<第四章:剣と麦を賭けて> 【01】
01】
「魔王様、懺悔します」
「魔王に懺悔しないでください!」
僕は、あのまま街の外に飛び出し、廃棄ダンジョンの魔王様の所に来ていた。
「あなたにしか相談できない悩み事があって」
「………最初からそういってくださいな」
今宵の魔王様も人の姿である。
最近夜会う時は大体人の姿だ。溜めた魔力を使えば、実はいつでも人間の姿を取れるのだとか。
後、何故か少しおしゃれになっている。
ミノムシみたいなモフモフヘアーは、量が二割減で艶が四割増し。ボロ布みたいなローブは、どこかの勇者が着ていた赤いドレスに代わっていた。
薄く化粧も見える。でも、目の下のクマはあんまり消えていない。
努力は感じる。
「で、ソーヤさん。わたしにしか相談できない事とは? あなたの契約してる神は、信徒の愚痴も聞いてくれないのですか?」
「いやそれが………」
ぱっと思い付いた相談相手は二人。
ミスラニカ様と、グラッドヴェイン様。
最近、あの二人は酒飲み仲間らしく。宿舎や、僕の家で、チビチビ飲んでいる。
僕はよく酒の肴にされた。
つまり、ミスラニカ様に話すと自然とグラッドヴェイン様にも伝わる。グラッドヴェイン様に包み隠さず真実を話したら、
「………ワンパンで絶命しそうです」
「死ぬレベルの話ですか?!」
魔王様は驚いたが『まあ落ち着いて』と、自分の隣の石材に座るよう促す。
僕は従って、彼女の隣に腰を下ろした。
「実は魔王様」
「はい」
「………………浮気しました」
「………………死刑」
「ちょ!」
いきなり死罪なのか!?
「ソォォォォォォォヤァァァァァァッァサぁぁぁァァァ」
「は、はい」
魔王様の暗黒の魔力が溢れて、周囲の気温を一気に下げる。
吐息が白く凍えて、皮膚がパリっと凍ってしまった。冷たいというより痛い。
「浮気とか最低ですわよ! 人間のやる事じゃありません!」
「魔王にいわれると凄い説得力だ」
失念していた。
彼女、エルフに結婚詐欺されたのだ。神に話せないから、魔王でいいやという安直すぎる判断は大失敗だった。
「しかし、まあ………男の人にも言い分はあるのでしょう。興味があるので、とりあえず言い訳を聞いてあげます」
冷気が引っ込む。
凍った前髪を払って言い訳を開始。
「ええと」
どこから話すべきか、まあ最初からだな。
「事の発端は、エリュシオンの代行英雄と出会った所です」
キウスとラーメン屋で遭遇した辺りから話す。
「それから王命で、エリュシオンの執政官に飯を振る舞う事になり――――――」
何故か【獣の王】に任命され、拷問されて、記憶の中に侵入され、助手を破壊して、ランシールと逃げ出して、
「一時的な健忘症になり、ラナの事だけが記憶からすっぽりと消えて、それでつい、ランシールと流れに任せて――――――」
メルムの活躍はシャクなのでカット。
「なるほど………………大体分かりました」
「分かってくれましたか!」
流石、魔王様だ。
「やっぱり死刑!」
「おふっ」
こういう所は魔王である。
「奥さん忘れて獣人女に手を出すとか、言い訳としては最悪ですわ! 英雄のよくある落ちぶれ原因です!」
「はい………………最悪です。ゴミムシです。オケラです。ミジンコです」
「あんな可愛くてオッパイ大きい奥さんを愛してないのです?!」
「愛してます!」
「じゃあ何で忘れたのですか!」
「何ででしょうね」
「忘れたからって浮気していい理由にはなりませんわ!」
「はい」
「大体、男って生き物はですね!」
