<第四章:剣と麦を賭けて> 【03】


【03】


【191st day】


 雪風のプラン通り、方々に手を回した。

 商人に、炎教、農家と、パン屋に、冒険者、魚人。

 決め手となる情報を持っているのは、アーケインだった。

 呼び出した場所は、大通りから離れた小さい酒場。寂れて埃っぽく。集まる客は、どいつもこいつも背中を丸めて他人を値踏みしている。

「アーケイン。貸しを返せ」

「とうとう来たか」

 テーブルに着いたアーケインは、げっそりとした表情を浮かべる。先延ばしにしていた清算の時である。

「ソーヤのせいでアーケインは最近、まともに冒険できていない。早くしろ」

 と、ナナッシーが急かす。

 アーケインが冒険に出ていない理由は、貸し借りが原因じゃないのだが、それはこいつらの問題だ。僕には関係ない。

「キウスの情報を売れ」

「断るッ」

 即答であった。

 まあ、そうだろうな。

「オレは見習いでも騎士だ。何れ本物の英雄になる男だ。仲間を売るなら死を選ぶ」

「じゃ死ね」

 脅しである。武装は城預かりのまま、僕はナイフ一本も持っていない。

 ただ、本当に最悪の場合。幼い獣風情、素手で引き裂いてやる。そんな殺気をアーケインに当てると、

「分かった。何をすれば良い?」

 ナナッシーの方は提案に乗って来た。

「お前ッ」

 お冠のアーケインが、ナナッシーの平たい胸倉を掴む。

「アーケイン、冷静になるべき」

「なれるか! こいつはッッ」

「落ち着け、落ち着いて自分のした事を考えろ」

 周囲を見るよう促す。

 酒場の客からは奇異な視線を集め、強面の何人かに舌打ちをされていた。

「っち」

 渋々アーケインは黙り込む。

「なあ、アーケイン。お前が使用した組合非公認のポータル。あれって、歴代のエリュシオン騎士達が使用していたものだな?」

「なっ何故それを」

 アーケインの顔が歪む。

 こいつらのパーティは、冒険者組合が管理していないポータルで、ウロヴァルスに転移していた。そして組合のアドバイザーなしで突っ込み、間抜けな事に捕らえられた。

 恐らく、他にもそんなポータルは存在するのだろう。

 というか、組合は馬鹿でも節穴でもない。このポータルは把握しているだろう

 黙っている理由は、得するハゲがいるとか、裏取引の案件。ま、大人の事情だ。

 もちろん、ウロヴァルスのポータルは雪風が発見済みである。

「アレを公表するだけで、過去現在とダンジョンに挑戦している騎士の名声は立ち所に落ちる。お前一人の問題じゃなくなるぞ」

「ぐ、ぐぐ」

 悲しいかな、アーケインは若い。もう少し経験を積めば、保身なり、隠蔽なり、色々な汚い手を覚えるだろう。しかしながら、今は思考が停止するだけ。

「で、何をすれば良い?」

 しかも相棒は、機械的に理屈っぽい。

 ナナッシーは、アーケインの為なら何でもやるだろう。ただそれは、愚直な忠誠だ。アーケインの賢さ以上の案は出ない。

 お前らの信頼関係、利用させてもらうぞ。

「キウスの奴の―――――――」

「分かった。それは―――――」

 僕の問いに、ナナッシーはスラスラと答えた。

 アーケインは、始終疑問符を浮かべていた。

 察しが悪くてありがたい。

 最悪の場合、大量虐殺の片棒を担ぐことになるのだ。万が一ここで気付かれたら、流石のアーケインでも全力で止めて来るだろう。

「他には?」

「ない」

 こいつらから得られる情報は全てもらった。お互いの関係はニュートラルに戻る。

「じゃ、これでもう借り貸しはナシ」

「そうだな」

 僕が席を立つと、ナナッシーも同時に立つ。

「………は? え、おい。ソーヤ、これで終わりか?」

「終わりだ」

 アーケイン完全に置いていかれている。

「マジで終わりかよ。こんな情報で何をするんだ?」

「終わりだ。答える必要はない。今後一切、僕はお前らに近づかない」

 ナナッシーが、急に僕とアーケインの間に入る。

 動物的な本能だろう。

「では、すぐ消えろ」

 殺意溢れるナナッシーの威嚇。

「分かってるさ。せいぜい仲良くしろ。後、アーケイン。お前、冒険者には向いていない。地上で騎士らしく生きろ。そんな世界が長く続くとは限らないけどな」

「何だと?!」

 怒るアーケインに手を振り、僕は酒場を出た。

 さて、次だ。


 船の手配は運が良かった。

 ザヴァ商会とエルオメア商会が、中央大陸の周辺諸島への輸出準備をしていたからだ。

 商品は、ダンジョンで取れる素材や、武器防具、小物、調味料、それに格安の小麦粉。

 安い小麦粉については、ちょっと面倒な事情がある。

 エリュシオンは同盟国に食料を提供している。その多くは中央大陸原産のエリュシオン小麦。その精製された小麦粉である。

 そしてレムリアは、生産している食料量を低くごまかしている。

