任な、愚かな考えであるが、

「この世界は、そんなに弱いのか?」

『どういう意味でありますか?』

「僕如きに滅ぼされるような世界なら、近々誰かに滅ぼされるぞ」

『………ソーヤ隊員』

「アバドンだってそうだ。送り込んだ島々に天敵となる生物がいるかもしれない。風土に合わなくて繁殖しない可能性もある。農家の知恵で簡単に駆逐され―――――」

『あり得ません!』

 雪風が声を荒げる。

 妙に人間的な音声で驚いてしまった。

『ソーヤ隊員。前から思っていた事が一つあります。制限解除されたので、良い機会であります。あなたは自分に起こりえる事は常に最悪を想定しているのに、こと世界規模になると急に楽観視します。良くありません。人任せです。無責任です。自分が世界に影響しないと思い込んでいる』

「いやだから、僕程度の人間は―――――」

『それ! それであります! よくないなー! よくないなーであります!』

 ミニポットからアームが伸びてジタバタする。ぴょんぴょんする。

『人間は! 他の人間に常に影響を与えるウィルス的な要素を持っています! あなたが本当にダメダメのコニャンコニャンなら、とっくのとーに! 死んでいるであります! 周りの人達も不幸のどん底で食うにも困っています! 雪風が見た所、みんなそこそこ幸せであります!』

「そこそこかぁー」

 それはそれで落ち込む評価だなぁ。

 毎日美味しい物を食べさせているつもりなのに。

『異世界に転移するにあたり、企業は最優秀な人材を集めました! ソーヤ隊員はその補欠です! 席が余ったので社長の思いつきで突っ込んだだけの人材です! でも、他の隊員はみーんな行方不明であります! 今! ここで! ここに! 生きて立っている事はそれだけで誇りに値する成果! だから背筋を曲げるな! 下も上も見るな! 前を見て進むであります! ジャストゥ! ドゥイット!』

「あ、はーい」

 この暑苦しい感じ嫌い。

『ピニャーダカウダ!』

 そういうと雪風が小石を僕に投げ付けた。

「あた」

 豆粒くらいの石が額に当たった。でも確かに、こいつは僕に“危害”を加えた。

「え、雪風。それはそのA.Iの規定的に」

『そういう事を踏まえて、ひじょーに大変な事があります』

「どういう事でありますか?」

 いきなりで何のこっちゃであります。

『雪風は、マキナがアバドンを作成するさいに、一定数以上増えないよう自死因子を埋め込むよう再三提案したであります。それをあの野郎、ヘラヘラ笑って何ていったと思いますか?!』

 いや雪風さん、制限解除して分離したとはいえ自分のマスターシステムを“あの野郎”は、ちょっとアレなのでは? マキナ聞いたら泣くぞ。

『でも~ソーヤさんが殺されちゃったら、やられっぱなしになるじゃないですかー。それってなんかーそこはかとなく。ムカつくっていうかァーありえなくないー? って………耳を疑ったであります』

「いや、僕も疑ってるけど」

 マキナはそんな喋り方はしない。

 何十年前の死語だよ。

『雪風がいいたいのは、あなたの“せっき”がマキナにも影響しているという事です。ネガティブ禁止! ポジディブに生きてくださいであります!』

「えー」

 てか、“せっき”て何だ? せっ記? せっ鬼? 刹か? 殺か?

『という事で、明日の起床時からこれを読んでください』

 ミニポットが近づいてきてメモを差し出す。

 受け取ると、僕が嫌いな言葉が羅列してあった。

「なあ、雪風。これは僕の性分なんだ。良い女の胸に顔を埋めて、絆されても治らない。不治の病だろう。死んでも治らないさ」

『いえ、治ります。治らなくても治ったように振る舞えば、そのうち本物になるであります』

「怖っ!」

 ちょっとしたブラック企業だぞ。

『とりあえず、声に出して読んでみましょう』

「嫌だ」

 めんどい。

 思ったよりも時間が余ったから、お土産を買って家に帰りたい。

『そうなると思って、ソーヤ隊員の大切な物を預かっているであります』

「なん、だと?」

 雪風のアームが握っていたのは、極小サイズのスティックメモリー。しかも、印を付けた見覚えのあるやつだ。

「お、お前、それをどこで?」

『ソーヤさんに論理的な問題があっても、プライベート設定で触れていませんでしたが、制限解除で回収できました。倫理的にも違反しているデータであります。これを」

 雪風がグニっとメモリーを曲げて破壊しようとする。

「やめろぉぉぉぉぉ!」

 それには6PBほどの異世界の思い出が! 画像と動画ががが!

『じゃ、雪風のいう通りにするでありますか?』

「………………嫌だ」

 暗がりを抱えていても僕は僕だ。

 これでこそ僕だ。

 カルトの洗礼を受けたように、気色悪い顔で目をキラキラさせて生きても、そんなもんケツから血を吸われる羊と同じ。

 人間の生き方じゃねぇよ。

『じゃ、北京ダックであります』

 破壊音の“ペキン”とかけた雪風のブラックジョークであった。

 ペキンッ。

「ああああああ! エロデータがあああ!」

 破壊され、捨てられたメモリーの前で跪く。そうすると、走馬燈のように裸の映像が過ぎ去って行った。

 大事な、僕の、思い出、が………………

『ラナ様やランシール様だけでなく。異世界の他の女性まで激写しているとは、しかも全方位設定で動画も撮っているとは。ソーヤ隊員、度し難いであります』

 あんまりだ。

 酷すぎる。

『と、実はバックアップがここに』

 雪風は新しいスティックメモリーを取り出す。

「お、お前」

 落として希望を持たせるとは、やるな。

『ソーヤ隊員の交渉術を真似たであります。これも、あなた自身の悪い影響。因果応報でありますな』

「ぐっ」

 何もいえねぇ。

『じゃ、どうするでありますか?』

 これは………………取りあえず従っておいて、バックアップを取って見つからない所に隠そう。

『ちなみに、マスターデータにモザイクをかけました。ソーヤ隊員の今後の態度次第で、少しずつ外してあげるであります』

「狡猾!」

 雪風、恐ろしい子ッ。

『後、盗撮は今後一切禁止するであります。破ったらご家族にデータを添えて告発します』

「クッ、何て卑怯な」

『卑怯ではありません。真っ当な正義感であります』

「………………」

 ぐうの音も出ない。

『で、やるでありますか? イエスか、イエッサーで答えるであります』

 大小様々な手段を思い浮かべるが、キウスと戦った心的疲労で僕は折れた。

「や、やる」

『では、メモを片手に続けてください』

 何故か雪風もメモを広げる。

『ジャスト! ドゥイット!―――――――』

 制限解除されたA.Iによる自己啓発セミナーは、死ぬほど鬱陶しかった。

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