何か涙が出て来た。
しばらく魔王様に、けちょんけちょんに責められる。
凡そ五分後、
「そろそろ、いいんやないかー?」
ようやく助け船が入った。
崩れた建材の一つから、ニワトリが顔を出している。
その正体は、頭にニワトリを置いたゴブリン。ゴブリン地下帝国の大英雄、ギャスラークさんである。
何故、頭にニワトリを置いているかというと。
おすそ分けした鶏卵がゴブリンの間で偉く人気になり、それならとニワトリを差し上げたら恐ろしい速さでゴブリン文化に組み込まれた。
品種改良が行われ、地下にいても日の出の時間に鳴き声を上げるように。日光が苦手なゴブリンの間では、時間を伝えるニワトリは、食用だけではない有用な生き物となった。
中でも美味しい卵を産むニワトリは、こうして英雄が直々に世話をしている。
「ソーヤなぁ~魔王様に男女問題だけは相談しちゃあかんよぉ~」
「なっ、何ですって! わたしこれでも魔王なんですけどッ! 男女問題でも何でも知ってるんですけどッッ!」
「ソウナンカー」
ギャスラークさんは、棒読みで頷いた。
「た、例えば、ほらソーヤさん。もっと男女の悩みを相談してみてくださいな!」
カモンっと魔王様が両手を振るので、
「実は、妹のエアに冒険が終わったら結婚しようといわれまして、後気になるのが飯屋のテュテュという獣人の娘で、耳にキスする意味を三日前に聞いて勘付いたのですが、彼女最近、下着のような姿ではなくて妙に体の線を隠す衣服を着ている事が多くて、まさか………という感情が。それとパーティ内のベルという年下の娘に、前アプローチされたのですが、あれはまあ年上がちょっと良く見えただけの気の迷いでしょう。瑠津子さんも似たようなもんだと思います。個人的な事ですけど、担当のエヴェッタさんが小さくなったので是非引き寄って家で育てたい。そういえば最近――――――」
「まだあるんですかっ!」
魔王様に絶叫された。
もうちょい女性関係の悩みがあるのだけど、止められてしまった。
「ソーヤ、お前相当やな~まあなぁ、分からんでもないぞぉ」
「分かってくれるのですか?!」
流石英雄、懐が広い。
彼は、魔王様と僕の間にちょこんと座る。
「ゴブリンも一夫多妻制だもんな~」
ここもかッ!
「わたしは最後まで反対したんですけどねッ」
反対したのね。
「昔からの伝統やもん。魔王様にいわれても変えれんな~ま、ソーヤ。おほん―――――」
ギャスラークさんは咳払いをして、急に渋い声で語り出す。
「女ってのは、男の何に惚れると思う?」
「え、それは」
難しい質問だ。ラナはそもそも勘違いで惚れていたわけだし。テュテュや、ランシールは、一体僕の何が良くて好いているのだ?
「簡単だぞ。男の権威だ」
「権威?」
人望とか、そういう意味の権威か?
「権力を好く者もいるが。それは奴隷と寄生虫の感情だ。奴隷と女を混同する者は多いが、お前は違うだろ?」
「そりゃまあ、当たり前ですけど」
権力という言葉で、何故かアヴァラックの顔が浮かぶ。
権威という言葉では、何故かメルムの顔が。
その二つの間に、レムリア王と自分の顔がある。
「権威とは、つまりは王性だ。自然と人が集まる。自然と人が要望を叶えてくれる。権力は、強制力だ。金銭、契約、脅し、力。それをもって人を従わせる。だが、それには揺らぎがある。弱れば隙を突かれ、簡単に奪われるのが道理。お前は………………そこそこ、権威があるぞ」
「そこそこ」
十点満点中、何点くらいだろうか?