 当然、余る。

 小麦粉が余るのだ。

 麺やパンの用途で安定して消費されるものの、それでも大量に余る。

 かといって、レムリア国内でエリュシオン小麦粉を格安販売すれば、ごまかしがバレる。そこはそれ、あのレムリア王の事でしっかりとコントロールしていた。

 そのコントロール方法だが、

 一に廃棄、

 二に飼料、

 三に混ぜ物である。

 一は簡単だが、人間というのは欲深い生き物である。

 王命に逆らって売り払おうとした者がいたらしい。そいつらは影に消されたが、後に続く者も多かったので、廃棄案自体が廃棄されつつあるとか。

 二も簡単、ダンジョンのモンスターに食わせれば良い。

 例えば、レムリアの名産であるダンジョン豚という大食らいの生き物に。

 ただこれも問題があり、ダンジョン豚は巨大になると凶暴かつ強敵になり、冒険者を沢山食らうようになる。

 しかも人肉の味を覚えたモンスターは偏食になるのだ。こうなると小麦粉など見向きもしない。

 それで、三の混ぜ物の案がでた。

 これは実に、もったいない話である。

 俗に獣人パンと呼ばれる、貧乏食に使われる全粒粉。全粒粉とは未精製の小麦を粉にした物。レムリアの全粒粉が異常に安い理由は、作成コストの問題と思っていた。

 だが違った。

 つまりは、余ったエリュシオン小麦粉に、家畜の飼料である小麦の表皮や胚芽を混ぜて全粒粉を作っていた。

 元の価値を大幅に落とし、格安でばら撒く行為。

 この国が、貧者でも飢えていない理由の一つである。

 この三つが、今の今まで食料のごまかしがバレていない理由………………なのだろうか? 僕は、まだ裏があると思っている。

 とりあえず、だ。

 どんな策を練ろうとも、人の欲深さというのは暗に潜む。

 この混ぜ物にされる前の小麦粉が、レムリアの裏で流れていた。どういう経緯なのかは不明であるが、僕の潰した商会の一つが、この闇小麦粉を大量に保管していた。

 量が量なだけに、一商会では廃棄しようにも、料理にしようにも、ダダ余る。

 しかも、もうすぐ左大陸小麦が収穫できる。

 価格の問題がクリアされたら、パスタブームも再燃するだろう。

 以上が、小麦粉を輸出する理由。

 まあ、小麦粉は密輸なんだけどね。

 ゲトさんに頼んで、小麦粉だけ別ルートで海洋に運んでもらった。それを後で、船団が回収する手筈だ。

 僕に魚人との親交があり、そのお孫さんが奥さんであるエルオメア商会がなければできないプランである。

「なあ、雪風」

『何でありますか?』

「彼らを全部犠牲にしたら、僕は落ちる地獄もないな」

『それは最悪のケースであります。可能性は低いかと』

「可能性か、友人や仕事仲間を危険にさらした時点で人としてどうかと思うが」

『理解できないであります。普段の冒険と何が違うのでありますか?』

「あ」

 確かに。

 いやいや違うだろ。

「覚悟のある人間と、そうでない人間を巻き込む事は大きく違う」

 兵が殺されるのは業務だが、民が殺されるのは殺戮だ。

 決定的に違う。

『いえ違いません。人は大きなコミュニティに属すると至上の安心感に包まれますが、それは集団催眠のような虚構です。

 生きるという事は、常に戦いであります。

 人生という連続する取捨選択の中には、常に自らの命が含まれています。もし最悪の結果となり、魚人の方々や、商会の方々に生命の危険が訪れようとも、それは彼らがソーヤ隊員と交友するという誤った選択を選んだ結果、なのです。ソーヤ隊員がそれを憂うのは、全くもって無意味な行為でありますよ』

「おい雪風」

 とんでも理屈を聞いたぞ。

 でも、

「もしかして、僕を慰めているのか?」

『イエスであります』

 ………………ま、まあ。

 そういう事にしておこう。

 気負うな、最悪ではなく最高の結果を導き出せって事だ。

 イゾラが人間的になり過ぎたからか、ここに来て雪風は妙に機械的になった。制限解除をしたせいか? 今後があるなら、良い結果を願うまでだ。

 こいつの理屈だと、人選びの責任は常に自分にあるというのだから。

「じゃ、次に行こう」

『行くであります』


 英雄を倒す奸計は丸一日で済んだ。

 驚くほど早く。すんなり滞りなく。順調すぎるが故に喜べない。

 見えない他人の意思を感じたからだ。

 今回の計画全てが、予め用意されていたかのような。何かが自分の影に潜んでいる感覚。

 顔のない男の仮面がチラつく。

 杞憂なのか、それとも大きな化け物の尻尾を踏もうとしているのか。

 不安と………………高揚感が湧く。

 怯えても竦んでも始まらない。

 やる事はやった。

 後はいつも通り、ぶっつけ本番。出たとこ勝負だ。

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