<第四章:剣と麦を賭けて>
<第四章:剣と麦を賭けて>
【190th day】
「ソーヤ、二人で遠い国に行きましょう」
「だからそれは駄目だって」
三日はあっという間に過ぎた。どこかの偉い人がいったように、美女といると時間は早く過ぎるようだ。
あれ? これ前もいった気がする。
それと何故か、ランシールは駆け落ちする気満々になっていた。
「マリアは元々、左大陸にいたのですよね? なら、ワタシ達もそこに行きましょう」
「駄目だ。エアが乗り気じゃないし、冒険もある」
「母の故郷を見る良い機会だと思ったのですが」
「そういえば、ヴァルシーナさんは左大陸出身か」
陛下の父がご熱心だったとか。
妙な縁だ。
「メディム様と、この土地に来たそうです」
「親父さんと………」
そんな話を聞いた気がするけど、肝心な部分は知らない。
「確か、さる王から逃げ出した時に、傭兵だったメディム様を母が雇ったそうです」
「親父さん傭兵やってたのか」
そんな話をチラホラ聞いたような、聞いてないような。
「義兄弟の方々は、今でも傭兵だそうです。名前は………………恐ろしく長くて忘れました。すみません」
僕もそんな名前を聞いた事あるけど、同じく長くて忘れた。
それよりも、
目の前には、艶めかしい背中と腰のラインが見える。それに、ゆったりと揺れる銀の尻尾。
「フフ、どうしました?」
「ん~いや、ちょっとな」
モフモフと尻尾を撫でた。
永遠に触れる魔性の尻尾である。
「ワタシがいうと変ですけど」
「ん?」
ランシールに頬擦りされ、耳にキスされ、甘く囁かれた。
「銀髪の獣人を抱くと幸運が訪れる、という噂があります」
「知ってる」
「あら、知っていたのですか。誰に聞きました?」
「いや、今実感しているから」
「お上手です」
互いの体勢を入れ替えた。僕が上、ランシールが下。彼女の背中に抱き着いて首筋に唇を当てる。強く、美しい女性を組み敷くと卑しい支配欲が満たされる。
男の獣の感情。今の僕に、それを自制するほどの理性は残っていない。
彼女の腰を持ち上げた。振り返り、艶で潤んだ瞳が僕を求めている。
「ソーヤ、ソーヤ」
小休止終了。そろそろまた―――――――
『こーん、こーん』
どこかで聞いた声がした。ノックする音を自分で出している。
『………………』
固まる。
この盛り上がってる時に邪魔も良い所。
『こーん! こーん! ソーヤさん! いるんでしょ! ソーヤさん!』
「ランシール、すまん」
「はい、大丈夫です」
一瞬で普段通りのランシールに戻っていた。そしてもう、メイド服を着始めている。
この切り替えは流石だ。というか、もったいない。
『ソーヤさん! いるんでしょ! 開けてくださーい! 開けろゴラァー!』
ゴンゴンと扉が鳴る。
「今開けるから待て!」
着替えに袖を通して入り口に向かう。
「お前、どうやってここに」
扉を開けると、ドラム缶型のA.Iポットが立っていた。真ん中のスクリーンに『怒』という文字が表示されている。
『ソーヤさんこそ何ですか! 連絡の一つも寄こさないで!』
「メルムから連絡行ってないのか?」
『来ましたけど、それはそれでも心配なんですぅー!』
「はいはい、悪かったよ」
『ちょっとー! もっと反省してくださいよ!』
「こっちだってやりようがなかったんだ!」
『でも謝罪があっても良いと思いますけどぉー!』
「はいはい、悪かった」
『心がこもってなーい!』
相変わらず面倒くさい奴。
「チッ、反省してまーす」