「そういう者に惚れる本物の女なら、お前が別の女に見向いたくらいでは問題視せん」
「そ、そうなのでしょうか?」
「そうだ! うちの女房だって、他に女作っても―――――」
「ソーヤさん、ここ見て、ここ」
急に魔王様が話に割って入る。彼女はギャスラークさんの額を指差した。そこには、斜めに走った古傷がある。
「これ最初の奥さんの姪っ子さんに手を出した時に、ギャスラークが付けられた傷」
「ちょ! ギャスラークさん?!」
あんた最低だな。
メルムとどっこいだぞ。
「権威とは、時に惹き付けてはいけない者も惹いてしまう。罪なモノなのだ」
「僕はダダ引きですけどね」
良さそうな話だったのに。
「ソーヤ、大事なのは最初の妻だ。特にこれが大事だ。もう、バンバン特別扱いしろ。贈り物、記念日の祝い、記念品、何でも送れ、奉仕しろ。奴隷のように尽くせ。でないと、ある日ガッツンだ」
権威とか権力の話題は夜空に消えた。
とりあえず謝るのが吉らしい。
「そういえばソーヤさん、奥さんは何と?」
「顔見るなり逃げ出して何も」
「最低だぁ」
「最低ですわ」
二人共そこは意見が一致している。
「いや、何でか分からないけど。さっぱりラナの事だけを忘れていて、申し訳なさが爆発してしまったもので」
「あ、そういえば一時的な健忘症といっていましたわね。ん―――――う?」
魔王様が首を傾げる。
傾げた後、歩き出し頭を抱える。
草原に転がる。
「魔王様、どしたー?」
「わたしも何か忘れている気がする。何だろこれ。気持ち悪い」
ジタバタと手足を振る魔王様。それは玩具売り場の子供の如き光景である。
「魔王様~昨日食べた昼飯は?」
「肉味噌と生卵のぶっかけうどん、山盛りの地下野菜サラダ。うどんは、おかわりしましたわ」
「二日前の朝飯は?」
「カレーチャーハンとイモピザ。冷トマトのクリームソース和え。トマトは三個食べましたわ」
「四日前、美味しかった飯は~?」
「断然あれですわね。冷やしチューカ。あんな酸っぱ美味い食事があるとは、世の中はまだまだ広い。わたしの探究は始まったばかりです」
「問題ないなぁ。魔王様、昔の事をネチネチいうし。記憶力あると思うぞぉー?」
ギャスラークさんの質問に、魔王様はスラスラと答えた。
てか、ゴブリン帝国にも僕が持ち込んだ食文化が浸透している。
「でも、確かに何かを忘れた………え、違う。何この喪失感? うわ、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。払い忘れた負債みたい。何なの、この感情。わたしが知らない感情が、わたしの中にある」
またジタバタする。
こう見えても、この人は魔王である。時々忘れるけど。
「はあ、相変わらず情けない奴じゃ」
「え?」
不意に知った声が響く。闇夜の草原に一匹の猫が立っていた。
灰色の毛並みで、金色の瞳。
「ミスラ―――――」
「魔王様! お逃げください!」
ギャスラークさんが大声を上げた。彼の頭の上にいるニワトリが驚いて鳴き声を上げる。
魔王様は慌ててダンジョンの奥に逃げ出した。目覚めたニワトリもそれに続いて消えた。
ギャスラークさんが、レイピアの切っ先をミスラニカ様に向けていた。
「死の御使いよ。あの方は我々に必要なお方、その命を無に還すのなら、ゴブリンの英雄たる
我が身を先に持って行け。それで足りぬというのなら、家族悉くを生贄に捧げよう。それで足りぬというのなら――――――」
何てことはない。ギャスラークさんは勘違いしている。
異世界には死を司る生き物が三体存在する。それは大陸によって異なり、左大陸は狼、中央大陸はネズミ、ここ右大陸では猫だ。
これらの生物は、死した生き物の魂を根源に還すのだと伝えられている。僕が廃都ロージアンで出会った猫達がそれだろう。
ミスラニカ様は違う。
彼女は、悪行と謀略の神(自称)である。死を司り、死霊の一種である魔王様を迎えに来た生き物ではない。
「ギャスラークさん、あの」
「愚か者め、妾が死者の魂を欲するように見えるか? そんなモノより、鶏肉の切れ端の方が美味いわ。ふんっ」
怒ったミスラニカ様は踵を返す。
「ソーヤ! 帰るのじゃ!」
「あ、はい。ギャスラークさんまた。魔王様によろしくと」
「お、おう」
ギャスラークさんは、少しポカンとしていた。プンプンなミスラニカ様を追って草原を歩く。
「ミスラニカ様、あの」
「うるさい! 黙って付いてくるのじゃ!」
お冠である。
しばらく黙って歩き、足を止めたのは、旧キャンプ地だ。
テントや物資は回収済みだが、野外キッチンの跡が残っている。
ミスラニカ様は、適当な所で僕を見向くという。
「ソーヤ、お主に隠していた事がある」
「隠す? 僕に」
何を今更。
「このまま何も話さず。平穏が続けば良いと思っていた。妾も甘い夢を見たものじゃ」
いつになく真剣なミスラニカ様。
だが、次にいわれた事は衝撃的だった。
「ソーヤ、お主は大事な絆を失っている」
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