<第四章:剣と麦を賭けて> 【06】


【06】


 床に槍を突き刺し無手となる。

 ここから先の戦いに武器はいらない。

「で?」

 僕の問いかけにキウスは独白で答える。

「最初に滅ぼしたのは小さい国だった。戦争から逃げ出した者が作った国。最初の妻の国だ。あれは美しい女でな、戦利品として頂いた。

 奴隷としてな。

 亡国の姫君を味わい尽くし、飽きたら下げ渡すつもりだった。

 ま、とうとう死ぬまで、いや死んだ後も飽きる事はなかった。生涯唯一、全てを忘れさせてくれた女だ。

 信心のない俺がいうのもおかしいが、聖リリディアスのような女神だった。それ故に、神の元に早く旅立ったのだろう。

 だが、子は残してくれた。

 俺の生き甲斐を残してくれた。

 それから、二つの国を滅ぼした。

 殺した数は………………千か、万か、数えるのも無意味だ。兵は皆殺しにした。勇気ある者も、逃げ出す者も、等しく変わりない死を与えた。

 老人も赤子も同じように火にかけた。

 女は犯した。飽きれば飢えた兵にくれてやった。

 王も民も、何も変わりない。肉の塊だ。

 しかし、家に帰れば子がいる。

 優しい父親として子を抱き締める。

 血生臭い匂いを誤魔化し、獣が父という仮面を被るのだ。我ながら道化だ。それでも子供の笑顔を見たいと思った。これは偽りではない。例え偽りでも、肉に貼り付ければ本物になるだろう。そういう生き方を選んだ」

「で?」

 ズレているのか、関係のない話が続く。

 それとも、これは長い前置きなのか?

「俺のような畜生にも、大事なモノが二つある。一つは亡き妻が残した子。もう一つが友だ」

「………………」

 必要な様子見とはいえ、興味のない話題だ。

「我が友ディルバードは、使い捨ての一兵に過ぎなかった俺を英雄にしてくれた。彼がいなかったら、俺は名声を吸われる影で終わっていただろう」

 ふと思い出した言葉を口にした。

「あんた【英雄の尖兵】か?」

「ほう、流石だな。その名を知る者はエリュシオンとて極一部だ」

 バーフルの顔がチラつく。

 あのクソ犬め。高い肉ばっかり食べやがって………あ、そっちは違う方か。

「その通り。俺はかつて【英雄の尖兵】だった。全てを英雄の虚構の為に捧げて来た。ネズミも食わない使命感でな。が、今や俺が忠誠を誓うのは一人。

 それは聖リリディアスの教義でもなければ、肥え太った為政者でもない。獣狩りの八王などゴミのようなモノ。ただ友の為、ディルバードへの友愛の為。………だからこそ、だからこそ!」

 キウスの怒りが再燃する。

 バラバラになった人形の残骸を更に嬲る。

「許せぬ! 許せぬ! この人心を惑わし、知識を奪いとる魔物が! こやつらがきっとディルバードを唆し、我が国を暗黒の渦中に引きずり込んだのだ!」

「おい」

 聞けよ。

 そして覚えろよ。

「この人形は、あんたのお友達に命じられていたのでは?」

「何故それを信じる。貴様も惑わされたのか?」

 面倒な。結局はこいつ、自分が聞きたい事しか頭に入らない奴か。

 げんなりするが説明しないと。

「僕は、こいつらと似たような生き物を知っている」

 足元の人形のパーツを拾う。それは骨のような羽が生えた箇所だ。

「彼曰く。自分は悪魔に作られたという。そして、その悪魔は、リリディアスの何某から知識を盗んだのだと。この人形――――――」

 羽を弄ぶ。思ったよりも広がらない。稼働しない。根本に、傷ではない肉の小汚さが見える。

 組合長の体を酔った勢いで、不本意ながら、マジマジと見た事がある。

 偏執的なまでに美しかった。

 羽も鳥のように稼働して自然的な動きを見せる。美貌も合わせて、それは、そこらの女性が絶句するレベルで、組合長のモテない理由が何となく分かった。

「うん、出来が悪いな。彼に比べたら、この人形はガワだけの粗悪品だ。作りに含蓄がない。スカスカで空っぽ。だからこそ分かる。こいつは、オリジナルだ」

 しかも途中で作り飽きた。

 改良されず放り捨てられた生き物。

「馬鹿な事をいうな」

「事実だ。僕は、ミネバ姉妹神・夜梟のグラヴィウス様より慧眼を賜っている。物品の鑑定はお手の物だ。この目が節穴なら、あんたが舌鼓を打ったラーメンも作れてねぇよ」

「取り消せ、それとも戯言に命を賭けるか?」

 安っぽく、剣の切っ先が向けられる。

 今の状態なら、喉か心臓の一突きで即死だな。

「取り消しても事実は消えない。真実を偽りとするのは、愚者の証だ」

 剣が踊る。

 刃が風を斬る。

 いや、これは脅しだ。

「ッ」

 分かっていても声が漏れた。首筋に冷たい感触。

 英雄は濁った瞳で僕を見ている。そこに、こいつの弱みがあった。

「キウス。何故だ。何故あんたは、友の命とやらをさっさと果たさない。これまでもそうして来たのだろ? 今更、美化や綺麗事で使命を止めるのか? それとも友の凶行を見逃せない理由でもあるというのか?」