『ムキー!』
「おいおい、そのくらいにしてやれ」
いさめる声が響く。
マキナの後ろには、肩に網を担いだ魚人がいた。
「ゲトさん!」
久々のゲトさんだった。最近どこかであった気もするが、これも気のせいだろう。
「おう、久方ぶり」
「どうしたんですか? こんな所に」
「マキナがうるさいから、探すのを手伝ってやった」
『ちょっとー、“うるさい”は酷いじゃないですかー』
「女房、子供が落ち着いているのだ。お前が騒ぐ事でもあるまいに」
『マキナとソーヤさんは、家族よりも深い関係なんですぅー! 血よりも濃くて、濃厚旨味なんですぅぅー! ですよね? ソーヤさん、ねっ? ねっ?』
「所でゲトさん、どうやって僕を見つけたのですか?」
『まさかのスルー!』
マキナを相手していると色々進まないので無視ダ。
「前お前に、我が神の触手をやっただろう」
「ああ、あれ」
あの干からびた触手。今もズボンのポケットに入っている。不思議な事に、どれだけ見失っても気付いたら手元にある不思議なアイテムだ。
「深淵の匂いは、この辺りでは孫娘か、お前に渡した触手しか発していない。………はずだったのだが、街で妙な気配を感じて混同してしまった」
『ソーヤさん、それでその混同した人がですね。ラーメン屋で遭遇した英雄さんでした』
「は?」
何だそれは。
何故、キウスが海の者の………………いや待て。
「ゲトさん、そいつは一人だけでした?」
「一人だけだったな」
『はい、間違いないです』
一瞬、執政官の顔がチラついたけど違っていたか。エリュシオンの英雄と、深淵の気配、どんな関係があるのやら、一旦保留だな。
「所で、おい」
ゲトさんが網を前に出す。まだ生きてるカニがいた。
「お前の身内や、店の金猫に見せたら気味悪がられて返された。お前もいらんのなら、捨てるがどうする?」
「!?」
ズワイガニだこれ!
「食うに決まってるじゃないですか! 当たり前でしょ!」
「だよな! 食うよな! 他の奴らは、やれ蜘蛛みたいで気持ちが悪いだ。脚が多いだの。病気になりそうだのブツブツいいおって。エビは平気なくせに何が違うというのだ」
エビとカニは随分違うけど、両方美味い事には変わりない。
「丁度、小腹が空いていたので早速食べましょう。ささ、入って入って」
「おう、邪魔するぞ」
「ソーヤ、あの………………」
ランシールの尻尾がブワッと膨らんでいた。何故に、
「ランシール、カニだぞ。食べよう」
「食べません! そんな気味の悪いもの! 何ですかその長くて多い脚は?! 気持ち悪い!」
「ええっ」
好感度上がったはずなのに、全力で拒絶された。
「美味しいんだけど」
「ワタシは食べませんからね!」
「………………はい」
何だかヘコむ。
『じゃ、ソーヤさん。マキナが久々にお鍋にしてあげます』
マキナが部屋に乗り込んで、狭い部屋をスイスイと進みキッチンに行く。自走機能が進化していた。というか一つ気になる事が、
「マキナお前、痩せた?」
マキナは手早くカニを解体。恐ろしい手際で鍋の準備をして行く。
流石お料理ロボットの手並み。
『フッフ~ン、気付きました? この地下街を探索するのに、元のサイズでは色々と不都合があったので、可変型の多重装甲を採用して、強度をアップしつつ靭性もあげて、小型化、及びある程度のサイズ変化も可能にしました。マキナ、また進化しちゃいました!』
今更も今更だけど、元の世界の技術者が見たら白目になりそうな改修だ。
最終的に巨大ロボットにでもなるのか?
