<第四章:剣と麦を賭けて> 【05】


【05】


 手持ちの武器は槍一本。しかし、これだけが武器ではない。

 ワイルドカードは切った。

 やり残しはない。

 今持てる全てを賭けた。

 後は、相手の手札を見るだけだ。


 キウスの潜んでいた場所は、アヴァラックの邸宅だった。

 例の上級冒険者共、リンク………リンクル? チンクリリン? ええと、リンポンスノンだったか? あいつらが、エリュシオンと繋がっている可能性は高いという事だ。

 ナナッシーとアヴァラックの繋がり、今のアーケインの仲を思えば当然か。

 連中の始末は後で考えるとして、今はキウスに集中する。

「雪風、ここ数日の人の入りは?」

『全くありません。キウスのみであります』

 居場所を発見してから、雪風は独自で監視していた。

 自分でも気配を探るが、確かに大きなキウスの光のみ。

「行くか」

 警戒を解いて真っ正面から侵入する。

 敷地内は荒れていた。

 金ピカの像は残らず盗まれ、固定されていた土台だけが残っている。室内も似たようなもので、そこら中ひっくり返され、荒らされ、金目の物は一つとして残っていない。

 たぶん、雇っていたチンピラやメイドの仕業だろう。

 金じゃ信頼は生まれなかったようだ。 

 キウスの気配は二階。

 トラップのような、こそい真似はない。無警戒で上に行く。

「よう、英雄様」

「おう、獣狩り」

 気さくに不愉快な言葉を交わして、キウスの前に立つ。

 彼はリラックスした様子で、アヴァラックのベッドに腰かけていた。剣は壁に掛けられ英雄は無手である。

 僕の気配は察知していたはず。戦う準備すらしないとは、その余裕が腹立たしい。

 キウスは口を開く。

「一つ確かめたい。片割れを殺ったという事は、俺の依頼は受けるのだな?」

「場合によっては受けよう。だが僕も確かめたい」

「何だ?」

「今、執政官はどこにいる?」

「少し待て」

 キウスは、急にえずきだす。

 おぞましいもの見た。

 キウスの喉がカエルのように膨らみ、限界まで口が広がり、あるモノを吐き出した。

 胃液と内容物に塗れた少女の生首だ。

 更におぞましいのは、それが急速に再生して人の形に戻る事。ものの十秒ほどで裸体の少女が出来上がる。

「キウス、説明を求めます」

「黙れ人形」

 キウスは剣を手に取ると、執政官の喉に突き刺し床に縫い留める。痛みすら感じていないのか、執政官は平静なまま問いかけた。

「無駄です。胃液で溶かそうとも、剣で切り刻もうとも、この身は―――――」

 執政官は、ようやく僕の存在に気付く。

「獣の王。貴様」

「見ろ、ソーヤ。このエリュシオンに巣くう魔物を。我が友を狂わせ、王国を食い潰そうとする人形を。長い間、俺はこれを殺す術を探してきた。ようやくそれが―――――」

「アハハハハハハハハハ!」

 文字通り、壊れた人形のように執政官が笑いだす。

「キウス。あなたは大馬鹿者であります。我らがディルバード様を狂わせた? 見当違いも甚だしい。我らの造物主はディルバード様であります。我らは、ディルバード様を愛するように作られている。それを“狂い”というのなら、あなたが正すべきは一つでありましょう」

「………………馬鹿な事をいうな」

 執政官の言葉で、キウスは冷静さを失った。

「いいえ、馬鹿はあなたであります」

「ふざけるな! 貴様らの邪悪があいつの所業だというか?! 赤子を食い殺し文明の炎を潰すような愚行をッ! 第一の英雄が指示していたと!」

「はい」

 執政官はさも当たり前に答える。熱くなるキウスとは真逆に、僕の精神は底冷えしていた。

 ディルバード。

 それが第一の英雄か。

 聞き覚えがある。獣に堕ちるヴァルナーが、恨み言で吐き捨てた名前だ。何となく印象に残っていたが、恐ろしい英雄にしては凡庸な名前に思える。

「取り消せ、我が友を汚す言葉を!」

「取り消しても事実は消えないであります。あなたは、特に愚かな反応をしますね」

「待て、他の代行英雄は、この事を知っているのか?!」

 一際大きい怒声が響く。

「全てではありません。自然と気付いた者もいれば、黒エルフに唆された者も、そして“最初”から知っていた者もいます」

 キウスは震えていた。

「こ、こんな馬鹿な事があってたまるか。英雄が、自らの手で国を削っていたとは」

「あなたのような無知蒙昧に、彼の苦しみは欠片も分からないでしょう」

 執政官が軽蔑の目をキウスに向け、僕にも見向く。

「さあ、獣の王よ。この身を壊すがよい。だが覚えておけ。貴様が本物であるのなら、まさしく真の英雄が現れるだろう。呪いとは惹かれ合うのだ。どこにいようとも逃れようはないぞ」