「死に行く者に、話す理由があると思うか?」

「では、死の手向けに聞かせてくれ」

「断る」

 では仕方ない。

「僕が話してやろう」

 ポケットからメモの束を取り出し、床にばら撒く。

「何だこれは?」

「見ろ」

 キウスに顎で命じる。彼はメモの一枚を手に取ると表情を変えた。

「俺が購入した商品の目録か」

 それが何だという顔。

「あんた結構な大家族だな。土産の刀剣だけでも三十本。髪飾り、小物入れ、化粧品、調味料、合わせれば五十人分はある」

「だから、どうしたというのだ?」

「どうしたも何も、あんたの用心深さには感心している。これは尖兵の経験からか? 物品の運搬は周到に人を変え、騎士団と中央商人、“島民”を上手く利用している。僕の人脈じゃ、荷物の行き先は大まかにしか分からなかった」

「貴様」

 僕の脅しに気付いたようだ。

 ここからが問題だ。巧みに虚実を使わないと。

「なあ、キウス。あんたは子供が可愛くなったんだな。で、その情は伝播した。初めは子供の遊び相手欲しさか、女の面影を探したのか、それとも贖罪か。一人、二人と集めるうちに歯止めが利かなくなり。それを維持する為に、更に人を増やし。あれやこれやと共同体ができた。愛人の為に島を買ったというのは、噂じゃなかったようだな。全部で、何人いる?」

「それを貴様にいう必要はない」

「僕らの予想では、500人弱だ。もうあんたは王と名乗ってよい立場だろう。だからこそ、友の凶行を恐れた。いや、目を伏せていただけか」

「貴様、何を考えている?」

 やっと、僕の含んだ毒に気付いたな。

 少し畳みかけるか。

「人に情が湧いた英雄は、虐殺などできない。あんたの過去がどれだけ血塗られていようが、これから正道を歩めば、十分後世に語り継がれる真っ当な英雄となるだろう」

「何だそれは、俺に友を裏切れとでも? エリュシオンに反旗を翻せというのか?!」

「察しが早くて嬉しい。その通りだ」

 キウスは剣を振り上げた。

「ソーヤ、次の言葉はよく考えろ。英雄の名誉を踏んでいるぞ」

 脳天に剣が落ちれば真っ二つか。まあ、それでイーブンな関係だ。

 僕も、ナイフを突き付けている。

「あんた本当にレムリアを滅ぼせるのか?」

「できる。心を殺し獣に食らわせば容易い。夢から覚めれば、後は全て瓦礫の下敷きだ」

「そうか………………」

 そいつは予想内だ。

 結局こいつは犬。

 最後は命令通り動くだけの獣。

 叩き潰せば尻尾を振る。

「結構、だがしかし最後にこれを見てくれ」

 僕の最後のカードは、小瓶に入った虫だ。

 バッタに似た小麦色の虫の死骸。米粒のような白く小さい卵も瓶に入っている。

「………それをどこで手に入れた?」

「やはり知っていたのか。食糧事情を操って国を弱らせるのは、エリュシオンの常套手段のようだな」

 それを防いでいるハゲは、あれでも優秀という事になる。

 何か悔しい。

「この麦に巣くう虫は、この地に流れ着いたある密偵が残していった」

「リーベラ・アラルレドか。奴が貴様に協力していたとは」

 見当違いの言葉に、思わず噴き出してしまった。

 キウスは不機嫌そうに僕を睨む。

「協力? 全然違うな。あいつをこの国から追い出したのは僕だ」

 協力していれば何かが変わっていただろうか?

 ま、それは恐らく悪い方向だ。

「要領を得ないな、ソーヤ。その害虫が何だというのだ? エリュシオンの所業を告発でもしたか? 誰も信じぬぞ。例え信じても、諸王のような元からの敵。もしくは亡国の棄民共だ」

「違う。そんな間抜けな事はしない」

 僕は正義など語らない。

 お前達の正義や悪にも興味はない。

「僕の手の者は、虫を改良できる」

 僕の広げた手に、デモンストレーション用のバグドローンが着陸した。

 バグドローンとは、蚊の頭部を電子部品に取り換えた物。マキナはこれを、生態系に無害な蚊を培養して作成している。

 それとは別に、かのA.Iは昆虫を研究する趣味があった。これは、その研究課程で誕生した特害虫だ。

「この麦食い虫。お前らが使っていた物より数段繁殖力が強い。しかも飛ぶ。予想データによると、一つのコロニーが開花して対策なしに季節が変われば、七日間で中央諸島の島々全てに行き渡り、麦を残らず、いいや“食らえる作物を全て食らう。”まるで奈落の穴のように」