「何だか、狭くて落ち着かんな」
ゲトさんはテーブルに着き、僕もならう。
ランシールは、まだカニが怖いらしく僕の膝の上に座って抱き着いて来た。
「お前ら、そういう仲だったのか」
ゲトさんに勘違いされる。いや、勘違いじゃないのだけど。
後、ランシール。人前でスリスリするのは止めてくれ。
「ゲトさん、魚人はどういう婚姻体制なのでしょうか?」
どうしてこういう疑問を口にしたのか、自分でも謎である。
「一夫一妻制だ。妻となる女の為に、男は命懸けの狩りを行う。苛酷だぞ。地上でいうと城くらいある大魚に立ち向かわなければならない。しかも、ただ狩り殺すだけは駄目だ。勇猛である事、共に狩りを行う仲間を気遣う事、獲物の命に敬意を払う事、神に感謝する事、その全てを証明して、ようやく神官に女との婚姻を許される。しかし、問題があってな、オレも神官の一人として危惧している所だ」
「問題とは?」
原始的だが、仲間や命に感謝する素晴らしい伝統だと思う。
「神官に許されて、そこで初めて男は女に好意を伝えるのだ。オレらの文化だと、男が安易に女に情欲を見せるなど恥ずべき行為なのでな」
「あーなるほど」
想像できてしまった。
「勇猛な狩りの勇者が、女にフラれてフラッフラッになる様はいたたまれない。神官は口外しないし、女も下衆な話題など口にせんが………まあ、オレも何人かそんなのを見ていると、やはり最初に当人同士で気持ちを伝えあうのは大事だと思うな」
ランシールが口を出す。
「はい、大事だと思います。好いてもいない男に好意を伝えられても迷惑です」
ズバリである。
「ま、オレが死ぬ時にでも我が神に提案しようと思う。といっても、ここ最近、海は平和で戦争もない。いつになるのやら」
「あのゲトさん、失礼な話ですが魚人の方って、平均的に何年くらい生きるのでしょうか?」
「ん? オレらはお前らでいう老衰がない。不老だ」
「え?」
まさかの不老。
永遠に生きるって事か?
「だが、不死というわけでもない。急所を槍で刺されれば死ぬし、狩りの失敗で死ぬ者も多い。海は苛酷な場所であるからな、潮に流され深みに行けば潰れて死ぬ。海の炎に巻き込まれれば、コンガリと焼け死ぬ。眷属のいさかいから、戦争になる事も多い。不老の者の生き死に。その辺りの調和は、自然と我が神がしっかりと管理してらっしゃる」
「ほぉー」
残酷にも聞こえるが、地上より分かりやすく綺麗な気がする。
「そういえば、お前の所は多婚らしいが大丈夫なのか? 地上でたまに耳にする物語は、大抵女で失敗しているぞ」
「え、タコン? それは誰が――――――」
『デッキましたー!』
テーブルにカニ鍋が置かれた。
『キノコもお野菜も沢山入れたので、どーぞ、どーぞ』
味噌鍋だ。リーキや、椎茸、芽キャベツに、芋、そしてカニ。カニである。
取り分け用のお玉と、小皿とスプーンが並べられた。
『いただきます』
僕とゲトさんは手を合わせる。まずは、ゲトさんから。
彼は竜の鱗を額に貼り付けると、小皿に野菜とカニの脚を取り分ける。やっぱり、最初はカニの脚を………殻ごとスナックのようにバリボリと食べた。
「ううむぅん」
眉間に深い皺が寄る。
「深い。普段食べる味の数倍深い」
野菜、スープ、野菜、カニ、カニと食べる。
「マキナ、美味いぞ」
『ありゃりゃしたー!』
ゲトさんのお世辞にマキナはよく分からない喜び方をする。
じゃ僕も、野菜多め、カニ脚を三本ほど小皿に。
まずはスープ。
「くっ」
深い味だ。味噌風味に甘い旨味。カニと野菜の出汁が染み染みである。早速、カニもいただこう。というか、日本でカニ食べたのっていつだ? 十数年前だぞ。こんな贅沢良いのか?