 僕は槍を構える。

「キウス、依頼を果たそう」

 執政官の胸にそれを突き刺した。槍の名は、深帝骨。魚人の神官に友好の証としてもらった深淵を帯びた武器である。

「カ、ア」

 執政官の心臓らしき部分を抉り、掻き回すと、血を吐き苦しみだす。

 これは確証のない賭けだった。

 ゲトさんが誤認したという情報で、執政官や助手には、地上にない加護が働いていると読んだ。それだけの浅はかな挑戦。

 どうやら正解だったようだ。

「モーニエラ、ディルバードさ、ま―――――王子」

 執政官は走馬燈を見たのだろう。幻に手を伸ばす。そして………………動きを止めた。

 槍を引き抜き、穂先の状態を確かめる。

 腐敗臭のする黒ずんだタールのような液体が付着していた。助手が呪いを受けた時に吐き出したモノと同じ。

 僕が分かるのはそこまで。

 こいつらの本質は一体何なのか。何故に第一の英雄はこれを作ったのか。最も気がかりなのは、代行英雄を王子と呼ぶ理由だ。

 と、急に部屋が揺れる。

 ドンッという衝撃に音。

 キウスが、人形の体に剣を叩き付けていた。ドン、ドン、ドンと太鼓にも聞こえる響き。斬るというより棍棒で殴るような荒っぽい破壊。

「おい」

 僕の呼びかけを無視して破壊を続ける。

「おい、キウス」

 軽い殺意を向けると、凄まじい形相でキウスは威嚇してきた。その半面は獣と化していた。

 丁度良い。

 ポケットに入れた数枚の銀貨を投げつける。一瞬だけだが、獣が銀を嫌いビクつく。

 その隙に、呼吸を止めた。

 居合いの要領で体を動かす。

 爆発的な速度で静から動へ。キウスの心臓を槍で貫き、返す体で石突を蹴り飛ばす。吹っ飛ばされたキウスの体は壁にピン留めされた。

 おぞましい獣の鳴き声が響く。

「さあ、どうだ」

 肉が膨らみ、服が裂ける。

 獣は更に大きくなり、そして、

「ぐっぐぐ!」

 元のキウスに戻った。英雄は歯を食いしばりながら、胸から槍を引き抜く。穂先には脈打つ心臓が丸々と付いている。

 だというのに、胸の傷はもう塞がっていた。肉の中には新しい心臓が見える。

 呆れた再生力だ。

「何の真似だ? この程度で俺が殺せるとでも?」

 キウスは自分の心臓にかぶりつく。『美味いものではない』と、顔をしかめて平らげた。

「確認しただけだ。その槍で獣が殺せるのかを」

 以前、半ば獣と化した騎士を深帝骨で貫いた事がある。あれは急所を外したから、もしやと思ったが、そう甘い存在なら苦労はしないか。

「その人形と獣は、全く関係のない不死性のようだ」

「この槍は何だ?」

 心臓を貫かれたというのに、キウスは槍を僕に放り返す。

 油断なのか、確信なのか。この野郎と思う。

「友人に魚人の神官がいる。これはその友好の証だ」

「魚人………なれば執政官共は海洋の魔から生まれているのか。いや、今更それを知った所で」

 内問答が始まる前に話題を変えた。

「僕は、あんたの依頼は果たした」

「確かに」

 キウスは人形の残骸を一瞥する。

「報酬を貰いたい」

「欲しいモノをいうがよい。代行英雄キウス・ログレット・ロンダールの名にかけて、望みの報酬を与えよう」

「では、全法王の命を」

 まずは、どだい無理な要求を。

「名を汚す要望だ。断る」

 だろうな。

「では、残りの代行英雄の命を」

「我が名以上の英雄がいる。叶えられぬ無意味な要望である」

 では少しグレードを下げて、

「あんたの命だ」

「俺は言葉では殺せぬぞ」

 当然断られる。

 では、そろそろ本題に入ろう。

「あんたの本当の目的を教えてもらおう」

「俺の密命を教えろと?」

 やはり、こいつは自分の意思でこの国に来ていない。

 淡い期待が一つ消えた。

「大体の想像は付いている。しかし、言葉という確証が欲しい」

「いいだろう。お前の働きは聞くに相応しい」

 僕の予想は三つだ。

 一つは、エリュシオンへの離反。だがこれは【密命】という言葉で早々に消えた。こいつは個人の思惑で動いていない。エリュシオンに忠誠を誓った相手がいるのだ。

 一つは、エリュシオン内の叛乱。キウスに命令をした者が、現体制に不満を持っている人物なら可能性は高い。

 最後の一つは最悪の予想。

「俺は、第一の英雄ディルバード・ドゥイン・オルオスオウルの命により。このレムリア王国を滅ぼしに来た」

 大当たり。

 悪い予想ほどよく当たる。

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