 あ、そうだ。

「麦食い虫じゃしまらないな。大層な名前の一つでも付けようか。イナゴじゃ、こっちでは馴染みがないか。響きも間抜けだ。アナザーアギ―――――は、流石に駄目として。そうだな………………あ、そうだ。あれだ。あれにしよう。ぴったりなのが一つある」

 イナゴの王。七つの災厄の五番目。

 天使のラッパで召喚されるという。アレ本来の意味。

「アバドン」

 それを倒せと命じられた冒険者が、新たなアバドンを世に生み出した。

 バーフルにいわせれば、これも皮肉な神の御業か。

「ソーヤ、貴様は何を………」

「今朝、船を出した。中央諸島に向かう船だ。商品は、ダンジョンの素材、武器防具、小物、調味料、それにアバドンを仕込んだ小麦粉。卵は口に入れても無害だが、何かの拍子に卵が土に落ちれば繁殖が始まる。いや、あまり質が良くない小麦だから家畜の餌になるかもな。まあ、色んな方法で卵は孵るだろう」

「正気か?! 未曽有の大飢饉が起こるぞッ!」

 巻き込まれる島の中に、シュナの故郷。アゾリッド群島がある。

 だから、僕もやりたくはなかった。

「知っている。それを目論んでいる。エリュシオンは助けないだろうな。メリットがない。いや、もしかしたら中央大陸にもアバドンが上陸するか」

 そして、この右大陸にも。

「キウス、あんたの守りたい島がどこにあるか分からなかった。だが、“右大陸寄りの中央諸島のどれか”という見当は付いた。だから、その全てを巻き込んだ」

「………………馬鹿な」

 獣が、化け物を見る目を向ける。

「これが僕の刃だ。今、お前の家族全てに切っ先を向けている」

「止めるよう命じろ!」

 安い脅しで剣が落ちる。

 頬が軽く切れたが、再生点により傷は跡形もなく消えた。

「止まらない。僕が何をしようとも、もう止まらない。災厄の種は撒かれた」

「馬鹿な事、何人死ぬと思っている?!」

「大凡、61万人だ。大陸にまでアバドンが広まれば倍の被害になるがな」

「人の所業ではない。………………いいや、俺を謀るつもりだな!」

 まあ、僕だって冗談で済ませたいさ。

 虐殺者になる為に、異世界に来たのではない。

「そう思うなら、そう思え。信じるも信じないも、お前の好きにしろ」

 バグドローンが手の上から飛び立ち、キウスの眼前に迫る。

 それは剣の一閃で真っ二つにされた。

 証拠隠滅の発火装置が働き、バグドローンは火花を散らして燃え尽きる。

「キウス。お前は、小麦色の雲を見るだろう。全てを食い尽くすアバドンの集団を。その時が来てからでは何もかも遅い。世界の終わりだ」

「まるで、まだ間に合うような口振りだな」

「間に合うさ」

 これで全てが決まる。

「なあ、キウス・ログレット・ロンダール。本物の英雄にはなりたくないか?」

「なん、だと?」

 飲み込んでやるぞ。

「あんたは血塗られた英雄だ。無数の死を踏み付けて生きている。自分でも分かっているからこそ、誇りが持てないのだろう。友情や友愛などというくだらない言葉で、思考を止めている。だが悪行を、誇りに変える手段がある。奪った命以上の命を救え。アバドンの脅威から、世界中の人間を救え」

「………………」

「アバドンを除去する方法はある。長い時間がかかる仕事だ。あんたの命一つじゃ足りないかもしれない。剣を捨て、地を這い土に汚れ、虫を探す地味な仕事だ。それでも、人殺しよりはマシだろう。億兆倍もマシな所業だ」

「………………」

 キウスは答えない。

 押し殺して剣を握っている。

「今日、この場で、キウスという英雄は殺せ。エリュシオンも捨てろ。一人の名もなき英雄として甦れ」

「その方法とは何だ?」

 少しだけ正解を見せてやる。

「アバドンを見つける方法と、アバドンを食う生き物の管理方法。それと非常時の農薬の作成方法。お前がこの土地を離れたら、この英知を海上で船ごと受け渡す」

「………………友は裏切れぬ」

「なら、家族は見殺しに出来るのか?」

「………………それも、またできぬ」

「お前は幸せな人間だ。大抵の人間は選択する暇もない」

「選択、だと」

 ああそうだ。

 犬。

 飼われても自由になれるお前は、どれだけ幸せな犬なのか。バーフルの野郎が知ったら、ぶち殺されるレベルだ。

「選んで勝ち取るのが人生だ。選んで失敗して這い上がるのも人生だ。人に命じられ、殺すだけのお前は生きていない。玉と竿が付いてるのなら、てめぇの人生を選んで手に取って見ろよ!」

「ッ」

 キウスは舌打ちして視線を逸らす。

 僕は笑う。

 人を食ったケダモノの笑みを浮かべる。

「さあ、英雄。選べ。何を殺すのか、何を生かすのか、剣と麦を賭けろ」

 久々に悪行の信徒らしい仕事ができた。

 答えはどうであれ、結果はどうなろうが、それだけは満足だ。

「俺は」

 キウスは剣を構え―――――――

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