「って」
ランシールが固まったまま。
ちょっと邪魔なので膝から降りて欲しい。
「食べないのか?」
「食べられるのですか?」
「じゃほら」
カニ脚の殻を剝いて、ランシールに向ける。
「うっ」
ダダ引きされた。しかし、キリっとした覚悟の顔で一口食べる。もにゅっと剥き身を咀嚼して飲み込み。
拍子抜けの顔になる。
「あれ? 美味し、い?」
「美味しいぞ」
「ソーヤ、もう一本お願いします」
「はいはい」
次も剝いて食べさせる。その次は野菜を所望だったので、姫様に差し上げた。そんな感じでランシールに食べさせていたら、ほとんど食べられなかった。
誰とはいわないが、誰かの血を感じた。
食い意地は遺伝するのか。
「さて、どうしようか?」
食後のまったりした空気の中、僕はそういう。
『いやいや、ソーヤさん。帰りましょうよ。まだ姿を隠すにしても顔だけは見せましょ。皆さん、口にしてないだけで心配してますよ~』
「それは確かにそうだな」
「ソーヤ………すみません、ワタシ少し横に」
食べ過ぎランシールは、フラフラと奥のベッドに。
「じゃ、オレは帰るぞ。地下水路の抜け道をこの辺りに見つけたから、また家の方に寄らせてもらう」
「はい、どーぞどーぞ」
歓迎します。
ゲトさんは席を立ちセーフハウスを出て行った。マキナは洗い物をしている。
「じゃ、僕一旦帰るわ。マキナはどうする?」
『マキナは洗い物片付けて、お掃除して、インテリアを少し弄ってから帰ります。はい、ソーヤさんこれ』
ポットの腹が開いてアームが伸びて来た。
新しいメガネとペンライトを受け取る。
『家までのマップは入っています。途中、天井の低い所がありますから気を付けてくださいね』
「あいよ」
装備を受け取り、カンテラを掴んで、僕はセーフハウスを出た。
かび臭く、真っ暗な地下通路を進む。
メガネの液晶には、家までのロケーターが表示されていた。それにそって歩くだけなので、迷う事はない。
マキナのいう通り、途中天井の低い場所があった。
一部水没している所を見つけた。
セーフハウスのような部屋を幾つか見つけた。好奇心で中の一つに侵入すると、前に聞いた書き殴りを見つける。
“我々は獣に滅ぼされるのではない。自らの愚かさで滅びるのだ”
その言葉の下には、子供の落書きがあった。
怪獣のような獣と、それと戦う巨人の姿。
ここにもかつて、人の生活があったのだ。
そんな事を思い浮かべると、浪漫と侘しさを感じる。そんな廃墟探索は程々に帰路を急ぐ。
やがて別の明かりを感じた。
空気の質も変わる。
人の営みの匂い。工房の金属臭に、漂う石鹸の匂い。我が家の地下に到着したのだ。
階段を上がると、楽し気な声を拾う。
「どーだーエア。妾が考案した。オーロラソースは!」
「嘘でしょ、ケチャップとマヨネーズ混ぜただけでこんなに美味しく。盲点だったわ」
「フフ~ン、どーだー凄いだろ~妾の勝ちだろ~?」
「ちょっと待って。あんたこれ本当に自分で考えたの? 前にいってたトーチとかいうのに聞いたんじゃないの?」
「ダディに聞いても、妾が作ったら、妾が作ったのだ!」
「ズルいでしょ! ならアタシだって、お兄ちゃんに聞くわよ!」
「それは駄目だ!」
エアとマリアが仲良く喧嘩してる。
「おーい、ただ今~」
チラッと階段から顔を出して、挨拶。
『あ、おかえり~』
二人は僕を一瞬向くと、また喧嘩を再開。エアとマリアの反応は普段通り。まあ、もうちょっととも思う。
「お、生きてた」
レグレにも適当な反応をされる。
「まだ居たのか」
「………………ここで子供産むぞ」
「止めてくれぇ」
たぶん陛下も来てしまう。歓迎するけど、一発殴られそう。耐えられるかなぁ?
「あら、あなた。お帰りなさい」
知らないエルフに声をかけられた。
童顔の可愛らしい顔つき、小柄の割りにおっぱいが大きい。マリアか、エアの友達だろうか。
「あ、どうもいらっしゃ―――――」
と、
抜けた記憶のパーツが、剛速球で脳にハマる。
衝撃の瞬間、全てを思い出す。
僕は結婚していた。
偽装結婚だったが、今では本物以上の夫婦だと思う。幾つもの困難を乗り越えた。何度も肌を重ねた。色んな事を誓い合った。
忘れてはいけないはずだ。
「ッ」
そして、一番の裏切りを思い出す。
ランシールと愛し合った事を。
浮気してしまった事を。
「す、すまん、ラナ。すまない」
「え? どうかしたの?」
寄って来たラナに気圧されて退く。一度退いたら、後はもう駆け出すだけだった。
どうしようもなく。
僕は逃げ出した。
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